戦後昭和~平成の鉄道の名車 'They're the trains'
 弊ブログの選ぶ、日本の戦後昭和~平成の魅力ある鉄道車輌です。
 地下鉄については今年の1月に番付5傑+次点を発表しています。

 近年は魅力ある車輌がとんと少なくなっています。
a0313715_18135877.jpg 最近に関東の私鉄京王電鉄と西武鉄道が座席指定の通勤車を新しく発表しており、首都圏の通勤事情を少し変えるのではないかと注目されています。弊ブログのそれらについての評価はまずまずで、外装については1990年代~2000年代の不作続きからかなり改善されていると思います。内装については関東の私鉄やJRには今までになかった質の向上があります。
 私は元々は通勤車の全座席指定には否定的であり、全座席自由或いは一部座席指定が良いと思っています。しかし京王と西武のそれは通常の全座席自由としても座席の位置の切り替えにより使うことができるといい、その便利さに注目しています。
 とはいえ、全座席指定は「座らせろよ、おらー!…」みたいなおっさんの論理を感じて嫌な感じです。座る必要のある障碍者などのバリアフリー策に関しては縦置長座席(ロングシート)が設計の観点からは有利であり、何も健常者が座れることにこだわることはない筈であるからです。
 魅力ある車輌が少なくなっているのは’90年代から勧められているステンレス鋼製車輌の導入及びJRなどの他社との設計の共通化が原因です。それらにより、首都圏の鉄道はどこも同じような車輌が走ることになっています。安ぽくて景観にも悪いし、経済的にも実は何も良いことがありません。製造や保守の経費の削減は需要を少なくしてしまうし、鉄道関係会社だけではなく乗客一般にもそのように誤った経済観念を植え付けています。
 どこも同じような列車が走ると、沿線地域の印象の格差は小さくなります。それにより、人気の沿線地域の生活様式などを真似る所謂意識高い系が跋扈することになっています。よって意識高い系を別名「ステンレス電車系」と呼ぶことにします。既存の別名は「スタバでマック系」。
 京王と西武の新車輌がそんな時代を終わらせるきっかけになれば良いですが、それでもまだまだ心許ないのが現状です。

 そんな時代になる前の、素晴らしい鉄道車輌の数々を以下に紹介します。

●西鉄2000系
a0313715_16031727.jpg

1973年~2010年
川崎重工製

 「美し過ぎる電車」と呼ぶと田舎の議員みたいに聞こえてしまうが、そのような今様の言葉の遣われ方のようにではなく本当に美し過ぎるといえるのが西鉄の主に特急に用いられていた2000系である。
 前面のデザインは路線バスの名車三菱エアロスターの1980年型に似ており、その姿には日常と非日常の織りなす機微が感じられる。
 2扉で車内は全席自由の転換式横置座席であり、他には関西の阪急6300系や国鉄117系などがその方式を採る。関東の京急2000系が転換式ではなく双方向設置の固定式ではあるが類似の方式である外は関東には全くないもの。
 私は西鉄電車には一度大宰府天満宮へ行く時に乗ったことがあるが、その時には現在の主力である8000系が福岡天神~二日市までの特急であり――それも感動的であるが、――、二日市~大宰府は他の3扉車であったので2000系には一度も乗ったことがない内に廃止となってしまった。
 他にも、西鉄には福岡の洗練されたイメージに相応しい車輌が多い。

●西鉄8000系
a0313715_16232079.jpg

1989年~
川崎重工製

 前書の、鉄道車輌が魅力をなくしてゆく時代の変わり目に出たのが西鉄の主に特急に用いられる8000系、先の2000系の後継車である。
 そこで時代の流れとは一線を画しながら良い所だけを取り入れる、絶妙な立ち回りによる新しいデザインは美し過ぎる2000系に見劣りすることのない鮮やかな印象である。
 先述の通り、私が初めて乗った西鉄車である。

●西鉄5000/6000系
a0313715_16342971.jpg

5000系:1975年~近日全廃
6000系:1993年~
川崎重工製

 西鉄の主に急行以下に用いられる。
 デザインは何れも粗同じであり、側面の扉が5000系は3扉で6000系は4扉、窓が5000系は2段式で6000系は1段式。
 装備類は一新されて別物となっている。6000系が出た’90年代の前半は三菱電機がVVVFインバーター制御装置を開発して全国の鉄道車輌に次々と導入されており、6000系もそれ。
 前面の非対称形のデザインは他に余り例がなく、数少ない例は関東の京王6000系など。何れも運転席のない右側の窓を思い切り節約している。使うべき所には使い、要らない所には使わない。――そんな真当な経済観念が形にも表れている名車である。
 自動車では日産自動車のコンパクトパフォーマンスカー キューブが後面の扉(バックドア)を2002年以降の型式で非対称形としている。
 31アイスクリームことバスキン ロビンスのダイキュリーアイスを想わせる緑色も、夏には涼しく冬にはほの暖かい感じで私好みである。

a0313715_18475373.jpg174.png西海九州の雑学
◯佐賀県には何故西武ライオンズのファンが多い?
 全国47県の最もファンの多いプロ野球団を示す地図が先日にツイッターに出ていました。
 そこで、私のファンである埼玉西武ライオンズは、佐賀県と滋賀県の2つ。ライオンズの地元の埼玉県は読売ジャイアンツが最多と出ています。
 滋賀県は西武財閥の創業家の出身地であり、近江鉄道はライオンズのレオ印をあしらう車輌があるのでそこにライオンズのファンが多いのは何となく分かりますが、しがさが違いの佐賀県に多いのは何故でしょうか?
 ――ライオンズは元は福岡を本拠地とする西鉄ライオンズ、よって昔は福岡を中心として九州にはライオンズのファンが多くいました。しかし、今は福岡ソフトバンクホークスがあり、福岡のライオンズファンはホークスファンに変わってゆきました。しかし隣の佐賀県はライオンズ離れが余り起こらず、今も残党が根強く残っているのです。
 因みに私の地元神奈川県は埼玉県とは逆に、意外にも―?―地元横浜ベイスターズのファンが最も多く、ジャイアンツを上回っています。
 西鉄は佐賀県を通りませんが、県域に最も近い所にある駅は福岡県小郡市の大牟田線の味坂駅です。

●阪急6300系
a0313715_17200183.jpg

1975年~現在稀少
アルナ工機製

 阪急京都線の特急に用いられるものとして出た2扉の転換式横置座席車。
 現在は嵐山線の普通にも用いられる。
 公衆電話機を備えるなど、一般車としては最高級のおもてなしを持つ。しかし、今は携帯電話が広く普及しており、時代が変わっていることがこの車輌からも感じられる。
 京都線は25km程の宝塚線や30km程の神戸線とは違い路線の距離が50km近くあるため、居住性の高い特急車を要する訳である。かつての特急停車駅は大阪梅田;十三~京都大宮;烏丸;河原町、大阪と京都の間を無停車で直行していた。'90年代に中間地点の高槻市に停まるようになり、今は更に増えてかつての急行と粗同じになっていて残念である。
 西鉄の特急や京急の快速特急と同じく、座席指定はないので気軽に乗れるのが魅力である。

●阪急9300系
a0313715_17352623.jpg

2001年~
日立製作所;アルナ工機製

 前項の6300系の後継車であるが、2扉が3扉になっている。
 特急の停車駅を増やす目的から来るものなので率直に良いとはいえないが、物としては鉄道車輌がますます詰まらなくなってゆく2000年代にあって孤軍奮闘の力作といえる。

