【書を読む】 ニュースでわかるヨーロッパ各国気質
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ニュースでわかるヨーロッパ各国気質
著:片野優・須貝典子
刊:草思社
1944円 ISDN-9784794220288

a0313715_22221895.jpg ヨーロッパ事情についての本を読むのは二十年振り位となる。私はフランス文学科の卒なので高校生や大学生の頃はその手の本を色々と読んでいた。その頃の私の好きなヨーロッパの国はフランス文学の国フランスとその海の向こうのイギリス、地中海沿いに隣り合うイタリアである。
 それは今も大筋では変わらず、フランス、イギリスとイタリアの他に、アイルランドやデンマーク、カナダ、北朝鮮、台湾、マレーシアが加わっている。社会人になるとアジアへの目が開けて学生の頃までの程にヨーロッパ贔屓ではない。
 その理由は学生の頃から出会う外人にアジアや第三世界の人が多いことと政治経済における日本との関係の視点が加わったことである。殊に中国の経済発展が目覚ましい時代であり――幅があって年齢を曖昧にするには都合が好い史実――、日本を含む東南シナ海に沿う国々を無視することはできないという感じになった。その間に世界におけるヨーロッパの重要性はEUとユーロの発足を見てもめきめきと下がり、これという掴む話題に乏しいのがかの地の現況である。ニュースらしいニュースといえばギリシアなどの財政破綻とそれを見下して今時のヨーロッパの唯一の経済安定の国となっているメルケル政権のドイツだけ。フランスの大統領の存在感は幕下へ落ちようかという勢いにあるし、イギリスもオリンピックをつつがなく終えただけで新しいものを何も生み出していない。イタリアはギリシアの同類と見られている。

 読むと、安倍首相とか東日本大震災が出て来るのでかなり最近に出た本と分かる。
 学生の頃に戻ったような心持で、「安倍首相」と見ると、何か信じられないような感じがする。それに至るまでの時代の変化や私の生涯の変化、それそのものの良し悪しについてはさておき、単純にそのような昔は見たことのない語が出て来ることに眩暈がする。その昔に「安倍首相」といえば『安倍晋太郎が総理になったら』についての夢を語る一部の人達の話である。

 尤も、ヨーロッパの全ての国を一冊に網羅する事情本を見るのは初めてであり、二十年前には同じ形式のものを読んだことは実際にはない。しかし当時の心が甦って来るように感じられる、そんな心を呼び覚ます本なのである。
 しかも新しいのは当時はまだ少ないものであった、東ヨーロッパやロシアを含むヨーロッパについての本。故もあり、その分厚さと寝ながら読む時の重さも丁度好い。本文の書体がリュウミンではないのも嬉しい。リュウミンで書かれていると無条件に時勢に阿る下らない本という印象になる。

 しかし難もある。

 イタリア、フランスやスペインなどの南ヨーロッパの方面の国々についての話が野蛮日本人に永らく受ける「美食家」などのステレオタイプなものばかりであり、また、財政危機にあるイタリアやギリシアについては見下す、日本も財政危機にあるにもかかわらず。
 フランスやスペインについてもどちらかといえば見下し、理解不可能な国という論調に彩られる。取り分けフランスの労働者の「働かなさ」については「フランス人は一日に実質では三時間しか働かない」という他国の批判的ジョークに同調するかのように否定的に描く。
 そこにはフランス製品の品質の高さやそれでもフランス経済が大難なく持っている事実を見る視点がない。品質では今や――或いは昔から?――日本製品に優るともいえるし、それだけの品質と経済や生活の安定をフランス人の三倍も四倍も働いていながら生み出せない日本、残業をなくせとは云うけれど長期休暇(バカンス)を導入しろとは云わない日本人が何をいうのかと思う。折しも今の今、残業時間の上限についての法制化が話題になっているけれど、ぶっちゃけバカンスがあれば残業なんてどうでもよい、家族のためといって残業を控える人が家族に求められる存在になってはいないと云うよくわかっている日本人もいるが。三倍も四倍もの実働時間はそれ以上の在庫のリスクを生じているという単純な事実にも気づかない日本はやはりヨーロッパに劣る国であるといえる。

 片や、中北ヨーロッパについてはおしなべて肯定的である。昔の日本人のヨーロッパ観とは違うのはドイツの杓子定規な気質や冗談の通じにくい気質を否定的に見ないことである。勝てば官軍ということでもあるかもしれないが、もはや他人のことをいえない程に野蛮日本人もまたドイツ人的気質であることがうすうす明らかになってきたからであるかもしれない。ドイツ人の気質については昔のような悪い話もあるがもう少し踏み込み、理解し易い説明になっている。
 そのような中北ヨーロッパ贔屓の論調は著者の須貝氏が弊ブログが日本のスウェーデンと位置づける新潟県の出身であることからのものであると思われる。人間はやはり自分の出身地と相通ずる或いは似ている土地柄を贔屓にする。かつては越後の独立の論もあったといい、若しそうなっていれば今の新潟県は本当にスウェーデンのような国になっていたかもしれない。
a0313715_23414992.jpg そのような感性から見ると、スペイン、フランス、イタリアやギリシアなどの地中海方面はどうしても偏見を隠し切れない対象になる。土地柄は嫌いであるけれど着物と食べ物だけは羨ましい、羨望と軽蔑の相半ばする見方、故に何十年経っても同じような話題の振り方になってしまう。それとセットで「イギリス料理は不味い。」。
 フランス料理もイタリア料理もその基本はイギリス料理にある。全ての皿は英国に通ず。「イギリス料理は不味い。」という感覚ではフランス料理をもイタリア料理をも本当には分からない。そのような見方に立つヨーロッパ事情の本やヨーロッパ論をも読みたいものである。

 因みに私は昼食にワインを飲むことはないが朝食にワインを飲むことはよくある。

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■NEWS of the WORLD


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    ●ル フィガロ(フランス パリ)
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    ●フランクフルター アルゲマイネ(ドイツ フランクフルト アム マイン)
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    ●日本経済新聞(日本 東京)
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    ●ボストングローブ(アメリカ マサチューセッツ州ボストン)
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    ●グローブ アンド メール(カナダ オンタリオ州トロント)
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    ●ジ インディペンデント(イギリス 英国 ロンドン)
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# by keitan020211 | 2017-12-05 23:49 | 芸術(音楽、文学など) | Comments(0)
【ちょっと知りたいキリスト教】ジャーナリストが失業することは良いことか?――人間の罪について
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a0313715_18415816.jpg ロバート キャパという20世紀の世界大戦の時代を生きたハンガリーの戦場カメラマンが「私の願いは私が失業することだ。」と語ったことがあるという。弊ブログのフォローブログ『旧民主党支持者の、立憲民主党応援ブログです!!』が最近の記事に言及している。
 キャパ氏は逝去した1954年に日本を毎日新聞社の招待により訪れている。
 キャパ氏の撮る写真が載ってはいないが私は20世紀末に毎日新聞社の発行の『20世紀の記憶』のシリーズ本を何冊か買って読んだ。20世紀を報道写真等と共に「振り返る」ものであり、取り分け戦中戦後の巻は見応えがある。その本を通して初めて知ったことも多い。
 報道カメラマンはジャーナリストに随行することが多くてジャーナリズムの一部を構成するのでここでは報道カメラマンをもジャーナリストと呼ぶ。
 
