「30年に大嘗祭」はいつのことか??――新聞の年号の表記を改めよ

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 先程にコンビニエンスストアの新聞売場で産経新聞の1面を見ると『30年に大嘗祭を挙行へ』とある。
 天皇陛下の退位の検討についての報であることは一目瞭然であるが、一瞬、「随分と息の長い話やな。」と思う。所謂「2020年の」が今から4年後、その更に10年後に新しい帝を祝う大嘗祭が行われる――明仁さんの死亡予定原稿が13年後となっているのか或いは次の帝による大嘗祭は即位の後直ぐにではなく何年も後の大分落ち着いて来てから行われるのか、そのように思えてしまう。

 しかし私はそこで直ぐにその真意を悟った。
 産経新聞の年号の表記は元号制であることを思い出し、それが平成30年のことであると、分かった。ならば平成28年の今から2年後である。2年の内にその準備となると、確かに忙しいことである。
 現在は元号制による年号の表記を標準とする全国新聞は5つの内の産経新聞だけである。

a0313715_16183446.jpg 尤も、産経新聞が元号制の表記を標準とし続けるのは良い。
 しかし先の「30年に大嘗祭を挙行へ」と同じ見出しや本文が他の新聞等に載るとそれは次の大嘗祭が14年後の2030年(平成42年)に行われるということになる。
 読売、朝日、毎日と日経の4新聞は西暦を二桁に略して記す際には例えば2016年を「16年」とすることになっている。
 ――それはおかしい。
 西暦の二桁略の正しい表記は2016年を「'16年」とするものである。' が付かないと略記のことにはならない。「16年」では平成16年、即ち2004年のことになる。
 日本の新聞には他にも日本語や世界の言語の普遍的規則とは違う不可解なローカルルール、即ち内輪の掟が多い。弊ブログがしばしば指摘する中点、「・」を「東京・新宿」のように一連の語を区切るように使うことや――正しくは「東京新宿」または「東京の新宿」――体言止めに句点、「。」を打つことなどである。鍵括弧の終点には「。」を打たないという内規を持つ新聞も朝日新聞など、多い。
 多くの新聞等がそのようにしているので産経を見た時に『30年に大嘗祭を挙行へ』が「平成42年に大嘗祭を挙行へ」であるかのように見えてしまうのである。

a0313715_16061301.jpg 2年後の2018年のことならば、産経以外は『'18年に大嘗祭を挙行へ』と記すべきである。処が多分『18年に大嘗祭を挙行へ』のように記されていよう。
 新聞の印刷における英数字の大きさは一文字分の版の大きさには縛られない筈であり、「'18」などの3文字を一文字分の幅に収めることは可能な筈である。しかし「半角英数字なので一文字分の2等分」と印刷の担当や校閲部門がa0313715_16134697.jpg思い込んでいるのであろう。縦組の所に横文字列を収めるので半角も何もない、詰めて収めればよいだけの話である。

 縦組の侭でもそれは全く可能であるが、出来れば日本の新聞は縦組を廃して横組の紙面にしてほしい。
 若者が新聞や本を読まなくなっているというが、その理由の一つは縦書の文を読む気にはならないことがある。
 人の眼は縦の動きには弱いことは野球の落ちる球は打ちにくいことにも明らかである。縦組の出版物は読み手をして読みにくい動作を強いている。すると、分かってはいないのに分かったかのような積りになることや権威主義を誘い易く、故に出版などの文筆による表現が普及し始めた近代以降の日本人の知性が知ったかぶりに傾いている。空想的平和主義者などの所謂「言うだけ」の言論人や政治家が増す土壌も縦組の文化にある。

a0313715_16074773.jpg 大江健三郎は如何にもではあるが、川端康成がノーベル文学賞を得ることができたのも詰りは横書に馴染む、横書で理解され易い文体があるからであろう。勿論、ノーベル賞を獲る秘訣はそれだけではなく自らの表現活動の意義を自ら語ることのできる主張の強さにもあり、それもまた川端も大江も具えていたものである。
 尤も、横のものを縦に組み替えたら理解されにくくなるとかその逆はあり得ない。横書的文体と縦書的文体の違いとは何等かの盲信的文化的意義を縦書に託しながら記しまたは読む、精神の態度にある。書く側がそのような態度で記せば縦書的文体が自ずと出来上がってゆくことになる。片や、横書にはそのように託されるものがないので「横書的文体」と言うよりは寧ろ「普通の文章」というべきものであろう。普通に書いたら掴む、それが川端や大江である。

 新聞や書籍が横組標準となれば一行字数が揃う必要もなくなるので「'18年」は正に半角英数字3字に全角1字で収まることとなる。また、字数の超過も不足も全く許されない処を一日とも欠かさず書いている『天声人語』の筆者には悪いが、字数制限には余り厳しくしなくてもよくなる。大体収まればよいということであり、出版と言論だけではなく政治や社会の在り方もかわって来る。正に、大体も収まってはいないものが収まるようになることが今の世には求められる。

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by keitan020211 | 2016-10-16 16:18 | 文明論 | Comments(0)
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