インスタ映えは意識高い系ではない――21世紀に生まれ出た新しい階層
 先ずはこの記事の主題とは関わりのない話から始めます。
 私がこの春から使っている新品同様のWindows Vistaのパソコン 富士通FMV-BIBLO NF/C50のメッキ塗装に私の手首の汗の塩がこびりついて取り除けなくなってしまいました。
 同機はキーボードの縁の部分とタッチパッドにメッキ塗装があり、全体は黒のパールですがそこだけが銀色です。その銀色が汗の塩で白くなっています。
 拭いても落ちないので、マニキュアの除光液(シンナーに近いもの)でそのメッキ塗装を全て剥がしました。
a0313715_13232688.jpg デザインとしては寧ろメッキ塗装がなく黒いのが良い。メッキ剥がしは一応は成功しました。左の写真はその現品です。
 但しその除光液がタッチパッドの隙間を漏れて本体の内部に入ってしまう危険がありながらの作業で、クリックのための2つの釦だけはメッキを残すようにするために非常に細心の注意を要します。本来はその釦の周りの隙間を塞ぐためにセロテープなどでマスキングをするべきですがそれをしなかったので釦の縁のメッキが僅かに剥がれています。それでも全体としてはきれいに仕上がりましたが、新品同様らしさは損なわれてしまっています。
 その他の黒い大部分は汗が着いても拭くだけで取り除け、汚れがこびりついたり塗装が剥げたりすることはありません。
 ――であれば、何でメッキ塗装をするのでしょう?
 初めから全てが黒ければ何の問題も起こりません。
 黒い部分は――白いパソコンなら白い部分――樹脂の素材そのものが黒く染められている――樹脂に黒の染料を混ぜて成形する。――のでシンナーで拭いても色が落ちることはありません。なのでそれだけで造ればよいのです。

 汗が着くことによる劣化なんて普通の消費者は予想することはできません。或いは予想することができてもそのようなことが不意に起こるものでしょう。なのでこれが単なる不平不満ではないことは明らかです。
 そう言うと、消費者だけではなく生産者も予想することはできないという人もいるかもしれませんが、本当にそうでしょうか?
 そのことを予想できなくても、そもそもメッキ塗装の必要はないことは分かるでしょう。パソコンにメッキ塗装があっても何の意味もなく役には立ちません。
 ――かように日本企業には意味のないことを思いついて精を出し、それをサービスやらおもてなしやらと思っている企業が少なくない。付加価値というものを勘違いしています。
 尤も、それは付加価値というものを考えてみもしないような、グローバリズムに与せよということではありません。グローバリズムの流れの中で業績を上げている企業には確かにそのような無駄はありませんし良いものも多くありますが日本企業がその真似をしてみても恐らくはそれらに及ばない品質をしか確保できないでしょう。
 日本企業は今時のグローバリズムの時代に或る時から対応することができなくなったのではなく、初めから基本の部分をヨーロッパやアメリカの先進企業の編み出した術理(technology)と経済支援(世界銀行など)に頼って成り立っているのです。それを日本の独自の品質やサービスと勘違いして驕っている内に諸外国に追い抜かれることになった。
 日本には初めから技術力(abilities on technics)はない。トヨタ以外の多くの日本企業は西洋生まれの先進的術理を流用して意味のない勝手放題を日本のサービスやおもてなしと称してそれに付け加えて来た。
 故にメッキが剥がれたり天井が崩れ落ちたりするのです。汗をかく消費者が悪いのではない。
 故に、昭和の安定して強い日本に戻れという声にも意味はない。昭和から出鱈目で平成の終わりまで来ている。
 バブル時代から西洋の高級ブランドや高級店が人気を博するようになったのは多くの消費者がそんな日本の技術やもてなしというものの出鱈目さを見透かしているからであり、単なる贅沢とは思えません、バブル世代を擁護したいのではありませんがその点は、即ち行動はなくても眼だけは確かなことは少しは擁護しうるのかもしれません。

 ということで、メッキの殆んどを剥がして真黒の素の姿になった私の富士通FMV-BIBLOに見慣れないといけません。見慣れないとどうしても製品の本来の状態ではなくなったことによる喪失感があります。どう見ても初めからそのようなデザインであったなら良い。尤も、見慣れれば良いと思えるのは私の技術力が相当に高いからでもあり、私を含む消費者一般に関していえばそのようなことは決して良いことではありません。

 偶々ですが、以上の話がこの記事の主題であるインスタ映えと意識高い系の違いのことに結びついてきます。私のパソコンの事故があってその主題を思いついたのではありません。その主題について書こうと思っている処にその事故が起きた。

 SNSの時代といわれる今にあり、中でも今を時めく媒体であるインスタグラムを用いて映えの良い写真を載せる記事を出す人々が「インスタ映え」と呼ばれて昨年の流行語にもなっています。インスタグラムの前はツイッターやフェースブックが人気の絶頂にあり、今もそれなりの人気を保っています。私がしているのは更にその前に生まれたブログとツイッター――:右欄外に表示――です。

a0313715_13270241.jpg その「インスタ映え」が何かと複雑な評価を受けているようです。
 昨年に私の支持する批評家古谷経衡氏が『意識高い系の研究』と題する書を出してインスタ映えを意識高い系と見做す批判をしています。
 しかし私は古谷氏の批評等の多くを支持しながらも、それを含む幾つかの点だけは評価を保留したり不支持としています。「インスタ映え=意識高い系」については今までに保留としていましたが色々と考えをめぐらしている内に明確に不支持とするに至りました。
 勿論、それにより私の古谷氏についての評価が大きく下がることはありません。これからも頑張ってほしいです。
 その古谷氏の批評を受けるかのように、テレビや新聞などの既成のメディア等がそれと同じような見方をしているようです。「インスタ映えは意識高い系だ。」――そこには何かインスタ映えと呼ばれるものをどちらかといえば否定的に見て小馬鹿にするかのような感じさえ窺えます。
 約めて言えば、既成のメディア等は古谷氏のその批評を自分達にとても都合の好いものとして利用するようになった。その都合とはインスタグラムを含むネット及びSNSをテレビや新聞、雑誌などと比べ低いものと見做して自らの優位性を主張したい。でもそのようにはっきりと主張することはしにくいので「インスタ映え女子、いますねー。」みたいに暗に小馬鹿にして言及する。インスタ映え女子はいつから温泉芸者になったのかという感じです。

 古谷氏の批評には幾つかの死角があります。彼が自分だけの眼ではどうしても見えない部分です。
 その一つが「インスタ映え=意識高い系」という見解です。
 意識高い系はネットと分かち難く結びついている、彼はノマドなどに言及しながらそのように述べますがそれが先ず間違いです。
 意識高い系は逆に、ネットを小馬鹿にしています。つまり、古谷氏の批評を受けるかのように「インスタ映え女子、いますねー。」と云う既成マスコミ人やその支持層が意識高い系そのものです。
 尤も、意識高い系にはネット及びSNSの利用の経験がそれなりにありまたは現によく利用している人も少なくありません。しかし本音ではネット及びSNSの存在価値を受け入れてはいません。自分にはそんなものよりももっと価値のあるものがある、ネットに充足しはしない。――そのような屈折の感覚を持っています。故に彼等は情報価値を依然として今や信用され難くなってきているテレビや新聞におき、新聞を読む子は伸びるなどと根拠のないことを云っています。テレビも新聞もそれそのものは悪いものではありませんが、新聞を読めば伸びるから読むのではない、何等かの価値の或る情報を期待して読むわけですがその期待に応えてはいません。テレビについても同じです。ネットもそれに充分に応えているとはいえませんが自分が受け手たるだけではなく送り手になれるのがネットの優位性です。見たいコンテンツは自分が作ればよい、期待するだけではなく自らが期待されるようになる、そのような動機がネットには存在し得ます。