 「私の願いは私が失業することだ。」――つまり、ジャーナリストが失業することは良いことなのであろうか?
 果ては、ジャーナリストという職業がなくなることは良いことなのであろうか?
 キャパ氏のその言葉はそんな素朴な疑問を呈する。
 その言葉はジャーナリストが要らなくなる世の中が望ましい、即ちジャーナリズムの主な題材である戦争や政治の悪、社会の悪、個人の罪……そのようなものがなくなることが望ましいということであるが、そのようなことがあり得るのかという問いが浮かび上がる。
 因みに、「御免で済むなら警察は要らない。」という言葉とは意味が違う。その言葉は悪いことが「御免」と言えば済む故に警察の要らない世の中を想定するものであり、悪いことがなくなることを想定するキャパ氏の言葉とは根本が違う。

 先ずは私、弊ブログの常々言っていることから見ると、世の悪いことは人々がそれがない世の中というものを想像することができず、人が想像することのできないことは決して実現しない故に世の中の悪いことは決してなくならない。それが良いのか悪いのかについては何とも言いようがない。まだ存在していない未来を良いとも悪いともいうことはできない。人は只、現在までに存在している物事を良いか悪いかいうことができるだけである。

 つまり、キャパ氏の願いは実現しない訳であるがそれは良くないことであるとはいえない。
 尤も、キャパ氏はジャーナリズムが需要に応える供給ではなく、供給が需要を作り出す近現代の状況を批判してそのように語るのかもしれない。軍事兵器にもその供給が需要を作り出している例があるし、昨今の日本における感動ポルノと呼ばれる社会ドキュメンタリーもその一つであろう。何等かの必要や欲望の満足のためにではなく、身や技を見せびらかすための商売、ジャーナリズムもまたしばしばその陥穽に嵌まっている。
 ジャーナリズムが自らの存在を顕示するためではなければ、人間の罪はなくなるものではない以上はジャーナリストが失業することは望ましくはないのである。

a0313715_18492671.jpg キャパ氏の出身のハンガリーの宗教はカトリック教会が六割、カルヴァン派が二割にその他と、キリスト教が殆どを占める。
 キリスト教もまた人間の罪はなくならないといい、キャパ氏の言葉はキリスト教がヨーロッパ世界において相対化されて来ていた20世紀の前半の時代の思潮を反映するかのようである。ハンガリーは彼の晩年に共産化が興り、ハンガリー人民共和国という共産主義国家になったためにキリスト教の存在意義は更に下がった。
 それでもヨーロッパ人の多くが人間の罪を題材とするジャーナリズムの存在意義を疑わない中、ジャーナリズムを相対化するかのようなキャパ氏の見方は新しい思潮を物語るものといえる。脱宗教と脱ジャーナリズムが人間の世界を幸福にするという。
 その流れに棹差すかのように見えて水を差したのはイギリスのロックバンドビートルズのジョン レノン、「わしはキリストよりも有名よ!」と'60年代に語り、'70年代には「天国がないと想う」と歌う。――一見はキャパ氏の時代を受け継ぐかのような印象であるが実はその逆を、人間の罪は決してなくならないということを語りまたは歌っていた。キリスト教のものの見方をキリストと呼ばれるイエスよりも分かり易く伝えたので、自らをキリストよりも有名なりと云うのは尤もなことである。

 何故キリスト教は人間の罪は決してなくならないというのか?

 そのことは旧約聖書の創世記の初めに記されているとされるが、先ずはその解釈が難しくて書そのものの由来も一つのものではなく二つの別の書物の併合されたものであるといい、その決定的理由を探り出すことはなかなかできない。
 キリスト教においてしばしばなされるその説明は「人が神に背いたことが罪の初めである。」という。
 しかし神の存在を信じない人にはその説明は何も訴えんじゅうろうである。ないものに背くことはできないからである。
 先日にフランシスコローマ司教が偽善的キリスト者よりは無神論者がましであると語ったと報じられている。珍しく真面なことを言う、彼がローマ司教になってから初めて正しいことを語った言葉である。それは一般論からしてもキリスト教の観点からしても正しい。但し偽善的キリスト者というものがどんなものであるかは人それぞれに見方が違い、本当は偽善ではないものが偽善と見られることもあるのでその手の言葉はキリスト教に対する嫌悪や迫害を招いて自らの首を絞めることになりかねない危うさがある。尤も、そこでは自らがキリスト教の者である故にキリスト者について言ったまでであり、それをあらゆる宗教に読み替えることもできる普遍性はある。

 そのカトリック教会は元々、神の存在を認めない無神論者にも分かるような「罪」の概念がある。キリスト教においてそれと同じものがあるのは罪の告白をして赦しを得る秘跡――:キリスト教の枢要をなす七つの礼典――のあるギリシア正教会と聖公会だけであり、プロテスタントとも呼ばれる諸派にはない。諸派は「人が神に背いたことが罪の初めである。」ということをしか云わない。キリスト教にはキリスト者ではない人々のことについては分からないので干渉しないという考え方の徹底の故でもある。キリスト教はキリスト教にとっての罪のことだけを思えばよいというのである。故に諸派のキリスト者にとってはイスラム国などのようなイスラム過激派のしていることは「罪」ではなく「迷惑」として斥ける対象でしかない。自分達への迷惑を「悪の枢軸」とするのが昨今のキリスト教諸派圏の思潮である。
 旧教と総称されるカトリック、ギリシア正教と聖公会もまた「人が神に背いたことが罪の初めである。」とはいうが「キリスト教はキリスト教にとっての罪のことだけを思えばよい」という考え方はない。宗教を問わず問うべき人間の罪というものはあると見る。
 キリスト旧教における罪の概念は「人が自ら罪と思うことが罪である。」というものである。どんなことであれ、悪いと思えば悪い、悪くないと思えば悪くない、至って単純な原理である。
 そこには罪は人が作り出すものであり神が作り出すものではないという前提がある。何か罪という実体があって神がそれを作り出したのではない。人が罪を作り出すことができるのは神が人を自由な意思と責任のあるものとして造ったからである。自由の行使が罪を生むことがあるという。しかし神はそれでも人の自由を剥奪せずに罪を生みながらも自由を持ち続けることを望むことにした。故に世の中に悪いことがあり続けるのは神の望みからなっていることなので決してなくなることはないという。
 罪は実体をなすものではない以上は全てのものが実体として善となりまたはあり続けることができるといい、それを保証するものが洗礼の秘跡を一とする七つの秘跡であるとされる。それがないと保証されはしないが自らが善となりまたはあり続ける意思があればそれが可能であるという。

a0313715_18525427.jpg 罪は実体をなすものではないという見方は「罪を憎みて人を憎まず」とは全く異なるものであるといえる。
 「罪を憎みて人を憎まず」は罪を実体と見做すことが前提である。実体のないものを憎むことはできない。罪を幾ら憎んでも罪は何の反応を示しもしない。
 世の中には善なる実体と悪なる実体が存在してそれらが互いに戦うものであるという見方から出た観念が「罪を憎みて人を憎まず」である。そのような見方を善悪二元論といい、キリスト教はそのような見方には立たない。
 善悪二元論からすると、人の悪を救い善を勧めるためには実体としての悪を離れさせて善の側へ迎え入れるということになる。善の側とはしばしば、というか粗必ず、自分達の側であるというのが認識である。
 尤も、キリスト教には或る悪い物事に対する緊急避難ということでの「悪を離れさせる」という考え方はある。但しそれもその悪い物事を実体としてではなく実態、即ち特殊な状況としか見ない。故に或る戦争を特殊な状況として否定することはあり得ても戦争そのものを否定することはキリスト教にはない。

