【英語訳】天声人語 朝日新聞 2017.2.22
Heavenly Voices and Human Words
on The Rising Sun (Asahi Shimbun, Osaka, Japan)
on 22nd February 2017

A lovers' season started off: That is a topic on not the men but the cats. 'a cat in the spring'; 'gay cats'; 'a cat's wife'; 'cats in a heat'――Tryed listing some seasonal words drawn any things spurred by loves, somehow to see an air in which the chiliness moderated▼Even the trick poets have been charmed by some cats in this season. However, how are the passions on the cats chanted on the poems able to be estimated scientifically? I requested to Associate Professor Caquma Yoshie of Teikyo, or the Imperial Metropolitan College of the Science who is acquainted with actions of the dogs and the cats a comment▼For instance, for Basho 'In a careworn with a barley rice: would be in a love: the wife of a cat': 'Saying it a careworn of a love, it shall be so somewhat overblown. On the mating season the appetite into a loss temporarily, the weight lost, which would be acceptable simply.'▼Either had a famous poem that chants a passionate dynamism. On the Basho's 《The complete: trampled a dog: the cat lovers》. On the Shiki's 《The horrible: the cat lovers breaking down a stone walls》――Could those see the exaggerated?: 'No, it is the reasonable zoologically. A switch on the excitement turning to the cat as the instinct orders, which can go away even beyond the line for the human to check by his rationality.'▼Letting me select a famous poem of the lovers just alone, this writer likes to recommend 《The enviable: the time to dare: the cat lovers》, which is a poem of Ochi Etzzin, so his master Basho's praised keenly. Could I have thought if it is a poem to envy the great nerve in a love, either had a view seen it chanted the calmness to avoid any pursuit deep. Anyhow, the cat lovers should have some especial charms which let the poetic sentiment in the men be gushy from old times▼Today the 22nd is the Day of the cats. 《The cats in a love: even if they will see the world their enemy,》, Ohqui Amari's. About the swing between the calmness and the passion in a moment in a love some cats let them teach us.

恋の季節がやってきた。人ではなく猫の話である。「春の猫」;「うかれ猫」;「猫の妻」;「猫さかる」――恋に突き動かされるさまをとらえる季語を並べてみると、不思議と寒さがやわらぐ気がする▼俳人たちもこの季節のネコたちに魅せられてきた。しかし、句に詠まれたネコたちの熱情は科学的にどう評価できるのか?犬や猫の行動に詳しい帝京科学大学の加隈(かくま)良枝准教授に講評をお願いした▼たとえば、芭蕉なら《麦飯にやつるる恋か猫の妻》:「恋やつれと言うのは、ややオーバーでしょうね。発情期は食欲が一時的に減退し、体重が減る。シンプルに受け止めるべきでしょう」▼情熱的な躍動を詠む名句もある。芭蕉は《またうどな犬踏みつけて猫の恋》。子規は〈おそろしや石垣崩す猫の恋〉――誇大だろうか?:「いえ、動物学の理にはかないます。発情のスイッチが入ると猫は本能の命じるまま。人間なら理性で抑える一線も越えて行ってしまう」▼恋の名句を一つだけ選ぶとしたら、筆者は《うらやまし思ひきる時猫の恋》を挙げたい。越智越人(えつじん)の句で、師匠の芭蕉も激賞している。恋の大胆さをうらやむ句かと思いきや、深追いを避ける冷静さを詠んだとみる説もある。いずれにせよ、猫の恋には人の詩情を湧きたたせる何か特別な魅力が古来あるようだ▼きょう22日は猫の日である。《恋猫や世界を敵にまはしても》大木あまり。恋するときの冷静と情熱の間を猫たちは私たちに教えてくれる。

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# by keitan020211 | 2017-02-22 15:00 | 生活 | Comments(0)
【書を読む】三浦瑠麗 「トランプ時代」の新世界秩序
「トランプ時代」の新世界秩序
潮(うしお)新書 著:三浦瑠麗
定価:759円 ISBN978-4-267-02076-6 C0295

a0313715_16502149.jpg 私にとっては『日本に絶望している人のための政治入門』に次ぐ国際政治学者三浦瑠麗氏の書である。
 気のせいか、三浦氏の著書はその帯に彼女の顔の映るものが多い。本を顔写真付で出す人は三浦氏のように美人であるか経済評論家の三橋貴明氏のように面白い顔であるかの何れかであり、容姿が本の売れ行きにも影響する現実を改めて思い知らされる。また、それらの例のように、政治の分野においては『美しさ』が尊ばれるが経済の分野においては『美しさ』は余り尊ばれずに『面白さ』が尊ばれることは少なくはない人々が政治にはきれいで分かり易いことを求め、経済には或る種の冒険のようなわくわく感を求めることが背景にありそうである。故に、二昔も三昔も前の国際政治学者舛添要一氏は容姿の非優位性を何とか補うべく『おやじ臭さ』の排除のための今様の身嗜みといわれるものに是努めていたのであろう――私から見ると痛々しいものでしかないが、――。逆に、経済の分野においては『美しさ』は自由を損ないかねないええ格好しいのエリート気質と見られ易い。アメリカの著名な経済学者らも、容姿は一癖のある面白い者が多い。
 『美しさ』が受ける政治の分野と『面白さ』が受ける経済の分野、それらをやや半端にせよ併せ持つのが安倍晋三総理である。