●阪急8000系
a0313715_17433481.jpg

1988年~
アルナ工機製

 阪急の'90年代の主力車。
 更新工事によるデザインの変更が最も多くなされた型式でもあり、上の写真は前面の銀色の帯板が取り除かれた第2期型。更に前面の車番の表示位置の変更や彫をなくして斜め切りにするなどの型がある。どれもそれ自体は良いが様々の駅地域に応える停車駅の増設と同じく、様々の好みに応えようとする余りに節操がない感じがする。やはり最良は初期型である。通勤車として最も安心して乗れる車輌。

a0313715_18534575.jpga0313715_18494967.jpg

 今は上の写真にはない広告向けのような書体に変わっており、安ぽくなってしまっている。
 嵐山線用の木目地に毛筆書体はおぞましい程に俗悪。

●阪神8000系
a0313715_13572740.jpg

1984年~
武庫川車両工業製

 阪神電車の永年の平凡なイメージを変えた'80~'90年代の主力車。
 上の写真は特急または快速急行、急行に用いられる旧塗装であり、普通車は下半が紺色で上半が肌色。
 '90年代後半に薄紫と白の二調塗装やステンレス時に赤帯などの新塗装が出たが、最新のものは橙と白の二調となり、8000系も今はその塗装に変わっている。
 橙と白はプロ野球の読売ジャイアンツを想わせるとの苦情が今年2017年の阪神電鉄の株主総会においてあったという。阪神といえば甲子園、甲子園といえば阪神タイガースということであるが、時にはタイガースの図柄を車体にあしらう列車もある。
 室内は大阪~神戸で競り合う阪急電車の木目の内装とは異なり、よくある白の壁板であるが、他のそれと比べ一際に綺麗で落ち着きが感じられる。
 前面のデザインは同時代の阪急8000系に似ているが、阪急の彫の深さと比べ阪神は滑らかな感じでより日本的美しさといえる。
a0313715_18583806.jpg

 今は青字にUFJ銀行の案内板と同じポップ調の書体のものに変わり、阪急と同じく俗悪化している。

●近鉄3000系
a0313715_14163705.jpg

1979年~2012年
近畿車輌製

 京都と奈良とを結ぶ近鉄京都線の専用車であり、京都市地下鉄烏丸線に乗り入れられる。
 屋根の冷暖房機が前を後へ一連に繋がっており、当時は主流であった分散式冷暖房機の凸凹な感じがなく美しい。
 近鉄電車の当時の塗装色は真紅一色であり、3000系だけが違うステンレス地に真紅の帯が入るもので一際目を引く。
 近鉄車に特有の重たい感じは3000系も同じであるが、その重たさにもどこか賢く爽やかな感じが漂う。
 それまではステンレス鋼製の車輌は東急車輌のみがアメリカのバッドカンパニーの特許により製造できるものであったが、近鉄3000系は東急車輌の外では日本に初めてのステンレス鋼製の車輌となった。それも、東急の特許が切れたのではなく特許に抵触しない製造法を用いることにより実現した。
 因みに当時は東急車輌製も、東京急行電鉄の外にはステンレス鋼製の車輌は殆どなく、地下空間の湿気に由る車体の腐食が懸念される地下鉄でも東急東横線との直通運転のある営団地下鉄日比谷線の3000系や東京都地下鉄三田線の6000系、新宿線の10-000系など数える程しかない。ステンレス鋼製車輌が広く普及し始めたのは'80年代の半ばの頃からであり、話がこの記事の前書に戻る。

●近鉄3200系
a0313715_14374075.jpg

1986年~
近畿車輌製

 前項の3000系に続く京都線及び地下鉄烏丸線の専用車。
 地下鉄の車輌には多い、前面の貫通扉が中央ではなく脇寄りにある設計であるが、ステンレス鋼製ではなくアルミニウム鋼製に近鉄の定番色の塗装がなされたものである。関西には他にも阪急7000系や前出の8000系など、地下鉄以外におけるアルミニウム鋼製車体の車輌は比較的に多くある。自動車ではドイツのアウディなどが採用しており、製造費用は高くつくが耐性が強くて結局は得をする。
 外装だけではなく内装の白を基調とする落ち着き感も、京都の雰囲気に好く適う。

●近鉄21000系
a0313715_14573719.jpg

1988年~
近畿車輌製

 アーバンライナーと呼ばれ、大阪~名古屋の名阪特急に用いられる。
 その2002年の改良型として21020系があり、アーバンライナーネクストと呼ばれる。
 私のかつて住んでいた神戸を、名古屋へ行く際には大阪でJR東海道新幹線に乗り換えて行く経路があるが、費用対効果を考えると大阪のミナミに立ち寄り、難波を出て近鉄アーバンライナーで行くのが最良である。
 昭和の名車としてビスタカーと呼ばれる二階建の30000系などがあり、アーバンライナー21000系にはそのような出色のものはないが、座り心地や乗り心地、夢み心地などの質の高さでは後者が全国一の優れものであり、日本史上最高の観光特急車といえる。
 車窓風景の優れ所は何といえども、室生口大野や東西青山を通過する三重県西部の山なりの村々である。それだけを日本の原風景といっては他に失礼ではあるが、昔話によく出て来るような所謂日本の古典的風景がそこにある。

a0313715_19033199.jpg

 書体がモリサワ新ゴシックに変わった上にデザインが白地に変わり、阪急や阪神のように俗悪ではないがかなり改悪されている。

●国鉄-JR西日本;JR東海117系
a0313715_15141947.jpg

1979年~2014年
川崎重工;近畿車輌;日本車輌;東急車輌製

 既になくなっているであろうと察しがついてはいても、いざその事実を知るとなるとなかなか辛いものがある。
 国鉄大阪支社管内の東海道-山陽本線の新快速などに用いられ、主力を退いた後は白地に橙色の帯のJR東海色に着替えて関ヶ原越えの普通などにおいて用いられていた117系――
 しかし、意外と最近である。私が東海へ移った'00年代の半ばにはまだ辛うじて目にしていたが、後に関東へ移ってからは全く音沙汰がなく、その間に'10年代を見ることなく全廃となっているであろうと思っていたが、今の新安倍政権の時代まで生き残っていたとは。
 「高かろう悪かろう」といわれる国鉄では出色の質の高さが魅力、それが当時に検討されていた民営化の後を見据えての布石であったのか或いは駄目企業国鉄が最後にやってみた贅沢であったのかは明らかではない――というか、根からの民営企業にもない程の空想的資本主義に依って立つJRも違う意味で駄目企業であるが、――。

●JR西日本221系
a0313715_15352886.jpg

1989年~
近畿車輌;川崎重工;日立製作所;JR西日本製

 平成の世の始まりと共に出た、JR西日本東海道-山陽本線の新快速などに用いられる車輌。
 JRの発足から3年目で、正に国鉄との違いを鮮烈に印象づけた。
 お蔭で、それまでは京阪神間では圧倒的に優位にあった阪急電車の利用客が少なからずJRへ流れ、'90年代から今に至る阪急の苦戦につながった。
 私の住んでいた神戸の岡本は、阪急岡本駅とJR摂津本山駅が歩いて3分程、阪急は'90年代に特急が停まるようになって地域客のJRへの流出が食い止められたようであるが、それでも、普通しか停まらない本山駅を出て隣の芦屋駅で新快速に乗り継ぐと阪急よりも早いような気がする。尤も速いことでは前項の117系の新快速の頃からであるが、それに更に車両の快適さが加わった。取り分け側窓の大きいことによる車窓風景の眺めの良さが群を抜く。
 ということで、JR221系を平成名物電車と呼ばせていただく。

