【Freesia料理】黒オリーブを使う料理を二つ――・黒オリーブの豚ステーキ ・黒オリーブのペペロンチーノ スパゲティ
 オリーブの実は直径1cm程の大きさの球が少し縦長になったような形のもの。

 その最もベタなものである緑オリーブまたは青オリーブは表面や中身の感触が青梅と似ています。
a0313715_17365724.jpg 先日のテレビ朝日の『マツコ&有吉 かりそめ天国』に、マツコと有吉が例のドリンクバーに臨時に加わった瓶入りの珍しい飲み物の試し飲みをする場面があり、そこにオリーブサイダーというのがありました。香川県の小豆島に採れるオリーブを使う炭酸飲料で、そこでの有吉の感想は「梅酒みたいな感じだね。」というものでした。感触だけではなく味も少し似ているとは私も思いますが、オリーブは梅のような酸ぱさはなく、甘みと苦みが溶け合うような味です。

a0313715_17383684.jpg 緑オリーブの他に一般なものとしてあるのは黒オリーブ。
 緑オリーブよりも熟成が深く、味は甘みがより強く、表面や中身の感触はより軟らかいのが特徴です。
 色は黒豆のように黒光り、彩の豊かな料理に添えると一際に引き締まって見えます。
 甘みがより強いとはいえども、糖分の甘みではなく、逆にビタミンE、オレイン酸やカロテン及びビタミンAなど、健康効果のある栄養素がふんだんに含まれます。極言するなら、オリーブがあれば野菜は要らないとさえいえるかもしれません。

 この記事ではその黒オリーブを使う料理を2つ紹介します。
 それだけではなく、凡そ何にでも付け加えて――例えば米の飯やみそ汁にもOK!――付け加えられる材料の味を全く変えずに味を添えることができます。固い玉である故に粉や液のように付け加えられる材料に染みないからです。他には赤胡椒(レッドペッパー)の玉も同じような効き目があります。黒オリーブの付かない味で食べたい時は、それを避け(よけ)て何もない部分を食べればよいのです。

●オリーブの豚ステーキ

a0313715_17400903.jpg 擂粉木で柔らかくしてある豚ばらブロック肉をオリーブ油、蝦(えび)の肝、薄口醤油、胡椒と輪切りにした黒オリーブで焼く。
 各々の量はオリーブ油は微量、蝦の肝と薄口醤油は少量、胡椒は適量で黒オリーブを肉の大きさに対したっぷり目に。
 皿に盛る際には黒オリーブが肉の上面にふんだんに乗るようにする。

 付合せはお好みとなるが、私は蝦と厚切りの人参にしました。
 蝦の肝は蝦の殻を取り除く際にその頭から流れ出て来るものです。俗に蝦の脳みそとも呼ばれますが脳ではない。
 オリーブのカロテンに加え、人参のβカロテンでカロテン尽くしになります。

 昨今の日本にはオリーブ油が健康効果の故により普及して来ているのでもう当たり前と思う方々も少なくないかと思われますが、昔は西洋物なオリーブ油に日本物な醤油を混ぜるなんて邪道と思われていたようです。というか、そもそもサラダ油も西洋物なのに、サラダ油に醤油は当たり前でオリーブ油に醤油は邪道というのはおかしな話です。オリーブ油に醤油を混ぜた最初の例は多分、'80年代からはやり始めた和風スパゲティーの茸ものや貝ものではないかと考えられます。
 但し、最初の和風スパゲティーといわれるたらこスパゲティー、一足も二足も早く’60年代に生まれたものですが、そこに使う油の標準はバター。当時はまだ日本の食べ物にオリーブ油を使うことは考えられないものであったことが窺われます。しかしバターも西洋物ですが。そのたらこスパゲティーにもいつしかオリーブ油を使うのが最良と気づかれて今に至ります。
 因みに香川県の小豆島はオリーブ油と醤油の産地であり、当地産の物に揃えて作るとよりプレミアムな味わいになります。

 但し知っておくべきは日本に売られているエクストラバージンオリーブ油の殆どは本場イタリアなどのヨーロッパ圏においてはその一段下のバージンオリーブ油並の仕立てであることです。本場の標準の通りにバージンオリーブ油と銘打つ商品は日本には殆どありません。

●黒オリーブのペペロンチーノ スパゲティ

a0313715_17495199.jpg 簡単な話で、ペペロンチーノスパゲティーに輪切りにした黒オリーブを和えるだけ。
 但しもう一つ、葫と赤唐芥子を炒める際には適量の白ワイン酢を加える。
 私や上沼恵美子のペペロンチーノの常套であるが、赤唐芥子は初めから炒め、オリーブ油に充分に煮出す。
 塩加減は任意、私は薄めにして黒オリーブの味を引き立たせた。塩が濃いめでもオリーブの味は妨げられることなく違う引き立ち方をする。

 黒オリーブのペペロンチーノ スパゲティはかなり普及しているらしいものですが、私は葫と赤唐芥子の他には何もない基本のペペロンチーノ以外を作ることには二の足を踏んでおり、この程に初めて他のものを入れてみました――厳密にいうとベーコンと茄子や青紫蘇を加えたことはあるがそれは茄子とベーコンのスパゲティーとの合併作や青紫蘇スパゲティーとの合併作というべきもの。さすがに黒オリーブだけのスパゲティーはない――作ってみても良いとは思うが、――のでこれは合併作ではなく純然たる和え物といえる。――。
 基本のペペロンチーノは俗に貧乏料理ともいわれ、黒オリーブや白ワイン酢の加わるこのペペロンチーノは少し富裕なペペロンチーノといえるかもしれません。

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# by keitan020211 | 2017-07-15 17:50 | 生活 | Comments(0)
【総括 安倍政権×東京都知事選挙 合併SP】安倍:「こんな人たちに負ける訳にはゆかないんです。」は問題なし
 昨日は弊ブログがかつて総統と呼び習わしていた菅義偉官房長官が久々に面白いことを記者会見で言ってくれた。
 菅長官は安倍政権の一連の疑惑から、それだけではなくもう少し前から、どうも精神崩壊を来していたのではないかと思っている。会見での話の脈絡が滅茶苦茶で、何を言っているのか分からないような応答がしばしばあった。しかし一昨日の東京都知事選挙での大敗けに至り、何か吹き切れるものがあったのではないかと都議選から一夜が明けた昨日の記者会見には感じられた。
 精神崩壊といえば、小学館のSAPIOの最新号に、落合信彦氏がトランプ大統領が自らのツイッターに存在しない単語を打って出しているのを指してトランプ大統領は精神崩壊に至っていると評する。その単語はどう見てもキーボードの普通の打ち間違いではあり得ないような綴りのものであり、そうとしか考えられないという。尤も、落合氏のジャーナリズムには印象操作が含まれることもあるといわれ、本当の処は過酷な勤務による過労がキーボードのあり得ないような打ち間違えを起こさせたと見るのが妥当であろう。しかし、菅長官は今は極右を含む安倍政権に仕えるが元は梶山派の穏健な保守政治家であり、本来の彼の政治性と今の政権の最高権力者としての政治性との矛盾に耐え切れずに精神崩壊を来していることは考えられる。

a0313715_16405922.jpg で、その「久々に面白いこと」とは都議選での安倍総理の東京秋葉原における最初で最後の応援演説での「安倍やめろ!」のシュプレヒコールに対し「皆さん、誹謗中傷からは何も生まれないんです。こんな人たちに負ける訳にはゆかないんです。」との口上で返したことについて訊かれ:「何等問題ないと思います。」――記者:「何故問題ないといえるのですか?」――菅長官:「問題ないからです。」と答えたもの。菅長官の記者会見を見て笑うのは久し振りで、バウバウ爆笑した。
 そのような言辞は論理学の概念では循環論法(トートロジー)と呼ばれ、論理を形成しないものである。答になっていないとか説明になっていない、理由になっていないとしばしばいわれる口上である。
 多くの場合は循環論法は避けるべきものといわれるが、そのような場合は仕方がない或いは有効なものと重われる。
 何故それが問題ないのか、それを論理的に説明しようとすることは難しいし時間が掛かる。安倍総理ならば「ないことは証明できないからです。」というかもしれない――「ないことは証明できない」という命題は誤りで、或るローマ法の法理学を日本の法律家が勘違いして解釈したことがその由来。つまり日本にしかない命題。――。
a0313715_16435737.jpg 世の中には「あるからある。」や「ないからない。」、「良いから良い。」、「悪いから悪い。」としかいいようのない事実や概念は時折にある。古くは社会党の土井たか子委員長が消費税選挙の時に言った「駄目なものは駄目。」。
 政治は議論がものをいうとはいえ、政治家はプロの議論家ではないのでどうしても循環論法で語らざるを得ない場合がある。――勘違いしてはならないのは、議員などの政治家は職業(プロ)ではないということである。議員歳費なんかもアマチュアの活動家への臨時報酬(ギャラ)であり給与ではない。偶にテレビの討論番組なんかで「議員の給料が高過ぎる」などと語る識者がいるがそれは誤りであり、議員歳費は給料ではない。――

 循環論法はしばしば「貴方とはお話にならない、引き取り願う。」という意味合いで用いられ、菅長官のそれは正に「こんな記者に応える訳にはゆかないんです。」ということでもあろう。私も嫌である。
 今村前復興大臣なんかも、その位の弁が立てば問題なかったかもしれない。
 弁が立つとはよく考えているということでもあり、そうであればそもそも「東北でよかった。」などという発想すら出ては来ないのである。

 安倍総理の「こんな人たちに負ける訳にはゆかないんです。」を問題視する人達は自らが責任を負う役目を引き受けたことがないのではないか。
 責任を果たすためには正にそれを果たさせなくするような「こんな人たち」を斥けなければならないことがある。
 殊に民選政治においては、全ての人が等しく納得するような責任はない。「こんな人たち」には振り回されないことが政権交代のある民主的政治である。民主党も、自民党という「こんな人たち」に動かされてはいけないという認識から生まれて成長し、政権を担うに至った訳である。
a0313715_16455034.jpg 故に、「こんな人たちに負ける訳にはゆかないんです。」を非難する人達は政権交代を否定している訳で、ならば自民党永久政権でよいでしょうということになる。
 責任を負う程ではない場合にしても、国民各位は散々「電車で化粧をする人たちを認める訳にはゆかないんです。」とか「暴言や失言を吐く人たちに負ける訳にはゆかないんです、負けてるけど。」と言っている。
 故に、安倍総理の「こんな人たちに負ける訳にはゆかないんです。」の言葉そのものには何の問題もない。「安倍やめろ」を連呼した人達は少なくとも彼等安倍政権にとっては重大な排斥の対象なのである。
 あのシュプレヒコールは国民各位の個人としての思いとは到底に見えない、「人として尊重される」国民の集団として周到に計画されたものであろうと見える。安倍自民党憲法に忠実である。彼等の頭である安倍総理が偶々その任に耐えなくなったから辞めさせて首を挿げ替えて新たに安倍2号を担ぎたい、どうもそれだけのメッセージなようである。
 「国民を「あんな人たち」とは何か?!」、それが正に「すべて国民は人として尊重される」という安倍自民党憲法の論理である。
 故か、安倍政権を支持しない、自民党を支持しない、それもかなり強くそう思う人々に、件のシュプレヒコールとそれに肩入れするように報じた東京新聞を否定的に見るツイートが多くある。翌日のANN報道ステーションなどはそのような見方を一切も顧みずに安倍総理に否定的な報をした。

