「虫の音」か「虫の声」かという論考 その2――「英語脳」は存在しない
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 直前の記事『「虫の音」か「虫の声」かという論考』の続き

 日本人やポリネシア人――以下:総称して「日本人」または「ジャポリネシア」――の音声及び言語の認識能力は左脳優位の言語重視型が多く、西洋人などの、ジャポリネシア以外は右脳優位の音重視型が多いということについて少し語った。
 例えば電話の受話器及び受信音を、ジャポリネシアは右手右耳-左脳で聴き、他は左手左耳-右脳で聴くことに明らかであるとされる。私は左手左耳なので右脳優位の音重視型の認識であるとそれから推し測ることができる。

 すると、このような話が序に上がるかもしれない。それは「そうだね、文字がαβだけな欧米語は音声重視の言語で漢字や絵文字を含む多種多様な文字のある日本語は視覚重視の言語、つまりそういうことだ。」というものである。
 しかし左脳優位型か右脳優位型かについてのことはその視覚重視か音声重視かについてのこととは関係がない。前者の話は音声に表される言語とその他の諸々の音、即ち耳と口のことだけを問うものであり、そこに目と指が加わる後者の話とは前提が異なる。
 αβは漢字などと比べると著しく単純な形な故に、日本人はどうしてもそれを視覚を重視しない文字と思ってしまうが、αβにも視覚の重視はあるし、西洋人が西洋語を耳と口だけで覚えて目と指では覚えないのではない。また、日本人の漢字の読み書きの能力の低下の傾向は日本の西洋化を意味するものではなく、単に漢字の能力が低くなって来ているだけのことである。然るに、英語などの欧米語を覚えるためには先ずは文字をよく見て文字の形とその存在感を覚えることが有利であると考えられ、聴き取りや会話などの所謂『耳から入る英語』や『口を動かす英語』はやや或いは全く逆効果であるとするのがこの記事の主眼である。
 それは若し日本語が漢字や絵文字などに見られる視覚優位の特色のある言語であり日本人がそれに永らく親しんでいるならばその能力を英語などの外国語にも使うのがよい筈であるからである。自国語と外国語の認識と習得の在り方を違えることはない。言葉は等しく言葉である。音声重視か視覚重視かは言語により異なるのではなく個人の感覚により異なる。私は何語に関しても視覚重視である。

 『耳から入る英語』や『口を動かす英語』は「英語脳を鍛える」といわれる。
 そもそも、「英語脳」などというものは存在しない。
 「英語の心」というべきものはあるかもしれないが、脳が英語人とその他が違いはしない。
 英語の音が分かってもその言葉の意味を知らなければ何も分からない。但し意味を知らなくても取り敢えず喋ってみることが必要な場合はある。しかしその意味不明語の意味を訊くための言葉を知らなくてはならない。例えば'What does it mean a word I've spoken here?'などとである。「今」は'now'だけではなく'here'や'present'などもあることも覚えるとよい。

 言葉を覚えて聞き分けまたは遣い分けられるようになるためには、『耳と口』よりも『念ずること』が必要である。言葉を耳で捉えて口で発しようとする前に、心に刻み込み或いは味わうことである。そうすれば自ずと耳や口、そして目と指もついてくる。
 私が小学生の時に初めて受けた英語教育も、英語の構文や単語を何度も繰り返し聴いて喋るような『耳から入る英語』や『口を動かす英語』ではなく、先ずは単語とその表すものの絵の記されたカードをよく見、それを表す構文を読み上げる形で、それを1回か2回聴いて喋るものである。そこで発音を直されたりすることはなく、次々とカードが入れ替わる。発音はそれを続ける内に直されなくても自ずと良くなる。
 黒板やポスターではなくカードであることも良いのかもしれない。各々の『手許に取って見る』ことにより、その英語が自分に関わって来ることを実感し得るからである。また、教科書のように児童の私物ではないので「後で幾らでも見れる」とばかりにやり流してしまうこともない。因みにアメリカの学校の多くは教科書は貸与制であり、書き込みをしてはならない。日本の学校のように私物であっても、書き込みや線引き、マーキングなどにより自分の好きなようにすることができることは余り良いことではない。ものを覚えることに必要な制約を感じながら、即ちそこで念じながら習うことができないからである。

