最も正しい リベラルと保守;左翼と右翼の定義 その5 風俗編
賊軍を官軍の勝ち組クラブに入れる
賊軍戦没者の靖国神社の合祀に 絶対反対

都合の悪い歴史を覆い隠す
A級戦犯の分祀に 絶対反対

皆様の力で阻止しましょう!

 弊ブログの最近の記事に政治、経済と社会保障・福祉に関し『最も正しい リベラルと保守;左翼と右翼の定義』を『その4』まで記しています。
 今回は『その5 風俗編』です。

 「風俗」と聞くと性風俗店を想い出す人もいるかもしれません。ソープランドやファッションマッサージなどの性風俗の店は略して「風俗」と呼ばれます。
 風俗店とは性風俗店だけではなく飲食店なども含まれ、それらを規制する法律が風俗営業法です。最近に舞踏をすることのできる店の深夜の営業の認可を巡り改正されました。
 私はキャバクラことキャバレークラブのコンパニオン、通称キャバクラ嬢をしていたことがありますがキャバクラもまた風俗店です。キャバクラは性的雰囲気が漂うけれど性風俗ではない、性的行為を厳に排除する微妙な立ち位置のものです。
 その故か、この程に流通業の大手のイオングループが系列のコンビニエンスストアのミニストップにおける成人雑誌の販売を廃止することを決めたことについてはすんなりと支持します。イオン贔屓でもあるのでイオンのすることは一々支持するということもあるかもしれませんが、他にも成人雑誌の販売を廃止する業者が増えるとよいかと思います。
 但し弊ブログは成人雑誌というものを必ずしも否定するのではありません。成人雑誌とは事実上は性的記事を専らとする雑誌のことですが、性的内容そのものは専らであれ一部にであれ、あってもよいと思います。
 しかし現実には日本の――だけではないかもしれませんが、――成人雑誌やアダルトビデオは性を題材としているとはどう見ても思えないようなものが大半を占めています。何か性とは関わりのないメッセージを性的行為の表象を象徴的に用いて暗に伝えようとしているようにしか考えられません。例えばそれは抑圧や侮辱の奨励であったり犯罪の称揚であったりするように見えます。宛ら、犯罪の教科書ともいえます。
a0313715_02180593.jpg 本来なら性的内容の出版物がコンビニエンスストアにあってもよい、更には対象の年齢が引き下げられてもよいと思うのですが、そのような現状と歴史を勘案すると一度は性的内容の出版物の劇的な排除により淘汰が起こらなければならないと思います。
 但しそのようなものの排除はかなり徹底してしないと極左やカルト宗教のように地下に潜伏して闇市場を形作ったり、そこまでにはならなくても専門店の乱立を招いたりしかねません、専門店も先述のようなものを取り揃えるものではなければよいのですが。
 現に、ミニストップを含むコンビニエンスストアにおいてはそのような性に名を借りる悪趣味や反社会性を志向する雑誌等が売られています。イオンの決断が排除と淘汰の第一歩になれば良いと思います。
 イオンのその決断にその本店所在地である千葉市の市長が予め政治圧力を掛けて性的内容の出版物の販売の廃止を求めていたのではないかとの憶測が報じられ、それについての否定的意見が少なからず出ています。イオンは圧力の存在については否認し、自社の任意による決断であると表明しています。
 イオン贔屓なので鵜呑みにするのではありませんが、その表明は多分事実でしょう。
 若しそれが千葉市の政治圧力であったなら、イオンの対応は千葉市のミニストップにおけるものに限られていたでしょう。幾ら鼻息や腕節の荒い首長も他所のことまでを規制させるようにすることはできません。他所のミニストップにおいてもするのはイオンの任意の決断であるからです。
 逆に仮にそれが千葉市長の圧力であったとしても、イオンがそれに忖度して全国における対応にすることは理解できることです。性的内容の出版物に関しては幾つかの地方自治体等において規制の対象となっていることから見て行政による排除の要請は合法であると見做せます。それらの諸々の規制は多くの場合は条例により立法されてのものですがそのような場合には立法は必ずしも要しません。勿論、立法ではない以上は法的には努力義務に留まるものとなりますが要請する側が努力義務を超えるものではないと認識して如何なる強制をもしないでおれば違法となるものではありません。相手が権力者であれば「そんな法律どこにある?」などと言って背かなくてはならない謂れはないからです。
 表現の自由に反するという批判は以ての外というべきものであり、表現の自由に反するとは何者かの表現の機会を直接或いは間接に奪うことをいいます。千葉市長の要請はそのようなことを目的としてはおらず、単にコンビニエンスストアにおける販売の廃止を求めるだけのものなので表現の自由の侵害や脅威には全くなりません。仮に或る種の性的内容の出版物の全面排除を求める意図があったとしても、現にしていることは侵害でも脅威でもありませんし、そのような意図が正しいか誤りかは従後の実際の行動の適法性やそれについての人々の支持により判断されるべきことです。無論、選挙の支持は他の事柄等との兼ね合いもあり、落選したらそれが誤りと判断されたということには必ずしもなりません。
 また、性的内容に関しては内容の変更を求める代わりに表現の機会を保障することは条例等の立法理由の存在からしても認められることです。端的に見て或る種の成人雑誌は基本的人権である人格権若しくは生存権の侵害を奨励するものと解することができ、人格権の保障のための成人雑誌に対する是正の要請若しくは排除の行動は表現の自由や検閲の禁止を定める憲法の他の規定等よりも優先すべき規定です。憲法は国家の最高の法ですが全ての規定が平等なものではなく、基本的人権に近いものから優先されるものです。表現の自由は歴史的に、基本的人権に後から付随して立憲主義に加わった概念であり、生存権、財産権と人格権の保障を求める基本的人権に優先するものではありません。

