『ポストバブル世代の』よりも無世代の時代へ

a0313715_15445244.jpg 日本経済新聞は昨日23日の社説を『ポストバブル世代の発想生かそう』と題し、常に主役の感覚を以て時代を歩んでいた団塊の世代(:1946~1950年代の生まれ)及び後団塊世代(:1960年代の生まれ、日経新聞が1990年代に『ジェネレーションX』と呼び――当時は30代――有史以来最も有能な人々などと大いに持て囃していたが安倍政権の時代の指導層或いは中核の世代――只今は50代――となるに及びその虚像が剥がれつつある。)とは異なり、「上昇志向は薄くなった一方で、」、「社会や企業に透明性を求め、」、「団塊世代のようなハングリー精神にはやや欠けるが、日本社会がこれから直面する課題を自分のこととして認識している」などと見て後バブル世代(:1970~'80年代の生まれ、只今は30~40代)を「そんな志向を、社会や企業もどんどん生かしていってはどうか。」と提起する。

a0313715_15421189.jpg 大筋では良いことであるとは思われるが、その前提がおしなべて『世代の入れ替え或いは対立』の発想を脱け出ていないのは気に懸かる。
 かつての所謂共産主義陣営が『階級の対立及び入れ替え』を前提としていたのに対する所謂自由主義陣営はその世代の観念を前提として戦後の経済成長及び低成長の時代を成り立たせようとしている節がある。少子高齢化となってゆく趨勢に鑑み、流石に『入れ替え或いは対立』ではかつての敵方と違わないのではないのかと気づき出してそれを薄め緩やかに仕立て直して『成熟社会』などと言われるようになっている。とは雖も、薄くて緩いだけであり、根本としては世代の観念に基づくことにはかわりはない。
 その世代の観念に基づいて後バブル世代を生かすことを思い立ち及び実践しても引退が近づくにつれて次の世代への入れ替えのために『退場』を迫られることになりかねない。現在は一般的定年は65歳であり、前世紀末までは55歳であったものが10年も長くなっており、無下に『退場』となることはあり得ないかのような気もするがそれがいつしか一般的ではなくなり、或る種の自由化のために定年が守られなくなったらそのようになり得る。後バブル世代の次の世代が50代となって経営権や人事権を掌握するようになった時には後バブル世代は60代以上となっており、故に容易に引退が迫られ得る。「あとの5年位は下りても構わないでしょう。」などと説得が試みられたりする。
a0313715_15473015.jpeg 尤も、私は『その次の世代』を信用していないのではなく、寧ろ大いに信用して期待している。なので彼等がそのような悪質な経営者や人事権者延いては政治家や官僚になることはないであろうと思うが今の後団塊世代などが安倍的価値観などに基づいて誤導をしたり――例えば「ちょっと後バブル世代に入れ込み過ぎたか、もう少しその次やその後の世代も大事にしよう」などと思い始め――或いは後バブル世代とは雖もその世代が中核であるとされるネット右翼がその「どんどん生かす」の対象として選ばれたりすると後バブル世代そのものが他の世代やネット右翼的ではない同世代への誤導の元となったりする。ネット右翼のそれたる所以はネットにしか明示的には現れないので素人目にはそうではない同世代の人々との見分けはつかないらしい――私は多分、表情や言葉で見分けをつけることができると思うが、――。

a0313715_15504254.jpg 『世代の入れ替え或いは対立』のレジームを脱し、無世代の時代を作ることが大切である。世代を問わず、各々が任意に適切に人間関係や社会関係を作る時代である。そうなれば、「私等の時代はね、」などと悦に入ることに己の無駄な慰みを求めることもない。
 勿論、高い地位に就くためには相応の経験の年月は必要であり、故に未経験で直ちに部長になるなどはあり得ない。世代を問わないとはそのような意味ではない。

 その日経の社説の微妙に慧眼なのは「日本では、そのような前例のないビジネスは規制及び禁止する方向で法律などが解釈されがちだ。」との箇所である。
a0313715_15565585.jpg それが「そのような前例のないビジネスは規制及び禁止される。」ではないのがミソであり、前例のないことが直ちに規制したり禁止したりされることは殆どない。故に自由主義という妄念でしかないものを信じている人々が未だにいる訳でもあるが、規制及び禁止することにも有象無象の規制や禁止が掛かったり或いはそのような動きをなるべく長い間に渡らせて周知及び事前の浸透を図ることにより最終的に規制及び禁止が決まると不動のものとなり果せる、或いは何れも存在しないのに事実上そうなる、それが「する方向で法律などが解釈されがち」の実態であろう。寧ろ、規制や禁止も直ちに決まる、そのような意味においても『決められる』社会や政治になることが大切である。
 色々な自由な機軸が実現して存在しているのに、多くの人々が充分に自由であると感じてはいないことが問題である。

 また、「人生設計の多様化が進めば、現在の正社員の働き方が必ずしも全員にとって理想の雇用ではなくなる。非正規雇用でも結婚や子育てに不安がないよう、賃金などの処遇を見直してはどうだろう。」とは飽くまでも現在の短期的必要なのであり、中長期的或いは永久的指針にはなり得ない。現在は非a0313715_15592018.jpg正規雇用が多く存続しているのでその処遇を上げず或いは下げてはならず、非正規雇用の当面の継続を前提とする外はないであろう。然し非正規雇用は漸次に且つ可及的早期に廃されるべきものでもある。会社の全ての労働者の級別を見直して概ね現在の平均的非正規社員を最下級と定めることなどが廃止の後の在り方として考えられる。
 所謂『格差社会』の論議は彼等非正規社員や不遇を託つ(かこつ)正規社員が『下には下がいる』ことを求める劣情によって作り出した、そのような実態があるとは言い難い物語である側面がある。そのような物語に無駄な慰みを『社会的関心』或いは『社会的良心』などと称して見出す彼等がかわり、今の自らが最下級の位置づけとなることを求めて引き受けなければ賃金の水準の底上げや分厚い中間層の形成などによる豊かさは実現しない。
 また労働組合や社会保険の加入などの会社にとっての付帯的目的を任意選択制にするなどにより全ての国民において正規社員のみによる雇用は可能である。そのためには全ての事業者がとはいわないが、より多くの事業者が労働者にとってのいわば『労働センター』としての役割を担う必要がある。

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by keitan020211 | 2015-08-24 15:13 | 文明論 | Comments(0)
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