●JR西日本207系
a0313715_15531851.jpg

1991年~
川崎重工;近畿車輌;日立製作所;JR西日本製

 前項の新快速と快速用の221系と共に、普通用として出た。
 今は321系や323系が主力となっているが、そのデザインには基本形としては従来型に乗かっていながら枝葉末節で無理矢理に新時代風をこねくり出そうとしているような感じがして良くない。新しい標準―?―を作り出した207系の淡麗さには劣る。
 207系というと、JR東日本にも207系があるが全く違う型である。東日本の207系は常磐線と営団地下鉄千代田線の直通に用いられるものであり、かつて山手線など全国の電車特定区間に用いられていた205系をベースとするもの。
 221系と同じく、西日本の207系は阪急などの高品質な私鉄とも全く互角な快適さと信頼性の高い車輌である。

a0313715_19074548.jpg

 デザインは今も変わってはいないが、書体がモリサワ新ゴシックに変わり安ぽくなってしまっている。鉄道ファンとはそのようなことを何とも思わない人達であるらしい。

174.png近畿の雑学
◯「大阪嫌い」と一口にいえど…
 大阪を嫌う人は多いといわれる。
 '90年代の前半、地方分権が本格的に提唱されて自民党の一党支配が崩れ去ろうとしていた時代に『全国住みよい都市番付』というのが出たが、大阪は六百数十ある市の内の六百数十位となっている。感性における好感度だけではなく実際にも良からぬ評価を受けている。最近にも、経済力や学力、治安などで最下位級或いはまんま最下位となる番付が多く出ている。
 その'90年代はそんな低い評価にありながら、大阪の好感度は寧ろ高まっており、それが反転し出したのは'00年代以降である。当時は谷村新司の歌によるJR西日本の『三都物語』のテレビCMや大阪ビジネスパークや京阪奈学研都市の造成など、大阪-近畿圏の再生が盛り上がっていた故でもあるが、今はそのような景気の良い話を余り聞かない。'00年代以降の大阪の不人気の一因は弊ブログがかねがね指摘しているように、大阪芸人の質の低下である。昭和関西芸能界の大御所上岡龍太郎が20世紀最後の年2000年に突如に引退し、その後の後継者が育っていない。大阪芸人の全国向け番組における登場の数は前世紀よりも増えたが詰まらない芸人が多くを占めており、未だに笑福亭鶴瓶や明石家さんま、桂文枝などの旧人類に頼らなければ消極的視聴率は得られてもリアルに笑いを取れる率は激減にあるのが現状である。本当にどうしようもなく下らない――しょうもなくおもろいのではなく。――のが今の関西芸能界である。
 しかし、一口に大阪といえど、大阪には様々な顔がある。
 歴史的に大別すると:①摂津難波宮以来の大阪;②大阪城代松平忠明以来の大阪;③明治文明開化以来の大阪;④箕面有馬電軌(現:阪急電鉄)以来の大阪:がある。
 '90年代の俄か大阪景気は①と②を合わせたものであり、いわば大阪の伝統への回帰の試み。
 '00年代から現在のどうしようもなく下らない大阪は③で、大阪近代主義への回帰の試み。
 ④は戦前大正と戦後昭和の時代を牽引した当時としては新しい大阪の姿であり、一世を風靡した読売テレビの『11PM』などの関西お色気ものも④の流れ、平成生まれの人々は知らない。
 ③の明治文明開化における大阪は薩長藩閥の大久保利通の肝煎りにより大阪に大日本帝国の権力と経済力を担保するべく生まれたものであり、中央の力に乗っかって成り立っている。薩長藩閥の末裔の一人は現総理の安倍晋三であり、よって安倍政権の下の現在は『明治文明開化の大阪』の復刻が試みられている訳である。そんな流れを利用するように、大阪維新の会が出て来て一世を風靡している。
 今時の大阪人に、どこかいいようのない権威主義が感じ取れて鼻につくと思う人は少なくないと思われる。その権威主義というのも、大阪が偉い、一番であるということでの権威主義ではなく、「東京と一緒、安倍さんと一緒で日本の大阪」ということでの権威主義である。
 但しそのような流れを拓いた大阪維新の会の橋下徹元大阪府知事または大阪市長は議会において公明党と敵対している。公明党は元々は「東洋のマンチェスター」の美名の下に大阪を煙塗れにしていた③に与するものではない下層労働者階級の勢力であったが、'00年代以降は自民党と中央政府に近づくことにより③への仲間入りを果たそうとしている。そもそもが近代人間主義を是とする公明党、明治文明開化の流れとは相性が良いのである。
 ③の流れから出た橋下が、③と敵対して戒めているのが面白い。橋下がそうなのは彼が大阪の出身であると共に東京の出身でもあることからのことであろうと考えられる。橋下にとっての大阪とは主に江戸の薫る②である故に、③は歴史の現実の一部ではあれども覇権を許すべきものではないのである。
 私、弊ブログも③の意味における大阪についてなら、大阪嫌いといえる。

●名鉄100系;200系
a0313715_16163779.jpg

1979年~
日本車輌製

 前出の西鉄2000系と共に、美し過ぎる電車。乗って行けば何か良いことがありそうな、という感じ。
 主に豊田線及び名古屋市地下鉄鶴舞線、名鉄犬山線に用いられ、その都会風景と田園風景に良く馴染む。
 今は珍しくなくなっているが、当時は通勤車としては珍しい、窓の開かない設計。
 しばしば、窓が開かないなんて風情がないという人がいるけれど、冷房があれば窓が開く必要はない。そのような合理的発想も当時としては斬新で、魅力に感じられる。

●名鉄1000系
a0313715_16282028.jpg

1988年~
日本車輌製

 従来の展望車7000系のパノラマカーの後継としてパノラマスーパーと呼ばれる。
 7000系の展望席は乗務員室が2階にあって1階が先頭部まで丸々客室になっているものであるが、1000系のそれは乗務員室が半地下型になっており、その頭上が眺望できるようになっているもの。
 特急券を要する特別車と要しない一般車が半分ずつ編成され、観光や遊興にも通勤にも気軽に乗れる。但し、犬山~常滑線の特急は全車特別車の列車が殆どを占め――それでも安く、偶には通勤利用もする気になれる。――、一般車が付くのは主に名古屋本線の特急である。
 パノラマカー7000系は歴史的名車といわれ、私も幾度か乗ったことがあり、やはりその通りと感じさせる味があるが、靴跡を真横に広げたような形の前照灯やレジャー感覚の溢れる逆さ富士形の行先表示板など、デザインがもはやあり得ない程に旧過ぎる。

a0313715_19121177.jpg

 近鉄やJR西日本と同じく、デザインは変わらないが書体がモリサワ新ゴシックに変わって安ぽく改悪された例。
 前の書体はゴナであった。 

174.png東海の雑学
◯名古屋は西日本か東日本か?
 名古屋を中心とする東海圏は中京圏とも呼ばれる。中京とは明治時代の一頃に西京と呼ばれていた京都と新しく名を受けた東京との間に位置する都市圏ということでの名である。
 中間域なら、話は早い、「中日本」が正解である――そのような呼び方もありはする。より多く用いられるのは「中部日本」。
 しかし「中」はなしに、日本を西と東の二つに分けるなら、名古屋は西なのか東なのかはしばしば見解が分かれるようである。
 私は予てより名古屋は東日本と見ており、近年はテレビや新聞、雑誌などのメディアにおいても名古屋を東日本と見るのが優勢になっているようである。
 昔は東日本といえば東京を中心としてその直接の影響の及ぶ地域のことと解され、故に名古屋は直接の影響はなくて東京圏とは異質であるから西日本であると思う向きが多いものであった。色々な風習にも見られる名古屋の独特さが注目されていたのである。しかし、名古屋名物のコメダ珈琲店や寿がきやラーメンなどが関東に進出するなどすると共に、名古屋は今時は独特と見做されることが余りなくなっている。寧ろ名古屋流がリアルに充実を感じられて好ましい、日本の新しい標準(ニュースタンダード)と思われさえしている。前述の大阪の更なる不人気の一因は近年の大阪芸人のどうしようもない下らなさだけではなく、前世紀には考えられない現象であった名古屋流の鯱の如き躍進台頭により相対的に支持されなくなったことにもある。
 即席食品の味のつけ方なんかも、東日本向けはおしなべて三重県までが扱い範囲となっているものが多い。三重県は名古屋の更に西であり、それもまた近畿地方か中部地方かとの論争のある地域である。近畿地方が東日本とされる程ならば、名古屋は悠に東日本であるといえる。
 もう一つの理由はこれも平成生まれは知らない、電気製品の周波数の違いによる製品の仕様の違いの解消である。昔は静岡県の富士川を境に西は60Hzで東は50Hzと流れる電気が違い、故に電気製品はその境を跨ぐと使えないことが常であったが、今は何れにも対応できる製品が殆どを占め、そのことを考えることを要しなくなっている。故に名古屋と東京の断絶も認識されなくなり、普通に関東の隣と感じられるようになっている訳である。