 ジャーナリズムも、或る日に或る所で起こっている特殊な状況を特殊な状況として見て伝えることが目的のものである。決して実体として存在し続ける悪を「相変わらずですね。」と云うためのものではない。
 そのような目的に日本のジャーナリスト等が適うようになることは可能であるだけではなく本来は向いている。
a0313715_18544111.jpg 日本の伝統宗教である神道はキリスト教の「神に造られたものは全て善である。」という信仰ととても近いものがある。少なくとも神社の佇まいには徹頭徹尾、善をしか感じない。そこで人が自由な意思と責任を新たにして世に漕ぎ出す。
 また、仏教はそもそも善悪を問わない信仰である故に、善悪二元論はない。仏教にとっての善悪とは人それぞれの生から出る煩悩に由来するものであり、仏は煩悩を解き放つ。その信仰は或る一方を善とも悪とも決めつけず或いは双方の善悪の何れをも問う公正中立や不偏不党に資し得る。
a0313715_18571870.jpg ジャーナリズムは決してキリスト教圏という特殊な世界に生まれただけの特殊な存在であって他がキリスト教圏の価値観に屈服や忖度を強いられることによってしか普及しないものではない。
 しかし日本のジャーナリズムにはしばしばそのような海の向こうへの屈服や忖度の念があるので、この陸における屈服や忖度をどうすることをもできずにいる。「今度の件」も実体として歴史的に存在する悪の派生なのでどうにもならない、詮めるしかないであろうとなる。物事を追及をする側の程にそのような傾向が強い。

 善悪二元論は日本だけではなく、歴史を権力闘争を主眼として見る歴史観を持つ国に普及し易い概念である。
 権力闘争はどの国や地域にもあるが、それが歴史を巡る関心事の最も大きなものとなると闘争し合う者やそれを支持し或いは抵抗する人々を善の側と悪の側に分けて見ることになり易い。
 権力には様々な固有性があり、何が権力というものであるかは一概にはいえない筈であるが、権力闘争史観からは権力はいつでも同じの実体であるかのように見える。それを奪る者とそれを支持する人々が勝ち組であり他は負け組であるという世相の認識もそこから生まれる。
 古くはアフリカのとんでもなく黒い地域など、植民地支配の虞に晒される地域に善悪二元論が信じられていた所が多い。日本も同じような理由がその一因であろうが、昔のものではなく今も信じられ続けているのは珍しい。例えば
安倍自民党 対 野党 というのもその一つであり、政治論がさようにも野蛮なものとなった時代は当の日本にも今までにはなかった。

 キリスト教におけるいわば最終解脱(マハーヤーナ)とは世の罪に思いを致して祈り続けることであり、思いを致すものがなくなればキリスト教の徳もなくなってしまう。
 しかし罪を作り出したり擁護してはならない。
 ――「じゃあどうしろというんだ?」と思うならば善と悪を固定的実体と見做して善の側への到達と加入を目指す二元論的発想の影響が強いということである。

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    ●読売新聞(日本 東京)
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    ●ザ トロントスター(カナダ オンタリオ州トロント)
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    ●ザ ガーディアン(イギリス 英国 ロンドン)
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# by keitan020211 | 2017-12-05 18:58 | 生活 | Comments(0)
【Freesia料理】キャベツを使う料理を二つ――・キャベツみそ拉麺 ・より本格的な金沢カレー
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 そういえば昔にキャベツ畑人形というのがはやったことがありました。
 1983年の流行で、誕生日と名前の入る出生証明書付で販売される。購入の1年後には誕生日祝の札が届き、日本の人口に迫る1億体が世界に渡り売れました。商品の所有者権、オーナーシップを手軽に味わえるということであり、その時代の消費の在り方の豊かさの現われといえそうです。もっと値の高いものではゴルフ会員権。
 因みに自動車は初めからそのような在り方のものです。

 今日はキャベツを使う料理を二つ。
 日本語では玉菜(たまな)といいます。
 
 ビタミンC、ビタミンKと葉酸の多いものですが、ビタミンは血への働きがあり、葉酸は乳酸菌を増やすとされます。古代よりヨーロッパにおいて信じられていたキャベツの整腸の作用は主にその葉酸の働きによるものと思われます。
 この記事に紹介するキャベツみそ拉麺、みそには乳酸菌が多く含まれます。
 みそは70℃程以上になるとその乳酸菌や酵素がなくなってしまうのでみそ汁などのみそは湯が冷めてから入れるべしとされます。キャベツはそのみその乳酸菌を更に増やす。
 仮に――というか私は今までそうしており、半生は何であったのかと愕然としますが、――みそを先に入れて沸騰させてもキャベツの葉酸が他の品の乳酸菌を増やすべく待機してくれます。故にキャベツはいわばバックアップフードといえます。

 一概にいい、冬場は野菜を然程に要しません。
 多くの野菜は春や夏に獲れ、冬は野菜が余り獲れません。自然がそうなっているので人もそれに随っていて問題はないのです。
 春や夏には神経を強くするために野菜を主に食べ、冬には力を強くするために肉や穀物を多めにする、それが大体の理に適います。夏場に力を蓄えてもその分を使わずにはおられなくなるので却って疲れたり倒れたりし易くなります。力を要らないことに遣いたくなる人、即ち要らぬこと、無駄なこと、ずれていることをしたがる人は夏場に力をつけるためといって米や肉を多く食べているのでしょう。夏場はとにかく我慢強さと我を失わない神経の強さが大切であり、それを鍛えるのは野菜です。
 しかし、冬場は冷え込みに耐えるために神経だけではなく力が重要になります。「寒い、寒い、」と言って力を出さないでいると体は更に冷え、動きが緩慢になって転ぶなどの怪我をし易くなります。ビタミン類は神経を敏くするので冬場の摂り過ぎは過敏性になり易く――強いとは反面では過敏になり易いということ――、寒さを殊更に感じて「寒い、寒い、」と託つ(かこつ)ことが増しかねません。冬は暖房費を抑えるためにもビタミンを抑えるべき季節です。「ビタミンを抑える」なんて聞いたことがない、摂れば摂る程に良いと思われるかもしれませんがどんなものにも負の側面はあります。
 しかしそのような冬場もビタミンを全く摂らなくてもよいわけではなく、冬に獲れる野菜であるキャベツは「それでも忘れないように」と人々を待ち構えているかのようです。冬場は悪影響をもたらしにくい穀物などの炭水化物も極端に食べ過ぎたり夏場と同じように食べている人にとっては血や神経を悪くするものとなり、ビタミンによる是正を要します。そうではなくても念のためには必要です。

