<   2016年 05月 ( 44 )   > この月の画像一覧
石原さとみの東京メトロのCMに創価学会員の波紋
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a0313715_11573594.png半年後も白さに差がつく衣料用漂白剤 ライオン ブライトW


 どこかで聞いたことのある話ではあるが、女優の石原さとみは創価学会員である。その事実は意外にも広く知られており、所謂鶴タブーのような、禁忌という程のものでもないらしい。
 私は石原さとみには全く関心はなく、寧ろ過大評価がされすぎなのではないかと思っている。花王の制汗デオドラント入り柔軟剤フレアフレグランスや韓国焼酎鏡月のCMから、石原は清潔なのではなく自意識過剰なだけのキャラを演じて――取り敢えずは地の性格なのではないといっておいてやろう。――男目線をかちとろうとする底の浅い女優としかみえない。よって創価学会の『文化』とも聊か違うものと見える――と創価学会をも立てておいてやろう。――。

 その石原の出演する東京メトロのCMが創価学会員等の波紋を呼んでいるという。

 出演者が丸ノ内線、銀座線や有楽町線をはじめとするさまざまな路線の駅に降り立ち、その周辺の名物を食して名所を訪ねるものだ。先日までは2013年から3年にわたり堀北真希がそんな『ぶらりメトロ旅』のイメージキャラクターを務めてきたが、今年4月からは石原さとみが出演している。
 冒頭の男性が目を細めるのはその石原が出演するCMの第一弾、東西線の門前仲町駅周辺を訪れた石原がカメラ目線で話しかける設定で映像は展開される。あるときは公園で双眼鏡を手にバードウォッチングに挑戦する石原、またあるときは地元に根づいた飲み屋街の立ち飲み屋で、焼き鳥や煮込みに舌つづみをうつ石原――
 「このCMを初めて観た時、一瞬「え?」と驚いてしまいました。じつはこの店、門前仲町の有名な神社の境内にあるのです。学会員のなかにはその宗教上の意味合いからも「鳥居をくぐってはならない;神社でお守りをもらってはならない」と主張する方もいらっしゃいますので熱心な学会員の方にとっては石原さんがこうしたCMに出演すること自体がタブー破りと映るかもしれません。石原さんは果たして、どんな気持ちでこのロケを行ったのでしょうか?しかし映像に浮かぶ表情はとても自然なもので、変な印象を残す部分はみじんも感じられません。本当にプロの女優さんなんでしょうね。すごいと思います。」
<2016年5月29日のビジネスジャーナルより>

 石原のCMの設定とその創価学会員の見方の何れが適切なのかは問わないが、石原は創価学会・公明党の標準とは違うキャラを持つことは確かなようである。

 ――何故か?

 何故も何もそのようなキャラなのであるからといえばそうなのではあろうが、そこに浮かび上がるのは創価学会・公明党が自民党との連立政権の座に必死になってしがみつく現状である。
 公明党が与党であり続けるためには創価学会・公明党とは毛色の違う石原さとみを最大限に活用して自民党的キャラを演じさせ、安倍政権の支持率が過半数を超えている今の『生活世論』を掴む――創価学会が指示しているのか或いは自公体制を継続させたい第三者が指示しているのかは分からない。

 前の記事等にもあるように、弊ブログの私は竟先日に民進党の支持をやめて自民党を支持することにした。
 自民党は宗教の壁を気にしないで異教の敷居を跨ぐことを悪いとは思わない風土がある。それは行き過ぎると良くない――と思う意味では私は民進党的である。――が概ね良いと思う――と思う意味では自民党的である。――。その点では、石原は公明党的ではなく自民党的であるということである。
 何しろ、先日の朝日新聞の社会面には安倍晋三自民党総裁が富士急行の社主の葬儀委員長を務めると記された訃報広告が載っている。宗教の壁を気にしていたらそんなことはできなかろう。伊勢志摩サミットを終えて帰って来て直ちに山梨県入りをしたのか或いは名義だけで実際に行くのは総理補佐官の萩生田光一や何かなのか?

 安倍総裁はさておき、公明党はかように自らの『文化』を曲げてでも政権の座に汲々としている。

 因みに石原の前任の東京メトラーである堀北真希、弊ブログがそれなりに好きな女優であり、前の記事では自民党的タレントと見る論を語っている。当時の弊ブログは民主党を支持していたので『向こう側の姫』と称した。この程に自民党の支持になり、堀北が向こう側ではなくなったと勝手に解釈している。何しろ、ライオンの歯磨きクリニカアドバンテージのチューブのセルロイドラベルには「フッ素が長くとどまる」と云う堀北の姿が付いており、毎朝会うことになっている。