a0313715_16483776.jpg イギリスのサッチャー総理は保守党の代表として野党であった時には与党、自らの政権を立てた後は野党の労働党を指してしばしばというか年中、「こんな人たちに負ける訳にはゆかないんです」と演説や答弁をしていた。そしてそのように言っていた間は支持が増して常勝であった。
 そこが安倍総理のそれとの違いであり、彼はそのように言い出したら敗けた。同じような調子にせよ、それが「こんな人たち」ではなく「民進党」という組織をいう間は常勝であったが、サッチャー総理が言っていたのは労働党の組織だけではなくそれを支持する個々の人達をも明らかに指していた。安倍総理は「民進党などの野党にも建設的議論に参加してくれる人は少なくありませんが、」と変に控え目である。そこは時代背景や状況に鑑みない、メッセージの持ち得る訴求力を考えない安倍政権の現実味のなさによるサッチャー政権との違いであろう。
 当時の労働党の支持者達は明らかに「こんな人たち」、即ち人にあらざる者であり、彼等を斥けなければイギリスはどうにもならなかった。今の日本にもそのような人達は当時のイギリスよりも多いかもしれない。
 反安倍や反自民を自負する人々にも、思い当るような「こんな人」や「こんな人たち」はいるであろう。
 しかも安倍総理はそんな彼等を直ちに排斥せよというのではなく、「戦って勝たなくてはならない」と言ったのであり――彼等には勝ったが全体では敗けた。――、「こんな人たち」が尚更に寛容で有り難いと思うべきものである。彼等にこそ、安倍の外に相応しい指導者はいない。

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# by keitan020211 | 2017-07-04 16:50 | 政治、社会 | Comments(0)
戦後昭和~平成の鉄道の名車 'They're the trains'
 弊ブログの選ぶ、日本の戦後昭和~平成の魅力ある鉄道車輌です。
 地下鉄については今年の1月に番付5傑+次点を発表しています。

 近年は魅力ある車輌がとんと少なくなっています。
a0313715_18135877.jpg 最近に関東の私鉄京王電鉄と西武鉄道が座席指定の通勤車を新しく発表しており、首都圏の通勤事情を少し変えるのではないかと注目されています。弊ブログのそれらについての評価はまずまずで、外装については1990年代~2000年代の不作続きからかなり改善されていると思います。内装については関東の私鉄やJRには今までになかった質の向上があります。
 私は元々は通勤車の全座席指定には否定的であり、全座席自由或いは一部座席指定が良いと思っています。しかし京王と西武のそれは通常の全座席自由としても座席の位置の切り替えにより使うことができるといい、その便利さに注目しています。
 とはいえ、全座席指定は「座らせろよ、おらー!…」みたいなおっさんの論理を感じて嫌な感じです。座る必要のある障碍者などのバリアフリー策に関しては縦置長座席(ロングシート)が設計の観点からは有利であり、何も健常者が座れることにこだわることはない筈であるからです。
 魅力ある車輌が少なくなっているのは’90年代から勧められているステンレス鋼製車輌の導入及びJRなどの他社との設計の共通化が原因です。それらにより、首都圏の鉄道はどこも同じような車輌が走ることになっています。安ぽくて景観にも悪いし、経済的にも実は何も良いことがありません。製造や保守の経費の削減は需要を少なくしてしまうし、鉄道関係会社だけではなく乗客一般にもそのように誤った経済観念を植え付けています。
 どこも同じような列車が走ると、沿線地域の印象の格差は小さくなります。それにより、人気の沿線地域の生活様式などを真似る所謂意識高い系が跋扈することになっています。よって意識高い系を別名「ステンレス電車系」と呼ぶことにします。既存の別名は「スタバでマック系」。
 京王と西武の新車輌がそんな時代を終わらせるきっかけになれば良いですが、それでもまだまだ心許ないのが現状です。

 そんな時代になる前の、素晴らしい鉄道車輌の数々を以下に紹介します。

●西鉄2000系
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1973年~2010年
川崎重工製

 「美し過ぎる電車」と呼ぶと田舎の議員みたいに聞こえてしまうが、そのような今様の言葉の遣われ方のようにではなく本当に美し過ぎるといえるのが西鉄の主に特急に用いられていた2000系である。
 前面のデザインは路線バスの名車三菱エアロスターの1980年型に似ており、その姿には日常と非日常の織りなす機微が感じられる。
 2扉で車内は全席自由の転換式横置座席であり、他には関西の阪急6300系や国鉄117系などがその方式を採る。関東の京急2000系が転換式ではなく双方向設置の固定式ではあるが類似の方式である外は関東には全くないもの。
 私は西鉄電車には一度大宰府天満宮へ行く時に乗ったことがあるが、その時には現在の主力である8000系が福岡天神~二日市までの特急であり――それも感動的であるが、――、二日市~大宰府は他の3扉車であったので2000系には一度も乗ったことがない内に廃止となってしまった。
 他にも、西鉄には福岡の洗練されたイメージに相応しい車輌が多い。

●西鉄8000系
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1989年~
川崎重工製

 前書の、鉄道車輌が魅力をなくしてゆく時代の変わり目に出たのが西鉄の主に特急に用いられる8000系、先の2000系の後継車である。
 そこで時代の流れとは一線を画しながら良い所だけを取り入れる、絶妙な立ち回りによる新しいデザインは美し過ぎる2000系に見劣りすることのない鮮やかな印象である。
 先述の通り、私が初めて乗った西鉄車である。

●西鉄5000/6000系
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5000系:1975年~近日全廃
6000系:1993年~
川崎重工製

 西鉄の主に急行以下に用いられる。
 デザインは何れも粗同じであり、側面の扉が5000系は3扉で6000系は4扉、窓が5000系は2段式で6000系は1段式。
 装備類は一新されて別物となっている。6000系が出た’90年代の前半は三菱電機がVVVFインバーター制御装置を開発して全国の鉄道車輌に次々と導入されており、6000系もそれ。
 前面の非対称形のデザインは他に余り例がなく、数少ない例は関東の京王6000系など。何れも運転席のない右側の窓を思い切り節約している。使うべき所には使い、要らない所には使わない。――そんな真当な経済観念が形にも表れている名車である。
 自動車では日産自動車のコンパクトパフォーマンスカー キューブが後面の扉(バックドア)を2002年以降の型式で非対称形としている。
 31アイスクリームことバスキン ロビンスのダイキュリーアイスを想わせる緑色も、夏には涼しく冬にはほの暖かい感じで私好みである。

a0313715_18475373.jpg174.png西海九州の雑学
◯佐賀県には何故西武ライオンズのファンが多い?
 全国47県の最もファンの多いプロ野球団を示す地図が先日にツイッターに出ていました。
 そこで、私のファンである埼玉西武ライオンズは、佐賀県と滋賀県の2つ。ライオンズの地元の埼玉県は読売ジャイアンツが最多と出ています。
 滋賀県は西武財閥の創業家の出身地であり、近江鉄道はライオンズのレオ印をあしらう車輌があるのでそこにライオンズのファンが多いのは何となく分かりますが、しがさが違いの佐賀県に多いのは何故でしょうか?
 ――ライオンズは元は福岡を本拠地とする西鉄ライオンズ、よって昔は福岡を中心として九州にはライオンズのファンが多くいました。しかし、今は福岡ソフトバンクホークスがあり、福岡のライオンズファンはホークスファンに変わってゆきました。しかし隣の佐賀県はライオンズ離れが余り起こらず、今も残党が根強く残っているのです。
 因みに私の地元神奈川県は埼玉県とは逆に、意外にも―?―地元横浜ベイスターズのファンが最も多く、ジャイアンツを上回っています。
 西鉄は佐賀県を通りませんが、県域に最も近い所にある駅は福岡県小郡市の大牟田線の味坂駅です。

●阪急6300系
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1975年~現在稀少
アルナ工機製

 阪急京都線の特急に用いられるものとして出た2扉の転換式横置座席車。
 現在は嵐山線の普通にも用いられる。
 公衆電話機を備えるなど、一般車としては最高級のおもてなしを持つ。しかし、今は携帯電話が広く普及しており、時代が変わっていることがこの車輌からも感じられる。
 京都線は25km程の宝塚線や30km程の神戸線とは違い路線の距離が50km近くあるため、居住性の高い特急車を要する訳である。かつての特急停車駅は大阪梅田;十三~京都大宮;烏丸;河原町、大阪と京都の間を無停車で直行していた。'90年代に中間地点の高槻市に停まるようになり、今は更に増えてかつての急行と粗同じになっていて残念である。
 西鉄の特急や京急の快速特急と同じく、座席指定はないので気軽に乗れるのが魅力である。

●阪急9300系
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2001年~
日立製作所;アルナ工機製

 前項の6300系の後継車であるが、2扉が3扉になっている。
 特急の停車駅を増やす目的から来るものなので率直に良いとはいえないが、物としては鉄道車輌がますます詰まらなくなってゆく2000年代にあって孤軍奮闘の力作といえる。

●阪急8000系
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1988年~
アルナ工機製

 阪急の'90年代の主力車。
 更新工事によるデザインの変更が最も多くなされた型式でもあり、上の写真は前面の銀色の帯板が取り除かれた第2期型。更に前面の車番の表示位置の変更や彫をなくして斜め切りにするなどの型がある。どれもそれ自体は良いが様々の駅地域に応える停車駅の増設と同じく、様々の好みに応えようとする余りに節操がない感じがする。やはり最良は初期型である。通勤車として最も安心して乗れる車輌。

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 今は上の写真にはない広告向けのような書体に変わっており、安ぽくなってしまっている。
 嵐山線用の木目地に毛筆書体はおぞましい程に俗悪。

●阪神8000系
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1984年~
武庫川車両工業製

 阪神電車の永年の平凡なイメージを変えた'80~'90年代の主力車。
 上の写真は特急または快速急行、急行に用いられる旧塗装であり、普通車は下半が紺色で上半が肌色。
 '90年代後半に薄紫と白の二調塗装やステンレス時に赤帯などの新塗装が出たが、最新のものは橙と白の二調となり、8000系も今はその塗装に変わっている。
 橙と白はプロ野球の読売ジャイアンツを想わせるとの苦情が今年2017年の阪神電鉄の株主総会においてあったという。阪神といえば甲子園、甲子園といえば阪神タイガースということであるが、時にはタイガースの図柄を車体にあしらう列車もある。
 室内は大阪~神戸で競り合う阪急電車の木目の内装とは異なり、よくある白の壁板であるが、他のそれと比べ一際に綺麗で落ち着きが感じられる。
 前面のデザインは同時代の阪急8000系に似ているが、阪急の彫の深さと比べ阪神は滑らかな感じでより日本的美しさといえる。
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 今は青字にUFJ銀行の案内板と同じポップ調の書体のものに変わり、阪急と同じく俗悪化している。