 その安倍総理を「彼はなかなかだ。」と云うアメリカのドナルド ジョン トランプ大統領の『美しさ』はその髪型とその輝き抜けるような金髪、そしてトランプタワーなどの壮麗な資産群である。また、彼の『面白さ』は評価は様々ではあるが、その演説やツイートにおける弁舌、更には就任式の日の夜に見せた妻メラニア氏とのおやじ踊りである。その意味においては、彼の安倍晋三との類似性はないとはいえない。しかし安倍に経験のあるものは経営ではなく勤務である。

a0313715_17544646.jpg 因みに私は、トランプ大統領の容姿はなかなか好みである。
 私はポール マッカートニーのファンであるが、彼はアイルランド系――ケネディ大統領と同じ――であり、トランプはスコットランド系――マッカーサー将軍と同じ――、トランプの人種はマッカートニーと同じであり、英語の喋り方もまたトランプのそれはどこかポールの喋りを想わせるような親しみを感じる英語である。喋り方だけではなく口元の造りや動きなんかもポールと似、『面白い』だけではなく結構『美しい』、『格好良い』と思うのである。 オバマ大統領も格好の良さは定評であり私もそれを大いに認めるが、オバマの格好良さには都合の好過ぎな感じがどうしてもついてまわる。トランプの格好良さはより現実味と実現可能性の高さがあり、供にする女の負担も軽いのではないかと思う。即ち、オバマ系を恋人にすると大変になるということである。

a0313715_17560868.png トランプ時代の新世界秩序、先ずはいえるのはオバマ系の『都合の好い格好良さ』が価値観を占める時代が終わることである。
 「都合の好い」とは三浦氏の語る「経緯論」に当たる。従前の経緯に照らして最も実現可能性の高そうなことやものを選ぶ――しかしそこには従前の経緯を離れてゼロベースで考えればより得をしたり損をしなかったりする可能性は勘案されない。
 代わって現われるものは「ゼロベース」である。トランプはゼロベースで考える当代で初めてのアメリカ大統領であると云う。
 形としてはどのようなものとなるかを、三浦氏はそこには示さない。何しろ、ゼロベースの時代となるからである。予想よりも『何をしたいか』が問われる時代が竟に来る。

 幾つか残念な点は三浦氏が「帝国」や「覇権」の語を聊かええ加減な観念で用いることである。
 彼女は、または多くの学者や知的好奇心の強い人々はしばしばアメリカを「帝国」や「覇権国」と呼ぶ。
 しかしアメリカの歴史と現状は帝国にも覇権にも当て嵌まらないし、何よりアメリカ自らが自国をそのようなものと思ってはいない。アメリカはトランプの選挙を通して「帝国たること」や「覇権たること」をやめたのではなく、単にそのような心外な形容を付されることに対する拒否感を票を使い表明したに過ぎない。
 アメリカを帝国や覇権国と思い込んでいるのはアメリカを利用したい或る種の国々であり、アメリカはそんなものになりたいと思ったことは一度もないし現実になったこともない。
a0313715_17580573.jpg 世界はいわば剥き出しのエゴの世界であり、そうであれば何等かの帝国的或いは覇権的秩序をそこに打ちたてることは国家のような固有の主体としては不可能な筈である。固有の主体が秩序をなすことができない故に国際連合という抽象的主体を立てて秩序を生みだそうとしている訳である。
 アメリカが「帝国」や「覇権」といわれている現代の歴史は国連を通しての国際安全保障を図りたいアメリカ以外の幾つかの国々が軍事力や経済力の相対的に大きいアメリカを都合好く利用して来た歴史に過ぎない。いわば、アメリカは巨大な植民地であり、しばしば日本に関していわれるのと同じように、独立国家としての独自の意思に随うことのできた時代は少ない。故にこそ、ケネディが、レーガンが、オバマが、独立と誇りを万年植民地のアメリカに与えてくれる者として期待を懸けられたのである。
 アメリカ軍は世界の傭兵に過ぎず、そうであればトランプ大統領がその撤退を訴えることは必然でもある。