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by keitan020211 | 2016-05-29 23:03 | 生活 | Comments(0)
【日本語訳】オバマアメリカ大統領の広島平和記念公園における演説の全文 2016.5.27
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 七十一年前の、晴れやかな雲のない朝に、死が空を降っ(くだっ)て世界はかわった。光の閃きと火の壁が市中を壊して人類が自らを壊す術を有することを見せつけました。
 何故我々はこの場所へ、広島へ来るか?我々は来て然程に遠くはない過去に露わとなった恐ろしい力に思いを致します。我々は来て10万以上の日本人、数千の韓人と大勢の入獄のアメリカ人を含む、死者を弔う。
 彼等の魂は我々に聴こえて来ます。彼等は我々に問うてその心を見て、我々が誰なのかまた何になるかしらと問い掛けます。
 広島を別にするのは戦争の事実ではない。古(いにしへ)の物供は我々にその荒まじい(すさまじい)紛争が最初の人と共に現れたことを教えます。我々の旧い祖先等は石を刀にしまたは木を槍にすることを学び、これらの道具等を狩りにだけではなく人類同士に対し使いました。
 あらゆる陸(おか)は文明史が穀物の乏しさなり黄金(こがね)への渇きなり、愛国の烈情なり宗教の熱なりに突き動かされ、戦に満ちています。帝国等が興りまた亡び、人々は屈服しまた解放され、そして一々罪のない者が苦しみます――幾つともない弔いの鐘、その名が時を経て忘れられる。
 広島と長崎にてその手酷い終りに至った世界大戦は最も富み且つ最も力のある国々の間で戦われました。それらの文化は世界の最も大いなる都市等や目を見張る芸術等を遺しています。それらの思想家等には妥当性と調和と真実の先進的思想があり、なのに戦争は最も愚かな部族等、新たな可能性に増幅された古い範型の間でまた新たな制約はなく支配や征服への衝動に通底して生じました。
 数年に亘る時に我々とは違わない約6000万の人々が無差別に撃たれ、叩かれ、連れ行かれ、獄に入り、死のガスに晒されて死ぬことになりました。
 世界にはこの戦争を記し留める多くの堂があります――度し難い落ち度が木霊する勇ましい英雄の物語、墓や空の陣地供を伝える。
 尚この空に昇る茸雲の想いにあり、我々は全く以て恐ろしくも人間性の核心の背反を思い起こします――如何にその爆心は我々を種(しゅ)として、その思いを、その想像力を、その言葉を、その道具作りを、我々自らを自然と別たせてその意志に力を注ぐようにするその力を標的にするか――それらのものは比べるもののない破壊の力量をもまた我々に与える。
 如何にしばしば物質の進歩や社会の革新は我々をこの真実に盲ます(めくらます)か?如何に容易く我々は暴力を大義名分において正当化することを学ぶか?
 あらゆる大いなる宗教は愛と平和と正義への往く道を備える。なのに宗教はその信は殺すことを許すと主張している信者等に避けて通られてはいない。
 国々は起ち著しい功に免じ、人々を一緒に犠牲と共同に束ねる物語を語る。しかしそれらの同じ物語等は余りにもしばしば違う者を圧して非人間化するものである。科学は我々が海を渡り疎通し、雲の上を飛び、病を治しまたは宇宙を解するようにする。しかしそれらの同じ発見等は類なく鋭い殺しの機械へと変えられる。
 近代の戦争は我々にこの真実を教える。広島はこの真実を教える。
 人間の慣わしに衡ることのない技術的進歩は我々を滅ぼす。原子に引き裂かれるように導いた科学の革命は道徳の革命を同じく要求する。
 それは我々がこの場所へ来た所以です。我々はここにこの都市の真中に立って自らに着弾の時を想うことを強いる。ここで自らにその見るものにより乱された子供の恐怖を感ずることを強いる。
 ここで声のない叫びに聴く。ここで全ての罪のない者がその酷い戦争、そしてかつて来た戦争、そして続くことになる戦争の孤の中で殺されたことを憶えます。
 単なる言葉は声がそのような苦しみへは届かない。しかし我々はそれぞれ責任があり直に歴史の目を見て何をそれぞれにしてそのような苦しみを再び見ることのないようにしなくてはならないかを問う。
 いつかは被爆者の声はもはや目撃者を持つ我々と共にはなくなる。しかし1945年8月6日の朝の記憶は消えゆかない。その記憶は我々が自己満足と戦うようにする。それは我々の徳の想像力を満たし、我々がかわるようにする。
 またその破滅の日からは我々は希望を与える選択を作っている。アメリカ連邦と日本は戦線だけではなく、我々が戦争を通して主張し得るより悠にその民のために奪っ(かちとっ)ている友好を鍛えた。
 ヨーロッパの国々は通商と民主政治の絆で戦場をなくする連合を築きました。圧せられた国民等は解放を奪った。国際共同体は働いて戦争を避けまたは核兵器の存在を規制して拡散を防いで完全に排することを志す団体や条約を設けました。
 とはいえ、我々が世界の中に見るあらゆる国々の間の侵略、あらゆる恐怖と腐敗と狂気と圧制はその働きは道半ばにあることを示します。我々は悪をなす人の能力を排することはできないできないでしょう。以て我々が形作る国々と戦線等は自らを衛る術を有しなくてはならない。
 核の蓄えを持つ私の国のような国々の間では、我々は怖れの論理を脱してそれらのない世界を追い求める勇気がなくてはなりません。屈せざる努めは破局の可能性を防げますが、我々はこの行き着くべき処を私の生涯までには実現しないでしょう。
 我々はこれらの蓄えの破棄へと導く路を辿れ、その新しい国々への拡散を止められ、そして死の物質を狂人等に渡しません。今日の世界が如何に粗くれの長銃や樽爆弾が恐ろしい規模の暴力を仕立て得るかを見るにつけ、尚それは充分ではない。
 我々は戦争そのものについての意識をかえなくてはならない――紛争を外交を通して防いで力を尽くして始まってしまった紛争を終える;我々の生み出す相互依存を平和の共同のための機会として暴力の競争のとはしない;我々の国々を破壊の能力によってではなく何を我々は築くかにより見定める。また多分に以上は我々は一宇の仲間としての他者へのつながりを想い直さなくてはならない――この道も我が人類を一つにするものです。
 我々は遺伝子により紐付けられて過去の過ちを繰り返すのではない。我々は学べます。我々は選べます。我々は子供に違う物語を語れる、共通の人間性を描くものを、戦争のないそして虐げの容易くは受け入れられないものを。
 我々はこれらの物語を被爆者に見ます:原子爆弾を落とした飛行機を飛ばした操縦士を彼女が本当に憎むのは戦争そのものであった故に赦した女性;ここに殺されたアメリカの家族等を彼がその失うものは彼自身と等しいと信ずる故に捜し出した人。
 私の国の物語は簡単な言葉で始まります:「全て人は等しく造られ、そしてその造り主により生命、自由と幸福の追求を含む、確かな譲り渡し得ない権利と共に賦与された。」
 その理想の実現は容易くはない、我々の国境の内でも、国の市民の間でも。しかし本当にその物語に留まるのは努めるに値する。それは力が尽くされるべき理想、陸(おか)を渡りまたは洋(ひろみ)を渡り拡がる理想です。
 あらゆる者の譲れない価値、あらゆる命は貴いという要請、我々は一つの人間家族の端くれであるという根底的で大切な概念:それは我々が全く語るべくしてある物語です。
 それは我々は広島へ来た所以であり、然るに我々は愛する人々を、子供の朝の初めての笑みを、食卓越しの連れ合いのやさしい手を、心地好い親の抱擁を思います。
 我々はそれらのものを思いまたそれらの同じ貴い時がここに71年前に接収されたことを知ります。死者は、我々のようです。
 普通の人々はこれを解す、と思います。誰も戦争があって欲しくはない。皆寧ろその科学の不思議は暮らしの改善に仕えるしそれを排しないことを欲する。選択が国々によりなされる時に、選択が指導者等がこの簡単な知恵を顧みてなされる時に、広島の教訓は生きる。
 世界は永久にここにかわった。而して今日この都市の子供はその一日を平和に送る。何とそれは貴いものか。それは護りそして全ての子に拡げるに値します。
 それは我々の択べる未来、広島と長崎が原子力戦争の曙としてではなく、我々自身の徳の目覚めの始まりとして知られる未来です。


Seventy-one years ago, on a bright cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.
Why do we come to this place, to Hiroshima? We come to ponder a terrible force unleashed in the not so distant past. We come to mourn the dead, including over 100,000 Japanese men, women and children, thousands of Koreans and a dozen Americans held prisoner.
Their souls speak to us. They ask us to look inward, to take stock of who we are and what we might become.
It is not the fact of war that sets Hiroshima apart. Artifacts tell us that violent conflict appeared with the very first man. Our early ancestors, having learned to make blades from flint and spears from wood, used these tools not just for hunting but against their own kind.
On every continent the history of civilization is filled with war, whether driven by scarcity of grain or hunger for gold, compelled by nationalist fervor or religious zeal. Empires have risen and fallen, peoples have been subjugated and liberated, and at each juncture innocents have suffered――a countless toll, their names forgotten by time.
The World War that reached its brutal end in Hiroshima and Nagasaki was fought among the wealthiest and most powerful of nations. Their civilizations had given the world great cities and magnificent art. Their thinkers had advanced ideas of justice and harmony and truth, and yet the war grew out of the same base instinct for domination or conquest that had caused conflicts among the simplest tribes, an old pattern amplified by new capabilities and without new constraints.
In the span of a few years some 60 million people would die: men, women, children――no different than us, shot, beaten, marched, bombed, jailed, starved, gassed to death.
There are many sites around the world that chronicle this war――memorials that tell stories of courage and heroism, graves and empty camps that echo of unspeakable depravity.
Yet in the image of a mushroom cloud that rose into these skies, we are most starkly reminded of humanity's core contradiction――how the very spark that marks us as a species, our thoughts, our imagination, our language, our tool making, our ability to set ourselves apart from nature and bend it to our will――those very things also give us the capacity for unmatched destruction.
How often does material advancement or social innovation blind us to this truth? How easily do we learn to justify violence in the name of some higher cause?
Every great religion promises a pathway to love and peace and righteousness. And yet no religion has been spared from believers who have claimed their faith has a license to kill.
Nations arise telling a story that binds people together in sacrifice and cooperation, allowing for remarkable feats, but those same stories have so often been used to oppress and dehumanize those who are different. Science allows us to communicate across the seas, fly above the clouds, to cure disease and understand the cosmos. But those same discoveries can be turned into ever more efficient killing machines.
The wars of the modern age teach us this truth. Hiroshima teaches this truth. Technological progress without an equivalent progress in human institutions can doom us. The scientific revolution that led to the splitting of an atom requires a moral revolution as well.
That is why we come to this place. We stand here in the middle of this city and force ourselves to imagine the moment the bomb fell. We force ourselves to feel the dread of children confused by what they see.
We listen to a silent cry. We remember all the innocents killed across the arc of that terrible war, and the wars that came before, and the wars that would follow.
Mere words cannot give voice to such suffering. But we have a shared responsibility to look directly into the eye of history and ask what we must do differently to curb such suffering again.
Some day the voices of the Hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of the morning of August 6, 1945 must never fade. That memory allows us to fight complacency. It fuels our moral imagination, it allows us to change.
And since that fateful day we have made choices that give us hope. The United States and Japan forged not only an alliance, but a friendship that has won far more for our people than we can ever claim through war.
The nations of Europe built a union that replaced battlefields with bonds of commerce and democracy. Oppressed peoples and nations won liberation. An international community established institutions and treaties that worked to avoid war and aspired to restrict and roll back and ultimately eliminate the existence of nuclear weapons.
Still, every act of aggression between nations, every act of terror and corruption and cruelty and oppression that we see around the world shows our work is never done. We may not be able to eliminate man's capacity to do evil, so nations and the alliances that we formed must possess the means to defend ourselves.
Among those nations like my own that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the logic of fear and pursue a world without them. We may not realize this goal in my lifetime, but persistent effort can roll back the possibility of catastrophe.
We can chart a course that leads to the destruction of these stockpiles, we can stop the spread to new nations, and secure deadly materials from fanatics. And yet that is not enough, for we see around the world today how even the crudest rifles and barrel bombs can serve up violence on a terrible scale.
We must change our mindset about war itself――to prevent conflicts through diplomacy and strive to end conflicts after they've begun; to see our growing interdependence as a cause for peaceful cooperation and not violent competition; to define our nations not by our capacity to destroy but by what we build. And perhaps above all we must reimagine our connection to one another as members of one human race――for this too is what makes our species unique.
We are not bound by genetic code to repeat the mistakes of the past. We can learn. We can choose. We can tell our children a different story, one that describes a common humanity, one that makes war less likely and cruelty less easily accepted.
We see these stories in the Hibakusha: the women who forgave a pilot who flew the plane that dropped the atomic bomb because she recognized what she really hated was war itself; the man who sought out families of Americans killed here because he believed their loss was equal to his own.
My own nation's story began with simple words: "All men are created equal, and endowed by our Creator with certain unalienable rights, including life, liberty and the pursuit of happiness."
Realizing that ideal has never been easy, even within our own borders, even among our own citizens. But staying true to that story is worth the effort. It is an ideal to be strived for, an ideal that extends across continents and across oceans.
The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious, the radical and necessary notion that we are part of a single human family: that is the story that we all must tell.
That is why we come to Hiroshima, so that we might think of people we love, the first smile from our children in the morning, the gentle touch from a spouse over the kitchen table, the comforting embrace of a parent.
We can think of those things and know that those same precious moments've been took over the place here 71 years ago. Those who died, they are like us.
Ordinary people understand this, I think. They do not want more war. They would rather that the wonders of science be focused on improving life and not eliminating it.
When the choices made by nations, when the choices made by leaders reflect this simple wisdom, then the lesson of Hiroshima is done.
The world was forever changed here. But today the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting and then extending to every child.
That is a future we can choose, a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare, but as the start of our own moral awakening.