 冬場は炭水化物が必要であり且つ念のためにビタミンの幾らかの補充を要する。――その必要に極めて忠実な料理がここに紹介するキャベツみそ拉麺です。

■キャベツみそ拉麺

 つゆのだしは煮干と昆布、煮干はティーバック式のものが粉が散らないのでお奨め、昆布は現物を1本使って出します。
 それにみそと、濃口醤油を少量。みそは越中日本海味噌などの麹みそがお奨めです。近頃はイオンなどの合成市場のPB商品にも麹みそを重点としたり麹みそのみになることが増えています。
 拉麺のつゆはみそ汁とは違い沸騰したものを直ちに丼に入れないと感じが出ないために乳酸菌や酵母が失われても仕方がありませんがそれらをより確保するためにはなるべく湯が70℃以下に冷めてから入れて溶きましょう。
 それに胡椒と七味唐辛子を適量。

 キャベツは千切りに。
 それに玉葱の薄切りを添え、終わりに生卵または茹卵を添えます。
 キャベツと玉葱はつゆが冷め過ぎないようにするためにぬるま湯に軽く茹でて入れるのがお奨めです。
 茹卵は糠漬にすると良く、私の最近の一押しとなっています。

 麹みそとキャベツの響き合いを味わうためには、葱油や胡麻油などの油を入れないのがお奨めですがどうしても香りが欲しいなら許容です。麹ではないみそなら寧ろそれが良いかもしれません。

 テレビ朝日の『おかずのクッキング』の土井善晴名人も、みそ汁の具としてキャベツを奨め、報道ステーションで実食しています。彼はそれに更にウィンナーなどを入れます。食わず嫌いです。

■より本格的な金沢カレー

 弊ブログの前の記事に、取り敢えず千切キャベツを取り入れた簡便な金沢カレーを紹介しています。

 今度はより本場の金沢カレーに近いものを作ってみました。

 金沢カレーは当地でも若干の違いはあるものの、黒酢とトマトが欠かせないらしい。
 ――ということで、それらを入れたいのですが黒酢は体にとても良いけれど値が高くて使い途が思いつきにくく、なかなか買う気になれない。
 そこでより安く買える黒酢入り三杯酢を使う。
 三杯酢は土佐酢ともいい、主には酢の物に用いられます。それに黒酢の入ったものがあり、ヒガシマル醤油などが出しています。
 先ずは牛肉を三杯酢に漬け――原液で、量は肉に揉み込める程でよい。――ます。牛の酢の物です。
 黒酢の味わいはその牛の酢の物から煮鍋のカレーに流れ出す程で充分です。

 カレーに加えるたれを作ります。
 牡蠣のたれ(オイスターソース)とトマトケチャップ、料理酒を混ぜます。それでトマトを入れる条件を満たしました。ホールトマトを使うのもよいですが、カレーに香るトマトの味はケチャップでも充分と思います。
 牡蠣のたれはイオンTOPVALUやマルエツ365のもの、PBがお奨め、調味料(アミノ酸等)やカラメル色素が含まれず、味と体に良い。
 牡蠣のたれではなくウースターソースを使うものもあります。

 カレーはこの場合はハウスジャワカレーがお奨めです。加えたたれが能く馴染みます。

 具は牛の酢の物と千切キャベツのみ。
 冬場は野菜を然程には要しないのでそれだけでよい。

 逆に夏場には温野菜をふんだんに使う英国風野菜カレーがあります。英国風野菜カレーはロイヤルホストの夏のカレーフェアにも揃っており、自家製としてはS&Bゴールデンカレーがお奨めです。私がカレーフェアで最も好きなのはカシミールビーフカレーですが英国風野菜カレーは二番目に好きです。
 ハウスジャワカレーを使ってロイヤルホストの定番のジャワカレーにそっくりの味に作ることもできます。
 しかしこの年明け2018年からは正月はロイヤルホストは休みになります。

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――地震が発生したら先ずは火の点いている所を確認して直ぐに消せる火を消し、物の落下を避ける。

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ABCテレビ おはよう朝日です 6.45~8.00/月~金
ABCテレビ おはよう朝日土曜日です 6.25~8.00/土

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フジテレビ めざましテレビアクア 4.00~5.25/月~金
フジテレビ めざましテレビ 5.25~8.00/月~金
フジテレビ めざましどようび 6.00~8.30/土

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# by keitan020211 | 2017-11-30 17:22 | 生活 | Comments(0)
最も正しい リベラルと保守;左翼と右翼の定義 その5 風俗編
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 弊ブログの最近の記事に政治、経済と社会保障・福祉に関し『最も正しい リベラルと保守;左翼と右翼の定義』を『その4』まで記しています。
 今回は『その5 風俗編』です。

 「風俗」と聞くと性風俗店を想い出す人もいるかもしれません。ソープランドやファッションマッサージなどの性風俗の店は略して「風俗」と呼ばれます。
 風俗店とは性風俗店だけではなく飲食店なども含まれ、それらを規制する法律が風俗営業法です。最近に舞踏をすることのできる店の深夜の営業の認可を巡り改正されました。
 私はキャバクラことキャバレークラブのコンパニオン、通称キャバクラ嬢をしていたことがありますがキャバクラもまた風俗店です。キャバクラは性的雰囲気が漂うけれど性風俗ではない、性的行為を厳に排除する微妙な立ち位置のものです。
 その故か、この程に流通業の大手のイオングループが系列のコンビニエンスストアのミニストップにおける成人雑誌の販売を廃止することを決めたことについてはすんなりと支持します。イオン贔屓でもあるのでイオンのすることは一々支持するということもあるかもしれませんが、他にも成人雑誌の販売を廃止する業者が増えるとよいかと思います。
 但し弊ブログは成人雑誌というものを必ずしも否定するのではありません。成人雑誌とは事実上は性的記事を専らとする雑誌のことですが、性的内容そのものは専らであれ一部にであれ、あってもよいと思います。
 しかし現実には日本の――だけではないかもしれませんが、――成人雑誌やアダルトビデオは性を題材としているとはどう見ても思えないようなものが大半を占めています。何か性とは関わりのないメッセージを性的行為の表象を象徴的に用いて暗に伝えようとしているようにしか考えられません。例えばそれは抑圧や侮辱の奨励であったり犯罪の称揚であったりするように見えます。宛ら、犯罪の教科書ともいえます。
a0313715_02180593.jpg 本来なら性的内容の出版物がコンビニエンスストアにあってもよい、更には対象の年齢が引き下げられてもよいと思うのですが、そのような現状と歴史を勘案すると一度は性的内容の出版物の劇的な排除により淘汰が起こらなければならないと思います。
 但しそのようなものの排除はかなり徹底してしないと極左やカルト宗教のように地下に潜伏して闇市場を形作ったり、そこまでにはならなくても専門店の乱立を招いたりしかねません、専門店も先述のようなものを取り揃えるものではなければよいのですが。
 現に、ミニストップを含むコンビニエンスストアにおいてはそのような性に名を借りる悪趣味や反社会性を志向する雑誌等が売られています。イオンの決断が排除と淘汰の第一歩になれば良いと思います。
 イオンのその決断にその本店所在地である千葉市の市長が予め政治圧力を掛けて性的内容の出版物の販売の廃止を求めていたのではないかとの憶測が報じられ、それについての否定的意見が少なからず出ています。イオンは圧力の存在については否認し、自社の任意による決断であると表明しています。
 イオン贔屓なので鵜呑みにするのではありませんが、その表明は多分事実でしょう。
 若しそれが千葉市の政治圧力であったなら、イオンの対応は千葉市のミニストップにおけるものに限られていたでしょう。幾ら鼻息や腕節の荒い首長も他所のことまでを規制させるようにすることはできません。他所のミニストップにおいてもするのはイオンの任意の決断であるからです。
 逆に仮にそれが千葉市長の圧力であったとしても、イオンがそれに忖度して全国における対応にすることは理解できることです。性的内容の出版物に関しては幾つかの地方自治体等において規制の対象となっていることから見て行政による排除の要請は合法であると見做せます。それらの諸々の規制は多くの場合は条例により立法されてのものですがそのような場合には立法は必ずしも要しません。勿論、立法ではない以上は法的には努力義務に留まるものとなりますが要請する側が努力義務を超えるものではないと認識して如何なる強制をもしないでおれば違法となるものではありません。相手が権力者であれば「そんな法律どこにある?」などと言って背かなくてはならない謂れはないからです。
 表現の自由に反するという批判は以ての外というべきものであり、表現の自由に反するとは何者かの表現の機会を直接或いは間接に奪うことをいいます。千葉市長の要請はそのようなことを目的としてはおらず、単にコンビニエンスストアにおける販売の廃止を求めるだけのものなので表現の自由の侵害や脅威には全くなりません。仮に或る種の性的内容の出版物の全面排除を求める意図があったとしても、現にしていることは侵害でも脅威でもありませんし、そのような意図が正しいか誤りかは従後の実際の行動の適法性やそれについての人々の支持により判断されるべきことです。無論、選挙の支持は他の事柄等との兼ね合いもあり、落選したらそれが誤りと判断されたということには必ずしもなりません。
 また、性的内容に関しては内容の変更を求める代わりに表現の機会を保障することは条例等の立法理由の存在からしても認められることです。端的に見て或る種の成人雑誌は基本的人権である人格権若しくは生存権の侵害を奨励するものと解することができ、人格権の保障のための成人雑誌に対する是正の要請若しくは排除の行動は表現の自由や検閲の禁止を定める憲法の他の規定等よりも優先すべき規定です。憲法は国家の最高の法ですが全ての規定が平等なものではなく、基本的人権に近いものから優先されるものです。表現の自由は歴史的に、基本的人権に後から付随して立憲主義に加わった概念であり、生存権、財産権と人格権の保障を求める基本的人権に優先するものではありません。