 その端的現実が見えないのは日本が『それ程でしかない国』に打ち負かされた事実を直視したくないからである。自らを打ち負かした国は全てにおいて優れる巨大な力であるとしないと負けを認めることができない、即ち、『帝国アメリカ』や『アメリカの覇権』という形容は敗戦国日本や敗戦国ドイツが勝手に作り上げた伝説であり、これからの時代に期待される三浦氏のような学者がそのような幼稚で現実逃避な伝説に拠って立ちながら学問をしているのは允に残念としかいいようがない。

a0313715_18004495.jpg そこをリセットして見ないと、トランプ大統領がアメリカ軍はいいようにこき使われてきたということの現実味と歴史的経緯は見えて来ない。
 アメリカを「帝国」や「覇権」に仕立て上げたのは元々はシナの陰謀であり、そして日本や韓国、ドイツの現実逃避の願望である。シナにとってはその目の下のたんこぶや遙かヨーロッパの鍵を握る国がアメリカの軍事力に頼ってくれればそれらに対して政治的に優位に立てるという永年の読みがある。
 故に或る種の親米派はシナの手先でもある。
 トランプ政権はそんな惨めな日本を救ってくれるものとなるかもしれないが、そのためにはアメリカを「帝国」とか「覇権」ということをやめることが条件となる。現状の追認ではなく、初めからそうである。

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    ●ジ インディペンデント(イギリス 英国 ロンドン)
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# by keitan020211 | 2017-02-21 18:01 | 政治、社会 | Comments(0)
【Freesia料理】豚ふわ肉のおから煮込み
 前の記事に大根の葉やパセリの話をしたことがある。
 それらを捨てるなんてとんでもないという話である。
 私は大根の葉を必ず使うし、パセリはあまり使わないけれどあれば必ず食べる。
 私は七草粥がとても好きであるが、今までは七草の一つである蘿蔔(すずしろ)は大根の葉のことであることを知らず、それを知ると大根の葉を捨てる人々のお話にならなさを改めて強く思った。「七草粥だよー♡」と云われるとエルメスのように有り難がるのに、同じものである大根に付く葉は質屋にも行かないのである。
 そもそも、「大根」とは大きな根のことであり、いわば株も芋も大根である。厳密には大根は「蘿蔔の根」と呼ばれるべきものであり、葉が主役な筈である。

 その大根も入る、もう二つのお仲間を使う料理をここに紹介する。

 一つは:豚ふわ肉
 二つは:おから

 何のお仲間か、捨てられる或いは売られても買う人のいないものである。

a0313715_16172096.jpg 豚ふわ肉は捨てられることは余りないが、売られることは稀であり、売られても買う人が殆どないという。値段は大抵は安く、高くて買えないのではなく安くて買う気にならないのであろうか?
 豚ふわ肉とは豚の肺の肉である。重さが軽くて柔らかいことから「ふわ」というという。
 私も聞いたことはあるが、合成市場で初めてそれを見つけ、なかなか売れないらしくて10%引になっていた。

 おからは或る地域の外には売られることが少なく、その前に多くは捨てられてしまうという。おからとは豆腐の製造の過程に出る残り滓である。或る地域とは京都及びその周辺である。
 私は食べたことはないが、おから御飯やおからケーキなどの話をよく聞く。おから御飯も早速や試そうと思う。

 その豚ふわ肉とおからを使い、その他には野菜をごろごろと煮込めて作る煮込み料理である。

●揃えるもの

a0313715_16230282.jpg豚ふわ肉  5~6切
牛筋肉  少量
大根  厚切り3枚を6等分ずつ
人参  厚切り6枚以上
玉葱  4分の1程
小松菜  3本程
生姜  薄切り2~3枚
だし昆布  6~7㎠程
胡椒  多目  推奨は:AEON TOPVALU シャープな香りと辛み コショー―:ブラックペッパー100%
オリーブ油  適量 ※:右の写真の量ではありません。
味醂  多目
米酢  少量  推奨は:タマノイ穀物酢
胡麻油  適量
濃口醤油  多目  推奨は:ワダカン 八甲田伏流水本醸造しょうゆ
おから  煮込みつゆの表面が充分に覆う程 煮込めながらつゆの全体にゆき渡らせる。

●作り方

・豚ふわ肉、牛筋肉、大根、人参、玉葱、胡椒、オリーブ油を鍋に一挙に入れ、蓋をして10分程オリーブ油蒸しにする。
 すると豚ふわ肉がローストビーフのようにきれいに焼ける。しかし、その後に水で煮込めるとそのきれいさが失われてしまい並の見た目になるのがやや残念。