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by keitan020211 | 2016-05-29 20:29 | 政治、社会 | Comments(0)
【オバマ in 広島】朝日新聞の書面インタビューの英文の訳を正す
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 昨日28日の朝日新聞に広島を訪れるオバマ大統領への書面でのインタビューの英語の全文とその日本語訳が載っている。
 肝といわれる現地における演説の報がその日の夜のANN報道ステーションにあったが、その掲載文はその演説ではなくそれに先立つ朝日新聞による聴き取りである。
 私は初めはそれを演説の全文なのかと思い見てみたが、『核のない世界』を主題として行われるべくしてある演説の文体とは聊か違うと感じて確認して見たらそうであった。

 この記事ではその朝日新聞による日本語訳の拙い箇所を根掘り葉掘り見つけて正す。

・I look forward to visiting the Hiroshima Peace Memorial Park, and I...
 私は、広島平和記念公園を訪れることを楽しみにしている。安倍晋三首相とともに…

 "look forward"は読んで字の如く「前向きでいる」或いは「俟ちかねている」、「待ち侘びている」であり、「楽しみにする」という意味はない。やる気がなくても心穏やかではなくてもそこに意義や使命を見出して言う際には"look forward"となる。「楽しみにする」は"I've seen a joy on"または"I'm rejoicing at"とでもなる。
 また、原文が , (: 、 ) で切っている処を勝手に 。 で切るものではない。
 よって正解は:

 私は広島平和記念公園を訪れることに前向きでおり、また…

・I'm coming, first and foremost, to remember and honor the tens of millions of lives lost during the Second World War.
 私が広島を訪問するのは何にもまして、第2次世界大戦で失われた何千万もの命に思いをはせ、敬意を表するためである。

 "coming"と言っているのに「訪問する」と動詞を替えている。
 また、"to"には「ために」という意味はない。
 "tens of millions of"は数百万×数十で何千万と思ったのではあろうが、「数多の」を意味する飾り言葉のようなもので数値はどうでもよいものである。そもそも、「×」ならば"tens by millions"であり"of"ではない。"tens of millions"は敢えて数値として取るならば「何百が何十も重なるような」、その「何十」は十進法の十で、「幾らでも数が上がるの」という意味がある。
 "honor"が「敬意を表する」では聊か軽くて形式主義的である。日本の新聞の大の得意な表現法ですね。
 "first and foremost"は一見はその訳のいう「何にも況して」であるかのような気がしたが調べてみると全く違い、「先ず以ては」や「真先に」のことであるという。
 よって正解は:
 
 私が参り、先ず以ては、第二次世界大戦の間に失われた数多の命を憶えて誉む(ほむ)るものです。

・I will not revisit the decision to use atomic weapons in Hiroshima and Nagasaki, but I will point out that Prime Minister Abe and I coming to Hiroshima together shows the world the possibility of reconciliation――
 私は、広島と長崎への原爆投下の決定について再び議論はしない。だが私は、安倍首相と私が共に広島を訪問することが、かつての敵国同士でさえ、最も強力な同盟国になれるという和解の可能性を世界に示すということを指摘したい。
 正解は:

 安倍総理と私が広島へ一緒に来るのは世界に和解の可能性を示すと云いたいが、私は原子力兵器を広島と長崎において使う決定について云々することにはしない。

 "revisit"は英語では直接目的語なので日本語も同じように直接目的語にすると「決定を云々する」となり、原爆の使用を決める権利を持っていた大統領は恰もオバマ大統領であったかのように響く。よってその英語の直接目的語を日本語では間接目的語にして「~について云々する」とすることを要す。"re-"には「~について」の"about"の意味合いが含まれると見做す。"visit"の「訪れる」の「訪」の字には「あのが何かをう」で「云々する」の意味もある。
 "point out"は「指摘する」もそうではあるが、平易な言葉に換えると「云いたい」である。「私は声を大にして云いたいのであります。」は"I would like to point it out in my voices louder."となる。
 朝日訳の「だが私は」は、その前後の論理関係が「だが」を以て示される背反の関係にはなく意味不明な訳となる。正しい論理関係は言わば「あのことについて云々することにはせずに、こういうことを示したいのである」または「こういうことを示したいのでありあのことを云々することにしたいのではない」という順接の関係なので"As ....,"の意味合いを含む「が、」と訳すのが正しい。
 それは続く下の文も同じく――

・I won't give a long speech, but I will also reflect on the vision I outlined in Prague――
 私は長い演説をするつもりはないが、核兵器なき世界の平和と安全を追求するという、プラハで示したビジョンを思い起こすことになるだろう。
 正解は:
 私がプラハにて描き出した未来像を省みることもまたそうですが、ここでは長い演説を申し上げることにはしない。

 "I won't give a long speech,"の"I"は「由あってここにいる私」の意味合いなので「私」ではなく「ここでは」と解し訳すのが適切となる。

 その"also"は何が「~もまたそうである」なのかは、前の段落の「和解の可能性を世界に示すこと」に加えての「プラハを省みることもまたそう」なのである。朝日訳の訳者は恐らくそこで「なんで"also"なんだろう?」と分からなくなり、「まあいいや。」とばかりにそこを省略にしたと思われる。
 オバマさんが反省する必要なんてないでしょうと思うような盲目的歓迎家には、"reflect"とあって「省みる」や「反省する」となるとは到底に考えられないらしい。しかし賞を受けても反省することはあるものであり、「そこで考え出した未来像は今も全く同じようにいえるとは限らないので改善を考えてみたい」という程の意味であろう。

 ※:「盲目」の語は現代においては差別的表現とされ、一般に用いるべきものではないとされています。

 さて、深代さんならどんな所感を記すであろうか?

 面倒臭いのでこの位にしておく。以上は1頁を取るその全文並びに対訳の六分の一程となる。

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by keitan020211 | 2016-05-28 20:56 | 政治、社会 | Comments(0)
【参議院選挙】民進党の突破の芽は『同一労働同一賃金』にあり
 前の記事に示したように、この7月の参議院選挙では自民党と民進党のそれぞれ10増10減が予想される。自民党は10議席増で辛くも過半数を得て公明党との連立を解消、対して民進党は10議席減で早くも合併改名の大義が失われるとのものである。

a0313715_18392521.jpg 安倍政権の自民党が公明党と組むことをやめることは竟先頃に加わった熊本地震と依然として続く東日本大震災の復興を早めるためには必要となることである。
 自公連立の体制は阪神大震災の復興が粗完全に――それでも終わったと思ってはならないこともあるけどね、――成し遂げられた今世紀の入り端に始まったこと、リーマンショックは分からないけれど、大震災並みの国民と政権の動揺の要因のあることは思うべくもなかった時代のものである。思い返してみると、阪神大震災は1995年の発生より五年程で完全復興をしたのでその時の権力であった村山政権の力は強ちないともいえないものであったといえよう。それにしても、大震災の当時の政権である村山政権、菅政権と安倍政権が何れも連立政権であったことは大震災の対応などの国の非常事態の対応の力を著しく弱める不利な要素であることには違いはない。連立党の意向を一々伺わないと何事もできない非効率、そして橋本自民党やさきがけ、国民新党、公明党などの、国民の多数の支持を得てはいない党派がひっついていることによる政府におくべき信頼の不足――
 阪神淡路が五年、しかし、東日本も今や5年を経ているのに……地層の堅さの違いなのであろうか?
 公明党に政党としての誇りがあるならば、政権与党の座を自民党の側に求められるまでもなく自ら下りていただきたい。自民党も、公明党を明確に説得して退かせて欲しい。