●長電0系;10系
a0313715_16443854.jpg

1966年~2003年
日本車輌製

 廃止されたのは2003年であるが、その後14年に亘り須坂駅に留置されて物置として使われ、今年2017年の春に改めてお別れ会が催されてその直ぐ後に解体処分された、最期が変わり種な車両である。
 そもそも、長野には4扉の車両を要するのかとの疑問が湧くかもしれない。その疑問に応えてか、1980年に0系の改良型として出た10系は3扉になっている。3扉車は普通は車体長が18mないしは19mであるが長電10系は4扉車と同じ20mで、珍しい規格である。
 また、長電長野線の長野市街の区間は地下線であり、それも長野のような地方都市には例のない珍しいものである。長野人はとにかく、大都市と同じようなものがなければ気が済まないのである。
 しかし、その見栄張りも尽きてか、10系の後には自社調達の車輌は一つもない。東京メトロ日比谷線の3000系や東急8500系、小田急10000系などを譲受して用いられている。
 地方私鉄の車輌の事情を見ると、自社調達の可能性はやはり日本経済の成長力にあるのかと思うばかりである。

a0313715_19175102.jpg

 他にも色々とあり、その度に大きく変わっているがどれも良い。但し一つだけ、国鉄書体を用いるものがあり、変である。

174.png信濃の雑学
◯「北信と南信」とは何か?
 長野県に行くと、偶に「北信」や「南信」という言葉を耳にする。
 それが何かはテレビの天気予報を見れば一目瞭然で、それぞれ長野県の北部と南部のことである。長野県の旧称は信濃国であり、その北と南である。北信は長野市を中心とし、南信は松本市を中心とする。
 観光需要では、北信は主にスキー場の多いことから冬が売りで南信は山間の高原の多いことから主に夏が売りとされる。
 産物は、北信は野沢菜や善光寺七味唐芥子などの辛いものが多く、南信は果物などの甘いものが多いとされるが、長野県産の代表的果物である林檎や葡萄の多くは北信で採れるものである。味は辛いも甘いも北信である。
 それらには気質の違いはあるのか?
 何となくではあるが、かなり明らかな違いがあると見える。
 南信は、教育県長野の先駆けである開智学校が創られた地でもあり、知識に訴える人が多いとされる。
 北信は知性を軽んずるものではないが、知識よりも智慧を重んずる人が多いとされる。
 観光客の迎え方なんかも、南信は豊富な―?―知識を武器として客に合わせてゆこうとするが、北信は智慧を用いて客を自分達の世界に招き入れようとする。故に南信を訪れると自分の所と違う所に来たという感じが余りしないが、あくまでも余所者扱いに留まるような感じがする。北信を訪れると如何にも敷居が高そうな感じがするが、数日もいればそこの機微に分け入り或いはそこの人になったかのような感じがする。
 南信の出身の有名人には池上彰や美川憲一などがおり、北信の出身の有名人には7&Iの鈴木敏文やエイベックスの依田巽などがいる。何れにしてもスターダムには乏しい地味な人物が多いが、南信は芸能やスポーツに強くて北信は政治や学問、商業に強いといえそうである。芸事は客の好みに合わせてゆかなければ見向きもされないが、政や商は有権者や客のペースに乗せられれば損をすることもあり、説得力が必要なものである。

●富山地鉄14760系
a0313715_17025630.jpg

1979年~
日本車輌製

 前項の長電10系と同じく、富山地鉄の最後の自社調達となった車輌。
 後には、京阪3000系などを譲受し、主力となっている。
 デザインは1983年に出た小田急8000系に通じるような、前面の角丸の広い長方形の連続窓が斬新である。真直ぐ-真直ぐ、角は丸く――そのような形は一過性に終り今時の車輌には殆ど見受けられないが、もっと普及するべきであったと思う。
 アイボリーホワイト地にダークベージュと真紅の塗装色も洗練されており、今の黄土色とエメラルドグリーンの塗装色に変わっているのは残念で、田舎は田舎らしくしろという圧力があったのであろうかと思うようなだささである。

a0313715_19221614.jpg


174.png北陸の雑学
◯北陸は何故自民党王国なのか?
 北陸四県といわれる福井県、石川県、富山県と新潟県――
 それらの内の福井、石川と富山は自民党王国であり、一頃に例外がありはしたものの、自民党の候補者が選挙の度に圧倒的に勝つ。新潟県だけは元は自民党の地盤を持っていた田中角栄の田中家の娘が民主党に移ってその主力の政治家となったために民主党及び民進党がやや優勢な地域である。
 その理由は当地の自民党が近年にいわれるように著しく右寄りではないからであると考えられる。
 昭和時代の自民党のように、右も左も保守も革新も何でもオールインワンで自民党に属す。なのでどんな考え方をしていても支持する政党は選ぶ余地がなく自民党になる訳である。
 寧ろ、当地の自民党は初めから他地方と比べて左寄りであり、高福祉路線である。それは今は鷹派であるかのようにいわれている石川県の森喜朗元総理なんかも同じである。北陸地方はいわば日本の北欧である。
 尤も、そんな北陸もおしなべて低福祉な日本と共にあるのでその願いの悉くが叶えられている訳ではない。願いの半分に達するかしないかな程であろう。それでも高福祉で安心できる社会は北陸人の宿願であり、その願いが今も自民党に託されているので民進党が何歩その政策を左めかしてみても一度は見向きされただけで終わった訳である。話は逸れるが、故に民進党はそんな北陸自民党との競合や重複を避けて理念や政策をもっと右に――それこそ台湾の民進党のように。――構えなければならない筈である。例えば中福祉中負担を具体的に打ち出すなどである。

●京急2000系
a0313715_14491582.jpg

1982年~
東急車輌;川崎重工製

 主に快速特急に用いられるものとして出た、2扉固定式横置座席車。
 固定式横置座席の配置は車両の真中に向かい同じ向きになるように並ぶものであり、真中の所だけが向い合せとなる。国鉄-JRなどに多い向い合せ型の配置は自由席では知らない人と向い合せになるのでかなり鬱陶しく、京急2000系のその座席の配置はなかなかよく考えられたものといえる。とはいえ、関東においては何故か転換式横置座席の車輌は絶無なのが残念である。
 2000年までに3扉に改造されて2扉車はなくなり、2000系の座席は縦置長座席となって塗装色も白の帯が上の写真のように窓の周りを塗り潰すものが窓下の帯に変わっている。
 直線と曲線が融け合う'80年代デザインの結晶というべき、形や各部の質感に至るまで美しく出来ている。

●京急800系
a0313715_15041220.jpg

1978年~
東急車輌;川崎重工製

 前項の2000系に4年先立ち主に普通と急行に用いられるものとして出た。
 4扉縦置長座席で形は2000系とは大きく異なるが、基本設計が共通しており、2000系を先取りするものとなった。
 片開扉は当時には殆ど作られなくなっており、粗史上最後の片開扉の新型車であったがそのデザインの新しさは今も古びずに現役にある。

●京急2100系
a0313715_16090252.jpg

1998年~
東急車輌;川崎重工製

 前々項の2000系の後継車として出、主に快速特急に用いられる2扉車。
 2000系の横置座席は固定式であるが、2100系からは転換式が採用され、関東では初となる。但し進行方向のみに自動のみで換わるため、乗客が任意に手動で換えることはできないのが他地方には元々ある自動転換式との違いである。
 デザインは良い意味で'90年代風の新しいものとなっており、デザインの共通化されたステンレス鋼製車輌が主流の当時の下らない鉄道車輌の数々とは明確に一線を画す。
a0313715_13210655.jpga0313715_13211767.jpga0313715_13214087.jpg