 そのような原理は政治思想や経済思想を問わず随うべき基本的なものですがその実現のための実際の行動や考え方には歴史的にまたは個人的、社会的に様々な違いがあります。
 その違いをこの『最も正しい リベラルと保守;左翼と右翼の定義』のシリーズの主題に沿って見てゆきます。

 件の千葉市長は熊谷俊人氏、民主党系であり結構な実績を上げている実力派であるといいます。
 民主党系というと左寄り、成人雑誌の販売の廃止の要請もPC, the political correctnessに基づくものと勘違いされるかもしれません。
 しかし田嶋要氏などの当地の民主党は保守系であり、熊谷氏もリベラルな保守系の政治家なようです。
 因みに成人雑誌を巡る問題はPCとは何の関係もなく、自民党にも懸案とする向きはあります。元自民党の石原慎太郎元東京都知事が性的内容の漫画を有害図書とするという政策を打ち出したこともあります。しかし自民党においては性的内容の出版物については歴史的に意見が割れていました。表現の自由などの国民の自由の見地から規制するべきではないとする向きと弊ブログや熊谷市長などの民主党系の一部ように人格権の侵害につながるものとして規制するべしとする向きが自民党にはあります。そしてなかなか決まらない、問題が半永久的に先送りとなるのが自民党の常です。民主党には表現の自由の見地から規制に反対する向きは粗全くなく、規制を支持するかはっきり判断することができないので様子を見るとするかしかありません。しかし、今は自民党にも規制を支持する向きが多数派となってきており、「表現の自由」派はリベラル左派系の無党派や立憲民主党の支持層になっているようです。
 PCが関わるのはテレビや新聞、広告などのマスメディアにおける性的表現の妥当性についてであり、マイナーメディアである成人雑誌などの性的出版物については関心の範囲外です。彼等はそもそもPCに反する人々を蔑視して愉しむことが目的なので、PCに反する発言や行動をしかねない人、喋りを隠す音や局部を隠す画像を要する人を造り出すそのようなものが世になくなってしまうと困るのです。何をしているのか分からないような人達であり、故に日本の「表現の自由」派にも近いといえます。