・生姜、だし昆布、味醂、米酢、胡麻油と濃口醤油をそこに加え、そして適量の水を加えて更に10分程煮込める。

a0313715_16210755.jpg・煮込めたら、小松菜とおからを入れ、小松菜が蒸れておからがつゆの全体に行き渡るまで煮込め続ける。

 出来上がり

 豚ふわ肉の味はレバーを極薄に薄めたようなものであり、味わいは味付けに依るといえそうです。
 この一皿というか一杯では、胡椒と生姜のほの辛さが酢醤油の中にきらりと効き、おからの柔らかな風味が相俟ってまろやかで深みのある味が出せました。
 詳しくは知りませんが、豚ふわ肉には栄養は余りないといい、野菜とその吸収を助けるおからが実際の主役となります。尚、Wikipediaの『豚肉』の頁にはふわ肉は載ってもいません。

 また、おからは漬物や豆に和えるなどしても使えます。取り分け胡麻とは好く合います。それは私もしばしば見掛けまたは食べているものです。

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■NEWS of the WORLD


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    ●ザ ガーディアン(イギリス 英国 ロンドン)
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# by keitan020211 | 2017-02-21 16:24 | 生活 | Comments(0)
プレミアムフライデー 肯定論が出ない怪
 毎週金曜日の事業所の終業時刻を早めることにより消費を促そうとするプレミアムフライデー――
 私はそれを聞き初めに、消費税との関わりがあるのかと思った。
a0313715_14335144.jpg 消費税は日本のそれの英語は'the consumption tax'と呼ばれアメリカの新聞等にもそのように記されるが、ヨーロッパなどの多くの国々のそれは'the premium tax'、即ち付加価値税と呼ばれる。消費税の10%への増税が棚上げとなっている今、消費を上向かせることによりその実現への足掛かりをなしたいとの考えがあるのかもしれない。そのための『付加価値のある金曜日』。

 それについての批評等は、その発表の初めから否定的見解が粗全てであり肯定的見解が粗全く出ていない。
 弊ブログも賛成か反対かといえば反対ではあるが、それらの否定的批評は悉くそこに何の意味をも見出さずに「官僚は馬鹿」と、「主権者国民」が政府を上から目線で貶すものしかない。
 漫画家の小林よしのり氏もその一人であり、2月19日の自らのブログを『プレミアムフライデーは庶民感覚ではない』と題してその批判をしている。
時間ができればカネを使える人は嬉しいだろう。
高給取りの個人消費は上向くかもしれない。
だが普通に考えれば、時間があっても、カネがなければモノは買えない。
旅行なんてもってのほか。
 小林はそのように思うのが庶民感覚というが、それは本当に庶民の感覚といえるものか?
 ――そうではない。
 庶民ならば『金がないのに暇が出来る金曜日』に備えて月~木の消費を見直そうと思うであろう。或いは土日もそれに含まれるかもしれない。その結果として金曜日が本当に付加価値になる人もいようし、殆ど何もかわらない人もいよう。 そこでプレミアムフライデーが困るという人々はそのように消費延いては暮らしの在り方を見直すことのない怠慢な人々であり、それを小林のように庶民感覚というのは余りに厚かましい、貧困なる精神である。

 政府は恐らく、プレミアムフライデーのなりゆきと効き目を見定めてから適当と思しい時にプレミアムフライデーを導入している法人に税制の優遇をするであろう。但しそれが内部留保に回しても大きな意味のない程の減税に留めることにより賃金の若干の上乗せに回り得るようにするのである。企業が生産性を高めればその増賃金はもっと大きくなる。
 「なりゆきと効き目を見定めながら」という実験的政策には国民を馬鹿にするようなものがあり、見定めようとする側が自らに都合の好い事実や情報だけを恃むことになりかねず、その点からも賛成しかねるが、そうではなければ銭の遣い方や遣う動機をかえることを主眼とする経済政策の意義はあるといえる。金の流れをかえることが本来の意味における再分配であり、プレミアムフライデーはそれそのものが再分配なのである。君達の大好きな再分配である。

a0313715_14362370.jpg 今時は週末が『輝く』ものとはならない暮らしの在り方が主流となっている。宵に遊びたい人は月曜日にするかもしれないし、少しも遊べない人々もいる。多様性は大切であるが、人々の暮らしの在り方がさようにもまちまちとなると世論の形成もなり難くなり、世論が極個人化して国民の実感を反映し難いものとなってくる。政府が世論を掴み易くなるためには昔のように『金曜日が待ち遠しい』暮らしの在り方をする人々がもっと増えなくてはならない。しかし増賃金が既定の傾向であった昔とは違い、そうなるためには国民の個々の消費の在り方や暮らし方の見直しや改善の努めを要する訳である。