 そんな折にも行われる参議院選挙、ここは被災地を幾らかは政治的に置き去りにしてでも心おきなく選挙をしたい。平気でいる他の国民が真剣に選挙をしてこそ被災地は浮かばれるのである。衆参同日選挙なんてそんな時にしている場合ではないという短絡的反応をする人々はもっと選挙の重みを考え直して欲しい。民進党の岡田代表も同日選挙の可能性にはマッスルマッスル乗り気でおられる。

 しかし彼のその乗り気に反し、民進党が勢力を増す芽はない。
a0313715_18413329.jpg 弊ブログがこの処に指摘する、消費増税の延期の可否に関する無節操の故でもあるが、合併改名と新ロゴのデザインにより有権者の民進党に掛ける信頼は更に落ちたからでもある。民主党、その名と歩みの重みを顧みないと民進党は再生することはできない。民主党が勢力を増していたのはは13年の間、その逆の7年の間の倍近くもの長さがある。
 先述の10増10減で参議院の新勢力は 自民党:126議席前後 民進党:54議席前後 となる。過半数は122議席なので自民党が過半数となり単独政権を維持することができるものとなる。自民党に切られた公明党が民進党との提携を模索するが民進党はそれをけんもほろろに断り、非自民の諸党派は小国の分立の様相を呈する。しかしそれでもその最大勢力である民進党の非自民の勢力における優位は益々強まり――詰り、負けて勝つということ――、公明党や社民党などの非民自共の諸党派はいつの間にか解体の趨勢を辿る。

 そんな民進党がこの参議院選挙を機に年来の支持層を含む有権者を掴める要因は僅かながらある。
 それは民進党が先日に発表した参院選の公約、マニフェストにある、同一労働同一賃金に関する切り口の現実味である。
 そのマニフェストには、同一労働同一賃金の実行を雇用主に直ちには求めないとする。
 その代わりに、雇用主にはその実行ができない理由を説明し開示することを求める。
 ――慧眼である。
a0313715_18432068.jpg 同一労働同一賃金を『課す』方針でゆくとその抜け道を幾らでも用意されてしまう。どう見ても同一労働なのにそうではないと強弁することは可能である。そこに、有名無実の世界が生じる。
 しかし、同一労働同一賃金を『できないならばできないと云って下さい』の方針でゆくと、それを正当な理由のあるなしを問わず、しない雇用主の存在が公に明らかとなる。取り敢えずはそれをする雇用主だけを成果と見做せばよい。その理由を追って追及して改善を求めることも可能である。それでも有名無実の実態は残るではあろうが追及と改善の気運とその実際の圧力は存在し続けさせることができることになる。
 なってはいないのになっていることになっている、それが最もあってはならないことである。民進党はそれを改める公約をこの程に出した。允に期待し得るものであるし、今までとは違う、真剣味のある支持層が増えることも望める。
 民進党はそれを今度の選挙に勝てずに野党に甘んじても捨てずに与党自民党に国会の厚生労働委員会などを通して受け入れさせ実現させて欲しい。即ち、かつての社会党のような与党的野党の働きを強化して実践することである。社会党は偶々政権を取る機会がなかったが、そのような働きは政権交代をすることが前提であってもそれまでの間の野党としては重要なものである。社会党の歴史を否定する余りに野党としての当然の義務をも放棄してはならない、前原や長島は聞いとるか?ど阿呆。何が最低時給千円や?おどれが。
 なので弊ブログのように主に彼等のせいで、民進党を見捨てない方々は負けても必ず民進党に投票して下さい。所詮は10減、良くて0増0減なので自民党に投票することにした弊ブログとしては少しも恐くはありません。

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by keitan020211 | 2016-05-28 18:38 | 政治、社会 | Comments(0)
三浦瑠麗氏 『朝まで生テレビ』で「安倍はオバマに恥をかかせた」
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フジテレビ 関東:8ch 東海:1ch 近畿:8ch
指原カイワイズ  24.25~24.55/水

 アメリカのオバマ大統領の広島の訪問と伊勢志摩サミットの終了を番組の三人の顔が広島に出ての生中継により報ずる昨日27日のANN報道ステーションがスポーツニュースに入るや私がオバマと共に傾ける気分のジンライムの酔いでこくこくと眠り込む内に終わっており、目が覚めると2時、そこに映っているのは竟先日に支持をやめた民進党の大塚耕平参議院議員のいつもの明瞭な語り口である。
 『朝まで生テレビ』、そういえばその日は今年の5回目の放送日である。

 その大塚氏に向かい合うのは自民党の山本一太参議院議員、そして森本敏氏や三浦瑠麗氏などとこの数年に番組に根づいているパネラーが今回も揃う。新しい論客が現われる気配はなかなかない程にこの国は停滞しているともいえようか。しかし三浦氏は比較的に新しく、今のこの国の言論シーンの目立つ処には表れないものを表してくれていると思う。

a0313715_17001234.jpg その三浦氏が今回の『朝まで生テレビ』ではブレーク以来初めてともいえる、安倍政権の批判を語った。
 私、弊ブログが大塚氏の民進党を見捨てて自民党を支持することにしたその折に、その弊ブログが高く評価する三浦氏は自民党の安倍政権を公然と批判し出した。三浦氏が弊ブログに捨てられたこれからの民進党の行方を定め得るような学問と評論をするとよいかと思う。

 三浦氏は言う。オバマ大統領の来日に際し、安倍総理はオバマ大統領に恥をかかせたと。
 それは先の在沖アメリカ軍による殺人死体遺棄事件を受けての安倍総理によるアメリカへの抗議のことであり、安倍総理はオバマ大統領と共に出たその記者会見で断固として抗議したと語った。

 ――???、私にはそれをどう見ても、安倍総理がオバマ大統領とアメリカに恥をかかせたようには見えない。
 犯行の直接の責任は言うまでもなく容疑者にありアメリカ軍やアメリカ国家にあるのではない。しかしアメリカ軍とアメリカ国家にはその事実を真摯に受け止めて軍の臨在と駐在の在り方を改める責任がある。その責任を促すためには日本の側が断固としてアメリカの側に抗議をすることは当然であり、される側は恥を感じても恥をかかされたなどと思うべきものではない。

 いつもは感銘することの多い三浦氏の評論とその学識であるが、そこでは一体何を言いたいのかが釈然としない、他の論述等は相変わらず面白いものであったが。

 穿って見ると、その三浦氏の言は安倍総理のその抗議と表明が我が国の人々のあらゆる思いを代表し過ぎて左翼を主とする反米派の人々の思いをもそこに含むものとなったことを懸念する意味があるのではないか?
 左翼反米派のその思いには正しいものもありはする。しかし安倍総理がそこにこの国のあらゆる思いをオバマ大統領に語った故に安倍総理自らが左翼の方々をも背負い込むことになってしまう、彼はその無理難題に耐えられるのか、腹は傷まないのか、そんな意味があるのかもしれないとは思う。彼はドゴール大統領のような左右不問の国父になれる程の大人物であるとは風体は少し似ているが、思えない。
 オバマ大統領によりも結局は安倍総理自らに、恥をかかせることになりはしないか?

 そして、そこに少し言及した日米地位協定の改定の是非を巡る事柄が安倍総理の辞任の決定的要因となるかもしれない。安倍総理はサミットの前座で日米地位協定の改善をしたいとの大見得を切った以上は国内世論のその期待を退けることはできない。しかし、アメリカはそれには応じない方針を表明している。

 そもそも、国の政策の改善や変更を人の命と引き換えに実現しようとする所謂「彼の命を無駄にするな!」式のことそのものが誤りである。単なる犯罪被害者がジャンヌ・ダルクのような英雄若しくは聖人であるかのように祭り上げられてはそれこそが命の無駄というものである。日米地位協定や日米安保体制それを機に改めることを望んではびた一文たりともならない筈である。
 それは、左翼が人の命をアメリカに差し出してその見返りに現状を変えてもらおうとすることを端的に意味する。恐ろしいまでの人命の軽視と反宗教性、それが人間主義に基づく左翼の手口なのである。そんな左翼に踊らされている沖縄の市民がこの先にまた深い失望を余儀なくされることは目に見えている。翁長沖縄県知事は恐らくテレビカメラの前で泣くであろう。

 但し、そこまでアメリカの側を手酷く責める積りのない控え目なリベラル左派もこの折には少なからず見受けられる。少しは時代がかわり、弊ブログの願いも幾らかは叶って来ているということか?