 下の写真が今のもの。
 かつては今の京急の名のつく駅名は全て京浜とついていた。その頃のものが上左の写真、ローマ字の書体だけがセリフ書体――:日本語や中国語の明朝体に当たるもの――でお洒落である。上右の写真の白地のものは最も馴染み深く、京急の他とは異なる趣を感じさせる。その京急も残念ながらモリサワ新ゴシック――下の写真――を採用しているが、全国で最後まで粘ってゴナ――上右の写真――を堅持していた。

●江ノ電1000系
a0313715_16240822.jpg

1979年~
東急車輌製

 前出の京急2000系や800系と設計の随所が共通する。
 例えば室内の窓枠には強化プラスチックが用いられ、よくあるスチール製の窓枠より見た目がきれいで然も堅牢である。
 強化プラスチック製窓枠はそれらの後には余り採用されていなかったが2001年に出た小田急3000系や2007年に出た小田急4000系が久々に採用している。窓ガラスが一連となることも相俟り窓の眺めが良く見えるのも特徴である。江ノ電における窓の眺めとは勿論水面に光の揺れる湘南海岸である。

a0313715_13370736.jpga0313715_13371478.jpg


●小田急8000系
a0313715_22253973.jpg

1982年~
日本車輌;川崎重工;東急車輌製

 小田急の主力汎用車として大量生産された5000系の後継車として出た。
 5000系と同じく、営団地下鉄千代田線への乗り入れはできず、小田急線内と箱根登山線内のみの運用のもの。
 一連であるかのように見える前面窓は当時としては斬新であり、'80年代の新しい時代の到来を感じさせた。
 ブラックアウトと呼ばれる、黒色を効果的に用いて窓の形をごまかす良く見せるデザインの手法は1979年に出た国鉄201系がはしりであり、それから全国の鉄道車輌が我も我もと取り入れていた。中でも小田急8000系のそれは素晴らしい。そもそも、黒は青と合うものであり、黒い窓に青の帯は大変に高級感がある。ブラックアウトは今は自動車にも取り入れられている。
 側面の造形も後に普及したステンレス鋼製の車輌にはあり得ない、鉄鋼製の造形の極致なる美しさ。その仕上がりは35年を経る今も少しも崩れることなく保たれている。
 屋根上の冷暖房機が集約分散型と呼ばれる2基となっているのも当時としては斬新で今としても最良である。分散型――:4~5基――のような凸凹感がなく、集中型――:1基――のような寂しい感じがない。
 乗り心地も並な感じの5000系やかなり悪い9000系と比べ著しく改善されており、今時の車輌等よりも乗り心地が良い――改悪されることがしばしばあり得るのは5000系と9000系の比較に明らか。――。

a0313715_13444643.jpga0313715_13450536.jpg

 左の写真のゴシック4550によるものは右の写真のモリサワ新ゴシックによるものが導入されている今も幾つかの駅に残っている。20世紀末から21世紀に掛けて新しく設けられた駅や高架への移転などにより新調或いは改造された駅は、その頃には駅名標がまだ旧型であったため。
 ローマ字の表記法が'Odakyu-nagayama'のようにではなく'Odakyu Nagayama'のようになっているのは良い。

●東急5000系
a0313715_16582877.jpga0313715_17002490.jpg

1954年~1986年/2002年~
東急車輌製/東急車輌;総合車両製

 全く異なるような上の写真の2つの車輌――実はどちらも同じ東急5000系である。
 既に廃止された車輌の型式番号が後に再び付くことは近年にはしばしば見られるものになっている。小田急が3000系と4000系を――いずれも通勤車であるが前者は元は特急ロマンスカーの型式番号であった。――新たに用いているなどである。京王は近くハイパフォーマンス通勤車5000系――元の5000系も'60年代の当時としてはそう。――を導入する。番号を使い果たし、一巡している訳である。
 しかし東急5000系は単なる番号の再利用ではない。よく見ると、旧5000系と新5000系はよく似ている。前面の傾きとその裾の部分の引込み具合が先ずそうである。また、窓も作り方は時代を反映して違うが、大き目で眺めの良いことが似ている。それも京王旧5000系や8000系などのように前面窓が側面へ回り込むようなパノラマなものではなく普通に前面に張るだけで広い視界を確保する、東急らしい、贅沢感のない機能性の高さである。
 今や日本の田舎の風景を語るには欠かせないものとなっている1962年に出た7000系以降は、東急電車の車輌は取り敢えず今様の形になっておればよいというような詰まらないものが多いものであったが、新5000系が出たことにより華が取り戻されたように感じられる。とはいえ、新5000系の設計は'90年代から今'10年代に首都圏を主として占めているJR東日本との共通化設計車輌がベース、側面のデザインは小田急3000;4000系と全く同じであったりするが、東急新5000系はそれらの中でもどこかそれらとは一線を画するような高品質感と独自の存在感がある。同じような座席に同じような液晶案内画面を見ていても、東急のそれにはまやかし感がなく信頼して乗れる。
 旧5000系の車体は東京の渋谷駅西口の広場に展示されており、テレビの街頭インタビューにもしばしば映る。

●東急7000系
a0313715_17364744.jpg

2007年~
東急車輌製

 前項の5000系に次ぎ、旧型式番号の再利用となる。
 旧7000系が出たのは1962年であり、派生車の7200系と共に多くが地方私鉄へ譲渡されてそれぞれの当地の顔となっている。首都圏の近場では静岡の静岡電鉄がそうである。
 新7000系は元は池上電鉄という東横電鉄の東急とは前身の違う池上線とその隣の多摩川線の専用車であり、その設計やデザインにもどこか他の東急電車とは違う趣がある。池電と東横の他にもう二つあるのは目黒線、大井町線、多摩川線と田園都市線を持っていた目黒蒲田電鉄と新玉川線と世田谷線を持っていた玉川電鉄であるが、旧目蒲向けの最近の新型車は旧池電向けの7000系や5000系と比べ趣味が悪い。田園都市線は今は2つの本線の一つとなっているので旧東横の東横線と同じ5000系が導入されているが目黒線と大井町線は聊か別世界というような様相である。
 ステンレス鋼はかつては曲面加工が難しく、東急車には平面的デザインしかなされていなかった。それを敢えてしたのは1987年に出た小田急1000系であるが、新造導入から何年も経たない内に曲面が波打ったり、そもそも等しい寸法と形になっていなかったりと、日本の産業経済の凋落をその数年前に暗示するかのような見るも無残な試みとなった――小田急1000系の無残な試みはもう一つ、扉の幅が2mのワイドドア車がある。デザインも利用感覚も破綻しており、鉄道史上稀に見る無用の長物となっている。――。しかし、今は曲面加工が発達しているらしく、東急新7000系はその大成功作となっている。
 室内は総木目調となり、温かみが感じられる。総木目調の内装はそれまでは阪急電鉄だけが用いるものであり、阪急以外または関東では初。座席の色模様が阪急の渋緑茶のような単色とは違い明るく爽やかなエコロジーカラーなのが池電らしい雰囲気を感じさせる。外装色も従来の東急にはない派手な意匠となる。

a0313715_13582729.jpga0313715_13583973.jpg


 左のものと右のものとの間にもう一つ、線がピンク色で書体がゴナのものが1990年代頃にあった。それが私の最もお気に入りの東急の駅名標であるが2000年代から右の写真のものに替わっている。