 インスタ映えをしている人々は年中スイーツ(甘味処)を食べに行ってその品を片端からインスタグラムに向けて写しているのではないでしょう。
 偶にスイーツを食べに行ったら写真を撮りたくなる程に感動したのでそれをインスタグラムに載せているだけです。
 つまり、初めから自分の趣向を誇示してそれを高く評価されたく――いわゆる承認欲求――てしているのではなく、単にそれらを自分だけの懐に収めて満足しているだけでは勿体ないからSNSに公開しているのです。そのようなことが簡単にできる時代なのでそれを使う。ネットの時代に始まることでも高度経済成長に始まることでも文明開化に始まることでもなく、いつの時代も普通の人々はそうなのです:使えるものは使う。
 尤も、美味しいスイーツなどの良いものに触れる自分は良く思えるし、それを出来れば認められたいという普通の意味での承認欲求はインスタ映えをする人々にもそれ以外の人々にもあります。そのように普通ではない変な承認欲求もネットの世界にはあるので古谷氏の批評は必ずしも無意味ではありませんがそれをインスタ映えな人々に見て取るのは誤りです。

 「普通の人々」とはいえども、それは庶民のことではありません。
 庶民ではなければいわゆる中間層とかセレブとか何かかといえばそうでもありません。
 庶民でも中間層でもセレブでもない新しい階層がネットの普及し始めた21世紀の初めの頃から顕著になっています。
 厳密にいえば彼等はいつの時代にもおり、突然変異のように出て来たのではありませんが、ネット及びSNSの普及が彼等にとても合っている故に顕著になっている新しい階層と見做せる訳です。
 その肝は「使えるものは使う」です。
 庶民には或る種の恥らいのようなものがあり、使えるものならば使うのではありません。使ってみれば使えるようなものも何等かの口実を見つけては遠ざけたり小馬鹿にしたりします。故に庶民たることは決して良いことや普通のこととはいえません。その庶民こそが今にいう意識高い系を形成しています。口実と共に遠ざけ或いは小馬鹿にする、それが「意識の高さ」です。自分はインスタ映え女子やネットに嵌る人とは違う、それが意識高い系にとっての誇りや結束の源泉なのです。

 その新しい階層は21世紀の始まった頃からインターネットの普及と共に顕著な存在となりました。その理由はインターネットは大きな金もコネもなくても自分を発信することのできる凡そ史上初めてのメディアであり、それが庶民こと意識高い系やセレブに増してそのような意味での普通の人々の心を攫んだことです。
 但しインターネットの始まって以来の用具であるパソコンは元々はおたくのものであったことや大型で空間を取ることもあり、後に携帯電話、殊にスマートフォンの普及と共に彼等がネットに使う主な用具はスマートフォンに代わっています。なお、意識高い系がネットを離れているのも同じ理由が一つにありますが、意識高い系はネットそのものを懐疑して或る種の必要悪のように見ています。一応はできなければ恥ずかしいけれど然程に関心を持つようなものでもないという感覚です。

a0313715_13294663.jpg 意識高い系は戦後の日本の経済成長を牽引する力の一つであったので、今のネットの時代に彼等がネットを離れると日本経済の成長は鈍化しています。先ずはその主な用具であるパソコンの売れ行きが低迷し、ネットを用いて行われる様々のビジネスの発展や深化も今一つ勧んではいません。日本の経済社会が意識高い系に依存しない在り方を確立しておれば彼等がネットをしなくてもそのようにはならない訳ですが、依然として依存しているためにそのようになっています。
a0313715_13313873.jpg 意識高い系はインスタグラムなどのSNSよりも臨場感の味わえる場を好みます。近年に出来た新しい形の大型の商業施設や遊興施設はその代表例。広大な敷地とふんだんな店やアトラクションの数々を一日掛けて巡る――東京ディズニーランド・シーなどのような廻り切れない程に広い所は意識高い系の他にも広く好まれる。――。それらは写真を全く撮れないものではありませんがスイーツのお店などと比べると動的な故に落ち着いて写真を撮ることが難しい。撮れてもSNSで公開する程のものではなかったりします。仮にSNSに上げても映えず、インスタ映えと呼ばれて話題になるようなものにはなりません。
 意識高い系はインスタ映えな人々のように自分の満足を人に語ることを自己満足のように思い忌み嫌います。自分の満足ではなく家族や友人、取引先などの他者を喜ばせることを語るのです。
a0313715_13340700.jpg しかしそうして語るのは他者を喜ばせている自分についてなので、結局は自分の満足を語るよりも手の込む自己満足に過ぎなかったりします。故に意識高い系の撮る写真は肝心の場所やそこにあるものがはっきりとは映らずにどこまでも人の姿が中心になるものが多い――私は人の姿を映す写真も人よりもその周りをよく映す方がそこにいる人の姿が引き立つことも多いと思います。なのでデジタルカメラなら顔検出モードはなるべく使わないのがお奨めです。――。

 それが古谷氏には見えないのは彼が未婚若しくは不婚である故に家族というものを批判するようなことは言いにくいという自己規制が彼自らの言論に半ば無意識に掛かっているからであると思われます。
 彼はリア充への抜き難い劣等感についても語っており、家族だけではなく友人や取引先などの「人付き合いの充実していること」を批判の対象にしてはいけないというのもあるでしょう。
 その自己規制、ともすれば忖度が彼の言論における死角を形成しており、然程に顔が広くもなく金を持っているのでもないインスタ映えな人々を意識高い系と誤認して批判することになるのです。
 一頃はあのホリエモンも同じような理由で意識高い系と誤認されていました。多分それが今に至る勘違い世論の始まりでしょう。
a0313715_13361464.jpg 自己規制や忖度はマスメディアの得意技でもあり、それを無意識にしている古谷氏を「かわいいねえ。」と思う訳です。目下の最高の賢人の一人である古谷氏さえ勘違い世論の縛りを受けています。

 話は逸れますが、かような意識高い系の象徴としての権力が安倍政権です。但し政権を支持する側だけではなくそれに抗う側もその象徴されるものに含まれます。
 その典型はこれは古谷氏も指摘している、安倍晋三総理の妻安倍昭恵氏やその召使の官僚谷査恵子氏です。
 安倍昭恵氏が仮にインスタグラムをしても、そこには「そんなに興味があるのではないけれどね…」系の口実がついてまわりながらのことでしょう。或いは「立場上やってみないといけないのよ。」とか。