 月~木に、考えてみればなくても困らない余分な出費をしている人は少なくはない筈である。恐らく小林もまたその一人であろう。
a0313715_14385570.jpg そのような余分な出費が多くはグローバリズムの時代の所謂勝ち組企業の商品である。分かりやすい例はコカコーラ社の飲料等である――コカコーラ社の不買や排斥を訴えるのではない、私もそれらを好きである。――。或いは古谷経衡氏が『「意識高い系」の研究』に批判するような、コンビニスイーツもあろう――私は昼のコンビニフライと宵のコンビニビールをやめる積りはないが、――。また、前の記事にも語ったような、日本一癌の多い県である東京都内のスーパーマーケットにおける主婦や独身女性の買い物籠の中身も酷いものである――逆に、日本一癌の少ない県である神奈川県内のそれはもう改善の余地もない程でプレミアムフライデーの効果もないかもしれない。――。グローバリズム企業の主な狙いは旅行や持家のできない人々が『残る豊かさ』を味わうための或る種の代替需要、消極的代替需要である。即ち、グローバリズム経済の主要の想定消費者は外でもない「意識高い系」である。――それらのようなものを買わないようにすれば金曜日の消費に驚く程に―?―回るようになろうし、月~木に他のものに回して金曜日は早く寝るのでもよかろう。
 それにより勝ち組企業にしか回っていなかった金が違う企業に回るようにもなる訳である。詰り、グローバリズムを批判する小林が自らの手で今までグローバル勝ち組企業を勝ち続けさせており、そんな者の云うことの何が庶民感覚というのか、お話にならない。

 「意識高い系」を「庶民」と呼ぶ小林よしのり…

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ABCテレビ おはよう朝日土曜日です 6.25~8.00/土

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フジテレビ めざましテレビ 5.25~8.00/月~金
フジテレビ めざましどようび 6.00~8.30/土

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# by keitan020211 | 2017-02-21 14:30 | 政治、社会 | Comments(0)
報道ステーション 土井善晴とのコラボで『一汁一菜』を訴える
 テレビ朝日というと、『土井勝 おかずのクッキング』の主題歌と場面が思い浮かぶ。今を遡ること三十年程も前の番組である。
a0313715_22004318.jpg 当時のテレビ朝日の番組といえば他には『象印クイズ ヒントでピント』、『霊感ヤマカン第六感』、『クイズ タイムショック』、『大戦隊ゴーグルファイブ』や『宇宙刑事ギャバン』など、魅力のあるものが多い。当時のテレビはどの局もそうであったが、番組の音楽に力をいれており、スタジオの造りも半端なく隙のないものであり、それが番組の緊張感を醸し出していた。取り分けフジテレビとテレビ朝日のそれらは素晴らしいものであった。
 当時の私の個人視聴率はフジテレビが九割にテレビ朝日が五分、残りをTBS、日本テレビとNHKが分け合っていた。因みに今はやりのNHKは、私の観ていたのは『スプーンおばさん』と『みんなの歌』、『おかあさんといっしょ』である。後にも、その他のNHKの番組を放送時間の全てを通して見たことは一度もない。
 私が九割五分を占めて観ていた、そして今も九割五分を占めるフジテレビとテレビ朝日は後発局であることにおいて相通ずる。後発局といえば聞こえは良いが、要は元弱小局である。元弱小の後発であることにおいてはトヨタ自動車もそうであり、トヨタは一度は倒産を経ている。
a0313715_22031487.jpg 今の私の個人視聴率におけるその九割五分の内訳は時代をすっかり反映してか、テレビ朝日が六割五分にフジテレビが三割となっている。テレビ朝日をそこまでに押し上げた力の素は何といっても1985年に始まったニュースステーションの後継番組と目されるけれども当局は無関係という、2004年に始まった報道ステーションである。
 しかし、その訳合率が近頃は再びフジテレビが増してテレビ朝日がじり貧となって来ている。
 それは私だけの試聴傾向化と思っていたら、実は一般傾向であることを示すネットニュースの記事を今日に見つけた。テレビ朝日は1位の日本テレビに次ぐ2位を維持しているが、視聴率の差は近頃に開く一方であり、少し前までは2強3弱といわれていた視聴率が今は1強4弱となっているという。
a0313715_22060950.jpg そこで「テレビといえばTBSとテレ朝♡」と未だにいう人々は「テレビの価値は視聴率ではない。」というかもしれないが、テレビの価値を客観的に測ることのできる方法は今の処は視聴率の外にはない。尤も、絶対値が低くても増加の傾向にあれば価値が高いと見做せるが、今のテレビ朝日は絶対値が2位でも減少の傾向にあり、それが意味するのは紛れもなくテレビとしての価値の喪失である。
 因みに今の視聴率の低さが何かと揶揄されるフジテレビは若年層の視聴率は尚も1位であり、フジテレビは価値を高めている側面もあるといえる。そのフジが総合では4位となっている今は如何に年寄りがテレビの試聴傾向を牛耳っているかを物語る。
a0313715_22081161.jpg テレビ朝日の視聴率の漸減の傾向の原因として一つ考えられるのは視聴者の死亡である。その高い視聴率を支えている高年層が死亡により常に減少し、それを補うだけの若い人々の試聴率が増えていない。しかしそれを勘案しても尚テレビ朝日の怠慢は著しい。

 願わしいのは死亡による減少ではなく脂肪の減少か?