●近鉄3000系
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1979年~2012年
近畿車輌製

 京都と奈良とを結ぶ近鉄京都線の専用車であり、京都市地下鉄烏丸線に乗り入れられる。
 屋根の冷暖房機が前を後へ一連に繋がっており、当時は主流であった分散式冷暖房機の凸凹な感じがなく美しい。
 近鉄電車の当時の塗装色は真紅一色であり、3000系だけが違うステンレス地に真紅の帯が入るもので一際目を引く。
 近鉄車に特有の重たい感じは3000系も同じであるが、その重たさにもどこか賢く爽やかな感じが漂う。
 それまではステンレス鋼製の車輌は東急車輌のみがアメリカのバッドカンパニーの特許により製造できるものであったが、近鉄3000系は東急車輌の外では日本に初めてのステンレス鋼製の車輌となった。それも、東急の特許が切れたのではなく特許に抵触しない製造法を用いることにより実現した。
 因みに当時は東急車輌製も、東京急行電鉄の外にはステンレス鋼製の車輌は殆どなく、地下空間の湿気に由る車体の腐食が懸念される地下鉄でも東急東横線との直通運転のある営団地下鉄日比谷線の3000系や東京都地下鉄三田線の6000系、新宿線の10-000系など数える程しかない。ステンレス鋼製車輌が広く普及し始めたのは'80年代の半ばの頃からであり、話がこの記事の前書に戻る。

●近鉄3200系
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1986年~
近畿車輌製

 前項の3000系に続く京都線及び地下鉄烏丸線の専用車。
 地下鉄の車輌には多い、前面の貫通扉が中央ではなく脇寄りにある設計であるが、ステンレス鋼製ではなくアルミニウム鋼製に近鉄の定番色の塗装がなされたものである。関西には他にも阪急7000系や前出の8000系など、地下鉄以外におけるアルミニウム鋼製車体の車輌は比較的に多くある。自動車ではドイツのアウディなどが採用しており、製造費用は高くつくが耐性が強くて結局は得をする。
 外装だけではなく内装の白を基調とする落ち着き感も、京都の雰囲気に好く適う。

●近鉄21000系
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1988年~
近畿車輌製

 アーバンライナーと呼ばれ、大阪~名古屋の名阪特急に用いられる。
 その2002年の改良型として21020系があり、アーバンライナーネクストと呼ばれる。
 私のかつて住んでいた神戸を、名古屋へ行く際には大阪でJR東海道新幹線に乗り換えて行く経路があるが、費用対効果を考えると大阪のミナミに立ち寄り、難波を出て近鉄アーバンライナーで行くのが最良である。
 昭和の名車としてビスタカーと呼ばれる二階建の30000系などがあり、アーバンライナー21000系にはそのような出色のものはないが、座り心地や乗り心地、夢み心地などの質の高さでは後者が全国一の優れものであり、日本史上最高の観光特急車といえる。
 車窓風景の優れ所は何といえども、室生口大野や東西青山を通過する三重県西部の山なりの村々である。それだけを日本の原風景といっては他に失礼ではあるが、昔話によく出て来るような所謂日本の古典的風景がそこにある。

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 書体がモリサワ新ゴシックに変わった上にデザインが白地に変わり、阪急や阪神のように俗悪ではないがかなり改悪されている。

●国鉄-JR西日本;JR東海117系
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1979年~2014年
川崎重工;近畿車輌;日本車輌;東急車輌製

 既になくなっているであろうと察しがついてはいても、いざその事実を知るとなるとなかなか辛いものがある。
 国鉄大阪支社管内の東海道-山陽本線の新快速などに用いられ、主力を退いた後は白地に橙色の帯のJR東海色に着替えて関ヶ原越えの普通などにおいて用いられていた117系――
 しかし、意外と最近である。私が東海へ移った'00年代の半ばにはまだ辛うじて目にしていたが、後に関東へ移ってからは全く音沙汰がなく、その間に'10年代を見ることなく全廃となっているであろうと思っていたが、今の新安倍政権の時代まで生き残っていたとは。
 「高かろう悪かろう」といわれる国鉄では出色の質の高さが魅力、それが当時に検討されていた民営化の後を見据えての布石であったのか或いは駄目企業国鉄が最後にやってみた贅沢であったのかは明らかではない――というか、根からの民営企業にもない程の空想的資本主義に依って立つJRも違う意味で駄目企業であるが、――。

●JR西日本221系
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1989年~
近畿車輌;川崎重工;日立製作所;JR西日本製

 平成の世の始まりと共に出た、JR西日本東海道-山陽本線の新快速などに用いられる車輌。
 JRの発足から3年目で、正に国鉄との違いを鮮烈に印象づけた。
 お蔭で、それまでは京阪神間では圧倒的に優位にあった阪急電車の利用客が少なからずJRへ流れ、'90年代から今に至る阪急の苦戦につながった。
 私の住んでいた神戸の岡本は、阪急岡本駅とJR摂津本山駅が歩いて3分程、阪急は'90年代に特急が停まるようになって地域客のJRへの流出が食い止められたようであるが、それでも、普通しか停まらない本山駅を出て隣の芦屋駅で新快速に乗り継ぐと阪急よりも早いような気がする。尤も速いことでは前項の117系の新快速の頃からであるが、それに更に車両の快適さが加わった。取り分け側窓の大きいことによる車窓風景の眺めの良さが群を抜く。
 ということで、JR221系を平成名物電車と呼ばせていただく。

●JR西日本207系
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1991年~
川崎重工;近畿車輌;日立製作所;JR西日本製

 前項の新快速と快速用の221系と共に、普通用として出た。
 今は321系や323系が主力となっているが、そのデザインには基本形としては従来型に乗かっていながら枝葉末節で無理矢理に新時代風をこねくり出そうとしているような感じがして良くない。新しい標準―?―を作り出した207系の淡麗さには劣る。
 207系というと、JR東日本にも207系があるが全く違う型である。東日本の207系は常磐線と営団地下鉄千代田線の直通に用いられるものであり、かつて山手線など全国の電車特定区間に用いられていた205系をベースとするもの。
 221系と同じく、西日本の207系は阪急などの高品質な私鉄とも全く互角な快適さと信頼性の高い車輌である。

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 デザインは今も変わってはいないが、書体がモリサワ新ゴシックに変わり安ぽくなってしまっている。鉄道ファンとはそのようなことを何とも思わない人達であるらしい。

174.png近畿の雑学
◯「大阪嫌い」と一口にいえど…
 大阪を嫌う人は多いといわれる。
 '90年代の前半、地方分権が本格的に提唱されて自民党の一党支配が崩れ去ろうとしていた時代に『全国住みよい都市番付』というのが出たが、大阪は六百数十ある市の内の六百数十位となっている。感性における好感度だけではなく実際にも良からぬ評価を受けている。最近にも、経済力や学力、治安などで最下位級或いはまんま最下位となる番付が多く出ている。
 その'90年代はそんな低い評価にありながら、大阪の好感度は寧ろ高まっており、それが反転し出したのは'00年代以降である。当時は谷村新司の歌によるJR西日本の『三都物語』のテレビCMや大阪ビジネスパークや京阪奈学研都市の造成など、大阪-近畿圏の再生が盛り上がっていた故でもあるが、今はそのような景気の良い話を余り聞かない。'00年代以降の大阪の不人気の一因は弊ブログがかねがね指摘しているように、大阪芸人の質の低下である。昭和関西芸能界の大御所上岡龍太郎が20世紀最後の年2000年に突如に引退し、その後の後継者が育っていない。大阪芸人の全国向け番組における登場の数は前世紀よりも増えたが詰まらない芸人が多くを占めており、未だに笑福亭鶴瓶や明石家さんま、桂文枝などの旧人類に頼らなければ消極的視聴率は得られてもリアルに笑いを取れる率は激減にあるのが現状である。本当にどうしようもなく下らない――しょうもなくおもろいのではなく。――のが今の関西芸能界である。
 しかし、一口に大阪といえど、大阪には様々な顔がある。
 歴史的に大別すると:①摂津難波宮以来の大阪;②大阪城代松平忠明以来の大阪;③明治文明開化以来の大阪;④箕面有馬電軌(現:阪急電鉄)以来の大阪:がある。
 '90年代の俄か大阪景気は①と②を合わせたものであり、いわば大阪の伝統への回帰の試み。
 '00年代から現在のどうしようもなく下らない大阪は③で、大阪近代主義への回帰の試み。
 ④は戦前大正と戦後昭和の時代を牽引した当時としては新しい大阪の姿であり、一世を風靡した読売テレビの『11PM』などの関西お色気ものも④の流れ、平成生まれの人々は知らない。
 ③の明治文明開化における大阪は薩長藩閥の大久保利通の肝煎りにより大阪に大日本帝国の権力と経済力を担保するべく生まれたものであり、中央の力に乗っかって成り立っている。薩長藩閥の末裔の一人は現総理の安倍晋三であり、よって安倍政権の下の現在は『明治文明開化の大阪』の復刻が試みられている訳である。そんな流れを利用するように、大阪維新の会が出て来て一世を風靡している。
 今時の大阪人に、どこかいいようのない権威主義が感じ取れて鼻につくと思う人は少なくないと思われる。その権威主義というのも、大阪が偉い、一番であるということでの権威主義ではなく、「東京と一緒、安倍さんと一緒で日本の大阪」ということでの権威主義である。
 但しそのような流れを拓いた大阪維新の会の橋下徹元大阪府知事または大阪市長は議会において公明党と敵対している。公明党は元々は「東洋のマンチェスター」の美名の下に大阪を煙塗れにしていた③に与するものではない下層労働者階級の勢力であったが、'00年代以降は自民党と中央政府に近づくことにより③への仲間入りを果たそうとしている。そもそもが近代人間主義を是とする公明党、明治文明開化の流れとは相性が良いのである。
 ③の流れから出た橋下が、③と敵対して戒めているのが面白い。橋下がそうなのは彼が大阪の出身であると共に東京の出身でもあることからのことであろうと考えられる。橋下にとっての大阪とは主に江戸の薫る②である故に、③は歴史の現実の一部ではあれども覇権を許すべきものではないのである。
 私、弊ブログも③の意味における大阪についてなら、大阪嫌いといえる。

●名鉄100系;200系
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1979年~
日本車輌製

 前出の西鉄2000系と共に、美し過ぎる電車。乗って行けば何か良いことがありそうな、という感じ。
 主に豊田線及び名古屋市地下鉄鶴舞線、名鉄犬山線に用いられ、その都会風景と田園風景に良く馴染む。
 今は珍しくなくなっているが、当時は通勤車としては珍しい、窓の開かない設計。
 しばしば、窓が開かないなんて風情がないという人がいるけれど、冷房があれば窓が開く必要はない。そのような合理的発想も当時としては斬新で、魅力に感じられる。

●名鉄1000系
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1988年~
日本車輌製

 従来の展望車7000系のパノラマカーの後継としてパノラマスーパーと呼ばれる。
 7000系の展望席は乗務員室が2階にあって1階が先頭部まで丸々客室になっているものであるが、1000系のそれは乗務員室が半地下型になっており、その頭上が眺望できるようになっているもの。
 特急券を要する特別車と要しない一般車が半分ずつ編成され、観光や遊興にも通勤にも気軽に乗れる。但し、犬山~常滑線の特急は全車特別車の列車が殆どを占め――それでも安く、偶には通勤利用もする気になれる。――、一般車が付くのは主に名古屋本線の特急である。
 パノラマカー7000系は歴史的名車といわれ、私も幾度か乗ったことがあり、やはりその通りと感じさせる味があるが、靴跡を真横に広げたような形の前照灯やレジャー感覚の溢れる逆さ富士形の行先表示板など、デザインがもはやあり得ない程に旧過ぎる。