 「何度も繰り返し聴いて喋ってみる」――それは逆効果である。
 少ない回数×多い文例 が効果的である。1つの問題に余り突掛からないことである。入学試験なんかも、受験勉強の時に突掛かって泥沼に嵌まって腐心した問題が出る訳ではない、多分。
 現代日本の世論の在り方も天皇の退位を巡る事柄など、1つの問題に突掛かることを勧めがちであり、民意の形成のためには逆効果となっている。懸案といっている間にだらけ、そこに声だけが大きい者が出て来て済し崩しに決まったり先送りとなったりすることになることが多い。財政の再建を巡る論議なんかもそうである。

 そのようにして私は中学の卒業までの9年は英語の力と成績を順調に伸ばしていた。
 しかし、高校に入ると伸び悩む――
 そこには、他の多くの人は3年なのに私は9年となることによる疲れや人より長く英語を習っていることからの反則をしているかのような感じ、または9年習っている私より3年で上をゆく人がいたりすることの割の合わなさげな感じがあった。なので私は高校生の頃には英語の習得におけるこれという確かなものを感じてはいない。英語だけではなく他の殆どの教科も成績が悪い。一つ残っているものを挙げれば、各々の教科に関して『何故、それを学ぶのか』の意義を一癖も二癖もある並みいる教師等に語り伝えられたことだけである。例えば数学と民主主義が深い関わりのあるものであることなどはそれまでは全く思いもよらないものであった。学ぶ意義、それと『香り』である。例えば古語の成績は極めて悪いが、そこには古語の香りというものが存分に感じられた。そこで私は少なくとも古語にある、通底する『癖』を感じ取ってそれを盗むことにより、卒業の後の幾らかの開眼につながることになった。そしてその古語の『癖』が英語や大学の専攻であるフランス語とフランス文学にも通じるものであることを近年に悟る。私の学業の多くのものは卒業の後の十年も二十年も掛かって開眼につながったものである。

 もう一つの「反則」がある。
 それは大学の卒業論文がないことである。
 私の属していた演習講座、ゼミナールは卒業論文のない制度なので反則でも何でもないが、多くはそのような大学生活は考えられないことである。
 そこには、演習の題目の内容が深過ぎる故に一介の大学生には論文を物する程の水準の理解が出来る筈はないという担当教授の割り切りもあるのかもしれない。また、当面は就職が最優先であり、題目に関する本当の学びは何十年後にしてくれればよいという或る種の鷹揚もあるのかもしれない。そのような割り切りと鷹揚、「君達には早いからね…」を感じさせる程にいつも自信たっぷりな教授である。その教授を一として私の学んだフランス文学科は世界、即ち世界の中心たるフランスにおいても活躍して日本においても元経産官僚の古賀茂明氏よりも有名な錚々たる面々が教授や講師を務める所である。上から目線なんかは当たり前で、私はしばしば朝日新聞の社説も時に批判に言うような「上から目線」というものに目くじらを立てることのない或る種の達観を大学生活を通して得た。そんなことを言っていたら、諸外国ではそれだらけで厭になるに違いない。
 更にもう一つの「反則」は昨日の記事にもあるように、成人式に出ていないことである。

 就職の採用面接なんかも、ヘレン ケラーではないが、『耳と口』よりも大切なのは『念ずること』である。
 私は強く念じた採用面接では殆ど採用されている。それについて「殆ど」と言うのは、転職が多いということでもある。アメリカ人を含み、トランプ景気若しくはトランプ不況の時代を乗り切るための参考とされたい。
 念ずるとは、それによりあらゆる語りと態度に一貫性或いは相手の関心が引かれるものが表れる態勢になるということであり、それが英語の習得にも就職などにもなくてはならないものである。オバマの演説なんかも、念じながら聴けば、その前に言葉を念じながら覚えておけば、聞こえて来る。