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by keitan020211 | 2016-05-28 17:00 | 政治、社会 | Comments(0)
【オバマ広島訪問】懐疑論についての疑問
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a0313715_11573594.png半年後も白さに差がつく衣料用漂白剤 ライオン ブライトW


 昨日27日までに伊勢志摩サミットとそれに続くオバマアメリカ大統領による広島の訪問の日程が終わった。あっという間の為五郎である。
 アメリカ軍による太平洋戦争における原子爆弾の使用を踏まえて核のない世界の実現を呼び掛けるためのオバマ大統領の広島の訪問についてはその検討及び日取りの決まってからはなかなか鋭い賛否両論が世論に湧き起っている。

 弊ブログはその検討が始まった時にはオバマ大統領は無理をして広島に来ることはないと語っている。それは主に日本に対する核攻撃についての謝罪の要否を考える時に、アメリカのそれについての世論の現状に鑑みると謝罪がなされることは難しいと考えるからである。また、被害国である日本の認識としても、極めて大雑把にいえば、小日本軍国主義によりもたらされた内外の様々な惨禍とアメリカによる原子爆弾による攻撃の惨禍は単純に相殺されるものであり、自国の責を棚に上げてはならないからでもある。現地広島・長崎の受けた惨禍と日本の受けた『戦争犯罪』は分けて考えなくてはならない。

 分けるべきものであるからこそ、オバマ大統領が開業から十年を迎えて新時代の息吹を益々告げるセントレア、中部国際空港を出て岩国経由、広島へ向かったことには大きな意義がある。アメリカ軍の前のめりによる核兵器の使用により世界に与えた限りのない恐怖とそれにより生じた核兵器に関する聊かの誤解、それが解かれて行く重要な契機となるものである。

 処が、左派の評価はその訪問については見方が真二つに割れている。
 或る意味では今までの71年は万(よろず)一枚岩を誇っていた左派がそのように割れることは望ましくもある。左翼は皆同じではありません、当然である。
 大雑把に見ると、所謂リベラル左翼と呼ばれて一括りにされていたものがここへ来てリベラルと左翼に厳然と別かれようとしている。リベラルはこのオバマ広島訪問を高く評価してその意義を見出しているが、左翼は殆ど評価せず、オバマ広島訪問を、延いてはその2009年のプラハ演説をも欺瞞として認めない構えに入っている。
 弊ブログはリベラル保守(:右か左かでいうとやや右)なので『リベラル左派』の内のリベラルの見方を是としたい。七十年にも亘りさようにも混乱し続けている核の問題と日本の被爆国たることを左派の見方のように一気に断じることはできないし、仮令何の意義があるのかが「今、このタイミングでは」――…馬鹿。――能く分からなくてもこのオバマ広島訪問を意義を見出す大切な場としなくてはならない。リベラルにはそのような未来志向とでもいうようなものがあるが、左派は日刊ゲンダイのこの暫くの『オバマの欺瞞』のキャンペーンにつられてか頓に支離滅裂の様相を呈している。

 その支離滅裂が分かり易く見て取れるのは弊ブログの一目おく或る左翼系のブログがオバマ広島訪問を受けて今日28日に出している記事である。一目おくかなり確かなブログ評論も、日刊ゲンダイの見出しの閃光に掛かると忽ち血迷うのか?

 その前に先ず、私が2009年のオバマ大統領のプラハ演説について云うと、実は何も知らない。その演説を聴いたことも読んだこともない。唯、ニュースの言葉としてプラハ演説と『核のない世界を』を知るだけである。
 私が当時に見ていたニュース番組は 朝:フジテレビ『めざましテレビ』 夕:TBSテレビ・JNN『THE NEWS』 夜:テレビ朝日・ANN報道ステーション である。そこには幾度か、確かに新鮮なオバマ大統領の姿があったが、『核のない世界を』は新聞の1面の見出しで見ただけでテレビでは聞いた憶えがないし、その見出しにもやや唐突な印象を受けた。関心は殆ど持てない。当時の日本の報道メディアにもオバマ大統領のその演説には被爆国日本の報道人としての聊かの戸惑いがあったのではないかと思う。私はオバマ大統領がそのように声を挙げたことを悪くは思わないが余りにも唐突であり彼がアメリカの指導者として何をしようとしているのかを量りかねる処があった。今になってみると、それは政権を潰されないようにするための国と世界に向けての初めの『愛の核攻撃』であったのではないかとも思える。初めのそれを思い出すと潰すに潰せないからである。

 その或るブログはこう言う。

 オバマの広島での演説について、マスコミがこぞって礼賛報道をしているのを見て、とても違和感を感じる。植民地的な反応だと感じて憂鬱になる。「核のない世界」など真っ赤なウソではないか。欺瞞そのものではないか。

 どうしてその男が「核なき世界」の理想の持ち主だとか提唱者だという話になるのか。倒錯もいいところだ。米国の大統領が広島に来るなら、被爆者とテーブルで向かい合って話を聞き、その場で頭を下げて謝罪するのが当然ではないか。

 とても主権国家の国民ではない。謝罪せよという声は少なく小さく細く、謝罪を要求してはいけない、するべきではないという自粛の声のみが大きく強かった。


 そこにはえらい傲慢がある。
 謝罪を要求しないのはとても主権国家の国民といえるものではない、そこには、主権国家の国民のみが謝罪を他国に要求することができるという意味合いがある。主権のない「地域」の民は何を他国にされても粛々と従わねばならない、泣き寝入りをせねばならない、そう云っている訳である。
 無論、主権のない地域は存在しない。植民地であろうと何であろうとその民には主権がある。しかし彼はその前に日本を「植民地的な反応」といい、植民地には主権はないとの見方を明確に表明している。
 然らば、台湾は今も日本であり、ケイマン諸島はイギリスと国際金融筋にいいように牛耳られて構わないと云っていることになる。トンデモである。そんな左翼を、聞いたことはないし、右翼もそんなことを思いはしない。

 彼は結局、アメリカとそれを支持する日本の支配層により「与えられた」主権国家日本の繁栄に胡坐をかき、大資本には与しないこだわりの地酒を嘗めながら言いたい放題を常としている似非左翼なのではないのか、そう思えてならない。そうでなければアメリカの根強い世論を鑑みることなく、また日本の侵略戦争とファシズムを問う振りをしながら真摯に問うことはなく、アメリカの原爆の戦争犯罪に対する謝罪を云々することができるのである。

 『核のない世界を』のテーゼが何故にさようにも世界の人々の心を強く掴むのか、掴みはOKなのか、それは世界で初めての核攻撃が市民を主とする大量殺戮であったからである。その主であるアメリカは核兵器の破壊力とそれを生み出す技術だけに誇りを見出して核兵器の実戦における違う使い手を究めることが少なくとも当時にはなかった。
 若し実戦における本当の使い手が有用であるならば、『核のない世界を』は忽ちその意義を失い得る。核兵器も通常兵器と同じであるということになる。その点は、オバマ大統領の願いが後に覆される可能性はないとはいえないと思われる。しかし、今はそれが世界に広く認知されてはいない。今以て核兵器は大量破壊兵器としての位置づけをしか知られてはいないのである。そうであるならば、オバマ大統領の願いは「今、このタイミングでは」意味を持つ。
 恐らく、北朝鮮はそれらの二つの可能性を両睨みにして核開発を続けながら非核化と核兵器の先制不使用を打ち出している。北朝鮮は国際政治と国際安全保障の秩序の形成を主導することのできる立場にはないのでどうしても大国の出方を窺いながらの両睨みになる。核武装論が時折に出て来る日本も広い意味では同じなのであろう。

 「命を守りたい、命を守りたいのです。」――広島に立つオバマ大統領のそれでも変わることのない真意はそこにある、と思う。その責任を"Trust me."
 元大統領となってから、長崎をも訪れてくれようか? 『政権の遺産作り』は莫迦にできない。

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a0313715_13053612.jpg木佐彩子(きさ あやこ:BS朝日『いま世界は』のキャスター;元フジテレビアナウンサー)を
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ANN報道ステーションの富川悠太アナウンサーの次のメーンキャスターにしよう!!