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 近鉄やJR西日本と同じく、デザインは変わらないが書体がモリサワ新ゴシックに変わって安ぽく改悪された例。
 前の書体はゴナであった。 

174.png東海の雑学
◯名古屋は西日本か東日本か?
 名古屋を中心とする東海圏は中京圏とも呼ばれる。中京とは明治時代の一頃に西京と呼ばれていた京都と新しく名を受けた東京との間に位置する都市圏ということでの名である。
 中間域なら、話は早い、「中日本」が正解である――そのような呼び方もありはする。より多く用いられるのは「中部日本」。
 しかし「中」はなしに、日本を西と東の二つに分けるなら、名古屋は西なのか東なのかはしばしば見解が分かれるようである。
 私は予てより名古屋は東日本と見ており、近年はテレビや新聞、雑誌などのメディアにおいても名古屋を東日本と見るのが優勢になっているようである。
 昔は東日本といえば東京を中心としてその直接の影響の及ぶ地域のことと解され、故に名古屋は直接の影響はなくて東京圏とは異質であるから西日本であると思う向きが多いものであった。色々な風習にも見られる名古屋の独特さが注目されていたのである。しかし、名古屋名物のコメダ珈琲店や寿がきやラーメンなどが関東に進出するなどすると共に、名古屋は今時は独特と見做されることが余りなくなっている。寧ろ名古屋流がリアルに充実を感じられて好ましい、日本の新しい標準(ニュースタンダード)と思われさえしている。前述の大阪の更なる不人気の一因は近年の大阪芸人のどうしようもない下らなさだけではなく、前世紀には考えられない現象であった名古屋流の鯱の如き躍進台頭により相対的に支持されなくなったことにもある。
 即席食品の味のつけ方なんかも、東日本向けはおしなべて三重県までが扱い範囲となっているものが多い。三重県は名古屋の更に西であり、それもまた近畿地方か中部地方かとの論争のある地域である。近畿地方が東日本とされる程ならば、名古屋は悠に東日本であるといえる。
 もう一つの理由はこれも平成生まれは知らない、電気製品の周波数の違いによる製品の仕様の違いの解消である。昔は静岡県の富士川を境に西は60Hzで東は50Hzと流れる電気が違い、故に電気製品はその境を跨ぐと使えないことが常であったが、今は何れにも対応できる製品が殆どを占め、そのことを考えることを要しなくなっている。故に名古屋と東京の断絶も認識されなくなり、普通に関東の隣と感じられるようになっている訳である。

●長電0系;10系
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1966年~2003年
日本車輌製

 廃止されたのは2003年であるが、その後14年に亘り須坂駅に留置されて物置として使われ、今年2017年の春に改めてお別れ会が催されてその直ぐ後に解体処分された、最期が変わり種な車両である。
 そもそも、長野には4扉の車両を要するのかとの疑問が湧くかもしれない。その疑問に応えてか、1980年に0系の改良型として出た10系は3扉になっている。3扉車は普通は車体長が18mないしは19mであるが長電10系は4扉車と同じ20mで、珍しい規格である。
 また、長電長野線の長野市街の区間は地下線であり、それも長野のような地方都市には例のない珍しいものである。長野人はとにかく、大都市と同じようなものがなければ気が済まないのである。
 しかし、その見栄張りも尽きてか、10系の後には自社調達の車輌は一つもない。東京メトロ日比谷線の3000系や東急8500系、小田急10000系などを譲受して用いられている。
 地方私鉄の車輌の事情を見ると、自社調達の可能性はやはり日本経済の成長力にあるのかと思うばかりである。

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 他にも色々とあり、その度に大きく変わっているがどれも良い。但し一つだけ、国鉄書体を用いるものがあり、変である。

174.png信濃の雑学
◯「北信と南信」とは何か?
 長野県に行くと、偶に「北信」や「南信」という言葉を耳にする。
 それが何かはテレビの天気予報を見れば一目瞭然で、それぞれ長野県の北部と南部のことである。長野県の旧称は信濃国であり、その北と南である。北信は長野市を中心とし、南信は松本市を中心とする。
 観光需要では、北信は主にスキー場の多いことから冬が売りで南信は山間の高原の多いことから主に夏が売りとされる。
 産物は、北信は野沢菜や善光寺七味唐芥子などの辛いものが多く、南信は果物などの甘いものが多いとされるが、長野県産の代表的果物である林檎や葡萄の多くは北信で採れるものである。味は辛いも甘いも北信である。
 それらには気質の違いはあるのか?
 何となくではあるが、かなり明らかな違いがあると見える。
 南信は、教育県長野の先駆けである開智学校が創られた地でもあり、知識に訴える人が多いとされる。
 北信は知性を軽んずるものではないが、知識よりも智慧を重んずる人が多いとされる。
 観光客の迎え方なんかも、南信は豊富な―?―知識を武器として客に合わせてゆこうとするが、北信は智慧を用いて客を自分達の世界に招き入れようとする。故に南信を訪れると自分の所と違う所に来たという感じが余りしないが、あくまでも余所者扱いに留まるような感じがする。北信を訪れると如何にも敷居が高そうな感じがするが、数日もいればそこの機微に分け入り或いはそこの人になったかのような感じがする。
 南信の出身の有名人には池上彰や美川憲一などがおり、北信の出身の有名人には7&Iの鈴木敏文やエイベックスの依田巽などがいる。何れにしてもスターダムには乏しい地味な人物が多いが、南信は芸能やスポーツに強くて北信は政治や学問、商業に強いといえそうである。芸事は客の好みに合わせてゆかなければ見向きもされないが、政や商は有権者や客のペースに乗せられれば損をすることもあり、説得力が必要なものである。

●富山地鉄14760系
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1979年~
日本車輌製

 前項の長電10系と同じく、富山地鉄の最後の自社調達となった車輌。
 後には、京阪3000系などを譲受し、主力となっている。
 デザインは1983年に出た小田急8000系に通じるような、前面の角丸の広い長方形の連続窓が斬新である。真直ぐ-真直ぐ、角は丸く――そのような形は一過性に終り今時の車輌には殆ど見受けられないが、もっと普及するべきであったと思う。
 アイボリーホワイト地にダークベージュと真紅の塗装色も洗練されており、今の黄土色とエメラルドグリーンの塗装色に変わっているのは残念で、田舎は田舎らしくしろという圧力があったのであろうかと思うようなだささである。

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174.png北陸の雑学
◯北陸は何故自民党王国なのか?
 北陸四県といわれる福井県、石川県、富山県と新潟県――
 それらの内の福井、石川と富山は自民党王国であり、一頃に例外がありはしたものの、自民党の候補者が選挙の度に圧倒的に勝つ。新潟県だけは元は自民党の地盤を持っていた田中角栄の田中家の娘が民主党に移ってその主力の政治家となったために民主党及び民進党がやや優勢な地域である。
 その理由は当地の自民党が近年にいわれるように著しく右寄りではないからであると考えられる。
 昭和時代の自民党のように、右も左も保守も革新も何でもオールインワンで自民党に属す。なのでどんな考え方をしていても支持する政党は選ぶ余地がなく自民党になる訳である。
 寧ろ、当地の自民党は初めから他地方と比べて左寄りであり、高福祉路線である。それは今は鷹派であるかのようにいわれている石川県の森喜朗元総理なんかも同じである。北陸地方はいわば日本の北欧である。
 尤も、そんな北陸もおしなべて低福祉な日本と共にあるのでその願いの悉くが叶えられている訳ではない。願いの半分に達するかしないかな程であろう。それでも高福祉で安心できる社会は北陸人の宿願であり、その願いが今も自民党に託されているので民進党が何歩その政策を左めかしてみても一度は見向きされただけで終わった訳である。話は逸れるが、故に民進党はそんな北陸自民党との競合や重複を避けて理念や政策をもっと右に――それこそ台湾の民進党のように。――構えなければならない筈である。例えば中福祉中負担を具体的に打ち出すなどである。

●京急2000系
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1982年~
東急車輌;川崎重工製

 主に快速特急に用いられるものとして出た、2扉固定式横置座席車。
 固定式横置座席の配置は車両の真中に向かい同じ向きになるように並ぶものであり、真中の所だけが向い合せとなる。国鉄-JRなどに多い向い合せ型の配置は自由席では知らない人と向い合せになるのでかなり鬱陶しく、京急2000系のその座席の配置はなかなかよく考えられたものといえる。とはいえ、関東においては何故か転換式横置座席の車輌は絶無なのが残念である。
 2000年までに3扉に改造されて2扉車はなくなり、2000系の座席は縦置長座席となって塗装色も白の帯が上の写真のように窓の周りを塗り潰すものが窓下の帯に変わっている。
 直線と曲線が融け合う'80年代デザインの結晶というべき、形や各部の質感に至るまで美しく出来ている。

●京急800系
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1978年~
東急車輌;川崎重工製

 前項の2000系に4年先立ち主に普通と急行に用いられるものとして出た。
 4扉縦置長座席で形は2000系とは大きく異なるが、基本設計が共通しており、2000系を先取りするものとなった。
 片開扉は当時には殆ど作られなくなっており、粗史上最後の片開扉の新型車であったがそのデザインの新しさは今も古びずに現役にある。

●京急2100系
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1998年~
東急車輌;川崎重工製

 前々項の2000系の後継車として出、主に快速特急に用いられる2扉車。
 2000系の横置座席は固定式であるが、2100系からは転換式が採用され、関東では初となる。但し進行方向のみに自動のみで換わるため、乗客が任意に手動で換えることはできないのが他地方には元々ある自動転換式との違いである。
 デザインは良い意味で'90年代風の新しいものとなっており、デザインの共通化されたステンレス鋼製車輌が主流の当時の下らない鉄道車輌の数々とは明確に一線を画す。
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 下の写真が今のもの。
 かつては今の京急の名のつく駅名は全て京浜とついていた。その頃のものが上左の写真、ローマ字の書体だけがセリフ書体――:日本語や中国語の明朝体に当たるもの――でお洒落である。上右の写真の白地のものは最も馴染み深く、京急の他とは異なる趣を感じさせる。その京急も残念ながらモリサワ新ゴシック――下の写真――を採用しているが、全国で最後まで粘ってゴナ――上右の写真――を堅持していた。

●江ノ電1000系
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1979年~
東急車輌製

 前出の京急2000系や800系と設計の随所が共通する。
 例えば室内の窓枠には強化プラスチックが用いられ、よくあるスチール製の窓枠より見た目がきれいで然も堅牢である。
 強化プラスチック製窓枠はそれらの後には余り採用されていなかったが2001年に出た小田急3000系や2007年に出た小田急4000系が久々に採用している。窓ガラスが一連となることも相俟り窓の眺めが良く見えるのも特徴である。江ノ電における窓の眺めとは勿論水面に光の揺れる湘南海岸である。