●京王5000系
a0313715_18130166.jpg

1963年~1996年
日本車輌;東急車輌;日立製作所製

 室内の幅が広く、縦置長座席でありながら空いている時には至って快適で、京王の永らくの売りである高尾山などへの観光輸送にも充分に耐える。寧ろ脚を伸ばせたり座席に寝れたりで横置座席よりも良いと思える程である。
 乗り心地も絶対値としては今時の新型車と同じ位、当時としては最先端の良さである。鉄道や乗合自動車の乗り心地が進歩改善されていたのは概ね'90年代までであり、以後はやや退歩改悪されている。つまり、京王5000系は今の時代に粗その侭復刻製造されても今の最新鋭の車輌等と互角の性能と利便性があるということである。逆に、平成30年は昭和30年と同じ水準であるともいえる。

●京王6000系
a0313715_18270917.jpg
 
1972年~2011年
日本車輌;東急車輌;日立製作所製

 日本らしさを特徴づけるもの、即ち日本と他国を明確に分けるものの最たるものは左右非対称にあるとされる。色々と言い立ててはみても殆どの「日本らしさ」は世界のどこにでもあるようなものであるがそれだけは歴然と日本にしかないといわれる。
 前出の西鉄5000;6000系もそうであるが、京王6000系は前面の窓の配置が左右非対称であるのが大きな特徴である。右側は停止位置指標などの右下にあるものだけで他には何も見えなくても実は困らない。故に左側の窓だけを充分に大きくする訳である。
 逆にシナなんかは左右対称が絶対的常識であり、何を作るにも左右非対称は考えられないらしい。
 昭和47年といえば、高度経済成長が終わり、所謂西洋並みの生活水準に追いつくことが至上命題であったそれまでとは物の見方が変わりつつあった時代である。そこで左右非対称などのような独特の姿、取り分け日本の独自性というものが様々に模索されて或るものは支持や普及を得ていた。
 窓だけではなく、その上にある行先表示部も独特。それが単なる奇抜ではなく実用品としてすんなりと受け容れられるようなものとなっているのは当時の活力である。
 そんな6000系は二度目の経済成長期となる'80年代に亘っても次々と増備された。'90年代には5扉仕様車も出、その活力は留まる処を知らず、6年前に全廃となるまで39年に亘り就役していた。私が鉄道車輌の解体作業を見るのはそれが初めてであり、インターネットの恩恵である。

a0313715_14063249.jpga0313715_14065235.jpg

 かつては線の色が臙脂色に近いダークローズであったが1990年頃からのCIによりピンクと紺になっている。京王バスもそのCI色を取り入れていたが近年は紺色のみになっている。
 書体は1980年代の中頃までは細丸ゴシックであり、それがデザインは同じな侭に左の写真のものに替わった。
 京王は案内表示などに用いる書体を他社のように色々と使わずに物によらず隅々まで残らず同じにし、そのための取換は時間を置かずに一気に進められ、それだけは昔も今も変わっていない。京王の歴史を紐解くと、府中までの京王電軌と府中が起点の玉南電鉄の合併のための線路の改軌の工事も短い工期で直ぐに出来たという。

174.png神奈川の雑学
◯「神奈川の基地負担をなくせ!」との声がないのは何故か?
 この「基地負担」とは自衛隊の基地ではなく、アメリカ軍の基地のこと。
 神奈川県にはアメリカ軍の基地が16か所、横田基地、多摩サービス補助施設、府中通信施設と清瀬の大和田通信所を加えると20か所もある。
 その数は全国47県の内の2位であり、1位は57か所がある沖縄県である。
 沖縄のUS軍基地にまつわる今日2017年7月28日までの最新の話題は太田昌秀元知事の沖縄県民葬、そこには安倍晋三総理や鳩山由紀夫総理などの中央の政治家も招かれて参列したが、献花の時に、鳩山総理の時だけ拍手が起こった。一見は自慢話のようにも見えかねないが、鳩山氏は今日の自らのツイッターにそのことを「私だけが!」と語っている。鳩山総理は沖縄のUS軍基地の負担を減らすべく、普天間基地の日本への返還に伴うその移転先を「最低でも県外へ」として自らの政権(2009~2010)の時にアメリカ政府などへの働き掛けをした。永らく知られるように、沖縄にはUS軍の駐在を好ましく思わない人々が多い。
 面積も人口も沖縄県の何十倍もあって基地の数は三分の一もない神奈川県及び多摩・武蔵野地方なら、沖縄の程にはそのような声が出ては来なかろうとの見方もできるが、その他と比べれば神奈川のUS軍基地の負担は抜き出て多い。沖縄と神奈川の以下に比較的に多いのは北海道の18か所、青森県の6か所、広島県の7か所や長崎県の13か所である。
 昔は神奈川にもUS軍基地を退かせようとする動きがあった。1964年に大和市と町田市に、1977年に横浜市青葉区に、厚木基地のUS軍の飛行機が墜落する事故があり、US軍と日US安全保障体制に対する抗議の運動が神奈川にも興った。
 バブル時代には逗子基地に対する抗議運動が興ったが、粗それを最後に神奈川の反US軍基地の動きはない。
 その理由として考えられるのは一つには沖縄のそれとの密度の大きな違いであるが、もう一つは神奈川人は自国日本の軍を信用することはできないということである。
 日本史を紐解くと、神奈川は古代から栄えており、鎌倉時代には政府の所在地にもなり、或る意味では歴史を通して京都にも勝る程の政権体制の安定や繁栄を日本に及ぼしていた。
 古代にも鎌倉時代にも、神奈川には軍人が多くいたが、明治時代以降の近代日本の軍延いては自衛隊は昔の神奈川の軍とは路線(method)が違う。「鎌倉武士」などというが、近代軍は鎌倉武士ではない。
 神奈川人が憲法の改正を云うのは、鎌倉武士とは違う今の軍なんかは子供騙しなのでそんなものはなくして新しい軍を創れということ:神奈川人が憲法の護持を云うのは鎌倉武士とは違う今の軍なんかは子供騙しなのでそんなものはなくしてとりあえずはアメリカ軍に頼ってごまかせということ。何れにしても自衛隊ではいけないということは同じ。
 私、弊ブログも本音はそうであるが神奈川以外の世論を勘案するととりあえずは自衛隊を能うべく改善する外はないと考えており、憲法の改正の必要はないとしている。新しい軍を創るにも憲法の改正の必要はない。何れにせよ、自衛隊は災害における活動など、日本の誇るべき独特な防衛組織であると思ってはいない。災害の援助などは当たり前にも当たり前の軍の任務であり、それを称賛する今時の報道のありようは愚かである。
 尤も、近代軍ではない軍は世界のどこにもあったことはなく、鎌倉武士を軍事の理想とすることは単なるロマン主義でしかないかもしれない。しかし少なくとも日本の政府や近代軍は神奈川人にとっては信用ならないものなのである。因みに神奈川県の出身の内閣総理大臣は有名なあの人唯一人。
 自国を信用することはできないから、アメリカ軍に頼っておくしかない。故に神奈川における反US軍基地の動きは興りにくい。
 そこが自国への信用を求めて延いてはアメリカへの信頼をも求める安倍政権との違いであり、また、日本が自国ではない沖縄との違いであるが、反安倍でも反沖縄でもない。沖縄については「そういう所も日本にはある。」というような認識であろう。
 自国の歴史を誇りながら自国を信用しないことを、政治思想学の概念ではアナーキズム(無政府主義)という。私、弊ブログの思想の原点でもある。アナーキズムを信ずるのは昔は文化や政治、経済などにおいて強い力を持っていた地域、殊に農業を本位として独立性と中央との関わりを上手いこと保っていた地域に多く、日本語の「無政府主義」というように本当に政府を無用とすることではなく、現在の政府を無用と見做して自地域が主導の政府をしか望ましい政府とは認めないということである。尤も、昔の程にではないが、神奈川は現代の今もかなり強い文化と経済の力を持ってはいる。しかしその力はマスコミベースでは見えては来ない。