 昨日2月17日の報道ステーションは金曜日のゲスト解説者として何を血迷ったか笑、『おかずのクッキング』の二代目である土井善晴氏を招き、陳腐なトランプ評を喋らせた後に場をスタジオの奥の座敷へ移して一同正座での放送となった。正座でのニュースは報道史上初めてである。そこには「2位の座に胡坐をかくことはない。」との宣言はあるのかどうか?

 その主題は『一汁一菜』の奨めである。
a0313715_22105361.jpg 一同が大きな膳を囲み、土井製の『一汁一菜』の御膳をいただく。
 献立は:米の飯、あり合せの材料を注ぎ込めて作る土井特製みそ汁と小さく簡素なお新香
 とても料理番組の先生とは思えない普通過ぎる、というか、普通にもやっている人は余りいなさげなプアーな献立であるが、報道ステーションは料理番組ではない。正にですね、それは報道の特集なのです。

 その土井特製みそ汁にはキャベツとウィンナーが主に入っており、『白い米と肉のスープ』を忠実に再現するかのようでもあって微笑ましい。それを実現することが日本の国家目標であり各々の個人目標である、そのようなメッセージにも思える。

 然も、そのみそ汁は私とマブダチの、だしなしである。
 左脇に座るスポーツの寺川綾が本当に思ってか口先介入としてか、「おだしが出てますね。」と言う。
 真相は――何かを入れれば大抵はだしが出る。
 具がそもそも、だしになる。
 よって昆布だしやの鰹だしやのという所謂定番の話は橋下徹ではないが、莫迦莫迦しい。
 私はみそ汁の昆布、鰹、や煮干のだしは偶に入れたい時にだけそれらの現物から取って出す。なので顆粒や粉末のだしは使わない。昔は顆粒のいりこだしを使っていたが、それはいりこは加工物も現物と近い風合いがあるからである。
 そうではない通常はだしなしである。正に寺川と土井の語る通り、何かを入れればそれがだしになるからである。
 私は余りしないが、キャベツやウィンナーのみそ汁を食べたことはある。なかなか良い。その味を知るのでその土井特製みそ汁は立ち処に理解し得た。それと似るものでは私のよくするのは白菜と鶏胸肉である。そこに人参や大根、椎茸、豆腐なども入ってちゃんこになる。ちゃんこの際には鶏殻の粉末だしが入る。価格も白菜と鶏胸肉はキャベツとウインナーより安く、より低原価である。番組としてはウィンナーなどのような加工食品を否定的にいうことはできないので寧ろそこにウィンナーを使うことは妥当ともいえる。

a0313715_22164752.jpg やや残念なのは米の飯が麦飯や胚芽米ではないことである。私はそれらを多くする。
 とはいえ、みそ汁を重視するならば白米の弊害は抑えられ、また今時の麦は米より値が高くて米と併せて結構な値段になり、偉大なる金日成首領の言葉を忠実に再現するならば白米だけでもそれも番組としては、差し支えなかろう。しかしその心を日本人として継承する私は麦飯や胚芽米、玄米を強く奨める。

 折しも、私が報道ステーションの前スポーツ解説者でもある工藤公康氏の『工藤公康 粗食は最強の体をつくる!』<管理栄養士幕内秀夫著 三笠書房刊>を買って読もうと思っている処の放送である。報道ステーションは私の暮らしを覗き見ているのかと思う程である。
 その本のやや残念なのは表紙の工藤の着るのが西武ライオンズのユニフォームではなく読売ジャイアンツのユニフォームなことである。
a0313715_22184222.jpg 「粗食パワーで奪三振数が一挙に倍増!」などと旨い話がふんだんに並ぶ。
 一つだけ疑問なのは「ステーキ信仰――「肉を食べるとパワーがつく」は迷信」である。
 肉は力をつけるための食べ物ではなく技を養う食べ物であるということからすれば確かに云っていることに間違いはないが、肉を否定的に語るとそれが恰も体に良くないかのような印象を与えかねない。肉は技を養い、力がつくのは野菜である。力は技があって何歩のものであり、野菜を奨める余りに肉を避けてはいけない、避けるのではなく初めから考えにないというのは良いが。よって「それ迷信」と云われて肉をやめると力だけで技のない人になり、体質も「逆に」肥満の傾向が強まる。日本人に肥満体質や癌などの成人病が多いのは肉を含む脂肪分の忌避により体の脂肪の入れ替えが鈍り、古い脂肪が蓄積して硬化し易くなるからである。
 肉には否定的と見えても、脂肪分を重視するのが工藤流である。肉以外の物からの脂肪分はふんだんに摂るべしと云う。