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●小田急8000系
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1982年~
日本車輌;川崎重工;東急車輌製

 小田急の主力汎用車として大量生産された5000系の後継車として出た。
 5000系と同じく、営団地下鉄千代田線への乗り入れはできず、小田急線内と箱根登山線内のみの運用のもの。
 一連であるかのように見える前面窓は当時としては斬新であり、'80年代の新しい時代の到来を感じさせた。
 ブラックアウトと呼ばれる、黒色を効果的に用いて窓の形をごまかす良く見せるデザインの手法は1979年に出た国鉄201系がはしりであり、それから全国の鉄道車輌が我も我もと取り入れていた。中でも小田急8000系のそれは素晴らしい。そもそも、黒は青と合うものであり、黒い窓に青の帯は大変に高級感がある。ブラックアウトは今は自動車にも取り入れられている。
 側面の造形も後に普及したステンレス鋼製の車輌にはあり得ない、鉄鋼製の造形の極致なる美しさ。その仕上がりは35年を経る今も少しも崩れることなく保たれている。
 屋根上の冷暖房機が集約分散型と呼ばれる2基となっているのも当時としては斬新で今としても最良である。分散型――:4~5基――のような凸凹感がなく、集中型――:1基――のような寂しい感じがない。
 乗り心地も並な感じの5000系やかなり悪い9000系と比べ著しく改善されており、今時の車輌等よりも乗り心地が良い――改悪されることがしばしばあり得るのは5000系と9000系の比較に明らか。――。

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 左の写真のゴシック4550によるものは右の写真のモリサワ新ゴシックによるものが導入されている今も幾つかの駅に残っている。20世紀末から21世紀に掛けて新しく設けられた駅や高架への移転などにより新調或いは改造された駅は、その頃には駅名標がまだ旧型であったため。
 ローマ字の表記法が'Odakyu-nagayama'のようにではなく'Odakyu Nagayama'のようになっているのは良い。

●東急5000系
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1954年~1986年/2002年~
東急車輌製/東急車輌;総合車両製

 全く異なるような上の写真の2つの車輌――実はどちらも同じ東急5000系である。
 既に廃止された車輌の型式番号が後に再び付くことは近年にはしばしば見られるものになっている。小田急が3000系と4000系を――いずれも通勤車であるが前者は元は特急ロマンスカーの型式番号であった。――新たに用いているなどである。京王は近くハイパフォーマンス通勤車5000系――元の5000系も'60年代の当時としてはそう。――を導入する。番号を使い果たし、一巡している訳である。
 しかし東急5000系は単なる番号の再利用ではない。よく見ると、旧5000系と新5000系はよく似ている。前面の傾きとその裾の部分の引込み具合が先ずそうである。また、窓も作り方は時代を反映して違うが、大き目で眺めの良いことが似ている。それも京王旧5000系や8000系などのように前面窓が側面へ回り込むようなパノラマなものではなく普通に前面に張るだけで広い視界を確保する、東急らしい、贅沢感のない機能性の高さである。
 今や日本の田舎の風景を語るには欠かせないものとなっている1962年に出た7000系以降は、東急電車の車輌は取り敢えず今様の形になっておればよいというような詰まらないものが多いものであったが、新5000系が出たことにより華が取り戻されたように感じられる。とはいえ、新5000系の設計は'90年代から今'10年代に首都圏を主として占めているJR東日本との共通化設計車輌がベース、側面のデザインは小田急3000;4000系と全く同じであったりするが、東急新5000系はそれらの中でもどこかそれらとは一線を画するような高品質感と独自の存在感がある。同じような座席に同じような液晶案内画面を見ていても、東急のそれにはまやかし感がなく信頼して乗れる。
 旧5000系の車体は東京の渋谷駅西口の広場に展示されており、テレビの街頭インタビューにもしばしば映る。

●東急7000系
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2007年~
東急車輌製

 前項の5000系に次ぎ、旧型式番号の再利用となる。
 旧7000系が出たのは1962年であり、派生車の7200系と共に多くが地方私鉄へ譲渡されてそれぞれの当地の顔となっている。首都圏の近場では静岡の静岡電鉄がそうである。
 新7000系は元は池上電鉄という東横電鉄の東急とは前身の違う池上線とその隣の多摩川線の専用車であり、その設計やデザインにもどこか他の東急電車とは違う趣がある。池電と東横の他にもう二つあるのは目黒線、大井町線、多摩川線と田園都市線を持っていた目黒蒲田電鉄と新玉川線と世田谷線を持っていた玉川電鉄であるが、旧目蒲向けの最近の新型車は旧池電向けの7000系や5000系と比べ趣味が悪い。田園都市線は今は2つの本線の一つとなっているので旧東横の東横線と同じ5000系が導入されているが目黒線と大井町線は聊か別世界というような様相である。
 ステンレス鋼はかつては曲面加工が難しく、東急車には平面的デザインしかなされていなかった。それを敢えてしたのは1987年に出た小田急1000系であるが、新造導入から何年も経たない内に曲面が波打ったり、そもそも等しい寸法と形になっていなかったりと、日本の産業経済の凋落をその数年前に暗示するかのような見るも無残な試みとなった――小田急1000系の無残な試みはもう一つ、扉の幅が2mのワイドドア車がある。デザインも利用感覚も破綻しており、鉄道史上稀に見る無用の長物となっている。――。しかし、今は曲面加工が発達しているらしく、東急新7000系はその大成功作となっている。
 室内は総木目調となり、温かみが感じられる。総木目調の内装はそれまでは阪急電鉄だけが用いるものであり、阪急以外または関東では初。座席の色模様が阪急の渋緑茶のような単色とは違い明るく爽やかなエコロジーカラーなのが池電らしい雰囲気を感じさせる。外装色も従来の東急にはない派手な意匠となる。

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 左のものと右のものとの間にもう一つ、線がピンク色で書体がゴナのものが1990年代頃にあった。それが私の最もお気に入りの東急の駅名標であるが2000年代から右の写真のものに替わっている。

●京王5000系
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1963年~1996年
日本車輌;東急車輌;日立製作所製

 室内の幅が広く、縦置長座席でありながら空いている時には至って快適で、京王の永らくの売りである高尾山などへの観光輸送にも充分に耐える。寧ろ脚を伸ばせたり座席に寝れたりで横置座席よりも良いと思える程である。
 乗り心地も絶対値としては今時の新型車と同じ位、当時としては最先端の良さである。鉄道や乗合自動車の乗り心地が進歩改善されていたのは概ね'90年代までであり、以後はやや退歩改悪されている。つまり、京王5000系は今の時代に粗その侭復刻製造されても今の最新鋭の車輌等と互角の性能と利便性があるということである。逆に、平成30年は昭和30年と同じ水準であるともいえる。

●京王6000系
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1972年~2011年
日本車輌;東急車輌;日立製作所製

 日本らしさを特徴づけるもの、即ち日本と他国を明確に分けるものの最たるものは左右非対称にあるとされる。色々と言い立ててはみても殆どの「日本らしさ」は世界のどこにでもあるようなものであるがそれだけは歴然と日本にしかないといわれる。
 前出の西鉄5000;6000系もそうであるが、京王6000系は前面の窓の配置が左右非対称であるのが大きな特徴である。右側は停止位置指標などの右下にあるものだけで他には何も見えなくても実は困らない。故に左側の窓だけを充分に大きくする訳である。
 逆にシナなんかは左右対称が絶対的常識であり、何を作るにも左右非対称は考えられないらしい。
 昭和47年といえば、高度経済成長が終わり、所謂西洋並みの生活水準に追いつくことが至上命題であったそれまでとは物の見方が変わりつつあった時代である。そこで左右非対称などのような独特の姿、取り分け日本の独自性というものが様々に模索されて或るものは支持や普及を得ていた。
 窓だけではなく、その上にある行先表示部も独特。それが単なる奇抜ではなく実用品としてすんなりと受け容れられるようなものとなっているのは当時の活力である。
 そんな6000系は二度目の経済成長期となる'80年代に亘っても次々と増備された。'90年代には5扉仕様車も出、その活力は留まる処を知らず、6年前に全廃となるまで39年に亘り就役していた。私が鉄道車輌の解体作業を見るのはそれが初めてであり、インターネットの恩恵である。

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 かつては線の色が臙脂色に近いダークローズであったが1990年頃からのCIによりピンクと紺になっている。京王バスもそのCI色を取り入れていたが近年は紺色のみになっている。
 書体は1980年代の中頃までは細丸ゴシックであり、それがデザインは同じな侭に左の写真のものに替わった。
 京王は案内表示などに用いる書体を他社のように色々と使わずに物によらず隅々まで残らず同じにし、そのための取換は時間を置かずに一気に進められ、それだけは昔も今も変わっていない。京王の歴史を紐解くと、府中までの京王電軌と府中が起点の玉南電鉄の合併のための線路の改軌の工事も短い工期で直ぐに出来たという。