 自分の喜びや満足を他者に解るように語れること――それが必要な表現力です。

 他者の喜びや満足はその人に聞いてみないと分かりません。聞いてみても分からないこともあります。
 
 意識高い系の「インスタ映えなんかとは違う自己満足ではない自己表現」は得てして自分についての表現ではなく他者の喜怒哀楽を先回りして表現する、いわゆる代弁です。そして自分の周りにどんな人がいるかについてを語るのが彼等にとっての自分を語ることなのです。SNSの写真とその解説文にしても、そのようなものであればそれは意識高い系のものでしょう。
 逆に、「いちごまんじゅうなう。」みたいな表現力にやや乏しいものもそれが理解可能なものであればまともな満足の公開であり情報価値もあるものといえます。

 折角公開するもの、なるべく映えるようにするのは公開者の義務ともいえることです。
 しかしあまり気合を入れてやるとおたくや地方都市の子みたいで垢抜けないねなどと言いながら半端なものや不快感を催すものをSNSにも生のプレゼンにも上げている意識高い系の公開者も一頃の程には多くありませんが、見受けられます。テレビや新聞がそのようなものになってきている――情報番組系やニュース解説の番組がやたらと多い。――のも気になります。

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# by keitan020211 | 2018-08-07 13:36 | 文明論 | Comments(0)
【Freesia料理】わさびハンバーグ
 ハンバーグのたれ(ソース)の話です。

a0313715_11215259.jpg ハンバーグのたれといえばコクのある味のものが欲しいという方が多いと思いますが、コクがハンバーグの本体にあればたれは必ずしもコクを要さないのです。
 この記事にはそのコクのあるハンバーグの作り方を含めキレのあるたれを一つ紹介します。
 まあ、どこまでもコクが深まるというのもいいんですけどね、私としては洗練されたクリアな味とのどごしを追求したいので。

●揃えるもの

a0313715_11250260.jpg牛豚合挽肉  適量
玉葱  適量
塩糀  適量
パン粉  適量
オリーブ油  適量

ホースラディッシュ  適量  推奨は:S&B ホースラディッシュ
葫  適量
ウースターソース  適量  推奨は:オリバーソース中濃
赤ワインまたは料理酒  少量

●作り方

 牛豚合挽肉、刻み玉葱、塩糀、パン粉とオリーブ油をボウルに入れて緩く混ぜて握る。

 ホースラディッシュ、すりおろし葫、ウースターソースと赤ワインまたは料理酒を小鉢に入れてよく混ぜる。

 握ってあるハンバーグの種をオリーブ油または油なしで焼く。
 焼け上がったハンバーグに先のソースを載せる。

 出来上がり

a0313715_11222627.jpg ホースラディッシュとは西洋わさび。
 主にローストビーフのソースに用いられ、このハンバーグのソースもまたローストビーフ風の仕立てです。

 ハンバーグの種の握り方は握り鮨を握るように緩くするのがミソ。
 固く握ると火が通りにくくなり、要する油の量や焦げ目が増えます。
a0313715_11224623.jpg 形も、固く握る程に脆くて崩れやすくなります。強く力を加えるとパン粉や玉葱が肉に馴染まずに剥がれてしまうからでもあります。そのために長い時間を掛けてお手玉のようにパンパン叩きながら握る人が多いと思われますが――私もそうしていたことがある。――良くありません。

 ハンバーグの握り具合と同じく、今日は記事の説明も緩めにして切り上げます。

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# by keitan020211 | 2018-07-29 11:25 | Freesia料理 | Comments(0)
日本の夏には半袖は合わない――現代日本人を支配する「夏アイデンティティー」と日本の伝統
 東洋経済オンラインが最新7月17日に『世界が失笑する日本人政治家の服装の勘違い 稲田朋美氏と小池百合子氏の大違いとは?』記事を出している。

 東洋経済オンラインは何頁もの改頁を要する記事が多く、ネット的に暑苦しくて題名を見て面白そうでもあまり読まない。石橋湛山総理が高度経済成長期を前にして創った東洋経済は元々紙の雑誌が充実しており、ネットの記事の作り方にはやや弱いと見える。どことなくごちゃごちゃとしていて読みにくい。暑苦しい服装を見るかのようである。
 ネットには、改頁を要せずに一つの記事を上下のスクロールだけで読ませる配置が基本。中には横スクロールのあるサイトがあったりして改頁よりも暑苦しい。ブロードバンドで改頁の面倒が少なくなっているとはいえ、改頁は一文を先へ進んだり前へ戻ったりするのに手間が掛かり、考えながら読むことを妨げる。

 その記事に言及されている小池百合子東京都知事、元防衛大臣は環境大臣の時にクールビズと呼ばれる夏の軽装を奨める政策を発案したことでも有名。その小池氏の装いの感覚の良さと稲田朋美元防衛大臣のその悪さを比べ、安積陽子氏の著書『NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草』の一節を引用する。
 確かにその通りであり、私の支持不支持とも偶々か必然にか一致するが、小池氏は良い感じで稲田氏は感じが悪い。実際に稲田氏は外国で失笑を買ったこともあるという。

 但し公正中立のために、小池氏によるクールビズの問題を指摘してもおく。

a0313715_04571593.jpg クールビズは全然クールではない。
 安倍総理や菅官房長官も只今しているネクタイをしないいわゆるノーネクタイは良いとしても、半袖は日本の夏には合わないものである。
 クールビズはその実践例としてネクタイをしないことやスーツを着ないことを主に示しており、半袖を着るべしと云ってはいないがそれを聞いて実践しようとする側はどうしてもシャツは半袖をと思ってしまう。24年前に羽田孜総理が提唱した省エネルックはスーツも半袖、羽田氏と同じ政権で政治家になった小池氏の政策がそう思われても尚更に仕方がない。

 半袖とはそもそも何なのか?

 それは夏も温度や湿度があまり上がらずに少し暑くなるだけのヨーロッパ、西洋の気候に合うように出来たものである。
 西洋は紫外線の照射量も夏の温度や湿度の高い日本の程には多くはならず、故に夏も半袖や袖なしを着て過ごすことになった。
a0313715_05000721.jpg しかし日本や東南アジアなどの暑い地域は、夏に半袖や袖なしを着て過ごすと直射日光による紫外線を多く直に肌に浴びることになり、熱中症や皮膚癌などの可能性が高まる。にもかかわらず半袖の洋服が日本に紹介されるだけではなく広く普及したのは日本の気候を考えない、現地現物を無視すること、即ち西洋化のための西洋化である。
 明治初期までは一般のものであった和服には半袖や袖なしはない。あるのは長袖と七分袖だけであり、只今花火大会などに着られている浴衣も七分袖である。七分袖は長袖より袖口からの風通しを良くして腕の肌の大部分を覆う造りである。長袖も留める釦を外側にしたり吊紐で七分の位置まで上げたりすれば夏にも風通しを良くすることはできる。私が今着ているのも無印良品の袖の吊紐のある長袖シャツ、色は青の縦縞で下はエドウィンのブルージーンズ。それで全然暑くはない。
 そのような日本の夏の特徴を知る西洋が日本人を騙して暑さに弱くするために半袖を日本に売り込んだのではあるまい、日本自らが日本の現地現物を考えずに西洋の目新しいものに飛びついてその侭普及して当たり前のようになってしまったのである。