 『おかずのクッキング』の土井善晴氏とのコラボによる報道ステーション――

 もう一つの特筆は一同の食べ方がきれいなことである。一同とは富川悠太、小川彩佳、土井善晴、喜田勝、森川夕貴と寺川綾である。
 きれいというか、それが普通であり、他の番組等の出演者の食べ方が汚すぎる。「汚い人もいる」のではなく、食べる場面のある番組の殆どとその大半の出演者がお話にならない程に食べ方が汚い。食べ物を口に入れた侭喋ったり音を立てて啜ったりする者が多い。食べ方だけではなく、食べ物の映し方も箸でつまんだりしたものを大写しにして画面に近づけたりする。まじに、番組の企画者や演出家及びその支持者は人ではないので死んでほしいと思うばかりであり、そのような番組が多くを占めているのでは日本人のテレビ離れは必然である。
 ――取り分け、喜田氏の端正な佇まいとその妻に居る森川アナウンサーの姿は美しい。私の好きな小川アナウンサーも普通にきれいである。
a0313715_22210177.jpg その報道ステーションの他に食べ方のきれいな番組はフジテレビの『めざましテレビ』の『伊野尾慧のいのお飯』の伊野尾慧と立本信吾アナウンサーだけである。それと偶に菓子などを摘まむキャスター等一同、本当にそれだけなのが空恐ろしい。『イマドキ』の女子等も不合格である。
 無難なのは食べる場面をなるべくなくすることであり、速やかに求められるのは食べ物の出て来る番組を少なくすることである。
 首位を独走する日本テレビが強い理由の一つはそこにある。食べる場面や食べ物の出て来る番組が比較的に少なく、不快感を催すことが少ないからである。尤も少ないだけであり、日本テレビにも不快感を催す番組がなくはない。今日に三十年程振りに『キューピー 三分間クッキング』を観たが、他局の料理番組とは明らかに圧倒的に違う。他局が何歩趣向を凝らしてなうい料理番組を作っても、昔ながらの至って普通な趣の『キューピー 三分間クッキング』の迫力と隙のなさには到底に及ばない。因みにNHKは論外であり、あの訳の分からない老婆の声が気持ち悪くて学ぶ気と食欲が失せる。

 美食は健康にも美容にも不利である。それが直ちに不健康や不美容を招く訳ではないが、美食を尊ぶ思想はそれらにつながる。どんな豪華で美しい料理も粗食の発展形としてあるものであり、初めから美食を想い描いてもその通りにはならないからであり、想像と実践の結びつかないことが不健康や不美容の最も大きな原因である。
 「貧乏者は麦を食え。」と云う池田勇人総理の心を今一度思い致すべし。富者も貧者も基本は同じである。
 「成熟社会」などという下らない戯言を信じてはいけない。

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# by keitan020211 | 2017-02-18 21:58 | 生活 | Comments(0)
古谷経衡『「意識高い系」の研究』の若干の検証
 直前の記事『【書を読む】古谷経衡 「意識高い系」の研究』の続きとしてその古谷氏の最新作の内容の若干の検証を加えたい。
 このような際に、目次は便利である。