174.png神奈川の雑学
◯「神奈川の基地負担をなくせ!」との声がないのは何故か?
 この「基地負担」とは自衛隊の基地ではなく、アメリカ軍の基地のこと。
 神奈川県にはアメリカ軍の基地が16か所、横田基地、多摩サービス補助施設、府中通信施設と清瀬の大和田通信所を加えると20か所もある。
 その数は全国47県の内の2位であり、1位は57か所がある沖縄県である。
 沖縄のUS軍基地にまつわる今日2017年7月28日までの最新の話題は太田昌秀元知事の沖縄県民葬、そこには安倍晋三総理や鳩山由紀夫総理などの中央の政治家も招かれて参列したが、献花の時に、鳩山総理の時だけ拍手が起こった。一見は自慢話のようにも見えかねないが、鳩山氏は今日の自らのツイッターにそのことを「私だけが!」と語っている。鳩山総理は沖縄のUS軍基地の負担を減らすべく、普天間基地の日本への返還に伴うその移転先を「最低でも県外へ」として自らの政権(2009~2010)の時にアメリカ政府などへの働き掛けをした。永らく知られるように、沖縄にはUS軍の駐在を好ましく思わない人々が多い。
 面積も人口も沖縄県の何十倍もあって基地の数は三分の一もない神奈川県及び多摩・武蔵野地方なら、沖縄の程にはそのような声が出ては来なかろうとの見方もできるが、その他と比べれば神奈川のUS軍基地の負担は抜き出て多い。沖縄と神奈川の以下に比較的に多いのは北海道の18か所、青森県の6か所、広島県の7か所や長崎県の13か所である。
 昔は神奈川にもUS軍基地を退かせようとする動きがあった。1964年に大和市と町田市に、1977年に横浜市青葉区に、厚木基地のUS軍の飛行機が墜落する事故があり、US軍と日US安全保障体制に対する抗議の運動が神奈川にも興った。
 バブル時代には逗子基地に対する抗議運動が興ったが、粗それを最後に神奈川の反US軍基地の動きはない。
 その理由として考えられるのは一つには沖縄のそれとの密度の大きな違いであるが、もう一つは神奈川人は自国日本の軍を信用することはできないということである。
 日本史を紐解くと、神奈川は古代から栄えており、鎌倉時代には政府の所在地にもなり、或る意味では歴史を通して京都にも勝る程の政権体制の安定や繁栄を日本に及ぼしていた。
 古代にも鎌倉時代にも、神奈川には軍人が多くいたが、明治時代以降の近代日本の軍延いては自衛隊は昔の神奈川の軍とは路線(method)が違う。「鎌倉武士」などというが、近代軍は鎌倉武士ではない。
 神奈川人が憲法の改正を云うのは、鎌倉武士とは違う今の軍なんかは子供騙しなのでそんなものはなくして新しい軍を創れということ:神奈川人が憲法の護持を云うのは鎌倉武士とは違う今の軍なんかは子供騙しなのでそんなものはなくしてとりあえずはアメリカ軍に頼ってごまかせということ。何れにしても自衛隊ではいけないということは同じ。
 私、弊ブログも本音はそうであるが神奈川以外の世論を勘案するととりあえずは自衛隊を能うべく改善する外はないと考えており、憲法の改正の必要はないとしている。新しい軍を創るにも憲法の改正の必要はない。何れにせよ、自衛隊は災害における活動など、日本の誇るべき独特な防衛組織であると思ってはいない。災害の援助などは当たり前にも当たり前の軍の任務であり、それを称賛する今時の報道のありようは愚かである。
 尤も、近代軍ではない軍は世界のどこにもあったことはなく、鎌倉武士を軍事の理想とすることは単なるロマン主義でしかないかもしれない。しかし少なくとも日本の政府や近代軍は神奈川人にとっては信用ならないものなのである。因みに神奈川県の出身の内閣総理大臣は有名なあの人唯一人。
 自国を信用することはできないから、アメリカ軍に頼っておくしかない。故に神奈川における反US軍基地の動きは興りにくい。
 そこが自国への信用を求めて延いてはアメリカへの信頼をも求める安倍政権との違いであり、また、日本が自国ではない沖縄との違いであるが、反安倍でも反沖縄でもない。沖縄については「そういう所も日本にはある。」というような認識であろう。
 自国の歴史を誇りながら自国を信用しないことを、政治思想学の概念ではアナーキズム(無政府主義)という。私、弊ブログの思想の原点でもある。アナーキズムを信ずるのは昔は文化や政治、経済などにおいて強い力を持っていた地域、殊に農業を本位として独立性と中央との関わりを上手いこと保っていた地域に多く、日本語の「無政府主義」というように本当に政府を無用とすることではなく、現在の政府を無用と見做して自地域が主導の政府をしか望ましい政府とは認めないということである。尤も、昔の程にではないが、神奈川は現代の今もかなり強い文化と経済の力を持ってはいる。しかしその力はマスコミベースでは見えては来ない。

●西武30000系
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2007年~
日立製作所製

 いつも定刻に走り、何となく見ている電車――
 するとどうしても気づかないが、この30000系は西武鉄道が社運を賭けて導入した重みのある車輌であるという。
 その社運とは上場廃止に因る経営の再建、2004年、総会屋への利益の供与と有価証券報告書の虚偽記載による証券取引法違反の責めを問われてのことである。当時のニュースを陣取っていたが、電車はそれでもいつものように動く。
 『Smile Train〜人にやさしく、みんなの笑顔をつくりだす車両〜』の考え方の下にプロジェクトチームが組まれ、殊に内装は十人余りの女子社員のみが担当した。
 外装は地下鉄以外では関東には珍しいアルミニウム合金製であり、塗装はないがステッカーで色を配し、塗装のある車体と遜色のない質感がある。前面のみ白の塗装があり、同じく前面塗装ありでも京王などのような強化樹脂製ではなくアルミニウム合金に直に塗装がしてある。
 全体として卵のような丸みを出すためでもあるが、前照灯は今時には珍しく丸形なのも嬉しい。

●西武40000系
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2016年~
川崎重工製

 この記事の前書にも言及した全席座席指定の列車のために導入された。
 その全席座席指定の列車の通称はS-TRAINといい登録商標となっている。そのS-TRAINの社外の解説の記事を見ると、「着席保証列車」と呼ばれている。――「着席保証列車」、何とださい、勘違い真面目な言葉であろうか。勘違い真面目とは、「稲田朋美さんを将来の総理大臣に!」というのと同じような語感。
 単純に考えるだけでも、座席指定券を買って乗っても、そこに無断着席をしている人がいることはあり得、保証されたことになってはいない。
 それを確実に保証しようとするとそのための駅員の案内が大きな声で何度も言わねばならず、乗るまでの快適さは損なわれることになる。「指定券のないお客様は御乗車にはなれません。指定券のないお客様は御乗車にはなれません!!、危険です!乗らないで下さい!!」
 それに違反した際の増料金の徴収をするかしないかなど、運用の既に始まっている今も色々と不透明な問題がある。
 そのような問題点はとりあえず置いておいて、「置いといて。」、車輌だけを見るとかなり良い。近日導入の京王5000系も基本としては同じ内装の造りをしているが、西武40000系のそれの唯一つ残念なのは内装色が青基調で、座席の色の趣が国鉄じみていることである。
 そもそも座席指定は国鉄-JRの急行と同じ発想である。JRは昨年2016年に急行を廃止しており、今やJRにもない前時代なものを京王や西武などの私鉄がする理由は理解できない。これからは逆に田舎の人に笑われることになる。
 私の取り分け好きな点は側面の窓の周りが橙色に縁取られていることである。40000系もまた前項の30000系と同じくアルミニウム合金製の車体にステッカーによる色取り。

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 今まで気がつかなかったが、西武はモリサワ新ゴシックを採用していない。駅名標などの案内表示の書体がモリサワ新ゴシックではないのは大手鉄道会社等では他に西鉄、阪急、阪神、南海、相鉄、京成とJR東海だけ――8社/19社である。
 西武が今は用いる右の写真の書体は現在のANN報道ステーションの字幕にも用いられるものであり、私も好きな書体である。
 左の写真の、昔の丸ゴシックのものも焦茶色が落ち着きを醸し出していて良い。駅名標の常套である横線がないのが独特である。文字というものはきっちりと整理整頓をして記せば一々線を引かなくてもよいということがそれから分かる。

●東武50000系
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2005年~
日立製作所製

 日立といえば20世紀末の頃から経営不振がニュースに伝えられ、如何にも斜陽の企業という感じであった。
 家庭用電気製品なんかも、日立は’80年代までは普通に見掛けられていて私の出身家も地元の電器屋が日立の代理店であったこともあり日立製品を支持していたが、'90年代からはとんと見掛けない、会社が存在さえしているのかという感じ。
 その日立の業績を回復させた立役者が2005年のこの東武50000系と前出の2007年の西武30000系である。
 鉄道車輌だけではなく、近年は日立が元気である。広告なんかを見ても、今時の企業広告に多い、頭の弱い無能経営者の説教を安倍晋三が演説の原稿にしそうな日本人英語を交えてまとめたような、下らないコメンテーターが喜びそうなグローバリズム広告ではなく、企業の政策を面白真面目に訴えて好感度な広告が日立には多い。残念ながら、今時は三菱さえその手のグローバリズム広告である。
 東武50000系はいわば「走るプレミアム文房具」である。プレミアム文房具とは銀座伊東屋に売っていそうな文房具のことである。
 別に伊東屋でなくても売っているが、私は永年にシュテットラー(STEADLER)を愛用しており、東武50000系の姿は宛ら走るシュテットラーの繰出鉛筆である。
 因みに日立について言うと、私の家の冷暖房機は'10年代製の日立の白くまくんであり、電気代がとても助かっている。
 丁度東武50000系が出来た頃には日立のドライヤーを買って使っていたが性能もデザインも落ち着きに満ちていてなかなかである。風の出方のプレミアム感が素晴らしい。

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 伊勢崎・日光線と東上線は駅名標の意匠が昔から異なる。上右の写真は今の伊勢崎・日光線のものであり、下の写真は東上線のもの。
 東武は駅名標のデザインをくるくると変え、案内表示板をイメージ作りに役立てようという発想はないらしい。逆にいうと、東武以外の案内表示板は印象操作の道具であり政治的に好ましくないということでもあろうか?

●JR東日本651系
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1988年~近日全廃
川崎重工製

 東京と仙台とを結ぶ常磐線の特急スーパーひたちに用いられていた。
 当時の鉄道車輌の最先端が注ぎ込まれて出た新時代のJR特急であったが、制御装置には当時に既に出ていたVVVFインバーター制御を採用せず'80年代までの主流であったサイリスター制御を守っているのも好感である。
 651系に代わる新しいスーパーひたちとしてE657系が2010年に出たが、何の進化もないだけではなく、改悪である。デビルマンが迫って来るかのようである。2010年に世に出た良品といえば、マイクロソフトのOffice2010であるが、その他はおしなべて'10年代の新製品は良くない。
 尤も、651系のデザインは旧世代の国鉄特急の183系がその侭新時代向けにデジタル的にリファインされたような感じであり、技術ともてなしの外には目新しさはないともいえる。しかしそのリファインの妙こそが魅力であり、E657系などのように独創性などといいながら下らないものを垂れ流し続ける今の時代とは似ても似つかない。

174.png関東の雑学
◯「寄合所帯」は関東の家芸
 京急~京王の項の後の『神奈川の雑学』では神奈川と日本の軍について語った。
 軍といえば文民統制(シビリアンコントロール)、強制収容所へ送ることはシベリアンコントロールと言うが、この『関東の雑学』では関東と政党政治の関係を語る。
 日本の大政党には自民党と民主党の二大政党と公明党や共産党などの中小政党がある。
 民主党政権についての批判から、民主党はしばしば寄合所帯といわれる。党における諸派閥が互いに合意をなさずに党の統率や理念の共有がないということである。しかし、その特色は民主党だけではなく自民党も永らく同じといわれており、その民主党との違いは合意と統率、共有のない党が或る利益のためには一致することにある。その利益とは'50年代には憲法の改正、頓挫:'60年代には高度経済成長、成功:'70年代には列島の改造、疑問が残りながらも成功:'80年代には民営化、成功とされながら破綻が生じているも無視:'90年代は自民党の不毛の時代で'00年代は国民の誇りを取り戻すこと、現実には存在しない潮流――
 国民の誇りは利益としての計量が可能なものではないが、'00年代から今の自民党政権はそれを国益の確保や実現のためには欠かせないものであるという。尤も、物事は軽量の可能な事柄だけで成り立つものではなく、誇りなどのような或る種の精神主義は何にでも必要ではある。
 軽量の可能なものは文明の基であり、それを押さえている人達が国の実際の権力である。東京を中心とする関東には軽量の可能なものを押さえている人々が多い。それが一概に同じく寄合所帯とはいえど、民主党と自民党の違いを生み出す。
 とはいえ、私などは料理の調味料の量を一々匙やカップで量る気には到底なれない。直観と常識が頼りであり、その点は私は民主党的気質が強い。
 関東は民主党の支持層にせよ自民党の支持層にせよ、寄合所帯を常とする。人の居る所や集まる所は何でも、支配的権力や理念というものはあり得ない。関東の南隣にある神奈川を政府とした源氏が三代で滅んだ理由もそこにある。源氏は皇室を由来とする古代以来の日本の支配的権力であってしばしば理念を生み出す。それが、支配的権力や理念を嫌う栃木県の足利氏や東京の近代権力にとっては脅威なのである。学校なんかを見ても、理念を大切にする学校の多くは本部が東京にあってもその主要の校地(キャンパス)を神奈川に設ける。埼玉や千葉の学校は単なるブルジョワ主義、即ち経済力に任せて子供に金箔を貼るものに過ぎない――ブルジョワ主義も理念の一種ではあるが、――。そしてそんな関東の土地柄に妥協して権力を得て立ち回りの文化を広めたのが源氏に替わって幕府を持つことになった北条氏である。
 その観点から見ると、自民党も民主党も関東の政党、東京の政党であり日本の政党ではないともいえる。しかし公明党もまた自民党における利益による一致の代わりに信仰による一致を保つだけであり、その現世的現実はやはり寄合所帯の原理であり、自民党との連立政権を常とするようになっている今はその傾向が一層強い。
 寄合所帯の原理にも有意義なものはあり、政党や企業の多様性はこれからも大切にするべきではあるが、関東のそれは殆どイスラム原理主義に近い原理主義といえる。合意の形成などはありはしない。故に自民党の利益や公明党の信仰のように、目立つ処だけは皆同じ共通の様式で統一するのであり、その一例が駅名標などの案内表示板におけるモリサワ新ゴシック体の書体や共通語と呼ばれる、NHKという放送局が作り出した言葉やそれをベースとした新語・流行語などである。

