【追悼】渡部昇一 上智大学名誉教授
 英語学者で保守言論界の第一人者でもある、上智大学の渡辺昇一名誉教授が昨日4月17日に心不全により享年86歳で逝去した。

a0313715_17321723.jpg 渡部氏は1930年に山形県鶴岡市に生まれ、上智大学の大学院の英文学修士課程を了り、ドイツのミュンスター大学と英国のオックスフォード大学に留学して知見を深めた。
 帰国して上智大の教授となってから、1973年に分野を問わない評論活動を始め、以後はサンケイ新聞―現:産経新聞―の寄稿評論記事『正論』の執筆員となるなどして保守の言論を担っている。
 主な著書は『知的生活の方法』<:講談社現代新書>やフランシス フクヤマの著した『歴史の終り』の翻訳など。
 最近は明仁天皇陛下の退位についての意見交換会での意見役の一人となるなど、最期まで現役として活動を続けていた。
<依拠情報:産経新聞 2017年4月18日>


 今朝にコンビニエンスストアの新聞売場でそれを伝える新聞を見、凡庸な言葉ではあるが、時代の変わり目を感じずにはおれなくなった。
 私の今日のツイッターにも渡部教授の逝去を受けての幾つかの言葉がある。ここにそれらを全て紹介する。




 渡部氏の評論家としての過去の発言に、障碍者は社会に莫大な負担をかけるからその出現を未然に防ぐことは神聖な義務であるとのものがある。1980年のことである。
 それなんかも、保守派だけの集う言論サロンという場での内輪での話である。そのように語る随筆を公に刊行していながら内輪話も何もあるのかという向きもあろうが、本を書いて出すことは多くの人の経験則からも分かるように、多くは己の話の通じる内輪に向けてのものである。作家にも評論家にも常連のファンがいたりそれ程ではなくても書いてあることを少なくとも理解することのできる人々が読んでみたりする。
 かつて彼の浅めのファンであった私なりの解釈では、彼はそこに障碍者だけを語るのではなく子を宿して命を育む者としての心得を語っていると思う。
 莫大な負担を社会に掛けることがあるのは障碍者ではない健常者も同じ、様々な人がいて或る人々が社会に負担を掛けたり惑わせたりする。否、「或る人々」といわず全ての人にはその虞があるといえよう。
 そのような現実を前に、一体誰が、子を宿して育てることを直ちに神聖な務めということができようか?神聖でもなければ当たり前でもない、そうとしかいいようがないのが人の世である。
 それが神聖な務めとなるためには「ちょっと待て。」といわざるを得ない。
 障碍の遺伝の話は極端なものではあるが、それが犯罪の遺伝の話なら、どうか?:犯罪は遺伝すると科学的仮説としていわれる。勿論科学と言って若干の誤りを含むことはあり得ても、似非科学の話ではない。
 遺伝により犯罪者が生まれることが「分かった」ら、生むべきではないと思うのは当然のことと分かる筈である。少なくともそのような遺伝子が自らの内に漸減若しくは消滅するまでは生むのを先送りしようと思うべきである。尤も、そのようなことを奨励し或いは義務づける法律や社会制度を作ることが許されはしない。

 しかしそうはせず、己には子を宿して育てる権利が当然にあると思う人がなかなか多い。果てには政府が子供を産み育てることを国民に勧めて支援しようという動きさえある。渡部語にいう障碍児しか生まれなくなるかもしれない。そうなれば国が亡ぶだけではなくそれまでに多大の迷惑を世界に掛けることになる。

