『こじらせ女子』ですらない『独りでこじれている子女』

 直前の記事には社会学系評論家の北条かや氏の著書『こじらせ女子の日常』を巡る雑感を語った。その本はまだ読んでいないので近い内に買って読みたいとも。

a0313715_18433833.jpg 野蛮国日本の流行思潮には全く興味のない私、弊ブログは『こじらせ女子』も「そういえば聞いたことがある。」と思うだけでその意味を初めて知る。そして凡その見当はついた。確かにそんな人とはつきあいたくないしなるべく関わりたくもない。
 『こじらせ女子』はその言葉が出てかれこれ四年目にもなろうとしており、北条氏が著書に語る今は既に死語となって来ているらしい。北条氏は「私に中身を求める人は苦手です。」というようなことをブログに語っているが、その著書の企画を申し入れた出版方は多分『こじらせ女子』論の決定版というべきものを北条氏に求めていたのであろう。三余年を経て『こじらせ女子』は如何にかわっているかかわっていないか、ここで一つ「まとめて下さい。」というのである。馬鹿としかいいようはないが、著者は出版元を悪く言うことはできない。名著が馬鹿供の手を介して世に送り出されることも少なくはない。

 しかし、『こじらせ女子』よりはましなのか更に深刻なのかは何とも言いようはないが――それぞれと、何程かには社会が考えるべき問題である。――、『こじらせ女子』でさえもない『独りでこじれている子女』も少なくない。取り敢えずはどちらがましとかどちらがより酷いという話ではなくそれだけを語ってみる。

 先週の熊本地震――
 『こじらせ女子度』のチェックに当て嵌まる人が意外と多いのとも似て――私もかなり要注意と出た。――当て嵌まると見える人は多い。これに関しては私は粗全く当て嵌まらない。それはその大震災を受けて「熊本地震で被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げます。」のような文言をブログやツイッターなどのSNSに記したり、商店の店頭にそのような張り紙を掲示する人々である。広い意味では「がんばろやKOBE」や「がんばろう日本」、「絆」の類もそれと同じと見ることができる。
 『こじれ』の観点から見ると、それらは自らのこじれている日常のありさまをそのような文言の『表明』によって一挙に解放しようとする心性によるものといえる。こう言っては何ではあるが、彼等にとっては大震災のような一大事が起きることは自分の気分が解放される願ってもいない機会であり喜ばしいことなのである。

 そんなことをする筈もないと信用していた弊ブログの一目おく或る左翼系の有力ブログが、直近の記事に「熊本地震で被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げます」との文言だけを記す記事を上げているのを見て大いに失望する。
 被災者の誰もそれを見てはいない。
 そんな当たり前の想像力をも彼は持ち合わせていないのかと思ってしまう訳である。

 携帯電話を持ち合わせて熊本駅などに滞って過ごしていた人々にはそのような見舞いの言葉は要らない。命は全く無傷でも家が倒壊した人が中にはいるかもしれないが、それを復旧する目途が立つまではブログの閲覧の処ではないし、ツイッターも目に留まることはないであろう。携帯電話を置き去りにして避難した人々ならば尚更である。そうではなくてもやはりSNSを見ている場合ではないのである。
 「熊本地震で被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げます」との文言は被災者を気遣うかのように装うが実は自らのこじれている日常を自ら見舞うものに過ぎない。それが熊本ではなく東北であれ阪神淡路であれ同じことである。阪神淡路の頃はSNSさえもなかったがそれでもその手の文言を自製のウェブサイトなどに記し掲げて悦に入る人々はいた。

 声なき声が大事なのだ、それがやがては力になるのだ、彼等はそういうかもしれない。しかし聞こえないものは聞こえないし、聞こえないものが力になることはない、断言する――故に弊ブログのこの記事も何の力にもならないかもしれない。――。聞こえれば聞こえたで有害な場合もある。独りでこじれているからである。常日頃、安倍政治に対して声を挙げるべしと言っているのは誰なのであろうか?

 反安倍の人々だけではない。そのような声なき声で悦に入る心性は安倍政治を支持するネット右翼にも顕著である。但しネット右翼は、時にその罵声の対象となる誰かが見ていることを想定して実際に見ていることもある。悪いことではあるが、相手方の存在を念頭におく一応の想像力はある。ネット右翼を『こじらせ女子』とするならば彼等一部の反安倍派は『独りでこじれている子女』であるといえる。ネット右翼にも後者のタイプはいる。

 その左翼系有力ブログは14日の熊本地震の直後――投稿日時を操作してその日のその時間に表示しているのかもしれない。何しろその翌日にもその記事はまだ上がっていなかった。――のその記事から今日18日までに記事を更新していない。元々記事の日の空くことは多いブログであるが、安倍政権によるメディアに対する圧力と自粛、自己規制を批判していながら自らそれを実践しているかのようにも映る。左翼は所詮は『独りでこじれている子女』に過ぎない、或いは、『こじらせ女子』に過ぎない、そう思われても仕方のない状況である。

←クリック投票
ブログランキング・にほんブログ村へ←クリック投票 何れか一つのランキングだけでも結構です。

a0313715_15074081.png●weathernews 地震情報



■NEWS of the WORLD


a0313715_19444519.png
    ●ル・モンド(フランス パリ)
a0313715_1946890.png
    ●リベラシオン(フランス パリ)
a0313715_19485112.png
    ●読売新聞(日本 東京)
a0313715_19504029.png
    ●毎日新聞(日本 東京)
a0313715_201454.jpg
    ●ザ・シアトル・タイムズ(アメリカ ワシントン州シアトル)
a0313715_19541757.png
    ●ザ・トロント・スター(カナダ オンタリオ州トロント)
a0313715_19555015.png
    ●ザ・ガーディアン(イギリス 英国 ロンドン)
[PR]
by keitan020211 | 2016-04-18 18:42 | 文明論 | Comments(0)
<< 糾弾!報道ステーションにスポッ... 『こじらせ女子』を構成した主な要因 >>