●内部進学者と「大学デビュー」の格差

 「理想のウェストサイズ」としてしばしば示される数値と同じ58頁から――私は60cmが通常状態――、『グレートリセットと内部進学者』との見出しを打つ一角がある。
 古谷氏はそこに、内部進学者と試験入学者とには越え難い格差が予めあると説く。
 私はそれを読み、内部進学者は試験入学者にはなかなか敵うものではないということかと思ったが、彼の説く処はどうも全く逆のことであるらしい。内部進学者は本書の鍵となるものである「リア充」及びその関連の人々そのものであり試験入学者は彼等に敵うものではないと云う。
 すると、「例えば、早稲田大学であれば、付属校として…」や「或いは慶應義塾大学はもっと露骨であり、…」と所謂早慶を例として内部進学者の圧倒的優位性を語る。
a0313715_19042602.jpg 早稲田や慶應義塾は系属の初中等学校等がそこにも示されるように東京や神奈川、埼玉などの各地に幾つもあり、確かにそれらが如何に内部進学を重視して優位性と呼べるものを形成するものであるかが窺える。それらを見る限りでは内部進学者の圧倒的優位性は事実であるといえるかもしれない。
 しかし、私の出た東京の一流大学は系属の初中等学校等がありその内部進学者が多くいるが、その圧倒的優位性も比較優位性もない。
 彼を含む試験入学者はどことなく暗く、またそれを悟られまいとして精一杯背伸びをしているためにそれが災いして逆に滑稽な雰囲気を醸し出していた。校地を歩くと「あ、格好がいいな」や「あ、きれいな子だな」と思う男女は例外なく全て内部進学者であったと語る。
 彼の卒業校は私の知り合いにも2人の出身者がいて何となく身近な感じのする京都の立命館大学であるが、恐らく立命館はそうなのであろう。因みにその2人の1人の男は京都府の出身の高校入学の内部進学者であり1人の女は神奈川県の出身の推薦入学者である。
 また、立命館の内部進学者が殆ど必ず遣う言語は現代日本の共通言語とされる言語とは異なり、他地方の出身者の試験入学者の聞き慣れている言葉ではないので「あ、格好がいいな」や「あ、きれいな子だな」という感じが尚更に強まる。しかし、私の卒業校を含む東京の大学ではそうではなく、その内部進学者の遣う言語は他地方の出身の試験入学者も永らく聞き慣れている言葉に近い。立命館高校の出身の彼のような京都の出身者や私のような神戸の出身者も聞くことだけには慣れている。故に、古谷氏がそこに感じたような内部進学者の圧倒的優位性はそれが存在する大学においても然程に強く感じられはしない筈である。
 また、私の出身校はどちらかといえば試験入学者が優位な風土があり、格好の良さやきれいさの格差というものはない。内部進学者がお洒落であることは確かであるが、試験入学者はもっとお洒落であり、然も後者が無理をして背伸びをしているような感じやマニュアル雑誌を写して来るような感じはない。
a0313715_19013749.jpg 私の卒業校の内部進学者はいわば、イギリスのサッチャー総理が批判した「なあなあの保守党の体質」に近い。圧倒的優位性はその対立党である労働党にあり、それを試験入学者のサッチャーが代表となって何とか挽回した。現実には保守党の体質はサッチャーの云う程になあなあではなかったが、敢えて比べるとそんな感じがするのであろう。正しくは、労働党はもっと救いようのないなあなあ且つ卑怯な体質であったが自分達がそんなお話にならない人々よりもましと思っているようでは何にもならない、下手をすれば労働党と同じになってしまう、そして何より現に、そんな労働党にも勝てないでいるとはどういうことかということを云っていたのである。私の出身校における「労働党」とは無論、他の大学のことであり、本学内には労働党なんていない。
 本学の試験入学者はいわばサッチャー寄りの人々であり、内部進学者は従来型の保守党寄り。どちらが強いかは明らかである。
 また、古谷氏が本書に概説するスクールカーストも、本学には形式的にしか存在しない。形式的に存在するだけであるとは実際には存在しないということであり、それが「意識高い系」のように後生に亘り影響し続けることもない。そのようなものを形式化して事実上存在しなくするとは、そのようなものの危険性が何処かで強く認識されているということでもある。
 よって学内における力の格差が保護者の土地所有の有無多寡と関わるというようなこともない。大地主の子は立場も学力も劣位であったし、そもそも土地付の持家に住む人は多くない。それは資産家ではなく事業家の子が多い故でもある。本学における人としてまたは人間としての様々の『力』は土地と結びつくものではない。土地ではなく何かといえば、それは是々非々であり一概に何がものをいうとはいえない。そのような基本形の学校は全国に結構少なくはなかろう。古谷氏はそのような型の学校とその卒業の後にある社会を知ってか知らずか捨象している。
a0313715_18585653.jpg 但し、土地との結びつきの観念のない、いわばユダヤ的風土の学校とその出身者はそれがある人々と比べてなかなか苦しい処もある。それは他の人々との『共通の体験と共通の話題』が著しく少ないことであり、土地本位制の人々はそれらに事欠かない故にスクールカーストの影響から来るルサンチマンのような感情の蓄積にも耐えられたりする。「学校時代、みんなで恨めば自民党」である。或いは左寄り反自民リベラルの閉鎖共同体を形成する向きもある――本書にもその一例が『列伝』と題して出て来る。――。本学のような型の学校の出身者の多くはそれらの何れにも、観察的興味を持つことはあっても決して与することができない。私のように親がスクールカーストの世界の出身で然も「意識高い系」にかなり近くて自らはそうではないとなると家族が心の拠り処となることはあり得ないので尚更に苦しい。
 「意識高い系」は彼等の子供がかわいそうという点でも深刻な危機的現象なのである。

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# by keitan020211 | 2017-02-18 18:29 | 文明論 | Comments(0)



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