 そのような原理は政治思想や経済思想を問わず随うべき基本的なものですがその実現のための実際の行動や考え方には歴史的にまたは個人的、社会的に様々な違いがあります。
 その違いをこの『最も正しい リベラルと保守;左翼と右翼の定義』のシリーズの主題に沿って見てゆきます。

 件の千葉市長は熊谷俊人氏、民主党系であり結構な実績を上げている実力派であるといいます。
 民主党系というと左寄り、成人雑誌の販売の廃止の要請もPC, the political correctnessに基づくものと勘違いされるかもしれません。
 しかし田嶋要氏などの当地の民主党は保守系であり、熊谷氏もリベラルな保守系の政治家なようです。
 因みに成人雑誌を巡る問題はPCとは何の関係もなく、自民党にも懸案とする向きはあります。元自民党の石原慎太郎元東京都知事が性的内容の漫画を有害図書とするという政策を打ち出したこともあります。しかし自民党においては性的内容の出版物については歴史的に意見が割れていました。表現の自由などの国民の自由の見地から規制するべきではないとする向きと弊ブログや熊谷市長などの民主党系の一部ように人格権の侵害につながるものとして規制するべしとする向きが自民党にはあります。そしてなかなか決まらない、問題が半永久的に先送りとなるのが自民党の常です。民主党には表現の自由の見地から規制に反対する向きは粗全くなく、規制を支持するかはっきり判断することができないので様子を見るとするかしかありません。しかし、今は自民党にも規制を支持する向きが多数派となってきており、「表現の自由」派はリベラル左派系の無党派や立憲民主党の支持層になっているようです。
 PCが関わるのはテレビや新聞、広告などのマスメディアにおける性的表現の妥当性についてであり、マイナーメディアである成人雑誌などの性的出版物については関心の範囲外です。彼等はそもそもPCに反する人々を蔑視して愉しむことが目的なので、PCに反する発言や行動をしかねない人、喋りを隠す音や局部を隠す画像を要する人を造り出すそのようなものが世になくなってしまうと困るのです。何をしているのか分からないような人達であり、故に日本の「表現の自由」派にも近いといえます。

 故に、成人雑誌を巡る厳しい政策は保守、中道右派の特徴であるといえるかと思われます。

 様子見派はそれぞれ意見を固めていない訳であり、左翼、革新、保守と右翼の何れにもいるでしょう。他の事柄には強いがその事柄についてはまだよく分からないとか自分は他に懸案があるので初めから関わる積りはないとすることからです。

a0313715_02225145.jpg 「表現の自由」派は歴然たる革新、中道左派であり、今は少数派になってきていますが昭和の戦後からの時代には多数派でした。しばしばその思想が「戦後民主主義」といって批判の対象となっています。
 革新は立憲主義における基本的人権の優先性ということとは少し違う立憲主義を持ちます。
 基本的人権を蔑ろにするべしと思うのではありませんが、彼等の基本原理は「新しい概念は旧い概念に優先する」です。よって基本的人権より新しい表現の自由はその故に優先されるべしと考えます。
 旧い概念は新しい概念と入れ替わりに直ちに無意味となるのではないが、新しい概念との綜合的再検討により再定義されないと無意味になるとするのです。再検討と再定義、それが「革新」と呼ばれる所以です。そして再定義されると新しい概念と旧い概念は平等になるので憲法における規定の優先性の概念は初めからないか或いはあっても政治目的のためには無視します。
 再検討や再定義が試みられ或いはなされるのはそれだけ学問や批評、ジャーナリズムなどにおける論議が活発なことでもあります。昭和の時代にはそれが国民世論の主流をなしていましたが'80年代から'00年代に掛けては少数派となり、'10年代に少し再び活況を呈しています、誰のお蔭とは言いませんが。
 しかし「革新」の裾野をもう少し広く見ると革新、中道左派は依然として日本の多数派であるといえます。
 日本の世論は多数が外交と安全保障の面では保守に近づいているのが現況ですが経済、社会保障、福祉、そして風俗の面では「依然として」というよりは突然のように、革新の志向が再び強まっています。古谷経衡氏が今の日本、殊に若者は右傾化してはいない、左傾化しているというのもそのことでしょう。その様は宛ら、'60年代や'70年代の日本をテレビや街頭ではなくネットで観ているかのようです。当時は逆にネット右翼のような右翼の人々も生ではかなりいたそうです。ネット右翼の台頭は今時に始まったことではないといえます。あくまでもその媒体がよりパーソナルなネットに替わったことが目新しさと衝撃を感じさせるのです。