 熱中症や皮膚癌の可能性だけではなく、半袖は汗が見える、触れれば汗が着くことも難点である。満員電車では甚だ迷惑でもある。
a0313715_05013420.jpg 自分は涼しい格好と思っているのに思いの外に暑いことから、その風采や振る舞いが何気に暑苦しくなり、満員電車ではなく空いている所で見るだけでも結構な不快感。殊に近年は下着を着ずに乳首が見える男が多くなっており、不快感は更に強まる。下着を着ないと汗が表のシャツに滲みるので更に迷惑の種になる。しかし彼等は暑いのでそれしかないと信じて疑わない。現代日本人の手本を形成した近代西洋化の根は深い。
 しかし、昨年に私がブログの『乳首と監視社会』と題する記事で警告を発したのが誰かによって拡散されたからか、今年は乳首男や下着なし男は少なくとも私の目の届く範囲――:南多摩地方――にはかなり減っている。

 明治女が「夏は半袖を着るものよ。」と云ったら最後、それが絶対の行動様式になってしまい、半袖を着ていないと「暑くないの?」と真顔で問う、フランスのお笑いではあるまいし。暑苦しいのはそう問うている人であったりする。
 しかし現実には、明治の時代にも大正や昭和の時代にも、「夏は半袖を着るものよ。」と云う人は然程に多くはなかったようであり、寧ろ日焼けが恐いからとか虫に噛まれるからとかということで夏にも長袖を奨める人が平成初期までは男女共に多くいた。それと半袖ではお得意先に失礼になるから。その得意先への配慮を撤廃するには政治の力を要して省エネルックやクールビズにつながった訳である。当事者は「どうしましょうか?いいですか?」とは言えないからであり、仮に自分達がそこでそのように合意に達しても他にはなかなか拡がるものではない。それが若し非自民による政治改革、即ち細川政権から出たものであったならば、半袖の奨励策はその唯一つの誤りといえよう。

 日本の和服だけではなく、アラブの白や黒のターバン付の服なんかも皆長袖。暑い地域には半袖は合わない。
 日本人の夏の半袖は西洋的というよりはいわゆる植民地的。

 尤も、然程に暑い季節ではなければ半袖が合うこともあり、涼しい春や秋はその季節といえる。そもそも日本は『春秋論争』などが示すように、古来より春と秋にアイデンティティーを見出していた民族である。その春や秋が西洋の夏に相当する。故に日本においては西洋のブランド服の春物や秋物が着れる期間は当地と比べとても短い。そろそろ着れる頃と楽しみにしているとあっという間に暑くなったり寒くなったりして着れなくなる。結局は季節不問の普通なシャツを夏にも着るべくなり、逆に向こうの夏物を春や秋に着るのが潰しの利く買い方である。四季の緩やかな西洋においては地域によっては春物や秋物の設定はないかもしれない。

 その半袖が現代日本人のアイデンティティーにも根を下ろして「夏アイデンティティー」と呼ぶべきものを形成している。
 世界に現代の日本の程に夏を偏重して好む民族はない。
 古くは日本人は「春アイデンティティー」や「秋アイデンティティー」、比較少数として「冬アイデンティティー」、その三つが多くを占め、「夏アイデンティティー」は稀少数であった。近年は夏は熱中症の危険などにより忍び凌ぐだけの季節と再び認識されるようになってきているが、昔はそれが当たり前であり、何らかの積極的価値や美意識を見出すべき季節と見られてはいなかった。いわば夏は日本人にとっては「捨て牌」である。
 忍び凌ぐことが生きる必要としてではなく積極的価値や美意識となれば、それはやくざの価値観である。
 現代の日本人は知ってか知らずか、やくざ紛いになっている。
 とんでもない、自分は紛れもなく堅気であって暴力団は断固排除すべしと思っている人の程にその本質は夏アイデンティティーに基づくやくざ紛いの価値観であったりする。
 西洋人にとっての夏の想念(イメージ)の典型はアルベール カミュの小説『異邦人』やプロスペール メリメの小説『カルメン』の描く不条理の世界。何れもフランス人の作家による作品ではあるが『異邦人』がアルジェリアを舞台として『カルメン』がスペインを舞台とすることに象徴されるように、夏とは怪しげな異国のものであり自国の価値観ではないもの、危険地帯の表象と認識されるようなものである。
 実は古来の日本人にとってもそれらと細部を除いては殆ど違わない。今風に言えば、古来の日本人にとっての夏とは怪しげなシナ朝鮮の世界、特亜のものである。
 しかし現代の日本においては夏は積極的価値や美意識と認識されている。
 夏を称揚する芸術、殊に音楽が実に多い。サザンオールスターズやTUBEはその代表格であるが、旧くは石原慎太郎の原作で石原裕次郎の出演による映画『太陽の季節』。
a0313715_05033976.jpg サザンは寧ろその巧妙な作りにより夏アイデンティティーを薄めたり反転させたりするようなものがある故に広く安心して親しまれているが、『太陽の季節』は日本人のやくざ的夏アイデンティティー化の奔り(はしり)となったもの。その原作者の本意も寧ろ夏アイデンティティー化を批判して食い止めようとするものであったのかもしれないが、その出演者はそれを煽って勧める役目になった。石原裕次郎は允に身勝手でならず者としかいいようのない人物なのが実像である。
 そして日本人の悪弊といわれる様々なもの、日本人の不可解さといわれるものは夏アイデンティティー化により生み出されてきたものなのである。
 最近にも少なくはない人を熱中症に遭わせているといわれる根性主義はその発祥は別物ではあるが或る時代から夏アイデンティティーのやくざ性と結びついて今に至るものである。戦前の精神主義がその侭では継承されずに戦後の世俗主義である夏アイデンティティーと結びついて大衆化した。その理由は戦後の「解放」の機運にあっては戦前の精神主義は如何にも分が悪く、民衆が親しむ世俗主義を取り込まないと生き延びられなかろうという余計な考えが持たれたからである。
 
 そのように自らのアイデンティティーを夏に見出す者にとり、西洋においては普及している慣習である長期休暇、バカンスは如何にも相容れないものである。
 夏こそが生涯の舞台、即ち働くべき季節なのに、そこを休みにされてはアイデンティティーが喪失されるという。
 といって、彼等は夏には元気で強いのではない。著しく弱くはなくて一応は乗り切るだけの体力があるが、正に夏を「忍び凌ぐ」ことに自己満足と積極的価値、美意識を覚えるのである。よってバカンスの条件といわれる生産性の向上とは無縁であり、本当の充実感は存在しない。
 しかし大人の夏休みには反対であるが子供の夏休みには大賛成である。それは子供を酷暑に晒してはならないという配慮ではなく、子供は遊ぶことが仕事であると思うからである。といって遊びが得意で真剣に遊ぶのではなく、単に勉強が嫌いなだけ。遊びという仕事をしている子供の姿を見ることに無上の生き甲斐を感ずる。ホモ雑誌『薔薇族』の基調もそのような夏アイデンティティーにあり、どちらかといえばいわゆるノンケ――:ホモではない人を指す業界語――の興味本位に応えるエンターテインメントの性格が強く、同性愛とは関係のないものと思える。

a0313715_05062838.jpg かように現地現物や現実と掛け離れるので、夏アイデンティティーとは無謀の称揚であるともいえる。
 無謀といえば大東亜・太平洋戦争がしばしばその典型といわれるが、その終戦が盛夏の8月15日になったのは偶然ではなく、連合国の側が用意周到に予め考えて決まったものなのではないかと思う。
 戦前にも胎胞していた日本人の夏アイデンティティーを見抜き、終戦の記念をその季節に行わせることにしたのである。典型は旧東京招魂社、靖国神社における英霊の「招魂」である。
 元々その時期には盆があり、死者の魂を招くことが慣習ではあるが、東京招魂社はそれを戦争と結びつけた。
 戦争が無謀ではなかったその時代には意義があったであろうが、大東亜・太平洋戦争を通して東京招魂社の意義は歪められることになった。そして靖国神社と名を変えた戦後は夏アイデンティティーの拠所、即ちならず者の拠所としての新しい役目を帯びることになった。
 因みに私は靖国神社を歴史を留めるものとしてそれなりに尊重する。