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ANN 報道ステーション 9.54~/月~金
ANN 報道ステーションSUNDAY 16.30~18.00/日

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FNN ユアタイム~あなたの時間~ 23.30~/月~木 23.58~/金
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by keitan020211 | 2016-05-28 15:49 | 政治、社会 | Comments(0)
【消費増税】安倍総理が10%を『撤回』へ そして参院選
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フジテレビ/関西テレビ 関東:8ch 東海:1ch 近畿:8ch
Mr.サンデー  日曜22.00~

 安倍総理が来年2017年4月に予定されていた消費税の10%への増税の二度目の延期を決めるという。今朝の全国新聞等にはその見出しがそれぞれ1面を占めている。また、7月の参議院選挙と併せて行う可能性が語られていた衆議院の解散による同日選挙もしない積りであるという。

 弊ブログは消費税の10%への予定の通りの増税を主張している。その延期は経済を悪化させかねない。予定の通りの増税が代替需要を促して金の流れが変わり、経済の回復につながる。これも云われている、社会保障と財政再建についてはこの際は置いておいてもよい。消費税を10%にすると景気は良くなるのである。
 処が、安倍政権はその芽を摘む、増税の延期を決めた。然も本当の処は延期ではなく断念撤回とするものであるという。消費税は新たな増税の構想が立ち上がらない限りは今の8%に一先ずは決定ということになる。
 今の8%の侭では増賃金の理由が生じないので景気はますます冷え込み、経済の再生の芽は出難くなるであろう。連合と民進党が10%への消費増税を強く支持するのもそういうことである。
 一体、何を考えているのか? ――「それは『一体改革』です。」
 しかし、その民進党も安倍総理に進言をする形で8%への据え置き――但し断念撤回ではなく更に2年延期、寧ろ断念撤回で8%に決定よりも性質が悪い。――を主張し始め、今度の参院選の公約、マニフェストの柱の一つとするという。
 少なくとも消費増税に関して見るならば、現状の評価と参院選の選択は自民党に若干の分がある。延期は金融緩和よりも悠に麻薬である。

 安倍自民党政権のその選択は連立の公明党が急先鋒となり導入された軽減税率の対象の拡大への道を塞ぐことにもありそうである。または軽減税率そのものの廃止も選択肢となり得る。参院選の結果の如何によっては公明党との連立も解消されるかもしれない。自民党は今の処は参議院の過半数を得てはおらず、衆参両院を通すには公明党の議席の数と力を要している。今度で過半数を得ると公明党は要らなくなる。同日選を避けた理由の肝はそれであろう。
 震災の対応も、意思決定に時間と手間の掛かる連立政権は不利となる。阪神淡路大震災の村山政権(:社会党;自民党;さきがけ)は典型的にそれが原因で対応に手間取ったし、東日本大震災の菅政権も、もう誰も憶えてはいないであろうが、国民新党との連立政権であった。因みに、その二番手の亀井亜希子氏がこの程に民進党に入るという。
 熊本地震の対応にある安倍政権にとっての妨げは何と言っても、復興事業の多くの事柄を担う国土交通省を政権の発足から一貫し公明党に握られていることである。――今までの政局の論議にそのような話は全く出て来てはいないが、現下の政局の影の最大の焦点がそれ、安倍政権が公明党を切ることである。
 衆議院の選挙は圧倒的に、自民党は公明党の力を借りて票と議席を得ているが、参議院選挙はそうでもない。自民党の候補が同じ選挙区に何人も出るので公明党の支持層の自民党への票が割れることにより計算が立たない、なので公明党に頼らずに自党の力だけでゆくことになっていよう。今度の選挙も同じく公明党の力を要しないし、それが公明党を切ることのできる絶好の機会である。

 民進党は現有の議席数を維持できれば上々、弊ブログの予想では自民が10議席増に対し民進が10議席減の10増10減である。自民党は辛くも過半数を獲得し、民進党は良識の府における2013年に続く更なる敗北で分裂――したら好いと思うが、――となる。
 但し、民主党政権の頃から離れていた穏健右派の旧支持層が帰って来ることもあり得、票と議席は減るがその内訳には前向きなものも見出されるかもしれない。

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静岡県:FM 78.4 K-MIX


――地震が発生したら先ずは火の点いている所を確認して直ぐに消せる火を消し、物の落下を避ける。


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テレビ朝日 Jチャンネル 16.50~19.00/月~木 15.50~19.00/金
メ~テレ Jチャンネル―UP! 前記の時間の後 18.15~19.00/月~金

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フジテレビ みんなのニュース 15.50~18.57 <FNN>17.54~18.57/月~金

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by keitan020211 | 2016-05-27 21:42 | 政治、社会 | Comments(0)
【Freesia健康と美容】胸元を開ける――服とのシナジー効果による健康と美容
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 ボタン付シャツの胸元
 皆さんはどうしていますか?

 ボタンを: ・全て留める ・1つ開ける ・2つ開ける ・全て開ける

a0313715_20295951.jpg 「全て開ける」とは下にTシャツを着て重ね着をする場合である。私はTシャツとの重ね着の場合は3つ開ける。そうではない場合の殆どは2つ開ける。
 最も多いのは「1つ開ける」であろう。中には第1ボタンが初めからないシャツもある。

 ――そこで聞こえて来そうなのは「古臭い!」との声 或いは「やらしい」との声もあろうか?
 近頃は若者を一とする所謂保守化の風潮の故か、シャツのボタンを2つ開ける姿は余り見受けられなくなっている。私は歴然と少数派となっている。
 ボタンを2つ開けることがはやったのは主に1980年代である。私はまだ小学生であった――だけやないやろ!、との声も聞こえて来そうである。――。
 その前の1970年代には襟の鋭く大きいアバンギャルドなシャツ――黒が多い――のボタンを2つ開け、それに裾の幅の広いパンツを合わせるのがはやったが、そのスタイルのアバンギャルドでややアウトローな要素をなくし明るく洗練して出て来たのが’80年代のボタン2つ開けスタイルである。下は主にジーンズやショートパンツとなる。ジーンズなんか穿かないという徹底的婦人志向の人々にもボタン2つ開けは「ちょっと冒険♡」などと言いながら取り入れられていた。そんな風景は今やない。
 
a0313715_20153141.jpg 私がシャツのボタンを2つ開けるのにはスタイルの美しさの他にもう一つの理由がある。そして後述の更にもう一つの理由をこの程に知ったので紹介する。
 それは身長が高い(:169cm)のでボタンを1つだけ開けると首元の開く部分の高さが背の高さと比べて小さくなり、やや窮屈そうな感じになるからである。また、自分の感じとしても首元と胸元に掛けて広く開くと気持ちが良い。その部分に出来る逆三角形がエッジの効く縦長となり美しいと思う。それが、今の子らは古臭いというのである。
 胸元が開くとどちらかというと気が強そうに見える。私は気の強いキャラになりたいのではないが、そう見えると何かと得である。何が得なのかは考えてみられたい。しかし、今の若い子は気が強く見られるなんて日本人として恥ずかしいという。

 更にもう一つの理由とは何か?

 健康と美容に良いことである。
 ボタンを2つ、広く開けるとそこには空気が触れる。風があるとそこに吹きつけまたは吹き込む。
 風が体に当たると僅かながら、マッサージの効果がある。
 胸の所謂谷間の真中の辺りには女性ホルモンの分泌を調えるつぼがあると今日の『美レンジャー』<:Infoseek楽天ニュースにセレクト>の記事で知った。名を壇中という。壇蜜も圧しているのであろうか?
壇中(だんちゅう)というツボがバストの谷間にあります。ちょうど左右のバストトップの真ん中くらいです。手で押してみると少し痛みを感じるポイントを優しく揉みほぐしてあげましょう。
壇中は女性ホルモンの分泌と深く関わっているとされています。また、バストアップ効果があることでも有名です。そして、ストレスや不眠症、胸苦しさ、生理痛や生理不順、悪阻など様々な症状に効果的とされています。
 また、ボタンを2つ開けると谷間だけではなく鎖骨も、その内側が少し出る。
 左の鎖骨のリンパ節をマッサージするとリンパの流れが良くなるという。左のをとは、人の体は左右対称ではないということやな。
 マッサージは良いとはいえども、間違った仕方では意味がなかったり改悪となったりする。なのでローリスクでそれなりのリターンを望むならばつぼやリンパ節を空気若しくは風に晒すと良い。
 どうも、私のマイナス10歳肌の理由はそれにあるようである。

 ――とはいえども、胸元が見えることにはためらいがあるという人も少なくはない。
 そんなあなたのために、胸元が見えにくい着方を少し紹介します。
a0313715_20172437.jpg 谷間ができないようにする真ん丸なブラジャーを、と思うかもしれないが、それも一つかとは思うがそうではない――横断して覆う形のにすると胸は見えなくてもそのブラジャーが見えてしまう。――。ブラジャーの形ではなく色で見えにくくする。
 黒のシャツには黒の下着を 紺のシャツには紺の下着を
 どうしても暗めの色となってしまうが、シャツと下着の色を同じ位にすると下着が見えにくくなり、延いては胸元が見えることにも余り気にならなくなる。
 黒い下着は「挑発する下着」ではない。本当はそのように気遣うためのものである。
 明るい色の場合も、暗い色の場合よりは見え易いとはいえ、色を同じ位にすると少しは目立たなくなる。下着は所詮は見えないものなので何でも構わないと思っている程、万が一見えるのが怖いと思うのである。無論見せる物でもないが、見えても怖くない下着の選び方を奨める。
 何しろ、何気に見せて誘わないと結婚ができない時代なんでしょう―?―。見られて泣く前に自分で考えてみましょう。

 では、男性の場合はどうであろうか?