 弊ブログがお気に入りブログや外部リンクとして指定しているブログ等の数々も、その選考基準と指定継続基準は『念の強さ』にある。
 その殆どは思想信条や政策観の内容ではなく、『念の強さ』、またはそれを表現することにおける体裁の丁寧さ、即ち『表現の自由を行使することに懸ける念の強さ』を評価する。それがぼろぼろと崩れて来たりそんなことは二の次という姿勢が感じられたりすると指定の打ち切りとなることがある。
 尤も、内容を問うことを否定するのではない。但し弊ブログはなるべく内容の評価や所感に動かされて指定を打ち切ることのないように努めている。

 ブログは多くの場合は音を出さない。
 弊ブログは右欄外の'The Time on Anywhere'の項にユニクロの提供する暦と時計を表示するが、それに付くBGMは'OFF'にしてある。初めはそうはせずに'ON'でBGMが流れていたが、自ら聴いてみるとかなりうるさいのでやめた。弊ブログは鉄道の駅における告知BGMの使用にも否定的であり、阪急電鉄の旧型告知音のような機械的で単純な音によるものまたは東京急行電鉄のような無音を支持する。自らのブログにもBGMは付けないようにしている。阪急と東急の他も、昔はどの鉄道事業者も機械的ブザー音であり、今のようにJ-POPなどの旋律を用いるBGM告知音は少なくとも当時に育った人としてはとても違和感がある。BGMにしても、阪急の新型告知音――それも今はかわっているかもしれないが、――や横浜市地下鉄、多摩モノレールのような自社専用の音楽に留めるべきであろう。

 私についての話が長くなって元の話に戻る。音と声の認識についての話である。

 一般の音楽を鉄道の告知音に用いることの元祖は国鉄である。
 曲名は知らないが、新幹線やL特急に乗って発車すると程なく「♪あなたと私がその駅を 出てから何分 経つのでしょう…」という音楽が流れて来る。その歌詞は私が今作詞したものであり、国鉄-JRがそのように言わむとしているかどうかは分からない。その曲は国鉄専用曲ではなく一般の歌を流用してのものである。してその答は「1分も経っていない、like a rolling stone...」

 私がそこに用いている作詞の能力はいわば直前の記事にあるような、音を言葉に変換する能力である。音を左脳で言葉として捉える力であり、ジャポリネシア的なるものである。
 私は主に所謂西洋的右脳優位の音重視型であるとみられるが、日本的左脳優位の言語重視型の脳力をも無駄に眠らせずに生かしている訳である。
 言語とは状況を表すものであり、「列車が始発駅をたった今出て皆様の旅が始まっている」という状況に鑑みればそこに流れる音楽に乗せることに相応しい歌詞は「♪あなたと私がその駅を 出てから何分 経つのでしょう…」などとなることが妥当であるという認識がそこには反映される訳である。そのためには、音そのものに感じ取ることのできる情緒をそれに相応しい言葉と結びつける発想が必要となる。

 では、日本人やポリネシア人は皆作詞家の才能があるのか、そうではないのが複雑な話となる。

 人の世には権威というものがある。
 作詞や作曲も権威である。一つの作品を作ると、その作者は一つの権威を手にしたことになる。分かり易い例はKANやピコ太郎である。
 人の世には送り手と受け手がある。
 KANやピコ太郎は送り手であり、その他の殆ど全ての人は受け手である。
 受けては彼等の作品における権威を受け容れることしかできず、その権威が定めたものを変更することはできない。要は幾らかの拡大解釈の許容の余地を除いては、彼等が歌う通りに聴かなければならない。
 そこで、細かい説明は難しいが、受け手は彼等の作品を専ら左脳、即ち言語のみにより受け容れることが条件づけられることになる。
 受け手にとっては極端にいえば、KANやピコ太郎の拍子や旋律ではなく、「心配ないからね…」や「I have a pen...」などの言語によってしか彼等の作品を認知することはできないように仕向けられる宿命にある。深刻な例は――私もそれについてはそうであるが、――「赤いスイートピー」という歌詞の言語に引き摺られて「スイートピーは赤い花」というイメージをしか持たなくなることである。本当はスイートピーは薄紫やピンクの花が主であり赤いスイートピーは希少種である。それを私は先日のフジテレビの『めざましテレビ』を見て初めて知った。三十余年もセイコ マツダに騙され続けていた訳である。藤井君、ありがとう。
 音楽の消費においては、言語が主であり音はその添え物としか認識されない。それは受け手がジャポリネシアであっても西洋人やその他であっても全ての人類が同じ宿命にある。いわば世界人類の全てが日本人であるともその意味においてはいえる。例外は歌詞のない、拍子と旋律のみの音楽作品である。拍子と旋律は送り手の発想や意図とは離れ、何かを言葉を用いて云うための手段でしかないものとして認識される。故に、ボブ ディランがノーベル文学賞を授かる余地もある訳である。
 それらの言語と音そのものを切り離して認識することのできる人だけがその例外であり、作詞家や作曲家の能力の可能性を得るのである。