 靖国神社を拠所とするような極右だけではなくパヨクと呼ばれる左派においても無謀を称揚する夏アイデンティティーが特徴である。但しパヨクはそれを表立っては現さず、逆に自らを合理主義で科学的であると思い込む。
a0313715_05073780.jpg 熱中症による被害が立て続く今年の夏の酷暑を受けて冷房を全ての学校に導入すべしという主張が最近にネットを主として湧き上がっているが、そもそも冷房を導入してまで夏に学校に通いたがることが無謀である。学校の校舎には冷房があっても外にはあり得ないし、通学は変わらず酷暑で熱中症の危険がある。子供の身を守る具体的手立てと責任を掻き消すかのように、彼等は唯ひたすら「学校に冷房を!」と連呼する。それが実現しさえすれば後は悉く子供と親の自己責任であって何も云わせないと言わむばかりになろう――勿論、自己責任もあるが普通に負うべき自己責任とは意味が異なる。――。
 教育基本法の精神を叩き込まれてそれを永久に保存しようとする彼等にとっては学校にしかアイデンティティーの拠所がない。学校で専ら悪い思いをしていたなら「いつか見返す。」という意味での拠所である。故に冷房を口実にしてその維持を図るのである。
 また、その他の代替策を考えないのは合理主義や科学的態度とは到底にいえない。「論語読みの論語知らず」が教育基本法にも憲法にも当て嵌まる。それに懐疑や反対を示す人を人殺し呼ばわり、信用や支持もされるはずがない。そのように信用や支持をなくすことにより野党や権力の批判の存在をなくすために態としているのではないかとも思える。

 日本が良い国になってゆくことを望むなら、酷暑の夏にも確りと下着を着て長袖を着て権力の批判をするべきである。

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a0313715_15074081.png●weathernews 地震情報


a0313715_13574441.jpg●近畿地方の緊急地震速報は ダイヤル1008 ABCラジオ

――地震が発生したら先ずは火の点いている所を確認して直ぐに消せる火を消し、物の落下を避ける。

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ABCテレビ おはようコールABC 5.00~6.45/月~金
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フジテレビ めざましどようび 6.00~8.30/土
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# by keitan020211 | 2018-07-22 05:08 | 文明論 | Comments(0)
洗濯は こまめ か 溜める か?――汚れのより落ちる洗い方
 近頃に、洗濯はなるべく溜めて洗濯機が芋を洗うように洗う方が良いという説がテレビやネットなどに散見されます。
 しかもその説を私もとても好きな、影響力の強いマツコ デラックスが推したりしている――:フジテレビ『ホンマでっか!?TV』――ので尚更に正しいかのように思われているようです。
 その洗い方をすると洗濯物が互いに擦れ合って汚れが落ち易くなるというのです。

a0313715_13191199.jpg しかし洗濯物が幾ら多くてもそれらが互いに擦れ合うことはありません。脱水の時にも、くっ着いて固まるだけで擦れ合いはしません。仮に擦れ合ってもその摩擦は手揉やブラシなどの摩擦と比べ殆どない程のものです。
 つまり、洗濯物を溜めて洗うと汚れがより落ちるというのは迷信であることが明らかです。
 但し余程に造りの悪い洗濯機ではなければ洗濯物の重さが機械を傷めることはないので少々の重量超過でも大丈夫です。

 洗濯機は水流により生じる水圧の力で汚れを落とす仕組みであり、洗濯物が多くて洗濯槽が密になると水流が着物の隙間に入りにくくなって汚れが落ちにくくなります。
 水圧の強さは水の量×洗濯槽の回転により生じる重力加速度。水が多い程に汚れが落ち易くなります。水が相対として多くなるためには洗濯物の量をなるべく少なくすることを要します。つまり、洗濯はなるべくこまめにする程に汚れがよく落ちてきれいになります。
 汚れは放っておくと着物に固着して来るので溜めて洗うとそのリスクが高くなります。洗濯の水の量をなるべく多くすることは汚れをなるべく早い内に落とすことにもなります。

 全自動洗濯機でも、水の量などを手動で設定することのできるものが多く、全自動は余程に忙しくて拙速でよい時だけに使うべきでしょう。
 水の使う量を多くすると水道代が掛かるのでよくないという方がおられるかもしれませんが、必要な処には充分に使うことが他のことにおける無駄を少なくする、節約ができることにつながります。

a0313715_13214816.jpg もう一つ、水の量が多くなればそれだけ多い量の洗剤を使うことができます。
 水の量が多くても洗濯物の量が多いと一つの着物に使われる洗剤の量が少なくなってしまいます。水を多くして洗濯物を少なくすれば水量相当の洗剤が一つ一つの着物により多く働くことになります。
 勿論、水の量に見合わない程に多い量の洗剤を使ってはなりません。水量相当の規定量ならば洗剤の量は多い程に良いのです。

 洗剤は、少し前まではP&Gのアリエールを使っていましたが今はライオンのトップを使っています。
 アリエールは汚れ落ちが大体良くて洗い上がりの匂いが爽やかなのが良さですが、汚れ落ちが今一つな面もあります。トップに替えたらそれまでは落ちなかった汚れがもう少しよく落ちるようになっています。トップは但し匂いが今一つ良くはなく、それぞれに一長一短があります。
 以上に述べた水の量及び洗剤の量を相対としてなるべく多くすることを厳守しておればアリエールが最強なのかもしれません。トップは多少のずぼらでも助かる。
 漂白剤はアリエールにもトップにも、ライオンのブライトWを使っています。
 一長一短は台所洗剤にもあり、P&Gのジョイが総合力では最良ですが油汚れのみを見るとライオンのチャーミー マジカが最強、但しチャーミー マジカは油汚れだけはよく落としますがその他の汚れがなかなか落ちなかったりします。しかし専門馬鹿という程の弊害や欠陥はありません。他に良いのはイオン トプバリュのマスカットフィズ、総合力でジョイに引けを取らない。

 洗濯槽の回っている処を見れば、どう見ても汚れを落とし得る程の洗濯物の摩擦なんて起こってはいないことは明らかなのですが――回る毎に浮き上がるし。――、どこに目がついていたらそんな根も葉もない説を思いついてマスコミにまで垂れ込めるのでしょうか?さながら汚れが服に垂れ込むかのようです。