 故に、成人雑誌を巡る厳しい政策は保守、中道右派の特徴であるといえるかと思われます。

 様子見派はそれぞれ意見を固めていない訳であり、左翼、革新、保守と右翼の何れにもいるでしょう。他の事柄には強いがその事柄についてはまだよく分からないとか自分は他に懸案があるので初めから関わる積りはないとすることからです。

a0313715_02225145.jpg 「表現の自由」派は歴然たる革新、中道左派であり、今は少数派になってきていますが昭和の戦後からの時代には多数派でした。しばしばその思想が「戦後民主主義」といって批判の対象となっています。
 革新は立憲主義における基本的人権の優先性ということとは少し違う立憲主義を持ちます。
 基本的人権を蔑ろにするべしと思うのではありませんが、彼等の基本原理は「新しい概念は旧い概念に優先する」です。よって基本的人権より新しい表現の自由はその故に優先されるべしと考えます。
 旧い概念は新しい概念と入れ替わりに直ちに無意味となるのではないが、新しい概念との綜合的再検討により再定義されないと無意味になるとするのです。再検討と再定義、それが「革新」と呼ばれる所以です。そして再定義されると新しい概念と旧い概念は平等になるので憲法における規定の優先性の概念は初めからないか或いはあっても政治目的のためには無視します。
 再検討や再定義が試みられ或いはなされるのはそれだけ学問や批評、ジャーナリズムなどにおける論議が活発なことでもあります。昭和の時代にはそれが国民世論の主流をなしていましたが'80年代から'00年代に掛けては少数派となり、'10年代に少し再び活況を呈しています、誰のお蔭とは言いませんが。
 しかし「革新」の裾野をもう少し広く見ると革新、中道左派は依然として日本の多数派であるといえます。
 日本の世論は多数が外交と安全保障の面では保守に近づいているのが現況ですが経済、社会保障、福祉、そして風俗の面では「依然として」というよりは突然のように、革新の志向が再び強まっています。古谷経衡氏が今の日本、殊に若者は右傾化してはいない、左傾化しているというのもそのことでしょう。その様は宛ら、'60年代や'70年代の日本をテレビや街頭ではなくネットで観ているかのようです。当時は逆にネット右翼のような右翼の人々も生ではかなりいたそうです。ネット右翼の台頭は今時に始まったことではないといえます。あくまでもその媒体がよりパーソナルなネットに替わったことが目新しさと衝撃を感じさせるのです。

 革新、中道左派においては性的内容の出版物は歴史的に特別な意味があるものです。
 近代出版の始まりはマルティン ルターによる宗教革命の時代です。グーテンベルクの活版印刷が開発され、印刷と出版が近代を開いたとされます。
a0313715_02252353.jpg 活版印刷は文字だけですがそれが後には写真を含むものとなり、近代は更に現代へと発展しました。
 先日の朝日新聞に今年が宗教改革――宗教革命を日本の歴史教科書等はそう呼ぶ。――から500年となることについての意味不明な社説がありました。何を言いたいのか皆目分からない論説ですが、出版と宗教革命が世界の革新、中道左派の心の拠りどころの一つであることに鑑みると話題として取り敢えず押さえておきたい気持ちは分からなくもありません。
 当地やその他の多くの国々においては宗教革命と呼ばれるものを宗教改革と呼ぶことから見ても、革新、中道左派が多数を占めている日本の特別の思い入れが見て取れます。日本においては革命はおしなべて否定的に見られますが改革はしばしば肯定的に見られます。日本の主流派の歴史家は「宗教革命」では何か悪いことをしたかのように聞こえるというので「宗教改革」に言い換えた訳です。
 一つルターのおかしい点を突くと、彼は「聖書のみにより義とされる」というけれど、キリストと呼ばれるイエスは「聖書のみにより義とされる」とは一度も云っていない。イエス自身を信じるべし、信じてほしいとは聖書の中で云うが「私が聖書である。」とは言っていない。
 その手の論理の飛躍のようなものは革新勢力の政治運動や議論、宣伝にはかなり多い。「( )…。」と書くなどして人が言っていないことを云ったかのように云うことは朝日新聞を含む日本の新聞等の常套です。人が言ったことやしたことの事実よりも「真実/truth」と呼ばれる架空の話が意味をなして現実を動かすという思想です。朝日新聞がしばしば唯一の悪玉のようにいわれていますが読売新聞などの他の新聞等もその点は同じです。
a0313715_02272407.jpg ルターの立てたルーテル教会を国教とする国々や宗教革命の影響を強く受けて出来たアメリカは性の先進国といわれます。それでも性的出版物の過激さに関しては日本よりはかなり「遅れている」のですが、性を表現と見做してその自由を追求することは日本の革新にも支持されています。
 そのミソは「性は表現である」という思想です。しばしば「二人の愛の表現」や「愛情表現」などという言い回しを聞きますが、それはそのような思想から来るものなのです。
 「性の自由」ではありません、「性の表現の自由」です。
 私、弊ブログが是とするのは「性の自由」であり「性の表現の自由」ではありません。
 ぶっちゃけ、彼等にとっては性そのものは自由ではなくてもよい、あくまでも表現を自由にしたいというのが信条です。逆に、性そのものに関してはその自由を積極的に制限したりなくしたりするのが革新、中道左派です。同性婚の支持などの同性愛の積極的容認と見える風潮も、彼等の全てがではないでしょうが、性の自由を狭め或いはなくす試みからのものであると考えられます。彼等にとって大切なのはあくまでも性の表現であり、同性愛を描くエンタメを愉しむことまたは同性愛者の権利を求める政治運動をエンタメとして消費することだけなので、同性愛者が現実に何を求めているかなどには実は何の関心もありません。
 そこで需要と供給を増すのが成人雑誌を含むオナニーの道具です。オナニーもまた彼等の重要な表現活動であり、その自由を守りそして拡げようとします。果てにはオナニーをしない人を奇特と見做したり小馬鹿にしたりします。その機会を失わせかねないイオンや千葉市長などの政策は故に「表現の自由」を楯にして批判されます。