 革新、中道左派においては性的内容の出版物は歴史的に特別な意味があるものです。
 近代出版の始まりはマルティン ルターによる宗教革命の時代です。グーテンベルクの活版印刷が開発され、印刷と出版が近代を開いたとされます。
a0313715_02252353.jpg 活版印刷は文字だけですがそれが後には写真を含むものとなり、近代は更に現代へと発展しました。
 先日の朝日新聞に今年が宗教改革――宗教革命を日本の歴史教科書等はそう呼ぶ。――から500年となることについての意味不明な社説がありました。何を言いたいのか皆目分からない論説ですが、出版と宗教革命が世界の革新、中道左派の心の拠りどころの一つであることに鑑みると話題として取り敢えず押さえておきたい気持ちは分からなくもありません。
 当地やその他の多くの国々においては宗教革命と呼ばれるものを宗教改革と呼ぶことから見ても、革新、中道左派が多数を占めている日本の特別の思い入れが見て取れます。日本においては革命はおしなべて否定的に見られますが改革はしばしば肯定的に見られます。日本の主流派の歴史家は「宗教革命」では何か悪いことをしたかのように聞こえるというので「宗教改革」に言い換えた訳です。
 一つルターのおかしい点を突くと、彼は「聖書のみにより義とされる」というけれど、キリストと呼ばれるイエスは「聖書のみにより義とされる」とは一度も云っていない。イエス自身を信じるべし、信じてほしいとは聖書の中で云うが「私が聖書である。」とは言っていない。
 その手の論理の飛躍のようなものは革新勢力の政治運動や議論、宣伝にはかなり多い。「( )…。」と書くなどして人が言っていないことを云ったかのように云うことは朝日新聞を含む日本の新聞等の常套です。人が言ったことやしたことの事実よりも「真実/truth」と呼ばれる架空の話が意味をなして現実を動かすという思想です。朝日新聞がしばしば唯一の悪玉のようにいわれていますが読売新聞などの他の新聞等もその点は同じです。
a0313715_02272407.jpg ルターの立てたルーテル教会を国教とする国々や宗教革命の影響を強く受けて出来たアメリカは性の先進国といわれます。それでも性的出版物の過激さに関しては日本よりはかなり「遅れている」のですが、性を表現と見做してその自由を追求することは日本の革新にも支持されています。
 そのミソは「性は表現である」という思想です。しばしば「二人の愛の表現」や「愛情表現」などという言い回しを聞きますが、それはそのような思想から来るものなのです。
 「性の自由」ではありません、「性の表現の自由」です。
 私、弊ブログが是とするのは「性の自由」であり「性の表現の自由」ではありません。
 ぶっちゃけ、彼等にとっては性そのものは自由ではなくてもよい、あくまでも表現を自由にしたいというのが信条です。逆に、性そのものに関してはその自由を積極的に制限したりなくしたりするのが革新、中道左派です。同性婚の支持などの同性愛の積極的容認と見える風潮も、彼等の全てがではないでしょうが、性の自由を狭め或いはなくす試みからのものであると考えられます。彼等にとって大切なのはあくまでも性の表現であり、同性愛を描くエンタメを愉しむことまたは同性愛者の権利を求める政治運動をエンタメとして消費することだけなので、同性愛者が現実に何を求めているかなどには実は何の関心もありません。
 そこで需要と供給を増すのが成人雑誌を含むオナニーの道具です。オナニーもまた彼等の重要な表現活動であり、その自由を守りそして拡げようとします。果てにはオナニーをしない人を奇特と見做したり小馬鹿にしたりします。その機会を失わせかねないイオンや千葉市長などの政策は故に「表現の自由」を楯にして批判されます。

 因みにジェンダー/gendersというのも違和感のある概念です。
 勝手に'-s'を外して「性差」という能く分からない意訳を宛てることを含めて違和感があります。
 個人とその自由が大切なら、そもそもジェンダーという概念は生まれては来ない筈です。表現の自由を至上命題として個人とその自由を本当には尊重しないからそのような衒学的概念を生み出す訳です。そして「ジェンダーフリー」や「性差の自由」という自家撞着の概念を派生させます。
 そもそもそのような概念がなければ、それをフリーにするとか自由にするという発想も出ては来ません。要は性表現の自由を種にしてエンタメと思想の市場を興したいということだけなのです。

 保守と革新の性に関する思想の大略を見て来ました。
 では、左翼と右翼のそれはどうなのでしょうか?

 『その4』までの記事に、保守の政策は左翼に近づくことが多くて革新の政策は右翼に近づくことが多いと説明しました。
 性やその他の風俗に関してもそれは当て嵌まります。

a0313715_02315713.jpg 性の自由を大切にするがその表現に関しては厳しく排除することがある保守と同じく、左翼も大筋ではそうです。但し左翼は性の自由に関しては保守よりも積極的であり、科学的でありさえすれば性の表現の排除に関しては保守の程には厳しくはありません。
 左翼は個人やその集まりとしての民族の自治を重んじ、国家社会による規制を全く認めないのではありませんが余り必要と見做しはしません。個人が確りとしておれば延いては民族が確りとその風土を維持しておれば性的出版物の規制の必要もない。そのようなものを欲する民族は好きなようにすればよいが内は内であると考えます。左翼のそのような発想はアメリカの州制の形成や国際連盟の民族自決の原則にも影響しています。アメリカにおける左翼思想は殊にリバータリアニズムとして発展しており、保守の思想にも影響を与えています。
 保守も自治の必要を認めてそれを尊重しますが国家による規制や政権による倫理的指導の必要をも認めます。それらを両立するために必要なものが立憲主義です。世の中には左翼の方々の程には確りとしていない、自律の意志の強くない人もいます。或いは強い人にも弱さはあります。彼等が成人雑誌などに惑わされることや心外な心持になることがないようにするためには国家による規制も幾らかは必要であると考えます。
 但し性の自由を尊重するが性の表現の自由を尊重しないことは「云ってることとやってることが違う。」とか「偽善者だ。」と批判される余地が大きいことでもあります。しかし保守は凡そそのような女子供的批判に耳を貸すことはありません。