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――地震が発生したら先ずは火の点いている所を確認して直ぐに消せる火を消し、物の落下を避ける。


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ANN 報道ステーション 9.54~/月~金
ANN サタデーステーション 20.54~/土
ANN サンデーステーション 16.30~/日
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# by keitan020211 | 2018-07-21 13:23 | 生活 | Comments(0)
【Freesia料理】焙茶の豚ステーキ御膳
 先日の記事に茶葉を炒めて使うことを紹介しました。
 茶葉にはその栄養素の凡そ六割がお茶に出ずに残ります。

a0313715_11531697.jpg この記事には焙茶の葉を他の料理に合えて使う例の一つとして焙茶の豚ステーキ及びその御膳を紹介します。

 焙茶は緑茶と比べ葉が硬くてよく噛まないといけませんが、その硬さが肉を柔らかく感じさせてくれます。また、その甘苦さが肉の甘味と馴染みます。

 ●揃えるもの

 [豚ステーキ]
 豚ばら塊肉  1包の半分程
 塩糀  適量  推奨は:マルコメ生塩糀
 焙茶の葉の残り  適量
 もやし  適量
 パルメザンチーズ  適量
 胡椒  適量
 塩  適量
 大根おろし  多め
 薄口醤油  適量
 オリーブ油  適量

 [焙茶のみそ汁]
 米みそ  適量
 焙茶  適量
 榎茸  適量
 白菜  適量

 [糠漬納豆]
 納豆  1包
 醤油  少量
 大根おろし  適量
 大根の糠漬  適量

 ●作り方

a0313715_11531697.jpg 豚ばら塊肉に塩糀を塗して三十分程置く。

 焙茶の葉の残りともやしに塩胡椒とパルメザンチーズを振り、オリーブ油で炒める。焙茶の葉は時間を掛けて炒めても軟らかくはならないので炒め過ぎないこと。

 豚肉をやや生焼けに焼き、焼け上がったら写真のように盛り付ける。大根おろしに醤油を載せ、大根おろしは納豆にも使う。

a0313715_11533941.jpg 納豆は糠の味を主に出すため、醤油を少なめに入れて混ぜる。
 糠床に漬けてある大根を糠を洗い落とさずに納豆の鉢に盛る。
 写真は中身が分かり易くするために大根おろしが混ざっていないが予め混ぜておいてもよい。

 みそ汁は焙茶で作る。

 ●出来上がり

a0313715_11532989.jpg みそ汁の榎茸は長野県産の茶色い榎茸。色が茶色いだけではなく身が太め。
 朝に残しておいても茶入りなので腐りにくく、また、熱中症の予防の効果が高く、朝はそのみそ汁だけで午前中の力が充分に出ます。
 余談ですが、殊に夏は朝食を食べるとその消化に体力を費やしてしまって却って疲れたり注意力が散漫になったり――それが気づかない程に当たり前になっている人は「ブタ」の疑いがある。充分に働いていて元気があるつもりでも自己満足である。――しかねないので暑くて辛いまたは夕食が充分ならば無理に食べず、あってもみそ汁だけなどにすることが奨められます。

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■NEWS of the WORLD


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    ●AFP(フランス パリ)
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    ●ル フィガロ(フランス パリ)
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    ●フランクフルター アルゲマイネ(ドイツ フランクフルト アム マイン)
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    ●共同通信(日本 東京)
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    ●朝日新聞(日本 大阪)
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    ●グローブ アンド メール(カナダ オンタリオ州トロント)
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    ●ロイター(イギリス 英国 ロンドン)  
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    ●ザ テレグラフ(イギリス 英国 ロンドン ウェストミンスター)
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    ●ジ インディペンデント(イギリス 英国 ロンドン)
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# by keitan020211 | 2018-07-21 11:55 | Freesia料理 | Comments(0)
【Freesia健康と美容】「熱中症の対策には水」は危ない
 先日のANN報道ステーションに、例年のように猛暑の警告があり、そこで司会者が「寝る前にはコップに一杯の水を。」と奨めていました。
 報道ステーションの他にも猛暑による熱中症の対策として水分の補給を奨めるテレビ番組が多く見られます。

 熱中症の対策における水分の補給を一概に否定しはしませんが、水分をということでその中でも最も純粋な水分である水を奨めるのは如何なものかと思われます。

 水分は水だけではありません。
 また、水は人の体には必要とされるものではありますが、無条件に安全な訳ではありません。

 弊ブログは5年前に始めたばかりの頃に『暑さには塩水を』と題する記事を出しています。その記事は先日に一新をしてその殆どの記事を非公開にしている今も特選の記事として残って公開しています。
 その記事を記す動機となったのも同じ報道ステーションです。当時は古舘伊知郎氏が司会でした。その時には寝る前には水だけを飲むのは良くない、スポーツドリンクを飲むと良いと奨めていました。
 それが一転し寝る前には水を飲むと良いと云うようになっています。
 更に「コップに一杯の」が付け加わっています。
 「コップに一杯の」がなければ水を飲むべき量の制限はないことになり、制限と解釈することもできる一言が加わったことで改善と見做すこともできなくはありません。しかし逆に、「コップに一杯の」という一言に感じられる「一杯のかけそば」にも似る感傷を呼び覚ます効果を考えると悪いことを良いことであるかのように云って旧い習慣の改善や変更を妨げるものと考えられなくもありません。

 水ではなく塩水をと弊ブログが奨めるように、水だけでは何かと逆効果が考えられます。

 水には基本としては水素と酸素しか含まれません。
a0313715_20254184.jpg 水道水には他に塩素などの消毒素が含まれます。塩素の危険性についてはここには触れません。因みに、水道水の塩素の含有量は地域により違いがあり、東京都水道局などのように安全と見做せる地域とそうではない地域があります。塩素の他にも浄化が不充分なことによる危険性も水道水にはあります。因みに因みに、弊ブログは水道の民営化には条件付きで賛成です。その条件とは民営化の明確に不要な地域については従来の公営による水道事業の維持を認めることや経営の主体となる企業の資本力や技術力などの条件を厳格に問うことなどですが、恐らく少なくはない地域が民営化を要すると思われます。

 水素と酸素には熱中症やその危険(リスク)を和らげ或いは予防する効果は全くありません。
 故に、水は熱中症の対策にはなりません。

 水素は爆弾の材料です。水素から造られる爆弾は水素爆弾といい、核兵器の一種に数えられます。
 爆弾の材料となるとは、発熱の可能性が高いということです。
 実際に、水を火に掛けると程なく熱せられて高温になります。
a0313715_20274181.gif 人の体には火の程に強い発熱の力はありませんがそこまでではなくても結構な加熱の性能が人体にはあります。尤も、それは他の事柄には必要な力です。
 また、水に含まれる酸素は呼吸により人体に取り込まれる空気に含まれる酸素とは違い不安定な状態であり、他の元素との化合により危険な物質が生じる可能性のより高いものです。例えば水の酸素、Oが吸気の酸素、O2と合わさるとオゾン(O3)が生成されます。オゾンは大気にあれば紫外線(UV)を抑える効果がありますが人体には有害です。紫外線の過度の抑制が人体におけるビタミンDの自己生成――或る栄養素を食べなくても体が自ずと作り出すこと――を妨げることからも明らかです。