 因みにジェンダー/gendersというのも違和感のある概念です。
 勝手に'-s'を外して「性差」という能く分からない意訳を宛てることを含めて違和感があります。
 個人とその自由が大切なら、そもそもジェンダーという概念は生まれては来ない筈です。表現の自由を至上命題として個人とその自由を本当には尊重しないからそのような衒学的概念を生み出す訳です。そして「ジェンダーフリー」や「性差の自由」という自家撞着の概念を派生させます。
 そもそもそのような概念がなければ、それをフリーにするとか自由にするという発想も出ては来ません。要は性表現の自由を種にしてエンタメと思想の市場を興したいということだけなのです。

 保守と革新の性に関する思想の大略を見て来ました。
 では、左翼と右翼のそれはどうなのでしょうか?

 『その4』までの記事に、保守の政策は左翼に近づくことが多くて革新の政策は右翼に近づくことが多いと説明しました。
 性やその他の風俗に関してもそれは当て嵌まります。

a0313715_02315713.jpg 性の自由を大切にするがその表現に関しては厳しく排除することがある保守と同じく、左翼も大筋ではそうです。但し左翼は性の自由に関しては保守よりも積極的であり、科学的でありさえすれば性の表現の排除に関しては保守の程には厳しくはありません。
 左翼は個人やその集まりとしての民族の自治を重んじ、国家社会による規制を全く認めないのではありませんが余り必要と見做しはしません。個人が確りとしておれば延いては民族が確りとその風土を維持しておれば性的出版物の規制の必要もない。そのようなものを欲する民族は好きなようにすればよいが内は内であると考えます。左翼のそのような発想はアメリカの州制の形成や国際連盟の民族自決の原則にも影響しています。アメリカにおける左翼思想は殊にリバータリアニズムとして発展しており、保守の思想にも影響を与えています。
 保守も自治の必要を認めてそれを尊重しますが国家による規制や政権による倫理的指導の必要をも認めます。それらを両立するために必要なものが立憲主義です。世の中には左翼の方々の程には確りとしていない、自律の意志の強くない人もいます。或いは強い人にも弱さはあります。彼等が成人雑誌などに惑わされることや心外な心持になることがないようにするためには国家による規制も幾らかは必要であると考えます。
 但し性の自由を尊重するが性の表現の自由を尊重しないことは「云ってることとやってることが違う。」とか「偽善者だ。」と批判される余地が大きいことでもあります。しかし保守は凡そそのような女子供的批判に耳を貸すことはありません。