 性の自由ではなく性の表現の自由を尊ぶ、その革新の思想は右翼の思想とするものではありませんが実際には右翼にとってはそれが都合の好い建前になることがしばしばあります。そのような主張をする積りはないけれどその思想を利用する。
a0313715_02353131.png 性の表現の自由は豊富にあるけれど性の自由は余りない、そのような状況は自らの子の「貞操」を守らせるためには都合が好い。その点は革新は都合だけではなく思想と信念から子の「貞操」とやらを守らせます。子供の性的交際だけではなく大人の浮気を認めずそれを「不倫」と呼び非難の対象とすることも革新と右翼は同じです。
 尤も、右翼は現状の追認を是とする傾向が強い、他律主義――左翼の自律主義とはそこが大きな違い――なので若し保守が国の主流となってその思想や政策が普通になれば右翼もそれに同調して性の自由を是とするようになるかもしれません。事実に、保守が強い時代であった'60年代や'80年代は右翼の方々の女遊びも俄かに華やかになっていたらしいし、ディスコのブームなどを通して男遊びもそうなっていました。右翼女というと想像がつきにくいかもしれませんが、右翼団体とのつき合いがあるとかいうことではなく――一部にはいるでしょうが、――現状の維持を志向して物事を経験主義で考える女性がそれです。そのような型の人の程に景気が上向くと日頃の疲れを散らすために男漁りを含む遊びに興ずるのです、翼を手にしているのは右ではなく左の手かもしれませんが。
 右翼女は狙っている男が他の女と懇ろになったと見ると粗絶対にその男を狙い続けず、さばさばと他の男を狙い直します。それが右翼が浮気を好まないことの肝です。「略奪愛」や「二番目でも愛されたい」などというような状況を作らない。或る意味では中道である保守よりも穏健といえます。下手に自律主義が強いと狙う男を落とすことを自らの至上命題、アイデンティティーとしてしまうために自律とは似つかわしくなさそうな「略奪愛」や「待つわ愛」をしがちになりますが、右翼は他律主義なので狙う男の決めた不本意な状況を受け入れるのです。それが寧ろ自分を失わない、確りとしていることの現われと自他が思う訳です。
 下手に自律主義の強い人が多いのは革新です。相通ずるものの多い右翼と革新ですが、その点はかなり大きく違います。
 革新にそのような型の人が多いのは彼等よりももっと左な左翼が自律主義を旨とすることからやや左寄りで中道左派をなす革新も同じく「左」として自律主義を重要な価値観とすることが一因です。しかし左翼のように徹底しない、シビアではないために、その自律主義はどうしても他者の自律主義に飲み込まれ易いものになります。所謂戦後的平和主義と呼ばれるものもその生温さを助長しているきらいがあります。その特殊な平和主義が国の平和だけではなく私的平和にも敷衍されて「貫徹」されるからです。逆に、自らをそのようなことがないために守ろうとすると自らを飲み込む側の原理や論理を密かに用いるなどして強く出ようとします。時が時ならば政敵である右翼よりも右翼的になります。俗に「揚げ足取り」や「貴方が見ている私は貴方の鏡なんです。」などと呼ばれるのがそれです。
a0313715_02374621.jpg 偶に「あんなに真面目で気立ても良く、元気ないい子があんなことになるなんて…」というニュース解説があったりします。聞く度にうざいと思いますが確かに真面目で気立ても元気も良いのは事実であるらしく、全くの嘘を言っているのでもなさそうです。そのような子の多くは革新系の家柄か自らが任意に革新贔屓になっていたりする子であり、殺す場合も殺される場合も生温い自律主義が引き起こしていますし、極左派に身を投ずる人は根からの左翼よりも革新、中道左派が多い。オウム真理教の所謂エリート崩れの幹部達もそうでしょう。

 自律主義も他律主義も重要な思想であるには違いありません。
 演劇や文学、音楽などのエンタメも自律主義や他律主義を描くことにその大半の熱意が注ぎ込まれているといえます。
 しかし私、弊ブログはリベラルな保守としての立場から、それらの何れの主義にも立ちません。
 自律と他律は何れも人や人間の本性として凡そ完全に具わっているものです。故に本性を大切にするなら、敢えてどちらかの主義を取る必要はありません。人は自律をしたり他律になったりを繰り返しながら生きてゆくものです。エンタメにもそのようないわば保守の生き方や世界を描くものもあります。
a0313715_02400003.jpg 保守の文学として殊に有名なのは夏目漱石です。朝日新聞にもかつては彼のような保守の者もいました。
 彼に描かれる人物等はなかなか保守たる生き方とはいえませんが、彼等を通して望ましい保守の生き方が本と読み手との間に浮かび上がって来ます。
 色々と読み方はあるかと思いますが、夏目の小説等の登場人物に理想や真実を見るようでは邪道な読み方です。彼等を見つめる夏目との対話、それが肝です。
a0313715_02412369.jpg 時代のエンタメの傾向を見ると、保守の強い'60年代と'80年代は自律主義にも他律主義にも立たないリベラルで保守的な作品が多いと見えます。私は殊に'80年代のエンタメを好みます。先日はアルフィーのA面集のCDを買って聴きましたが、そこに重ね重ね思うのは後の時代の音楽との厚みと奥ゆきの違いです。昔はそれを車のボディーソニックシステムの座席で聴けた、今はなかなかないことです。その厚みと奥ゆきは決して今とは違って景気が良くて金があったからではないでしょう。今は金がないからできないという決めつけで作品が作られているからそれらがないのです。
 '50年代と'70年代は革新の強い時代、生温いか熱いかは人それぞれですが、自律主義が主に描かれていた時代です。強い意志を持って生きて行こう、或いは、強い意志を持てるとよいけれどなかなか持てないという、自我の表現。
 ――十年毎に、every 10 yearsで入れ替わるのかというと、そうでもない。
 '80年代の次の十年である'90年代はいわばエンタメ界の戦国時代の様相を呈しています。左翼、革新、保守と右翼が乱立してそれぞれが自らを主張し或いは他を蹴落とそうとする時代です。多様なのは良い時代でしたが排除の論理なのは悪い時代です。
 殊に劣勢になって来ていた革新派のエンタメは生き残りを図るべくその'90年代に猛攻勢を図っています。その生き残り組の代表選手がドリカムことDreams Come Trueです。
 '00年代は左翼、革新、保守と右翼の色分かれが崩れて絵の具の灰色になった時代。曖昧模糊として個性がないけれど一応の品質はあるらa0313715_02440248.jpgしいエンタメが増えていました。国民の思想よりもグローバル世界の潮流が重要とされ、日本がそこで戦えるのは一応の品質であるという考えからのものでしょう。というか、エンタメに関しては戦う積りはなくてもはや日本だけで通用すればよいという詮めからのものであると思われます。但しその中で飛び抜けて高品質なEXILEが天覧公演をするなどして人気となりました。個性のなさも極めると最高の個性になる。
 '10年代はAKB48とその関連の楽団による列島改造を経てエンタメが粗不毛となっている時代です。分野を問わず低水準で量も乏しい。AKBsが素晴らし過ぎて他のものが生み出せないのでしょう。殊に'90年代から少数派となっている左翼と'10年代に少数派となって来ている保守が殆ど見受けられず、革新と右翼がエンタメの市場を低水準に分け合っているのが現状です。右翼は元々自己表現が苦手なのでエンタメに関してもどうしてもありきたりのものをこなすだけになるし、革新は久々の再躍進からか、昔の焼き直しでその再来を訴えています。「どこかで見たことがあるような」の処ではなくそのまんま左です。違うものがあるとすれば、大会堂の衣装ではなくホテルのディナーショーの衣装になっていることだけ。

 平成、終わるらしいですね。

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ANN 報道ステーションSUNDAY 16.30~18.00/日

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# by keitan020211 | 2017-11-29 02:44 | 政治、社会 | Comments(0)
自民山本幸三氏の「あんな黒いの」の発言 「ずれている」のではなく「未だに当たり前」
賊軍を官軍の勝ち組クラブに入れる
賊軍戦没者の靖国神社の合祀に 絶対反対

都合の悪い歴史を覆い隠す
A級戦犯の分祀に 絶対反対

皆様の力で阻止しましょう!

