コネ入社を普及させよ 『橋下×羽鳥の番組』の討論を見て

 昨日15日は土曜日なのにテレビ朝日の『橋下×羽鳥の番組』――:毎週月曜日に放送――があった。
 近年のテレビ朝日の番組等の傾向の如く、その日のパネラー出演者には木村太郎氏に平井理央氏と、元はフジテレビにおいて活躍していた者が登用されている。他には当局の深夜番組の主役を請け負う八木亜希子氏や秋元康氏などがいる。
 木村と平井の番が終わり、後半戦のパネラーが出揃う。そこには常連のそのまんま東などの他に、ハードボイルド国際情報作家の落合信彦の子として近頃に名を馳せる落合陽一筑波大学助教がいる。
 弊ブログは落合信彦の感化を青春時代に大きく受け、いわば私にとってのボブ ディランのようなものである。
 話は逸れるが、私はビートルズのファンである。但し小川彩佳アナウンサーの言うように「ビートルズの現役時代に生まれていなかったことが心残りです。」というような感慨はない。そんなことは私には想像できないし、あくまでもビートルズを後世の人として目に留めて愉しむ。
 ディランのノーベル文学賞を聞き、序に彼の同時代のもう一つのカリスマであったビートルズを今世紀に発売された公式ベスト盤で聴いた。オリジナルのアルバム等をかつては英国発売版で全て持っていたが、全て売却していて今は持っていない。その公式ベスト盤一枚が頼りである。
 ――その何と軽いことよ、ディランの重みと比べると。
 相変わらず素晴らしいには違いはないが、やはりビートルズはノーベル賞の器ではないと改めて悟る。どうおべっかを弄せば彼等への授賞理由を語れようか?
 ――まあ、落合信彦がボブ ディラン級の存在になる程に、私の主に育った'80年代や'90年代はカリスマのいない時代であったということでもある。
 その子が、今や東大を出て大学の正規教員となっている。

 さて、父信彦のかつての発言を振り返る――

 「東京大学は世界の大学番付で六十何位、日本一とされる大学がそのありさまだ。」
 「オレは自分の子供には最高の教育を受けさせたい。」

 さて、「最高の教育」が東大なのか?
 揚げ足を取る積りはない。陽一氏はあくまでも日本と共に生きることを志したので世界最高水準とはいえない、日本最高の教育を選び取ったのかもしれない。そこには父信彦の願いに決して反することのない強い心性、メンタリティーがあるのであろうと見て取る。
 「オレは自分の子供には最高の教育を受けさせたい。」――それですんなりとハーバード大などに入って出ておれば、却って詰まらない人物となっていたであろうことはその後の時代の変遷を見るにも明らかである。ハーバードを出てSMに興ずる大臣がいたりもする。

 CD売り場でビートルズのアルバムを買う際に、何故かいつもその傍にはディランの姿があった。私はそれを横目に暫し静かな圧倒を感じ、「自分にはそんなに格好良いアーティストは似合わない。」と結局は敬遠したことを思い出す。私にはビートルズのようなおちゃらけクラブバンドが合う、若い頃はそう思っていた。故に、私はディランの曲を一つも知らない。しかしその重みは何となく感じて知っていたのでその受賞を告げるANNニュース速報には秒速で納得した――但し「彼と同姓同名の作家がいるのか?」とは一瞬、思った。――。その納得の感慨はハナタカでもシッタカでもない、確かにそうやと確信するものである。
 ディランの"Like a rolling stone"の題名を聞き、先ずは想うのはビートルズの最終版"LET IT BE"に収まる小曲"Dig it"、その歌い出しが"...Like a rolling stone; Like a rolling stone; Like the FBI; CIA; B.B.King..."である。その曲に続きひっそりと始まる曲が"Let it be"である。筋金入りのビートルマニアには邪道といわれようが、私はその"Dig it"とのシームレスな連続の妙に掴まれてそのアルバム版の"Let it be"をシングル版のそれよりも好む。ギターが前面に出ており格好良い。ビートルマニアにおいては色々と訳があり、"Let it be"と"The long and winding road"のアルバム版は決して本物と認めてはならないものとされる。恰もそれを裏づけるかのように、今世紀の或る年に、それらのプロデューサーが殺人罪を犯した。但し、良いものは良いと認めるべしと、私は思う。

 落合陽一、彼は「コネ入社を認めるべきかないか」の番組の問いに「認めるべし」と答えて論ずる。
 思えば、歴史において大きな功を挙げて名を成した人物にはその地位をコネで得た者が多い。全てがではないが、それは歴然たる事実であり、歴史とは『コネ学』であるといっても過言ではない。取り分け、旧植民地の指導者等におけるコネの「横行」は凄まじい。植民地だけではなく、日本を含む、植民地を作る国々もまた然り。植民地政策とは関係のない事柄においてもコネにより地位を得ることは多い。
 弊ブログはコネを指導的地位に限らず、一般の労働者にももっと普及するべしとする。
 殊に一般公募による雇用が「実力主義」といわれる能く分からない価値観に基づいて運用されている今日においては、その弊害を取り除く観点から、コネ入社の普及は切に求められる筈である。そもそも、実力とは入ってからのことであり、入る段階では実力はまだ発揮されてはいないので検証のしようはない筈である。なので実力主義に基づく雇用というものは一部の専門職を除いてはあり得ない。
 反コネの実力主義はそもそもは過剰な平等主義に基づくものであり、実は機会の平等の思想と結果の平等の思想は根を同じくするものともいえる程に反コネの実力主義は非現実的概念である。その点は、司会の橋下徹氏の主張は棄却すべきものといえる。

 コネ入社とは『自助;共助;公助』の内のいわば『共助』に当て嵌まるものである。平等主義にこだわると『自助か公助か』の両極に割れて何もならないことになる。
 更には、コネ入社を『共助』としてだけではなく『公助』の次元にも取り入れるべきである。詰り、公権力が求職者と雇用者の間に入って就職を斡旋することにより公権力がコネに代わるものになることである。
 コネがしばしば批判の対象となるのはそれが従来は稀少価値に留まっているからであり、それが普及して一般的となれば批判の対象とはされなくなる。コネが恰も「1%の富裕層」と同格のものであるかのように思われている現状は改められなくてはならない。
 雇用者が訳の分からない採用の基準や人材の在り方の思想を信じて『平等な実力主義』が維持されることは速やかに廃されなくてはならない。

 落合信彦の子である落合陽一がそのような『平等な実力主義』を信ずる者ではないことに、私はかつて落合信彦を信じた自らの眼力と心性の確かさを悟った。
 逆に、落合信彦を所謂新自由主義の工作員などといっている方々は自らの出鱈目さを反省してほしい。

 因みに、橋下氏だけではなく、彼と同じく元芸人として知事となったことのあるそのまんま東は「認めるべきではない」と答えた。

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by keitan020211 | 2016-10-16 21:20 | 文明論 | Comments(0)
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