●西武30000系
a0313715_14321744.jpg

2007年~
日立製作所製

 いつも定刻に走り、何となく見ている電車――
 するとどうしても気づかないが、この30000系は西武鉄道が社運を賭けて導入した重みのある車輌であるという。
 その社運とは上場廃止に因る経営の再建、2004年、総会屋への利益の供与と有価証券報告書の虚偽記載による証券取引法違反の責めを問われてのことである。当時のニュースを陣取っていたが、電車はそれでもいつものように動く。
 『Smile Train〜人にやさしく、みんなの笑顔をつくりだす車両〜』の考え方の下にプロジェクトチームが組まれ、殊に内装は十人余りの女子社員のみが担当した。
 外装は地下鉄以外では関東には珍しいアルミニウム合金製であり、塗装はないがステッカーで色を配し、塗装のある車体と遜色のない質感がある。前面のみ白の塗装があり、同じく前面塗装ありでも京王などのような強化樹脂製ではなくアルミニウム合金に直に塗装がしてある。
 全体として卵のような丸みを出すためでもあるが、前照灯は今時には珍しく丸形なのも嬉しい。

●西武40000系
<a0313715_14524632.jpg

2016年~
川崎重工製

 この記事の前書にも言及した全席座席指定の列車のために導入された。
 その全席座席指定の列車の通称はS-TRAINといい登録商標となっている。そのS-TRAINの社外の解説の記事を見ると、「着席保証列車」と呼ばれている。――「着席保証列車」、何とださい、勘違い真面目な言葉であろうか。勘違い真面目とは、「稲田朋美さんを将来の総理大臣に!」というのと同じような語感。
 単純に考えるだけでも、座席指定券を買って乗っても、そこに無断着席をしている人がいることはあり得、保証されたことになってはいない。
 それを確実に保証しようとするとそのための駅員の案内が大きな声で何度も言わねばならず、乗るまでの快適さは損なわれることになる。「指定券のないお客様は御乗車にはなれません。指定券のないお客様は御乗車にはなれません!!、危険です!乗らないで下さい!!」
 それに違反した際の増料金の徴収をするかしないかなど、運用の既に始まっている今も色々と不透明な問題がある。
 そのような問題点はとりあえず置いておいて、「置いといて。」、車輌だけを見るとかなり良い。近日導入の京王5000系も基本としては同じ内装の造りをしているが、西武40000系のそれの唯一つ残念なのは内装色が青基調で、座席の色の趣が国鉄じみていることである。
 そもそも座席指定は国鉄-JRの急行と同じ発想である。JRは昨年2016年に急行を廃止しており、今やJRにもない前時代なものを京王や西武などの私鉄がする理由は理解できない。これからは逆に田舎の人に笑われることになる。
 私の取り分け好きな点は側面の窓の周りが橙色に縁取られていることである。40000系もまた前項の30000系と同じくアルミニウム合金製の車体にステッカーによる色取り。

a0313715_16001960.jpga0313715_16003474.jpg

 今まで気がつかなかったが、西武はモリサワ新ゴシックを採用していない。駅名標などの案内表示の書体がモリサワ新ゴシックではないのは大手鉄道会社等では他に西鉄、阪急、阪神、南海、相鉄、京成とJR東海だけ――8社/19社である。
 西武が今は用いる右の写真の書体は現在のANN報道ステーションの字幕にも用いられるものであり、私も好きな書体である。
 左の写真の、昔の丸ゴシックのものも焦茶色が落ち着きを醸し出していて良い。駅名標の常套である横線がないのが独特である。文字というものはきっちりと整理整頓をして記せば一々線を引かなくてもよいということがそれから分かる。

●東武50000系
a0313715_15262030.jpg

2005年~
日立製作所製

 日立といえば20世紀末の頃から経営不振がニュースに伝えられ、如何にも斜陽の企業という感じであった。
 家庭用電気製品なんかも、日立は’80年代までは普通に見掛けられていて私の出身家も地元の電器屋が日立の代理店であったこともあり日立製品を支持していたが、'90年代からはとんと見掛けない、会社が存在さえしているのかという感じ。
 その日立の業績を回復させた立役者が2005年のこの東武50000系と前出の2007年の西武30000系である。
 鉄道車輌だけではなく、近年は日立が元気である。広告なんかを見ても、今時の企業広告に多い、頭の弱い無能経営者の説教を安倍晋三が演説の原稿にしそうな日本人英語を交えてまとめたような、下らないコメンテーターが喜びそうなグローバリズム広告ではなく、企業の政策を面白真面目に訴えて好感度な広告が日立には多い。残念ながら、今時は三菱さえその手のグローバリズム広告である。
 東武50000系はいわば「走るプレミアム文房具」である。プレミアム文房具とは銀座伊東屋に売っていそうな文房具のことである。
 別に伊東屋でなくても売っているが、私は永年にシュテットラー(STEADLER)を愛用しており、東武50000系の姿は宛ら走るシュテットラーの繰出鉛筆である。
 因みに日立について言うと、私の家の冷暖房機は'10年代製の日立の白くまくんであり、電気代がとても助かっている。
 丁度東武50000系が出来た頃には日立のドライヤーを買って使っていたが性能もデザインも落ち着きに満ちていてなかなかである。風の出方のプレミアム感が素晴らしい。

a0313715_16153394.jpga0313715_16154551.jpga0313715_16155919.jpg

 伊勢崎・日光線と東上線は駅名標の意匠が昔から異なる。上右の写真は今の伊勢崎・日光線のものであり、下の写真は東上線のもの。
 東武は駅名標のデザインをくるくると変え、案内表示板をイメージ作りに役立てようという発想はないらしい。逆にいうと、東武以外の案内表示板は印象操作の道具であり政治的に好ましくないということでもあろうか?

●JR東日本651系
a0313715_16224041.jpg

1988年~近日全廃
川崎重工製

 東京と仙台とを結ぶ常磐線の特急スーパーひたちに用いられていた。
 当時の鉄道車輌の最先端が注ぎ込まれて出た新時代のJR特急であったが、制御装置には当時に既に出ていたVVVFインバーター制御を採用せず'80年代までの主流であったサイリスター制御を守っているのも好感である。
 651系に代わる新しいスーパーひたちとしてE657系が2010年に出たが、何の進化もないだけではなく、改悪である。デビルマンが迫って来るかのようである。2010年に世に出た良品といえば、マイクロソフトのOffice2010であるが、その他はおしなべて'10年代の新製品は良くない。
 尤も、651系のデザインは旧世代の国鉄特急の183系がその侭新時代向けにデジタル的にリファインされたような感じであり、技術ともてなしの外には目新しさはないともいえる。しかしそのリファインの妙こそが魅力であり、E657系などのように独創性などといいながら下らないものを垂れ流し続ける今の時代とは似ても似つかない。