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# by keitan020211 | 2017-07-02 17:52 | 生活 | Comments(0)
【総括 安倍政権】安倍政治とその支持率は もてない君の怨念 である
a0313715_21132768.jpg 稲田朋美防衛大臣の明日7月2日が投票日の東京都議会議員選挙の自民党の候補の応援演説の「自衛隊、防衛省そして自民党からも投票をお願いいたします!」との文言が違法ではないかという批判を受けている。また、稲田氏の自衛隊の南スーダンPKOの日報の問題についての疑惑からの資質への疑念が再び起きている。
 稲田氏は安倍総理のVIP、所謂お友達の一人といわれ、稲田氏の批判は安倍政権の本質に関わるものとして受け止められている。

 稲田氏のその演説の前に、おしなべて50%を上回ることが常であった安倍内閣の支持率は10pt程下がり40%台になっており、それが更なる支持率の低下を招くかどうかは予断を許さない状況となっている。その都議会選挙さえ、現有では最大勢力の自民党の大きな逆風が指摘されており、選挙の結果がその発言との相乗効果を生む可能性もある。

 稲田氏のその発言、その本質は何なのか?
 そんな発言の出る安倍政権の本質は何なのか?

 安倍政権を支持しない人々にとっては分かり切っていることであるかのようなその問いを、安倍政権が倒れるか倒れないかの瀬戸際にある今、改めて考えてみる必要があるかと思う。

a0313715_21145841.jpg 古舘伊知郎氏が2016年3月に自らのキャスターとしての退任を控えるANN報道ステーションで、ドイツのワイマールを訪れて独裁とは何かを学ぶという仕立ての特集に出ていた。その特集がワイマール憲法を停止にして独裁権力をかちとったヒトラー総統と安倍総理を比べて暗示しているとの見方が即ち広まり話題を呼んだ。つまり、安倍総理は独裁者である、そのような見方をする人が多いということである。
 安倍総理が独裁者ではなくまた安倍政権が独裁政権ではないとは言い切れないが、どうも批判としては意味がないのではないかとかねがね感じている。そのような批判が高まる程に支持率は上がり、延いては彼等がそんな安倍政権を支持する国民を愚かと批判するに至っている。しかし国民を愚かという者が支持されることはない。「日本国民は平和呆けです。」と演説する候補者が選挙で受かることは粗全くあり得ない。稀にあり得るのはそのような真意を巧妙に蔽い隠して国民をおだて上げることに成功する者だけである。どうしても日本国民が総じて愚かと思うならば例外的に愚かではないと思う一部の国民に訴えて自らの勢力を地道に増すことだけが支持を得る道となる。弊ブログも或る意味ではそんな地道な努力を重ねる者であるし、自民党や民進党のような大政党の方々の多くも派閥単位で自らが信用するに足ると思う一部の国民の支持を得ている。

a0313715_21170813.jpg ヒトラーはドイツ国民をおだて上げたし、安倍は日本国民をおだて上げているので、その点では二人の類似はある。何れも国民を本心では愚かと思っている。にもかかわらず、愚かではないと思う一部の人々の支持を固める地道な努力をしない。そうはしないのは国民を愚かと思うことがそうではないと思う程に当たり前に感性として染み着いているからである。彼等は国民は賢い、自らは国民を愚かと思ってなどいない、そんな筈がないと思い込んでいる。故に彼等においては愚かな国民と愚かではない国民を分ける必要がない。十把一からげに「日本人で良かった。中国人や韓国人ではなくて良かった。」と言っておればよい――そこまでになると一政治家の人間性や資質の問題だけには帰し得ず、ドイツや日本が歴史的に抱える風土や文化の根源的問題がヒトラーや安倍にも影響していると考えざるを得ない。寧ろ安倍はそのような自らの負い目に抗って自らを善い人間に変えようとする個人的努力をしている者と見える。旧安倍政権の時の彼と今の新安倍政権の彼は明らかに違う。身を結んでいるかどうかはともかく何であれ自らを変えようとしていることは確かであり――個人的努力をするが組織的努力には無頓着、政府自民党を自己実現の場としか見ない。――、故に安倍をヒトラーと全く同一視することはできない。少なくとも全くの独裁者ではない。
 尤も、安倍が組織的努力をしないのは組織というものが何なのかを多くの国民が理解していないからでもある――故にお手軽な組織論が批評空間にいつも現われる。また、派閥政治が崩壊して久しいこともその理由であろう。――。訳の分からないものに関して努力することはできず、政権は国民の在りようの反映なりという歴史の真理が安倍においても当て嵌まる。

 安倍政権の支持率が下がらないのは、一つは、安倍政権を否定することが個人的努力をも否定することであるかのように感じられることである。
a0313715_21193348.jpg 安倍政権の構造が如何に悪いものであれ、安倍総理の振舞いには何かしらの感動を覚える。それがなくなれば組織だけではなく個人さえ失われるのではないか、そんな予断に過ぎないかもしれない疑念が多くの国民の心にあるから支持率が常に高止まりするのである。その点、安倍政権は極めて個人主義的価値観に基づく政権であるといえる。森友学園の籠池泰典氏も加計学園の加計孝太郎氏も、自らの大志を実現しようとする個人である故に、安倍が友として敬うべき者として認めた訳である。弊ブログは少なくとも今は安倍政治の不手際の下にさ迷う彼等の志を無下に否定しはしない。そのような弊ブログ自らの姿勢は少なくとも安倍政権に顕著に見受けられるとかげの尻尾切りよりは悠に良いと思う。

a0313715_21212364.gif 多くの国民が組織とは何かを分かっていない――それは2000年代の日本企業が自社の負債を減らすことだけに専念していることが大きな一因である。所謂バランスシート不況である。極めて単純化していうと、利益の多くを負債の返済に充てて自己資本比率の改善を図る経営の在り方である。そこにおいては、事業活動の成果としての利益は過去の埋め合わせに向かい、現在と未来の企業活動と生活に資するものとはならない。それは何となく、女/男にもてない人が走りがちな行動様式に似る。そして歴史認識を巡る事柄もそれに似る。自らの過去と現在の関係を理屈づけて一々確認すること、そんなことに明け暮れる人はその『素晴らしい歩み』に感心する振りをしてくれることはあっても、もてる筈はない。無論冗談ではありながら、そんな風潮の象徴として機能しているテレビ番組は日本テレビの『有吉反省会』やフジテレビの『訂正させてください~人生を狂わせたスキャンダル~』である。冗談ではなくそれそのものみたいな番組も散見される。

 安倍政権はそんな時代を創って来たもてない君達の砦として支持されている。
 もてないことを馬鹿にするな、そんな怨嗟のようなものが安倍政権の政治生命と支持率を支えている。
 安倍政権の下における日本は悉く、もてない君に有利になるようになる。

a0313715_21233771.jpg そのような政府を乗っ取っての政治運動が興ることは仕方がないともいえる。
 安倍政権が実現する前の日本はもてない君にとっては厳し過ぎる世の中であった。
 彼等が与党の権力の源泉となっている今は、多くの人は彼等を馬鹿にしなくなっている。女/男にもてる人々を含む多くの人にとっては自らも必ずしももてるとは限らないと思うからである。
 しかし、未だに馬鹿にし続けているのは反安倍の人々である。そもそも、彼等反安倍は女/男にもてることを端から価値としてはいない。男は男だけで仲良くし、女は女だけで仲良くし、男と女は世間体のために仕方なく寄り添うか或いは一生出会わなくてもよいと思うような人々である。異性を根本的に嫌うので同性婚にも賛成する向きが多い。
 私は「女は女だけで仲良くし」には幾らか分かるものがあるので、私、弊ブログが単に安倍政治に反対するということでの反安倍を標榜していることとの関わりはそれにあるのかもしれないが、弊ブログは同性婚には全く反対する。
a0313715_21255253.jpg 彼等にとっては女性の政治参加は平等に区別された男の世界と女の世界のすり合わせ、即ち男女の利益の調整の場に過ぎない。一党支配の自民党と万年野党の社会党の構図とも似ている。それらの二党は数の差はあれども立場としては平等と見做されるので、現在の安倍政権に対する野党の批判とも相通じる。議会政治はどんなに逆立ちして考えても数が力な筈なのに、彼等は議席の数の違いは立場の差を意味しないと強弁する。世の中や政治を男性原理と女性原理で捉えるそもそもの誤りから来る破綻論理及び空疎な批判である。また、『世間体のためには仕方なく』という点は反安倍と安倍政権の粗全く一致するものであり、故に反安倍がどんなに安倍政権を批判しても倒れることがないのである。安倍政権が倒れれば自らも倒れるからである。例えば批判の対象、即ち儲けの種を失うことである。

 しかし彼等反安倍はもてることを端から価値としてはいないにもかかわらず、もてない人、即ちもてない君を馬鹿にすることを好む。
a0313715_21273786.jpg それはもてない君は彼等が事実上絶対視する世間体を得ることの叶わない/叶わなさそうな人々であると見るからである。一方のもてる君は、その動機や経緯は彼等とは違えど、女/男を得ることにより中長期的結果としては世間体に服することになる身であると見る。アメリカのベストセラー本『愛は四年で終わる』は彼等反安倍にとっては古(いにしへ)の常識である。アメリカ人はそんな当たり前のことが今時になって分かったかと見下しながら評価している。もてる君達は彼等とは異質ながら事実上は彼等反安倍のコントロールに属することになるものと認識するのである。
 よって彼等の主張する「結婚しろと云うなら、結婚できる国にしろ。」には、もてない君は含まれない。あくまでも彼等反安倍がもてる君達に後れを取りながらも結婚という世間体の装置を手に入れることができることを求めているだけであり、LGBTを除くあらゆる人々に結婚の可能性が開かれる国を求めてはいない。

a0313715_21302590.jpeg 尤も、もてない君も少なからず結婚しており、その身で安倍政権を支持している。それは世間体を得た者の掟を裏切るものであり許されない。反安倍は森友学園問題を通して「子供がかわいそう。」という彼等への分かり易い非難の文句を得た。「安倍首相頑張れ!安倍首相頑張れ!」、あれはそんな裏切り者の末路だと思っている。しかしもてない君達の多くも「あれはやり過ぎだ。」と思っているのでまたも批判は意味をなさない。