 自民党宏池会の山本幸三氏――前内閣で地方創生担当の内閣府特命担当大臣を務めた――による「あんな黒いの」の発言を巡り批判が相次いでいる。
 前大臣の時には「文化学芸員は癌だ。」との発言を或る講演でして非難された。

 弊ブログは前の発言も今度の発言もお話にならない愚劣なものとして非難を禁じ得ないが数々の非難批判には「貴方は人のことを云えるのかな?」と思わしいものもある。

 登山家の野口健氏のツイート。

 「ずれている。」――'90年代の頃からはやり出した、人の言動を批判する際の言葉である。
 便利といえばかように便利な言葉はなく、コンビニエンスストアのその頃からの格段の普及と軌を一にするかのようでもある。
 うんこ座りで語る人の噂でも「ずれている。」…うんこ座りについての批評も「ずれている。」…その批評の批評も「ずれている。」…
a0313715_17224732.jpg 批判の対象を否定してはいないという口実にもなるような、「ずれている。」は独特な響きのある、言葉の飛び道具である。その主旨は寧ろ、対象を否定したり排除したりすることよりも批判する自らの優位性を確認することにあるのであろう。高い所に登りたがる者にしてさもありなむる語彙である。

 '90年代は東側共産主義陣営が崩壊し、それまでのように公然且つ堂々と否定することのできる対象がなくなった時代、自由主義の勝利が喧伝され、自由とは何かについての問いが玄人においても素人においてもされるようになった。そこで出て来た一つの結論は「人の自由を否定しない」ということである。そのため、「ずれている。」の語が繁く用いられるようになった。

 しかし東側世界の崩壊をそのような大きな思想と行動のあり方の変化を迫るものと見做すことそのものがそれまでの東西対立の思想と行動のあり方にどっぷりたっぷりと浸かっていた――東西のどちらにつくにせよ、――ことの現われであり、「今年印象に残った出来事は何ですか?」と問われて「ベルリンの壁崩壊です。」と答える頭の弱い中高生に多い。またはその親も「バブルも弾けてソ連もなくなった、これからの時代はどうなるんだろう?」と与太話に興ず。
 それまで共産圏を悪罵して侮蔑を隠さないでいた人々の程に、山本幸三氏などの差別的口上に対する非難にいの一番に参上して「ずれている。」や「一体この人は…」などと語る。

 私も山本氏を蔑むこと限りないが隠すべきは隠さなくてはならない。ここでは隠さないが、いつでも蔑みや罵りを表してよいものでもない。

 山本氏のような発言とそれを支える感性と見識は今も当たり前のようにあるものであり、ずれているだけのようなものではないし彼等の間ではずれてさえいない。彼への個別の非難と共にその背後にいる莫大な人数を非難するべきである。しかし野口氏のような人は後者を決してしなかろう、その莫大な人数に自らも含まれるからである。

 ずれているといえば山本氏の口上を差別から出るものと見ることがずれている。
 「文化学芸員は癌だ。」や「あんな黒いの」は差別の発言ではない。
 差別とは自らが如何なる状態にあるかを問わず対象の状態を否定し或いは自らより低いものと見做すことであるが、彼の感性と見識はそのようなものではなく、対象が如何なる状態にあるかを問わず自らの状態を称揚し、自らを対象より高いと見做すことである。
 差別とは他者のことに自分のことよりも関心を持つことからのものであるが、山本氏のような言動は自分のことだけに関心があって他者のことには関心がないことからのものであり、全く異質である。
 彼自らの地位や特質を誇示するためならば彼の口に登るものは何でもよく、文化学芸員や黒人に関心があるのではない。
 登山家も、山に関心があるのか山に登る自らに関心があるのかにより性質が違う。
 後者の場合は、危険を懼れずに挑む態度は世の非難を懼れずに口上を呉れる態度と似る。

 「ベルリンの壁が」なども、自分のことだけを考えることの枕詞に過ぎない。

a0313715_17241214.jpg 山本氏は「あんな黒いの」と言うことで黒人を差別したいのではなく只、あんな黒くはない日本人を称揚したいだけなのである。
 'Mellow white is beautiful.'、その意識は時が時なら逆に白人、pure whitesの差別と闘う勇士という称賛をも浴びよう。
 髪金の男女のどや顔が占める宣伝広告に囲まれて育ち、「日本人はニアピン賞。」と思って一億総中流に身をうずめて暮らす。――
 極右でも右寄りでもない穏健でリベラルな派閥といわれる宏池会の政治家等の、それが正体であるが、近頃は砂場で転ぶこともある。――彼等がその人生で学んだことは一体何なのであろう?

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静岡県:FM 78.4 K-MIX


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テレビ朝日 Jチャンネル 16.50~19.00/月~木 15.50~19.00/金
メ~テレ Jチャンネル―UP! 前記の時間の後 18.15~19.00/月~金

a0313715_15411366.png
フジテレビ みんなのニュース 15.50~18.57 <FNN>17.54~18.57/月~金

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# by keitan020211 | 2017-11-28 17:26 | 政治、社会 | Comments(0)
【英語訳】中島みゆき 悪女
A Wicked woman
of Nakajima Miyuki
published at 21st October 1981

a0313715_14322169.jpgAs I've gone on a play of my playing with some males
had a telephone to Mariko's room
So the one there may be busy
and I could never too much let her go with me

It'd be too early for the cinema as here'd be Saturday
Never mean to be long on the lobby of hotel
Even your room the ground for me to get back
at busy, so as you've taken the receiver off

Be off the moonlight night for being a wicked woman, too much being a meek
Never be away, my words I've let concealed from'll be spilling away
For my being a wicked woman: behind a daybreak's train I'm in my tears barefoot,
after my tears come'll have been seasoned

Were I put it on my nape by a mirror in the midnight coffee house,
bought a cologne females never have
Await the daybreak and the first train
Playing a parting shot as I'll be numbly back

Away from the tears; away from the mercy
Till you'll as soon as give the affection up on me
Till I'll as soon as have ended in handing you over the one there whom you've concealed

Be off the moonlight night for being a wicked woman, too much being a meek
Never be away, my words I've let concealed from'll be spilling away
For my being a wicked woman: behind a daybreak's train I'm in my tears barefoot,
after my tears come'll have been seasoned

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■NEWS of the WORLD


a0313715_18135641.jpg
    ●AFP(フランス パリ)
a0313715_20290187.png
    ●ル フィガロ(フランス パリ)
a0313715_16210877.png
    ●フランクフルター アルゲマイネ(ドイツ フランクフルト アム マイン)
a0313715_18035419.jpg
    ●共同通信(日本 東京)
a0313715_20324653.png
    ●朝日新聞(日本 大阪)
a0313715_20351165.gif
    ●日本経済新聞(日本 東京)
a0313715_20365208.png
    ●ボストングローブ(アメリカ マサチューセッツ州ボストン)
a0313715_20390867.png
    ●タンパベイ タイムズ(アメリカ フロリダ州タンパ)
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    ●グローブ アンド メール(カナダ オンタリオ州トロント)
a0313715_18190235.jpg
    ●ロイター(イギリス 英国 ロンドン)  
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# by keitan020211 | 2017-11-28 14:32 | 芸術(音楽、文学など) | Comments(0)



政治、社会、文明論、生活などについて語るブログ ●希望の党民社協会(高木派)と自民党水月会(石破派)、志公会(麻生派)を支持。●"Logry Freesia"とは『ブログのある所 自由な国』の意味です。
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