174.png関東の雑学
◯「寄合所帯」は関東の家芸
 京急~京王の項の後の『神奈川の雑学』では神奈川と日本の軍について語った。
 軍といえば文民統制(シビリアンコントロール)、強制収容所へ送ることはシベリアンコントロールと言うが、この『関東の雑学』では関東と政党政治の関係を語る。
 日本の大政党には自民党と民主党の二大政党と公明党や共産党などの中小政党がある。
 民主党政権についての批判から、民主党はしばしば寄合所帯といわれる。党における諸派閥が互いに合意をなさずに党の統率や理念の共有がないということである。しかし、その特色は民主党だけではなく自民党も永らく同じといわれており、その民主党との違いは合意と統率、共有のない党が或る利益のためには一致することにある。その利益とは'50年代には憲法の改正、頓挫:'60年代には高度経済成長、成功:'70年代には列島の改造、疑問が残りながらも成功:'80年代には民営化、成功とされながら破綻が生じているも無視:'90年代は自民党の不毛の時代で'00年代は国民の誇りを取り戻すこと、現実には存在しない潮流――
 国民の誇りは利益としての計量が可能なものではないが、'00年代から今の自民党政権はそれを国益の確保や実現のためには欠かせないものであるという。尤も、物事は軽量の可能な事柄だけで成り立つものではなく、誇りなどのような或る種の精神主義は何にでも必要ではある。
 軽量の可能なものは文明の基であり、それを押さえている人達が国の実際の権力である。東京を中心とする関東には軽量の可能なものを押さえている人々が多い。それが一概に同じく寄合所帯とはいえど、民主党と自民党の違いを生み出す。
 とはいえ、私などは料理の調味料の量を一々匙やカップで量る気には到底なれない。直観と常識が頼りであり、その点は私は民主党的気質が強い。
 関東は民主党の支持層にせよ自民党の支持層にせよ、寄合所帯を常とする。人の居る所や集まる所は何でも、支配的権力や理念というものはあり得ない。関東の南隣にある神奈川を政府とした源氏が三代で滅んだ理由もそこにある。源氏は皇室を由来とする古代以来の日本の支配的権力であってしばしば理念を生み出す。それが、支配的権力や理念を嫌う栃木県の足利氏や東京の近代権力にとっては脅威なのである。学校なんかを見ても、理念を大切にする学校の多くは本部が東京にあってもその主要の校地(キャンパス)を神奈川に設ける。埼玉や千葉の学校は単なるブルジョワ主義、即ち経済力に任せて子供に金箔を貼るものに過ぎない――ブルジョワ主義も理念の一種ではあるが、――。そしてそんな関東の土地柄に妥協して権力を得て立ち回りの文化を広めたのが源氏に替わって幕府を持つことになった北条氏である。
 その観点から見ると、自民党も民主党も関東の政党、東京の政党であり日本の政党ではないともいえる。しかし公明党もまた自民党における利益による一致の代わりに信仰による一致を保つだけであり、その現世的現実はやはり寄合所帯の原理であり、自民党との連立政権を常とするようになっている今はその傾向が一層強い。
 寄合所帯の原理にも有意義なものはあり、政党や企業の多様性はこれからも大切にするべきではあるが、関東のそれは殆どイスラム原理主義に近い原理主義といえる。合意の形成などはありはしない。故に自民党の利益や公明党の信仰のように、目立つ処だけは皆同じ共通の様式で統一するのであり、その一例が駅名標などの案内表示板におけるモリサワ新ゴシック体の書体や共通語と呼ばれる、NHKという放送局が作り出した言葉やそれをベースとした新語・流行語などである。

a0313715_16423096.jpga0313715_16424600.jpg


ブログランキング・にほんブログ村へ←クリック投票

■ブログ Keitan 地球を行く は⇒http://blogs.yahoo.co.jp/keitan020211
■政治家のブログへのリンク(:自由民主党;民主党)⇒http://www.geocities.jp/keitan020211/linkpage_politicians.htm

a0313715_15074081.png●weathernews 地震情報


a0313715_13574441.jpg●近畿地方の緊急地震速報は ダイヤル1008 ABCラジオ

――地震が発生したら先ずは火の点いている所を確認して直ぐに消せる火を消し、物の落下を避ける。

a0313715_14505979.png

ABCテレビ おはようコールABC 5.00~6.45/月~金
ABCテレビ おはよう朝日です 6.45~8.00/月~金
ABCテレビ おはよう朝日土曜日です 6.25~8.00/土

a0313715_19554738.jpg

フジテレビ めざましテレビアクア 4.00~5.25/月~金
フジテレビ めざましテレビ 5.25~8.00/月~金
フジテレビ めざましどようび 6.00~8.30/土


[PR]
by keitan020211 | 2017-07-02 17:52 | 生活 | Comments(0)
<< 【総括 安倍政権×東京都知事選... 【総括 安倍政権】安倍政治とそ... >>



政治、社会、文明論、生活などについて語るブログ ●希望の党民社協会(高木派)と自民党水月会(石破派)、志公会(麻生派)を支持。●"Logry Freesia"とは『ブログのある所 自由な国』の意味です。
by keitan020211
カテゴリ
全体
お知らせ
コラム 葉がつく
政治、社会
文明論
生活
芸術(音楽、文学など)
ランキング投票(世論調査)
他のブログへのトラックバック
未分類
以前の記事
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
more...
The Time on Anywhere
フォロー中のブログ
プラハなchihua**hua
日本がアブナイ!
A Lake Mirror
ひつじのお散歩
楽なログ
+deja+
* Colorful W...
Lovely-Jubbl...
HANA*HANA
*Photo Garden*
Berry's Bird
Sora*Koto
Night Flight...
BARON MAMA*S
Yuruyuru Pho...
Roaming people
ひつじのお散歩2
外部リンク
ファン
ブログジャンル
検索
最新の記事
福岡ソフトバンクホークスの日..
at 2017-11-16 18:25
【日馬富士暴行】外人力士を廃..
at 2017-11-14 21:50
【Freesia料理】冬眠の..
at 2017-11-14 18:20
左翼;右翼;革新;保守 メデ..
at 2017-11-09 02:19
最も正しい 左翼と右翼の定義
at 2017-11-08 21:57
最も正しい リベラルと保守の定義
at 2017-11-08 18:09
【日US首脳会談】新しい時代..
at 2017-11-07 23:03
【アベノミクス】「政府が株価..
at 2017-11-07 18:44
中高生の乏しい読解力 大人が..
at 2017-11-07 15:31
「あべいっきょうせいじ」――..
at 2017-11-02 20:24
2017年度 今年の番付 そ..
at 2017-11-02 18:54
「おもてなし」と「公」――日..
at 2017-10-31 22:20
【衆議院総選挙2017】若者..
at 2017-10-25 19:28
【衆議院総選挙2017】それ..
at 2017-10-25 16:56
【衆議院総選挙2017】期日..
at 2017-10-22 15:59
【衆議院総選挙2017】「信..
at 2017-10-18 22:38
【最高裁裁判官国民審査】審査..
at 2017-10-18 19:15
【衆議院総選挙2017】報道..
at 2017-10-18 16:16
【衆議院総選挙2017】各党..
at 2017-10-10 19:21
立憲民主党こそが安倍政治であ..
at 2017-10-03 22:03
最新のコメント
コメントをいただきありが..
by keitan020211 at 15:49
山本七平の「空気の研究」..
by コッホ at 10:15
花王のHP見ても、ミュー..
by ミューズ at 12:03
コメントをいただきありが..
by keitan020211 at 13:04
宮崎哲弥が明確に左とかあ..
by あえ at 17:15
コメントをいただきありが..
by keitan020211 at 15:37
ミューズって花王なんです..
by とくとく at 18:56
コメントをいただきありが..
by keitan020211 at 15:21
おー、ちょっとビックリ!..
by コッホ at 10:09
コメントをいただきありが..
by keitan020211 at 12:20
なるほど! なるほど!..
by コッホ at 11:34
コメントをいただきありが..
by keitan020211 at 16:38
わたしは英語が出来ません..
by コッホ at 10:21
コメントをいただき有難う..
by keitan020211 at 11:49
コメントをいただき有難う..
by keitan020211 at 19:23
あはははは。その小賢しさ..
by ぱよぱよち~ん at 21:27
コメントをいただき有難う..
by keitan020211 at 12:12
安倍自民は保守の欠片..
by blue at 23:50
大企業に入れない奴隷階級..
by 在日ですか。 at 11:57
コメントをいただきありが..
by keitan020211 at 18:55
最新のトラックバック
ニューヨーク在住で超富豪..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
北方ヨーロッパ絵画の最高..
from dezire_photo &..
北方ヨーロッパ絵画の最高..
from dezire_photo &..
EU諸国中英国への投資残..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
「北のヴェネツィア」と呼..
from dezire_photo &..
庶民の通信手段の力に気づ..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
無理やり解決をつけた従軍..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
巧妙なNHKの大本営擁護..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
山本太郎議員の単刀直入質..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
今回の統一地方選は投票し..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
記事ランキング