女子ウケ調査!全閉めが人気?シャツのボタンはどこまで開けるのが正解?

1位 全閉め・・・73%
2位 1個開け・・・27%
3位 2個開け・・・0%

a0313715_20224021.jpg LEONなどのイタリアオヤジ系のファッション誌だと2個開けが多いですよね。それを真似て日本のおじさまたちもセクシーに胸元を開けていますが女性ウケは悪いようです。 ちなみにメンズノンノ12月号でも女性にアンケートを取っておりまして、 全閉め25%、1個開け67%、2個開け8%という支持率でした。 雑誌によってアンケートの結果は変わるということですね。
 smartは2009年の5月号でも調査しており、 その時の結果は全閉めOK59%、NG41%という結果でした。 2009年時点ではアリかナシかで語られるほど微妙な全閉めが2012年では一番人気に。時代は変わりますね~。
<ブログ『今日の話題』の2015年10月5日の記事より>

 2つ開けの受けが悪いのは男性は得てして何故か服の着方の意味や自分にとって何が良いのかを考えずに見た目の格好の良さだけで取り入れるからではないかと思う。
 というか、ボタンを2つ開けのおやじ或いはおじさま、今時は殆ど見掛けない。街にも依るのか、私の見る世の印象とはかなり違うことが語られている。
 で、『全閉め』、私の青春時代でもある1990年代までは男女を問わず、シャツのボタンを全て閉めるなんてあり得ないものであった。その通念は2009年もそうであったとあるのでこの五年程で爆増したということである。73%が好感とは、聊か信じ難いことである。
 どうも、全閉めが急増となった理由は『草食男子』を巡る問題にありそうである。
a0313715_20235683.jpg 何かと、旧世代には情けないといわれ、新世代には相手にされない草食男子、しかし、その惨状――実態があるのかは分からないが、――を何とか救うべく現われたのが「草食男子の薄い胸板やぽちゃぽちゃの胴体を覆い隠してファッショナブルに見せる着方」、詰り、そうしていれば認められるかもというのである。
 そもそもそんな名を付けて云々する側が最も情けない人々な筈であるが、それをメディアが支えると言いたい放題である。
 因みに私はシャツのボタンを全閉めにする男子は全て閉めることが必ずしも悪いスタイルであるとは思わないが、そんな杜撰な救済策に乗ることからしても良いとは思わない。首までボタン漬けのその存在感には何か違和感がある。怪しいといってもよい。

ボタンを一番上まで留めた場合、基本的にはかなりカチッとした、品の良い印象になりますよね。

 ――全然しないよ。そもそも、その「-ね。」て何ですか??

 それと、現実には存在したことのない「伝統」を「保守」する政治と社会の思潮の反映でもあるのであろう。「品の良い」とは詰りそういうことであろう。安倍晋三が高級レストランで食事をしているイメージである――汚ならしいっす。――。
 片や、ボタンを2つ開けるリベラルさを今も守って若さを保っている私はその意味でもリベラル保守である――そうと知ったらもう古臭くて支持できないという向きもあろう。――。

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by keitan020211 | 2016-05-25 20:26 | 生活 | Comments(0)
【解散総選挙】木村草太准教授の7条解散違憲論は意味不明
 日本のこころを大切にする党の和田政宗氏のBLOGOSに掲載の今日24日の記事と同じ題となる。

 昨日24日のANN報道ステーションに東京都立大学の憲法学者、木村草太准教授がゲストコメンテーターとして出演して憲法7条に基づく衆議院の解散総選挙は憲法に違反するものであるとの持論を語り、この7月に行われるかもしれない衆議院の解散による衆参同日選挙を牽制した。
 木村准教授はこの3月までは報道ステーションの常任のコメンテーターとして1年の間を出演していた。この度の出演はその後の久々の挨拶ともなる。

a0313715_18014071.jpg 人の言うことを詭弁と云いたくは余りないが、木村氏のその論はあけすけな詭弁、テレビを永らく観ていて初めて見るような唖然たるものである。
 憲法学者なのに、論述が解散総選挙をさせない、延いては解散権を廃止させたい、そのような政治目的に沿うばかりのものである。それは学問ではない。

 答を言うと、解散権は憲法に根拠のあるものではない。
 しかし、憲法に反するものではない。

 実は、木村氏もそこでそれを少し言っている。但しあくまでも「解散権を肯定する彼等の言い分」としてである。憲法には内閣総理大臣が解散をしてよいともならないとも云ってはいないので解散権は憲法に反しないものであると。
 しかし木村氏は直ぐ様、そのような憲法の解釈にはかなり無理があると云う。

 ――おかしいやないか。

 「彼等」は解散権の根拠をそもそも憲法に求めてはいないので自らの見解に関しては憲法の解釈も何もない。何であれ解散は天皇が行うのでその7条の規定に則り行う、それだけの話である。
 即ち、解散権を肯定する側には「7条解散」などという語はない。

a0313715_18030245.jpg では何故解散総選挙を巡り「7条解散」が云々されるのか?
 恐らく、解散権を否定する側の違憲との主張に対し「彼等」を支持する一部の学者が反論するための論拠として憲法7条を引き合いに出したことによるものであろう。それも7条が解散権を根拠づけると云うのではなく議論の序に7条についても言及しただけなのである。衆議院の解散は天皇の命令のみによるべきものではなく内閣の権能においてもなされるべきものである故に、あらゆる解散は内閣の権能に属すると。即ち、そこに解散総選挙の是非を問うものとして7条に言及している訳ではない。
 否定派は肯定派のそのような主張を捉えてそれを「7条解散説」と勝手に名付けた。戦後の憲法学界は内閣による衆議院の解散権を否定する派がおしなべて強いものなので彼等の用語造りは報道メディアや大学などを通して一般に忽ち流布し、解散総選挙は違憲であるとの説が支持されるようになった。

 しかし解散総選挙は違憲であるとの説もまた憲法には何の根拠もない。
 解散総選挙は憲法の次元の事柄ではなく、政治の慣習の次元の事柄である。なのに否定派はそれを憲法論に持ち込み、憲法と政治慣習を一緒くたにして論じている。
 そもそも解散総選挙の前の、議院内閣制も必ずしも憲法に根拠のあるものではない。憲法が定めるのは内閣総理大臣は国会議員でなくてはならないと定めるだけであり、他の国務大臣は議員でなくてもよい。その規定の本意は立法府たる議会の行政府たる内閣に対する優越を象徴して確保することにあり、議会が内閣を支配することを意味するものではない。しかし実際には議会が内閣を相当に支配するものとなっており、その議院内閣制は憲法の定めない政治慣習として存在するものである。

 否定派は議会の優越権を極限まで大きくしてその任期が固定して確保される議会原理主義を勝手に望まれる憲法秩序として主張するのである。
 しかしそのような議会原理主義が不可能且つ無意味であることは内閣を主とする政治権力の批判抑制(チェック)の役割は永らく民間のメディアや個人の政治参加によりなされるものとなっていることにも明らかである。権力の抑制を図る役割が何故に議会に求められるようになったのか、それは近代憲法が日本や世界に出来た頃には多くの国民が政治などの公の情報を見聞きすることのできるメディアは存在せず――新聞はあったが高級知識階級だけが読むものであり一般に読まれてはいなかった。――、メディアが国民の意見を集約したり国民が政治に直に意見することはあり得ず、権力のチェックは選挙により選ばれa0313715_18044956.jpgた議会だけに可能であったからである。しかし今時に議会が権力をチェックすることを望むとは余程に現実を知らない、議員等の現状を知らないのですか、それで政治に関心があると能く言えますなと問われるべき人々しか云わないことであろう。尤も、本当に今時の議員等のような議員等による政治であってよいというのではないが、議会の優越権にかようにもこだわるのは議会原理主義というべき時代錯誤であることには違いない。

 木村准教授などの解散権の否定派は報道の自由や国民の政治参加を否定するとまではいわないまでもかなり強く制限したがっており、個別の主張の内容はともかくそのような文化の在り方の大枠としては安倍政権的階級独占による政治、the elitecracyを志向しているのである。そう顔に書いてあるので幾ら違うと言っても無駄である。
 また、木村氏は解散権を制限するように憲法を改正する必要があるともそこに語っており、報道ステーションを改憲志向の番組と印象づけたがっている正体が見える。尤も、護憲志向だけに絞るべしとはいわないが、番組の方向付け(:a direction making)の主導権を奪い合いたがる護憲派と改憲派の攻防の動きは醜い。『番組そのもの』がどうしても板挟みになる訳である。

 自分達に都合の好いことを勝手に憲法秩序とし、それに反するものを違憲と言い募る、そんな学問の世界に支配されていた日本は不幸である。大学、無償(ただ)でも行かないというのが良識のある人々の本音なのではないか。

