人種差別と奴隷制 歴史と政治思想の基本中の基本

 新安倍政権が2012年の末に発足した頃であったか、『リンカーン バンパイア・ハンター』と題するアメリカ映画のCMが日本のテレビにて流れていた。
a0313715_14184199.jpg アメリカのアブラハム・リンカーン大統領を題材とする映画であり、リンカーン大統領が血腥く(ちなまぐさく)震える声で例の"Government of the people, by the people, for the people..."と言う場面である。その声に乗るようにアベノミクスの初声もまた聞かれた。「輪転機を回して刷るんです!」との語りは一際に超現実な風景であった。そのCMのリンカーン大統領もまた超現実である。リンカーン大統領はそのような人物ではない。然し言われている程に素晴らしい指導者でもなかった。それまでのアメリカの南部を主として一般的であった奴隷制を廃止したことにより広く知られ、アメリカの最優秀大統領と見る人々も少なくない。

 奴隷制により維持されていた奴隷は主にアフリカより連行されてアメリカへ渡った黒人(Afro Americans)である故に奴隷制と黒人への人種差別はしばしばリンケージされて語られる。アメリカ人ではないならば多くは知らなくても仕方のないことではあるが、何故か奴隷制とは黒人への人種差別によるものであるとして両者を一体不可分のものであるかの如く語る者が多い。然るにリンカーン大統領は反人種差別の旗手でもあると言う訳であるが、とんでもない。奴隷制は人種差別とは関係がないし(、即ち反リンカーン)、反奴隷制(、即ちリンカーン側)は人種差別と一体なのである。若しリンカーン大統領が人種差別にも反対していたらこの一両年に銃撃などによって再び先鋭化している黒人への差別が後の世に続いている筈はない。人種差別はリンカーン側の揺るがない信条であるともいえる。
a0313715_14212697.jpg 単純に考えるだけでも、奴隷制の社会の人々がその主な担い手であった黒人を差別していたら奴隷制が成り立つ筈はない。立場の上下は逆となるが、池田大作氏を上司としたいと思う人は余りいないのと同じことである。差別の対象とする人々を奴隷として使いたいと思うことはあり得ないからである。当時を物語る絵図などに描かれる非人道的光景は後世の捏造である。捏造と言えば、昨日11日のANN報道ステーションに辺野古の海の底の珊瑚が大きなコンクリートの塊に押し潰されている所が映っていたが、その報は捏造ではない。奴隷制における奴隷とはヨーロッパや日本などにもあったような農奴制の農奴と同じようなものであり、下層の階級ではあっても差別され、抑圧されて著しく貧しいものではなかった。そのような非人道的光景が捏造されたのは広く知られるように、農奴制などに基づく封建社会を否定する旧いアメリカのイデオロギーの故である。では、そのように凡そ問題のないものを何故に廃する必要があったのかは、近代産業化の促進のためには奴隷制により安定的に成り立っていた南部の社会構造を『ぶっ壊す』必要があると考えられていたからである。当時の(及び今も残る)南部の主要産業は農業と繊維産業であるが、工業化は人口と雇用の流動化を要請し、そこに南部の安定社会はその実現の妨げとなると見做された。よってその根幹の一つである奴隷制を廃した訳である。「小泉新自由主義改革が日本を駄目にした」との批判が当て嵌まるのはリンカーンの奴隷の解放である。小泉純一郎総理とその政権は人口と雇用の流動化を推し進めてはいないし、安定社会を壊すこともしていない。何しろ、安定社会は殆ど存在しないのが現代の日本である。人口と雇用の安定は更に強化された程であり、寧ろそれが格差を生み出す原因ともなっている。詰り小泉政権は改悪をしたのではなく無策であった故に気づいたらそうなっていた訳である。
 また、リンカーン政権の主な支持層であった北部の意向としては、奴隷制は排するべき黒人が自民族の地であるべきアメリカに住むことを許しているものであるので黒人を排除するためには奴隷制を廃止することが先決かとなる。奴隷が『解放』されて自由となると自力で生計を営むことはできなくなり、自ずとアフリカへ帰る筈であると見た訳である。「人種差別がなくならず、リンカーンの願いが未だに実現を見ていない」と言う人が結構いるがそうではない、リンカーン政権は人種差別を肯定していたのであり、その現代へ至る継承者等もまた人種差別は当然の権利であると思っているのである。一度も「願っ」たことはない。
 然し如何に彼等が人種差別を当然の権利と思おうとも、今や黒人をアフリカへ帰らせたり何人を何国へ帰らせたりすることはできないし許されもしない。なので彼等も何人であろうとアメリカの市民となることを容認するが、地域的及び社会的隔離を維持している。昨今のアメリカの大都市の市内は黒人が人口の半数を占めている所が殆どであるのも、彼等は市内を黒人向けの隔離地と見做しているからである。或る程度にはそのような傾向は差別的世論を鎮める意味や黒人の安全を確保する意味において必要でもあるが取り分けその傾向が著しくあったデトロイトは一昨年2013年に財政破綻となった。黒人の銃撃の事件が昨年2014年に立て続いたのは殆どは市内ではない郊外都市や田舎町においてである。それは『黒人は市内へ』の相場が崩れて来てもおり、差別家の白人がそれに征伐を下したと見ることができる。奴隷とされるような人々はいてはならないのが彼等にとっての平和な世界であるからである。

 考えてみると簡単なことであるが、従来の日本の歴史教育は左右共々奴隷制と人種差別の違いをひた隠しにしているので分かりにくくなっている。反米言説の定番は「アメリカは白人至上主義で有色人種を差別し、西欧がその廃止に動き出しても悪名高い奴隷制を温存していた」などとのものである。片や親米言説は「アメリカは世界に先駆けて奴隷制を廃し、人種差別をなくすために長い年月を掛けて戦った」などとである。長い年月を掛けている暇があるような国家社会が『先駆け』というべきものである筈はないのにである。
 因みに弊ブログが1期目のオバマ政権を否定していたのはリンカーン大統領を尊敬すると言うオバマ大統領は先ずそこから騙されているからである。人種差別を個人的には望まなかったかもしれないが政治的には肯定していたのがリンカーン大統領である。よって映画における血腥い語りにも理由はある。それさえも冒涜的或いは下品とされるならば表現の自由は危険水域に達したといえる。若しそう思うならばの話ではあるが、そこにとんでもない矛盾に嵌まりこんでいる訳である。

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by keitan020211 | 2015-02-12 19:08 | 政治、社会 | Comments(0)
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