日本仏教の本質は神仏習合ではない――古舘伊知郎の仏教観の誤謬

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フジテレビ/関西テレビ 関東:8ch 東海:1ch 近畿:8ch
Mr.サンデー  日曜22.00~

 昨日はテレビ朝日の仏教文化バラエティー番組『ぶっちゃけ寺』の3時間スペシャルがあった。
 この3月まではANN報道ステーションのメーンキャスターを務め、4月からは休息に入っていたがこの晩夏にバラエティー番組やCMに本格復帰をしている古舘伊知郎が特別ゲストとして司会の爆笑問題やレギュラー僧侶と共に奈良の古寺を巡り語り合うものである。

 冒頭に語った「六本木のテレビ朝日の駐車場に半年振りに入ると伝わって来る床の石畳と車のタイヤの感触が自らを即ち現役の感覚に立ち戻らせた。」との話には寺の境内に足を踏み入れる感覚、そこに感じられる心の静寂と機微、即ち『羯諦(ギャーティー)』の境地が念頭にあろう。彼はそのようにネタ明かしをしてはいないが、私はそのように解する。
 そのような言葉とイメージの感覚の妙は尚も巧いと感ずる。

 古舘はキリスト教の信者の家に育ったが自らはキリスト教の信者ではないが聖公会というキリスト教の宗派の営む大学を出、テレビ朝日のアナウンサーなどとして活動を重ねる内に仏教に目覚めて入信をしてはいないが仏教ファンとなったとそこに語る。

 大人物古舘の語る信仰論ということで期待していたが、観れば散々の底の浅さであった。

 彼は日本の仏教の大きな特色を神仏習合にあるという、日本の古来の信仰である神道が古代中世に始まる仏教と融合して日本仏教の核を形づくっているという。
 そこには、先ずは歴史認識の単純な誤認がある。
 神仏習合の概念が生まれたのは近代初期、主に明治の文明開化の時代である。維新政府により廃仏毀釈、即ち神道を優位として国教のような位置づけを与えるために仏教を制限する政策がなされたが、『神仏習合』はその廃仏毀釈までの時代を遡って解釈するために考え出された仮説に過ぎない。前近代における神道と仏教の共存を『習合』と呼び、それらを引き剥がして神道の純化が試みられたのである。しかし、それに反発する向きが逆に中世の無名な学説である本地垂迹説の掘り出し復古をし、神道と仏教を文字通り『習合』させようとした、それが廃仏毀釈が廃れた大正および昭和の時代である。彼等による『神仏再習合』は逆に、明治維新政府による神道の純化路線による国家と宗教の結合統合を更に強める結果となり、そこに国家神道に基づく小日本軍国主義及び八紘一宇などの思想が生まれてゆく。

 詰り、古舘の論を煎じ詰めると小日本軍国主義に行き着く。何が『ワイマール憲法とナチス』やという話になる。

 古来、神仏習合といわれるような思想や信仰は存在しない。それは近代主義が生み出した歴史の捏造、即ち意図的に不適切な解釈である。
 存在したのは神道であり、仏教であり、それらが共存する国のみである。
 「神社が寺を護る」という寺社の立ち方はその共存を支えるための国策により出来た政治現象に過ぎない。

 詰り、テレビ朝日と『ぶっちゃけ寺』はとんでもないファシズムの奨励の番組を放送したことになる。
 古舘のファシズム講義を、坊さんがにまにまと「そうですね、そうです。」――安倍政権の写し絵である。
 宗教の恣意的解釈――主に世俗主義に基づく――を国民精神の教化に用いようとする点では安倍政権の処かイスラム国的でさえある。そのようなことは安倍政権さえしてはいない。

 尤も、人が各々の旧来の信仰を通して培われた感性が新しい信仰に生きることはあり得る。立教大学卒の古舘さん、知ってますか?、イエスも「私は律法を廃するために来たのではない。律法を完成させるために来た。」と語っている。しかしそれは旧来の信仰と新参の信仰を重ね合わせること、即ち習合することではない。それらの違いは根本的に大きい。
 また、彼が神道を「アニミズム」と云うのにも、日本好きの外人の域を出ないような付け焼刃の近代理性主義的解釈論を感じる。アニミズム論を誤謬とはいわないが、神道の所産により多く接している日本人ならばもっと違う解釈の仕方がある筈である。

 但し、人間の発想はいつでもどこでも凡そ同じようなもの、皆同じではないとしても、同じようなことを考えている人は何処かにいるものであるという真実もあり、様々な宗教が粗同じような信仰を持つということはしばしばある。取り分け私が近いと思うのは般若心経、殊にそれを聖典とする真言宗と旧新約聖書を聖典とするキリスト教である。何れも『現世における個人と社会の生を各々の意思と責任において聖化する』という主題とその省察がある。各々の意思と責任においてとは即ち、その聖化を国家権力によりするということではない、但し、人は国家権力を尊重するべきであるということである。国家権力の尊重の必要は、聖書にも「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」とある。
 国家権力が尊重するべきものであるのは共存を生み出すものは国家権力の存在であるからである。各々の宗教そのものにはそのような知恵が備わってはいないことはしばしば語られる通りである。

 それを古代に逸早く悟った弘法大師空海や中世に権力との融和により臨済禅宗を立てた栄西は故に偉大であり、故にも後藤謙次氏は現代の空海か栄西かと称されるべき類稀なるニュース解説者である。

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by keitan020211 | 2016-10-04 21:35 | 文明論 | Comments(0)
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