 寝る前は放心で体や心が不安定な状態になり、そのような無防備な状況で水を飲むと通常は必要なものであっても、悪い効果が生じる可能性が高いのです。
 よく眠るとその不安定な状態が自ずと回復します。

 また、水は粗無味無臭である故に、寝る時のように心を落ち着けることを要する際にはその透明感が雑念を呼び覚ますことにもなり易い。
 せっかく頭を無地に直した積りでも、そこにまた色々と思い浮かぶのです。それを消そうとしてもまた出て来て悪循環です。
 性格や風采の無味無臭な人、即ち至って普通で変わり映えのない人を見ると何かとむかつくという人がいますが、故のないことではないのです。尤も、そのような凡庸な人にも個性を見出すことが必要であり、そのような努力を怠らない人、変わり映えがないとつまらないとは思わない人がむかつくことのない人です。一部の反安倍の左派の人達にはそのようなむかつきが見受けられること、即ち凡庸を否定する人――「凡庸は右翼の始まり」みたいな。――が少なくはなく、危ない性格の方々であると思います。

 水の悪い効果を抑え或いはなくすのが塩です。
 塩分と呼ばれ、通常は摂り過ぎると悪い塩が寝る前には水の危険を抑え或いはなくすものとなるのです。
 故に、寝る前には塩水を飲むことが奨められます。 
 塩は葬儀の後に地に盛って踏むなどの厄除にも用いられますが、寝る前には体の厄除けになります。
 よって糠床の糠を舐めることも寝る前には奨められ、そうすると塩水を飲むことも要しません。
 夏は殊に疲れにより塩分を通常より多く要する季節です。年中を通して塩分依存症――日ごと家ごと地域ごとの塩分依存症もあるそうですが、――ではなければ暑い夏には塩分を積極に取ると良いかと思われます。

 水を飲むことが良く若しくは熱中症の対策になり得るのは起きて働いている日中です。
 暑い時に体を動かしていると水素や酸素が欠乏してくるのでそれらを補う必要があります。補われると目が冴えてきて力が出ます。
 それと同じことを寝る前にしたら、どうでしょうか?
 目が冴えて眠れません。眠れないと寝不足になり、明くる日に差し支えるかもしれません。
 報道ステーションは不眠を奨めている訳です。自分の睡眠不足をそんなに世に広めたいのでしょうか?
 然も、飲んだ水は体の加熱の機能により、飲んだそばから熱せられます。故に日中も水を飲み過ぎてはなりません。寝る時なら尚更で、水を飲んで寝ると寝ながらにして体がどんどん熱くなり、眠りに必要な深部体温の低下が覚束なくなります。
 つまり、報道ステーションは熱中症による死亡を煽ってさえいます。勿論、私は報道ステーションのいうことを何でも信じはしない――というか、殆ど信じていない。――ので死にましぇん。
 たった今も、「死刑の執行は被害者に何を与えたのでしょうか?」と云っていますが、論点のすりかえですよね。刑罰は被害者のためになされるものではありませんし、されなければ何かを与えることになるのでしょうか?死刑を廃止するべしと思う私がそう思うので間違いありません、報道ステーションは何を語る資格もありません。

 寝る前に水を飲むと眠れなくなる。――そんなことを防ぐにはどうしたらよいか?

 そこで強く奨められるのは牛乳です。
 寝る前には牛乳を飲む。

 昔、寝る前に牛乳を温めて飲むとよく眠れるというのを聞いたことがないでしょうか?
a0313715_20300885.png 主に寒い冬のことですが、暑い夏は逆に冷たい牛乳を寝る前に飲むと良いです。

 昔という程でもなく今も冬にはそのようにしている人も少なくないかもしれませんが、近年は牛乳有害説の流布により牛乳の人気が低くなっていることなどにもより、あまり聞かれなくなっているかもしれません。牛乳有害説とは牛乳は乳癌の原因になるというものや体内の既存のカルシウムの流出を生じて骨粗鬆症や骨折の原因になるなどというものです。乳癌の原因説は殊に昨年の独立アナウンサー小林麻央の乳癌による逝去を受けて風説の飛び交いがちなネットにだけではなくテレビ報道にさえもその筋の医者等を動員して主張されていました。
 更にその前年の元日の産経新聞は主に骨粗鬆症や骨折の原因説を焦点として牛乳有害説が根拠のない風説、いわゆるトンデモ説であることを指摘しています。出来れば小林麻央の時にもその声を大にしてほしかったと思います。近年は乳癌による死亡者が増えて乳癌検診が奨められていることもあり、その時にかなり広く牛乳有害説を信ずる人が増えてしまったと思われます。
 乳癌の原因説は恐らく、自らの母乳を子供に与える「崇高な役目」のある人間が牛ややぎなどの母乳を飲むことは人間の尊厳を傷つけるという人間至上主義や母性崇拝の思想からのもの。獣の乳が人間の乳を汚して病を招くという訳です。肉は好いのに乳はならじというのが理解不可能ですが、科学の世界にもそのような迷信のバイアスが掛けられていることが少なくありません。
 骨粗鬆症や骨折については、カルシウムの流出は如何なる時にも普通に生じるものであり、骨の疾患や負傷との因果関係はありません。そもそも栄養は旧いものが流れ出ないと新しいものが取り込まれず、骨のカルシウムなどの流出も過剰ではない限り必要なことであり、それにより骨が新しくて強くなる訳です。また、成長期には怪我をし易いのと同じように、栄養に富み体が新しくなっている時の程に地の力が強くても怪我をし易いことも理由かと考えられます。
その原因説は恐らく、一度出来上がった体の部分は終生その侭の状態で維持されまたは追加されてそれが衰えれば終わり、死ぬという思想からのものと思われます。新陳代謝というものが当たり前にいわれている今もそのような「人体の建設」の思想が根強くバイアスを掛けているのです。因みにその原因説を主張しているのは『できる男は超少食―空腹こそ活力の源 !』というコンビニ系の本です。その本の奨める少食や半断食は確かにその通りですが、それだけでは如何にも本としては当たり前に過ぎて面白く感じられず、話を大きくて面白くするためには牛乳は体に悪いというような迷信、即ち言論の食品添加物を盛り込む訳でしょう。しかし当たり前のことを面白く語るのが本やネットの記事を書く人の力というものです。

 牛乳を寝る前に飲むと良いのは水素と酸素若しくは塩素だけの水とは違い、カルシウムやナトリウムなどのより熱伝導性の高い栄養素が含まれることにより、それらの栄養素が体の熱を吸収して全体の体温、殊に深部体温を下げるからです。熱伝導性の低い気体を基とする元素は体温を吸収せず、全体の体温や深部体温を温存或いは増長してしまいます。それは体温を下げる必要のない日中の働いている時などには有為ですが体を休めようとしている就寝時には妨げになります。   
 それらは体温の吸収などの薬効だけでも意義があり、必ずしも栄養として取り込まれなくてもよいのです。風邪薬や頭痛薬などの様々の薬の効果もまた、熱伝導性の高い成分による体温の吸収が大きな役目を占めます。よって比較的良心のある医者等、即ちましな医者等がしばしば奨める、カルシウムの消化吸収にはビタミンDを併せて摂ることが必須であるというのは必ずしも意識する必要はありません。それは確かに一面の正論ですが、栄養素の消化吸収をあまりにも余すことなく、無駄なく実現しようとするのはその試みそのものが無駄になってしまいかねない、いわば三日坊主を保証することになりかねません。しばしば専門家はそのような無駄をなくそうとする無駄を考えず、実際にはあり得難い理論を主張します。
 カルシウムの消化吸収を高めたいならばカルシウムとビタミンDそれぞれの通常の取る量を多めに確保しておき、その都度その都度意識するのではなく率を高める習慣をつけるべきです。