 虫や獣の鳴き声も音楽と同じことである。

 「みんみん」とか「わんわん」などという擬声語は蝉や犬を人々に提供する或る権威者の解釈と発想のいいなりとなってそれを受け売ることを助長するものである。
 尤も、CHAGE&ASKAにならとかレディー ガガにならとか、彼にならばいいなりになってもいいという或る種の服従の心理は否定できるものではない。しかしそのような権威への服従の心理は仮令今は芸術の豊かな文明を享受していてもいつかはその代替わりが不可能となり、新しい人材が生まれては来なくなることにつながる。人々が悉く受け手でしかなくなるからである。日本は殊に「みんみん」や「わんわん」が日本人の文化であるかのようにいわれているので代替わりの不可能性による人材の不足に見舞われる可能性が高いし、所謂2020年を表す『おもてなし』という標語はその虞を端的に示すものである。自らがもてなすことをではなくもてなされることをしか志向しない、またはおもてなしというものの辛うじて存在するこの国の権威にぶら下がることをしか志向しない処から出て来たものであるからである。
 欧米語にも'bow bow'などの擬声語はあるが、日本の程には認知されてはおらず、常日頃に用いられるものではない。それらを知っていはしても、それらをなるべく遣わずに鳴き声などの音を表す心構えが欧米にはある。

 私の出身家が二匹の犬を飼っており、私は訪れる度に彼等と会っては力を与えられているが、彼等の鳴き声は決して「わんわん」でも'bow bow'でもない。彼等に固有の主体的鳴き声である。
 その一匹である妻は昨年の夏の長崎の原爆の日に逝去した。その日は『徹子の部屋』の司会者の誕生日でもある。その前日は明仁天皇のビデオメッセージの公表の日でありまたフジテレビの日である。
 去年の暮れ、クリスマスイブの日に私は彼女の二度目の墓参りをしてビオラの花を捧げた。三鉢組のビオラの花を、一つは彼女に、二つは私の家に、三つは出身家に供えた。そのクリスマスイブは彼女が子を産んでから10年となる記念の日でもある。犬は出産の瞬間を決して見せないものであると見え、そこに立ち会った私が少し目を離している間にこっそりと子が産まれ落ちていた。
 夫は年始に危篤かとさえ見える不調を呈したがけろりと回復して今ここにいる。但し鳴くことは稀となっている。

 犬の鳴き声を勝手に解釈しない。
 蝉の鳴き声を勝手に解釈しない。

 日本はどうも、勝手な解釈がいつの間にか権威となり果せることの多い土地柄といえそうである。
 その一つの端的な例は「天皇陛下のお気持ち」である。
 あのビデオメッセージから、陛下は天皇の退位の恒久的法制度の制定を望まれていることは明らかに読み取れるなどという勝手な解釈がこの処に横行している。
 その可能性を無下に否むのではない、いつかはその必要が生じることも考えられなくはないが、どう見てもあのビデオメッセージからはそのような御意思を明白なものとして見て取ることはできない。只、如何なる形であれ退位を望むことだけが明白なメッセージである。挙句の果てには「大御心」などという軽々しくは遣えない言葉を臆面もなく垂れる論者がいたりして閉口である。
 正に彼等は音を音として聴かず、発言を彼の語る通りには受け止めず、自らに都合の好い言語に換算して世に吹くジャポリネシアの権化のような野蛮人である。

 昭和天皇が終生に愛されたのは昆虫であった。

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by keitan020211 | 2017-01-11 17:36 | 文明論 | Comments(0)
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