 渡部氏の言葉から来たものとは知らない人が大半ではあるが、その渡部氏の言葉は当時から後の世に結構な影響を及ぼしたようであり、障碍児を宿したら生むべきか生まないべきかという命題、いわばその十年程後に人気を博した『究極の選択』の先駆けのような問いが初めて語られるようになった。そして1980年代当時には「生まない」と答える人が普通に多くいた。それが「生む」に逆転されたのは1990年代である。'90年代は今2010年代に「感動ポルノ」という不名誉な呼び方がされるようになった、民衆の生活をルポルタージュするドキュメンタリー番組が活況を呈していた時代であり、それらに障碍児を困難を乗り越えて立派に育て上げる家族の話があったりする。
a0313715_17384164.jpg 無論、言うは易く行うは難し/案ずるより産むが易し。「生まない」と答えるのは容易くても若し実際に障碍児を宿したらその内の多くはやはり生むことにする訳である。考えと行いはしばしば違って来る。
 生まないと言っても実際には生むのが当然であった'80年代と生むと言っても実際には堕したりする'90年代、どちらが良識的且つ良心的かは明らかである。渡部氏の評論もそのように文面や音声に表れては来ない'80年代的良識と良心に支えられていたのである。
 そして「意に反して」生まれて来た障碍児等のお蔭で障碍者との共存共栄のための政策は格段の進歩を遂げている。それが「意に沿って」生まれて来た障碍児等であったなら、点字ブロックさえ碌すっぽ侭ならないような障碍者にとって生きにくい世の侭であったかもしれない。障碍者の社会進出も実現していなかったかもしれない。難しいという問題意識があるから、政策の進歩や心得の改善がある。所謂感動ポルノはそのような問題意識をなくしてあらゆることを容易いと或いは他人事と認識させる弊がある。

 渡部氏のような評論家や或る場合には政治家や経済人の発言がかのように問題となる背景には何があるのか?

 その大きな一つには、『共感』に関する人々の意識の違いがあると思われる。
 厳密には個人の違いであるが、大雑把に分けるとその違いは男女にあるとされる。確かに目立つ限りでは男と女の違いと見受けられる場合が多い。

 その男女の違いとは:
 男:共感とは意見を同じくすることである。
 女:共感とは感情や場の空気を共にすることである。

 意見を同じくすること、即ち言われたことや書かれたことに即して解したものを通して互いの結びつきを強めるべきであるとの考えに随うならば、渡部昇一の評論は共感できないものということになる。そして実際に渡部昇一を非難する者は男に多い。女はその内容を認めないと思っていても非難しない。男の世界にいないと本当の趣旨は分からないものである、或いは、男さんの意見にはたてつくべきではないと思う『前時代的』感覚の人が女には多いからでもある。
a0313715_17340094.jpg 尤も、あくまでも一人の人として彼を認容することができないというのは分かるが、中には女性や弱者に代わって不義を討つみたいな感じの者もおり、そのような者が渡部昇一を非難しても女や弱者は少しも彼に守られているとは思わなかったりする。彼が渡部を討つのは大学教授、取り分け面倒くさい計算問題を解くことを要しない文系の教授は男にとっては本音では最高の憧れの職であるからであったりもする。そんな憧れの立場にある者が女性や弱者を守ってあげない論調をしていると見れば彼がどんな挙に出るかは粗方想像がつく。

 感情や空気を共にすること、即ち言われたことや書かれたことだけではなくその前に物事に臨む心構えや態度、具体的振舞いを通して互いの結びつきを強めるべきであるとの考えに随うならば、渡辺昇一の評論は共感し得るものということになる。先述のように認めないけれど非難しない女と全く興味がない女を不支持率から引くと、彼の支持率/不支持率の男女差は歴然となる。渡部昇一は女高男低の人気である。尤も、一般に女子学生や女子教官が多い英文学科の教授であることも一因であろう。

 そして津久井やまゆり園事件のような犯行は、内輪の話をしている筈の渡部昇一などの発言を用もなく拾っては言いふらして非難の対象にする新聞記事を何処かで見た犯人が書かれたことだけに共感するからであろう。障碍者との共存共栄の意識のあるなしの問題よりはそのようなマスコミュニケーションの構造の一端として起こった事件なのである。

 彼が『知的発言の方法』ではなく『知的生活の方法』を記したのも、そのようなことと解することができる。

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