 性の自由ではなく性の表現の自由を尊ぶ、その革新の思想は右翼の思想とするものではありませんが実際には右翼にとってはそれが都合の好い建前になることがしばしばあります。そのような主張をする積りはないけれどその思想を利用する。
a0313715_02353131.png 性の表現の自由は豊富にあるけれど性の自由は余りない、そのような状況は自らの子の「貞操」を守らせるためには都合が好い。その点は革新は都合だけではなく思想と信念から子の「貞操」とやらを守らせます。子供の性的交際だけではなく大人の浮気を認めずそれを「不倫」と呼び非難の対象とすることも革新と右翼は同じです。
 尤も、右翼は現状の追認を是とする傾向が強い、他律主義――左翼の自律主義とはそこが大きな違い――なので若し保守が国の主流となってその思想や政策が普通になれば右翼もそれに同調して性の自由を是とするようになるかもしれません。事実に、保守が強い時代であった'60年代や'80年代は右翼の方々の女遊びも俄かに華やかになっていたらしいし、ディスコのブームなどを通して男遊びもそうなっていました。右翼女というと想像がつきにくいかもしれませんが、右翼団体とのつき合いがあるとかいうことではなく――一部にはいるでしょうが、――現状の維持を志向して物事を経験主義で考える女性がそれです。そのような型の人の程に景気が上向くと日頃の疲れを散らすために男漁りを含む遊びに興ずるのです、翼を手にしているのは右ではなく左の手かもしれませんが。
 右翼女は狙っている男が他の女と懇ろになったと見ると粗絶対にその男を狙い続けず、さばさばと他の男を狙い直します。それが右翼が浮気を好まないことの肝です。「略奪愛」や「二番目でも愛されたい」などというような状況を作らない。或る意味では中道である保守よりも穏健といえます。下手に自律主義が強いと狙う男を落とすことを自らの至上命題、アイデンティティーとしてしまうために自律とは似つかわしくなさそうな「略奪愛」や「待つわ愛」をしがちになりますが、右翼は他律主義なので狙う男の決めた不本意な状況を受け入れるのです。それが寧ろ自分を失わない、確りとしていることの現われと自他が思う訳です。
 下手に自律主義の強い人が多いのは革新です。相通ずるものの多い右翼と革新ですが、その点はかなり大きく違います。
 革新にそのような型の人が多いのは彼等よりももっと左な左翼が自律主義を旨とすることからやや左寄りで中道左派をなす革新も同じく「左」として自律主義を重要な価値観とすることが一因です。しかし左翼のように徹底しない、シビアではないために、その自律主義はどうしても他者の自律主義に飲み込まれ易いものになります。所謂戦後的平和主義と呼ばれるものもその生温さを助長しているきらいがあります。その特殊な平和主義が国の平和だけではなく私的平和にも敷衍されて「貫徹」されるからです。逆に、自らをそのようなことがないために守ろうとすると自らを飲み込む側の原理や論理を密かに用いるなどして強く出ようとします。時が時ならば政敵である右翼よりも右翼的になります。俗に「揚げ足取り」や「貴方が見ている私は貴方の鏡なんです。」などと呼ばれるのがそれです。
a0313715_02374621.jpg 偶に「あんなに真面目で気立ても良く、元気ないい子があんなことになるなんて…」というニュース解説があったりします。聞く度にうざいと思いますが確かに真面目で気立ても元気も良いのは事実であるらしく、全くの嘘を言っているのでもなさそうです。そのような子の多くは革新系の家柄か自らが任意に革新贔屓になっていたりする子であり、殺す場合も殺される場合も生温い自律主義が引き起こしていますし、極左派に身を投ずる人は根からの左翼よりも革新、中道左派が多い。オウム真理教の所謂エリート崩れの幹部達もそうでしょう。