 水でも、塩水はナトリウムが含まれるので真水よりは熱伝導性による体温の吸収が生じ易く、牛乳の程に強くではありませんが奨められます。

 自ら寝る前の牛乳を試してみましたが、効果は絶大です。
 先の水曜日はその前の晩に報道ステーションに云われてグラスに一杯のサントリー南アルプスの天然水を飲んで寝ました。しかしなかなか寝つけず、明くる朝は朝食を確りと食べて職場に出ましたが、一日中暑さが体に溜まってしんどい感じでした。それを少し和らげたのは昼食の自前の白菜と大根おろしを加えたインスタントのキムチ拉麺です。
 木曜日の晩に牛乳を飲んで寝るといともあっさりと寝つけ、明くる朝は朝食なし、お茶だけで職場に出ると暑さによるしんどさは全くなく、昼はマクドナルドのマフィンを二つだけでがっつりと一日中行けました。木曜日の大雨による陽気の変化もあるのかもしれませんが、昨日13日の金曜日は最高気温32℃(:予報値)でも涼しいと感じる程の一日でした。その晩も牛乳を飲んで寝た翌土曜日の今は33℃ですが全然涼しいです。
 ミネラルウォーターにはカルシウムやナトリウムなどの栄養素が僅かに含まれ、水道水よりはましである、リスクが低いといえますがそれでも寝る前には逆効果が大きい。

 因みに、化粧(メーク)は確りとする方が涼しい。お化粧は暑いと思っている人は考えを改めましょう。少なくともベビーパウダーだけでもしないと却って暑くなります。フルメークとベビーパウダーを比べるとベビーパウダーだけではどうしてもより暑いですが何もしないよりはましです。ベビーパウダーの最も大きな意義は時間の節約と感触の心地良さです。
 「寝る前には水を飲むと熱中症の予防になる。」や「夏の化粧は暑苦しい、自然体で涼しく。」などなど、誤った通念が時代が変わっても不健康の新陳代謝のように出て来ています。
 昭和の時代の誤った通念は単なる迷信でしたが、平成の時代の誤った通念は迷信が科学の体裁をして罷り通っているので尚更にたちが悪い。証拠を「エビデンス」と言い換えるなどがその象徴であり、そのような言葉を遣って物を語る人が本式の科学の方法論を心得ているのではなく、自分に都合の悪い考え方や言説を斥けるために「エビデンスはあるのか?」などと言っています。尤も、証拠を正しい日本語で証拠と言ったり正しい英語で'some evidence'と言っても証拠の捏造などがあったりしますが。

 牛乳有害説が流布しているもう一つの理由は世界遺産に選ばれもした和食のブームが象徴する、外来の文物、殊に食べ物における外来品の排斥の気運でしょう。
a0313715_20365561.jpg 文部科学省がパン屋について記す教科書の検定を不合格としてそれを和菓子屋に書き換えさせたことが昨年にありました。その出来事は広く輿論の批判を受けもしましたが、そのようなことが公正中立の期されるものである官界にも罷り通っていることは国民の気運がそれを支えていることの現れといえます。
 時折りしも、官界の首領安倍総理がアメリカのオバマ大統領の広島への訪問に際し戦後の我が国を救ったのはアメリカのくれた脱脂粉乳でしたという演説をし、今の日本の国民と政権の全てがそのような排外主義になっているのではないことが示されました。
 当時を知る人々には脱脂粉乳は信じ難い程に不味いという人が少なくありません。彼等は安倍総理のその演説を聞いたら目を剥いたことでしょう。「そんな不味いもの」を日本に与えたアメリカに対する不信のようなものもあるのでしょう。しかし戦後の貧しい状況では仮に脱脂粉乳が然程にも不味いものであったとしてもそんなことをいうべき状況ではない筈です。どうも日本人らしい日本人を自負する人達は現実の認識が甘くて無用の贅沢をいう人達なようです。
 その反脱脂粉乳の念が今の牛乳有害説に粗直接に結びついていると思われます。牛乳は嫌いなので有害、アメリカはむかつくので有害、そういう訳です。それを支持する医者はTPPが国民健康保険を毀すとか日本の食文化なるものを毀すなどと本気で信じているのかもしれません――医療費が無料になるためには寧ろ毀してほしい程ですが、――。
a0313715_20383144.jpg 因みに私が今飲んでいる牛乳は脱脂粉乳入りの近藤乳業の湘南牛乳です。脱脂粉乳入りではない標準の牛乳がより美味しいとは思うけれど、脱心粉乳入りが不味いとか著しく劣る、出来れば飲みたくはないとは少しも思いません。因みに牛乳のお奨めは何れも神奈川県のメーカーである、高梨乳業とその近藤乳業です。雪印、森永、名糖やオハヨーのも普通に奨められます――名糖には先述のビタミンD入りのものもあります。――が、明治乳業のはお奨めできません。多分、明治の牛乳や菓子の「ごってり味」が好きで味覚の狂っている人からするとさらさらとした味である脱脂粉乳は不味いと思うのかもしれません――反アメリカというよりは本当の意味での反日です。――。
 それと然程には多くないでしょうが、貧しくて牛乳は買えないので有害という理由もあるかと思われます。学校の皆はいつも牛乳を飲むのに自分の家は貧しくて飲ませてもらったことがない、すると、給食に出た牛乳を不味い、嫌いというようになる。そしてその侭大人になって子供の頃の根拠のない感慨に色々な理論武装をするようになるのです。それっぽいと思わしい言論家がテレビや新聞などにも結構見受けられます。尾木直樹なんかもそれ系でしょう。

 塩水や牛乳の他にもう一つ、寝る前に飲むことが奨められるのは茶です。
 緑茶でも紅茶でも、何でもよいです。
a0313715_20403089.jpg 寝る前に茶を飲むと目が冴えて眠れなくなるとはしばしばいわれますが、実は茶は眠れなくなるのではなく、その時にしたいと思うことをし易くしてくれる効果があります。眠気が来て辛い、目を覚ましたいと思いながら飲めばその通りに目が覚め、眠れないけれど眠りたいと思いながら飲めばその通りに眠くなります。いわばお茶は人の意思を支えてくれる飲み物です。
 その理由の一つは塩水や牛乳と同じく、熱伝導性の高い栄養素が茶には含まれること。
 二つはカフェインの働きです。
 カフェインは興奮して眠れなくなるのではなく、意思を刺激して実現し易くするのです。故に眠りたい意思が刺激されて寝着き易くなります。
 茶を飲んだら眠れなくなったというのは眠りたいと思っていないからです。

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    ●AFP(フランス パリ)
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# by keitan020211 | 2018-07-14 20:41 | 生活 | Comments(0)



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