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by keitan020211 | 2016-05-25 17:59 | 政治、社会 | Comments(0)
自民党宣言 その4 支持層の価値観を巡る問題
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フジテレビ 関東:8ch 東海:1ch 近畿:8ch
指原カイワイズ  24.25~24.55/水

 直前の3つの記事にも語っているように、2016年5月21日(土)、私Keitan及び弊ブログ『The Logry Freesia』は自民党の水月会(:石破派)に支持替えをし、今世紀の始まりからの15年に亘り支持し続けていた民主党及び民進党の支持をやめることとしました。
 石破派だけではなく、安倍晋三総理総裁を一とする自民党の諸派閥をなるべく理解尊重して支持することにします。
 土曜日の晩には早速や、水月会を挙げてのKeitanの歓迎会が行われました。
 安倍政権を全力を挙げて支えてゆきましょう、その石破茂氏の式辞に私は忸怩たる思いの混じる、万感の思いが込み上げて来ました。
 それは安倍の葬式を私達が率先して出すということと理解しています。
 歓迎会で振る舞われた料理は全て私の手製、豆鯵(まめあじ)とキャベツの赤ワイン煮サラダとスパゲティーペペロンチーノです。
 ペペロンチーノの葫(にんにく)は晴れの場に相応しく、スライスにせずに粒を丸毎揚げるものです。
 サラダを煮込める赤ワインはイタリアのシチリア島のFazio Sivilia Rosso(ファツィオ シビリア ロッソ)、「このワインは驚きのプライス(¥645)ですが、価格以上の見事なものでした。一言で言えば「超好み」!この価格帯のワインが目指すべき方向性、美味しさを最大限に突き詰めたらこうなると言う見本のようなワインです。」と評するサイトがあるが、正にその通り、今までに店で買ったワインでは最も旨いものです。なのでその日の内に一瓶の八割程を空けてしまいました。因みにテレビ朝日の宇賀なつみアナウンサーは日曜日の休みにはワインを二瓶空けるそうです。
 Fazio Sivilia Rossoはコンビニエンスストアのセブンイレブンで買うことができます。

 「不自然な力強さに走ることのない見事なバランスを保っています。」との評、何かを想わせます。無論その場では言うことはできません。何しろ、あくまでも秘密裡の歓迎会です。

 「不自然な力強さ」、それは私が支持をやめた民進党についてこそいえることです。

 この処、民進党のオープニングイメージガールとなった山尾志桜里氏が国会の論戦などに出続けて脚光を浴びています。
 私は山尾氏を嫌いではありません、それ処か好きなキャラです。その活躍を歓迎し期待してもいます。
 しかしそこには山尾氏の背後を押す、不自然な力強さが見え隠れしている。

 山尾氏は先日の安倍総理との質疑で異様な昂揚感と共に「男尊女卑政権と言われますよ。」と語りました。
 弊ブログには、その言葉が事実の誤認に基づく大変に程度の低いものと思えてなりません。安倍総理のしばしば批判する、レッテル張りや誹謗中傷にすらならない、空しく響くブス女の虚言でしかない。勿論、私は山尾氏をブスとは全く思いませんが、ブス女達の声を代弁していると彼女さえも酔っ払いのおっさん面に見えます。残念です。
 民進党はそんなにブス女達の票と政策を欲しいのでしょうか?

 その山尾氏の批判の対象となる自民党はそもそも、男尊女卑ではありません。
 自民党は男性と女性を巡る様々の歪な価値観や先入観を持っていることは確かです。弊ブログもそのような価値観に与したくはありません。故にも石破派を支持するのであり、麻生・大島派を支持するのです。しかしそれは男尊女卑というものとは異なる。
 自民党の歪みは性主義、sexismにある。男女の差異を殊更に重視し、男性的価値観と女性的価値観を分けて相互乗り入れを不可能にする、「女には分からない男の世界」や「男には分からない女の世界」を醸成してそれにそれぞれが閉じ篭もることを善しとする思想です。
 そのような思想風土においてはしばしば、男性性の誇大な崇拝や女性性の止め処もない崇拝がなされます。現代は殊に後者の女性性――或いは母性――の崇拝が強まっており、日本の世論と生活を支配しています。そこにあっては、卑しめられ差別されているのは寧ろ男性や性主義を拒む人々です。
 尤も、性主義を拒まないならば男性が卑しめられてばかりいてはならなかろうということで安倍政権の下にある近年は逆に男性性の誇大な崇拝の風潮が強まっています。反安倍の森永卓郎氏でさえ、その風潮に乗って自らの男性性をテレビCMで誇示しています。
 山尾氏に見る民進党は性主義と男尊女卑の違いもついてはいないようです。男尊女卑とは女性が一元的に社会的に低い立場におかれる思想をいい、それは寧ろ民進党の支持層の一部により強いものであることは大島九州男という名の議員がいることにも明らかです。男尊女卑とは低い立場である女性にも相応の名誉と利益が還元されればよいという思想とその反映としての社会構造なので女性の人権を損なう差別と見做されるべきものでは往々にしてありません。

 男に関心のない女・女に関心のない男、それが自民党の年来の価値観であり実態です。そんな処に、山尾氏のように「男尊女卑政権と言われますよ。」と根も葉もないことを云われると呆然とする外はありません。「へ?馬鹿??、あの青いの。」私が山尾氏を見るのはそこが初めてであったなら、自民党を支持しなくてもそう思うでしょう。
 自民党は女性を持ち上げ、過大な期待を寄せ過ぎなのです。なのでそれが裏切られるとアイドルを刺し殺そうとすることになるのです。犯人の彼は多分、自民党の支持者でしょう。また、安倍総理などの日米安保に関する発言等を日本のテレビで観ている内に誇大妄想を抱くようになった米軍の関係者が地元の女性を強姦して殺すことになるのです。彼も有権者ではないが、自民党の支持層に準ずるものでしょう。

 弊ブログは自民党のそのような女性崇拝と男性崇拝の風土が自民党の支持層の主体的意思により変わることを望みます。民進党はそんな自民党について、男女を巡る事柄について、何も分かってはいないのに、正しく知ろうとしてはいないのに云々するべきではありません。山尾氏のその質疑は民進党の支持者(:当時)として本当に恥ずかしいものです。

 ☆☆☆

 価値観といえば、酒の呑み方に関することがある。
 酒に関しても、その民進的男尊女卑或いは男女平等と自民的性主義の違いがある。
 永らく日本の酒の席についてまわるものとされている一気飲みや下ネタの披露は後者の自民的性主義の産物である。
 私は前世紀の終りまでは自民党を支持していたため、一気飲みや下ネタを好ましくはないものとは思いながらも社会通念の一つとしては許容していた。何しろ、やる人がいたら止めることはできないし、私は酒にはそれなりに強いので一気飲みに加わってもいた。
 酒を一気に飲むことができる、即ち酒に強い
 下ネタを話したい、すれば周りを聞かせられる
 ――それらは明らかに性主義に基づく男性性の誇示であり、多くは女性をそこに免除する通念もある。女の子もやってくれるとありがたいがどうしてもとはいわない、女性は別の世界のものとする故である。女性を免除する『制度』は女性にとっては何気にありがたいので多くはそのような男性主義に異を唱えることもない。
 この程に自民支持に復帰する私は今やそれらをも再び許容する積りはない。自民支持層にもそれらをなくそうとする気運が強まって来ているからでもあるが、その点は民進支持の頃とは変わらない。

 男尊女卑の強い民進支持層には初めからそのような風習はない。
 男尊女卑にあっては男女の社会的立場の上下はあっても、それの世界を分けないので酒の呑み方は男女を問わず同じ、何れも呑む人は呑むし呑まない人は呑まない。
 寧ろ男女平等派の程に、酒の席では如何に振る舞えばよいものかが分からずに自民的風習を持ち込む人が多いかと思われる。
 男尊女卑の社会にあっては男性は社会的体面があるために、酒の席で飲み明かして粗相を見せるようなことがあってはならないので自民男的に一気飲みや下ネタなどを交えての大酒呑みをすることはないのである。男性がそうであるならば女性は尚更で、そんなことをすることはない。
 酒の席に限らず、男女平等派のそのような振る舞いの迷い、即ち文化のなさは何とかするべきものであり、民進党の現状と志向を見ていると心許ないといわざるを得ない。山尾さんは酒を率先して注ぐのであろうか?

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by keitan020211 | 2016-05-23 20:57 | 政治、社会 | Comments(2)



政治、社会、文明論、生活などについて語るブログ ●自民党水月会(石破派)、志公会(麻生派)と民主党民社協会(高木派)を支持します。 ●"Logry Freesia"とは『ブログのある所 自由な国』の意味です。
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