 自律主義も他律主義も重要な思想であるには違いありません。
 演劇や文学、音楽などのエンタメも自律主義や他律主義を描くことにその大半の熱意が注ぎ込まれているといえます。
 しかし私、弊ブログはリベラルな保守としての立場から、それらの何れの主義にも立ちません。
 自律と他律は何れも人や人間の本性として凡そ完全に具わっているものです。故に本性を大切にするなら、敢えてどちらかの主義を取る必要はありません。人は自律をしたり他律になったりを繰り返しながら生きてゆくものです。エンタメにもそのようないわば保守の生き方や世界を描くものもあります。
a0313715_02400003.jpg 保守の文学として殊に有名なのは夏目漱石です。朝日新聞にもかつては彼のような保守の者もいました。
 彼に描かれる人物等はなかなか保守たる生き方とはいえませんが、彼等を通して望ましい保守の生き方が本と読み手との間に浮かび上がって来ます。
 色々と読み方はあるかと思いますが、夏目の小説等の登場人物に理想や真実を見るようでは邪道な読み方です。彼等を見つめる夏目との対話、それが肝です。
a0313715_02412369.jpg 時代のエンタメの傾向を見ると、保守の強い'60年代と'80年代は自律主義にも他律主義にも立たないリベラルで保守的な作品が多いと見えます。私は殊に'80年代のエンタメを好みます。先日はアルフィーのA面集のCDを買って聴きましたが、そこに重ね重ね思うのは後の時代の音楽との厚みと奥ゆきの違いです。昔はそれを車のボディーソニックシステムの座席で聴けた、今はなかなかないことです。その厚みと奥ゆきは決して今とは違って景気が良くて金があったからではないでしょう。今は金がないからできないという決めつけで作品が作られているからそれらがないのです。
 '50年代と'70年代は革新の強い時代、生温いか熱いかは人それぞれですが、自律主義が主に描かれていた時代です。強い意志を持って生きて行こう、或いは、強い意志を持てるとよいけれどなかなか持てないという、自我の表現。
 ――十年毎に、every 10 yearsで入れ替わるのかというと、そうでもない。
 '80年代の次の十年である'90年代はいわばエンタメ界の戦国時代の様相を呈しています。左翼、革新、保守と右翼が乱立してそれぞれが自らを主張し或いは他を蹴落とそうとする時代です。多様なのは良い時代でしたが排除の論理なのは悪い時代です。
 殊に劣勢になって来ていた革新派のエンタメは生き残りを図るべくその'90年代に猛攻勢を図っています。その生き残り組の代表選手がドリカムことDreams Come Trueです。
 '00年代は左翼、革新、保守と右翼の色分かれが崩れて絵の具の灰色になった時代。曖昧模糊として個性がないけれど一応の品質はあるらa0313715_02440248.jpgしいエンタメが増えていました。国民の思想よりもグローバル世界の潮流が重要とされ、日本がそこで戦えるのは一応の品質であるという考えからのものでしょう。というか、エンタメに関しては戦う積りはなくてもはや日本だけで通用すればよいという詮めからのものであると思われます。但しその中で飛び抜けて高品質なEXILEが天覧公演をするなどして人気となりました。個性のなさも極めると最高の個性になる。
 '10年代はAKB48とその関連の楽団による列島改造を経てエンタメが粗不毛となっている時代です。分野を問わず低水準で量も乏しい。AKBsが素晴らし過ぎて他のものが生み出せないのでしょう。殊に'90年代から少数派となっている左翼と'10年代に少数派となって来ている保守が殆ど見受けられず、革新と右翼がエンタメの市場を低水準に分け合っているのが現状です。右翼は元々自己表現が苦手なのでエンタメに関してもどうしてもありきたりのものをこなすだけになるし、革新は久々の再躍進からか、昔の焼き直しでその再来を訴えています。「どこかで見たことがあるような」の処ではなくそのまんま左です。違うものがあるとすれば、大会堂の衣装ではなくホテルのディナーショーの衣装になっていることだけ。

 平成、終わるらしいですね。

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a0313715_17314580.jpg●関東地方の緊急地震速報は ダイヤル1134 文化放送


――地震が発生したら先ずは火の点いている所を確認して直ぐに消せる火を消し、物の落下を避ける。


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