 従来はもてることを自らの価値とはしないのに人のもてないことを論う反安倍に散々に馬鹿にされて侮られて来たもてない君の怨念――それは安倍政権の実現という形でとりあえず晴らされた。そしてかつては体制を築き上げていた現在の反安倍に連なる勢力は共産党を除き、今や少なくとも政治勢力としては完全に淘汰されようとしている。思えば時代は変わった。
 怨念も世に認められれば正義となる。反安倍が大好きな韓国にとっては尚更にそれが真理である。安倍政治の全てが実際に正義とは到底にいえないが、そのエネルギーには相当に正しい処がある。原発に代わるエネルギーは既に確保されているのである。安倍晋三は歩く発電機である。

 話は飛ぶが、怨念、怨みというものを肯定的に捉え直すことが大切なのではないか。
 日本社会は永らく、怨みを抱かないことを美徳とし是としていた。
a0313715_21331261.jpg しかし世は怨みに溢れている。それを「憎悪の連鎖」などとコメントして悦に入っている場合ではない。
 勿論、我々はテロを興すイスラム過激派などの怨みを捉え直してやることはできない。そんなことをしても重ね重ね西側目線にしかならない。彼等の怨みについては彼等が自ら考えるべきことである。その結論がテロをすることであるというなら、我々はテロとの戦いを続けて彼等を殺し尽くす外はない。
 安倍を支持する人々はテロをせずに怨みを晴らした。故に尚更にイスラム過激派などのテロに対して厳しい見方をする。但し彼等には厳しい見方を支えるための知識や情報に欠ける。そしてそれだけではなくあらゆる事柄について厳しい見方をする資格が反安倍には尚更にない。

a0313715_21345413.jpg 今、もてない君女子の部が崩壊に瀕している。男子の部と比べ数が少ないだけに切る尻尾もない。
 その傍ら、もてたい君達が東京都の議席を占めそうな勢いにある。
 豊洲市場と築地市場の両立、如何にももてたい人の発想である。
 その意味では地方選挙は国政と無関係とはいえない。

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ANN 報道ステーション 9.54~/月~金
ANN 報道ステーションSUNDAY 16.30~18.00/日

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# by keitan020211 | 2017-07-01 21:35 | 政治、社会 | Comments(0)
【英語訳】スピッツ ロビンソン
Robinson
of SPITZ
published at 5th April 1995

a0313715_17340700.jpgThe new season somehow the trying days
the bicycle on the riverbed's walk made you run to have run after
noticed the memorial records and the exaggerated episodes upon your tired shoulder and a grimace seen dazzling

The same lines; the same moment: like uttering unconsciously,
could this magic hackneyed have made it up

Nobody can touch, the land for just the two: So as never to miss the hand of you my dear
Some mighty power making it floated, Lou La La, getting on the wind of the cosmos

Even the cats left on any corner and never giving the breath up
somewhat resembling: took it up to give my cheeks unreasonably
A circular window seen beyond the usual crossroad
has somewhat dirt, the limited crescent even'd seen the little me

Limit of the dream I'd ambushed: your pupils surprised
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# by keitan020211 | 2017-07-01 17:35 | 芸術(音楽、文学など) | Comments(0)
安倍総理「印象操作」は本当か?
 安倍総理が野党に対する批判に度々遣っている言葉「印象操作」――

 私はそれを聞き、公文書や私文書の偽造の捜査のことかと思った。
 
a0313715_16302441.jpg 森友学園疑惑や加計学園疑惑などなどの野党等による追及、それに対する国会での答弁に安倍総理は「貴方方が私達与党にしているのは、それ印象操作です。」みたいに言う。
 そのことがネットやテレビや新聞の報道に話題となり、「印象操作ではない、安倍総理の思い込み。」とか「印象操作は普通にするものでありそれそのものを批判するには当たらない。」、「全くその通り。」などとの多くの人々の所感が語られている。ツイッターを見ているとその「印象操作」の語のない日はなく、15分に1人はそれについて語るツイートがある。

 本当に、野党は安倍総理と与党の印象操作をしているか?

 先ずは印象操作の意味を考えることから。

 何かがあれば、そこには印象が生じる。
 人などの動物は事実や現実を在るが侭に認識することができるのでは必ずしもなく、しばしば事象とその認識とのずれが生じる。そのずれが ≧0 となることを印象という。
 即ち、事象を全く在るが侭に認識しても、印象という。そこで完全な認識を得ても次もそうなるとは限らないので或る事象が時を過ぎればその認識はもはや印象と呼ぶべきものに過ぎなくなる。例えば思い出や過去の思い入れがそれであり、「印象的な出来事だった。」と語られる。

 印象操作とはそれを操作することである。
 若し事象と認識のずれが5となれば、それをなるべく0に近く、とりあえずは2にしたいという際に、指数-3の印象操作をしたことになる。
 と言うと、安倍総理の言う「印象操作」とは随分と違う印象の印象操作ということになる。彼はそこで野党の言うことは事実や現実とは違うと云っている。故にそれが印象操作ということなのではないかと思う訳であるが、事象とその認識を掛け離れさせることだけではなくそれらを近づけるための作為をも印象操作という。というか、本来は印象操作とはそのためのものであり、それを逆用することが総理の言う印象操作である。
 物事を在るが侭に見る/見てもらうためには在るが侭では済まない作為を要する。そのように在るが侭を実現するための作為を含む自然を普通の自然主義といい、そのような作為を悉く否むことを極端な自然主義という。例えば西南欧の海岸の浜辺はとても美しい景色の所が多くあるが、日本の海岸の浜辺は貧相(プアー)な所が多いとしばしばいわれる。それらの違いは西南欧の浜辺は普通の自然主義であり、日本の浜辺は極端な自然主義であることによる。普通の自然主義は不自然な物事があれば人がそれを自然に戻すための作為をするが極端な自然主義は不自然な物事を見つけてもそれを自然のなりゆきと見做して何の作為もなく放っておく。故に日本の浜辺には無造作な構築物やごみが溢れるし、東京都の豊洲の新しい中央卸売市場の建設地の土に放ってあった危険な化学物質の存在をも「自然に放置」した侭に新しい市場棟等が建つ訳である。また、路に唾や痰を吐くなどのなどの「おっさん」及びビールを飲み奇声を挙げるなどの「おっさん女子」的行為行動の多くも極端な自然主義、即ち超自然主義の一種と思われる。

 歴史的思想としてしばしば誤解されるのが『大和魂』或いは『やまとごころ』である。大和魂とは本来は自然ではない物事を志向する『漢意(からごころ)』に対し自然を実現するための作為を含む思想であるが、素人はどうせ原典を読みはしなかろうということか、一切の作為をも否むことをいうかのように教える/思う向きが多い。
 或る評論が『安倍総理はやまとごころの政治家』と題して印象操作を嫌う安倍総理はそのように一切の作為をも否む超自然主義の政治指導者であると評するが、それは『やまとごころ』の誤解或いは捻じ曲げに基づく見方である。『大和魂』、『やまとごころ』は『漢意』を必ずしも受け容れないものではない。
 
 尤も、安倍総理自らが本当にそのような超自然主義者であるのかは分からない。そもそも憲法を制定しようとすることが自然にはない作為であり、「他におしつけられたものではない」新しい憲法を作ろうと唱えることは少なくとも超自然主義的ではない。その場合は、超自然主義とは今の憲法を動かすことのできない既成事実である故にそれをいかようにも動かすべきではない、果ては読むべきでもないとか一般の国民には守る義務はないとかとすることをいう。改正の否定は無論のこと、読むことを必須の前提とする解釈改憲をさえも否定する訳であり、安倍内閣による所謂「7.1閣議決定」に反対する向きにはそのような意味での超自然主義者が多いと思われる。弊ブログは憲法の改正には反対であるが解釈改憲は場合によっては肯定する。「7.1閣議決定」は、弊ブログとしてはその根底の思想をまでも賛成することのできるものではないが必ずしも意義のないこととはしない。解釈改憲の閣議決定の手続と集団的自衛権の行使を何であれ容認することそのものには問題がないと見る。

 以上を念頭におき考えると、野党は安倍総理とその政権についての印象操作をしているとは思われない。

a0313715_16195999.jpg 安倍達についての印象操作をしているのではなく、自分達野党についての印象操作に明け暮れている。

 例えば加計学園疑惑に関して安倍政権の印象を操作するという際には、操作する前の既存の印象というものがある筈であるが、加計学園疑惑が出て来る前にはそれについての印象は存在しないので、印象操作が出来る筈もない。疑惑が出た初めは何も分からない状況から始まるので、そこで野党に出来ることは0からの批判追及だけである。そこには何であれ安倍政権そのものの印象というものは存在するが加計学園疑惑から生じる安倍政権の印象は既存の安倍政権の印象を踏襲し或いは自ずと変化する形においてしか存在せず、それは印象操作ではなく単なる印象の存在である。
 しかし、野党は自分達についての印象操作には余念がないようである。
 大雑把にいえば、巨悪安倍政権に数の力で抑え込まれる野党という印象を巨悪安倍政権に毅然と立ち向かう野党という印象に変えることであるが、一方では前者の数の力で抑え込まれる印象を切り札の一つと思い込み温存しているために、そこだけは操作しない生煮えの印象操作になっている。若し彼等が本当に自らの印象を操作して変えたいなら、前者の印象を捨てるべきである。その既存の印象は議席の数や政党の支持率などの分かり易い事実現実に基づく故に、自分達は事実を見ている、現実を分かっているという自負心を不適切でも支えるものとなっている。
a0313715_16251835.jpg 『巨悪安倍政権に数の力で抑え込まれる野党が巨悪安倍政権に毅然と立ち向かう野党という印象に変わる』という物語の筋書は弱者が自らを自力で救済するということであり、不具や貧困などによる弱者を大切にするという野党の多くの信念とは矛盾する。今の野党の姿勢から見える彼等の本質は自力救済を至上命題とする新自由主義的発想そのものであり、信用される筈がない。鳶が鷹を生むかのような、世界に類を見ない都合の好過ぎるお伽噺である。
 民進党はそもそもは先に述べた超自然主義なものはない党なので印象操作などの自然のための作為を否定しない処か寧ろ最も好む。その意味においては民進党は歴然たる保守政党といえるが、今般はその描き方が誤っているようである。超自然主義者が多いのは特定の支持政党はないが反安倍政権で、漠然と野党共闘に期待する向きであろう。また、自民党の一部にも超自然主義者は多く、度重なる議員等の失言もそれによるものと思われる。
 民進党は寧ろ、今までにしていない安倍政権についての印象操作をもう少しするべきである。そのためには国民にとっての今の安倍政権についての印象はどうなのかを正確に把握することが必要なのであり、「若者の多くが安倍政権を支持している。それは若者の保守化の表れだ。」などという全く根も葉もない思い込みを捨てることから始まる。

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# by keitan020211 | 2017-06-27 16:30 | 政治、社会 | Comments(0)



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