ゆとり教育とグローバリズム 2
 直前の記事にゆとり教育は日教組教育(:日本教職員組合連合会の合意に基づく教育の在り方)と対立すると語った。自民党は自党の推し進めるゆとり教育を実現するためにそれに反する日教組教育を手っ取り早く叩いていると言うものである。

 然しWikipediaなどを見てゆとり教育の歴史を調べるとその年表のいの一番に「1972年:日本教職員組合が『ゆとり教育』とともに「学校5日制」を提起」と記されている。
 それは全くの誤解であるとは言えないが、日教組が当時より三十年来にゆとり教育を推進していたかのように読める。ゆとり教育への反対派を「私共はそうではありませんので安心して支持して下さい」と自民党への支持を引き寄せるのにはそのような『日教組ゆとり説』は好都合である。
a0313715_12292863.jpg 確かに『ゆとり教育』と称される新たな教育の指針が1970年代に日教組によって提起されたのは事実なようである。然しその内容たるや……ではなくその内容は教科の学習の内容と授業時間の削減及び教科の学習を行わない所謂『ゆとりの時間/hours in idle』を設けることであり、2000年代になされていた今に言うゆとり教育とはかなり違う簡明な政策であったようである。詰り、学習の理念や内容を弄る(:やっている側に言わせると『進歩させる』)のではなく単純に削減をして剰余の余地を作り出そうとしていた訳である。
 内容と時間の剰余ができると何が良いのかと言うと、自学自習の余地とそのための時間が確保し易くなることである。今や一般的となっている週五日制もその一つである。私は週五日制を大学までに経験したことはなく小学校から高校まで週六日制であった。よって当時は自学自習というものを余りせず、学校や塾の授業に依存する傾向が強くあった。今や平気で何時間も自学自習にて勉強をしていることに時折自ら驚くこともある。
 塾と言えば、週五日制などによる削減の政策は塾や予備校などによる(稀に完全独学の人もいるか。)受験教育との両立を図る意味もあった。1970年代は学校の社会的信用が最も低くなっていた所謂『荒れる学校』の時代である。テレビドラマや映画などにおいて学校の窓ガラスが生徒等によって叩き割られるのは典型的な光景である。そんな時代に、日教組は敢えて抗せず、対案をも出さず、授業定数の削減の提案によって一歩(も二歩も?)退くことによって教育の現場の融和を期した訳である。何かとよく似ている。授業定数の削減が実現したのはその20年後の1992年から漸次に拡充する形を以てである。その当初は月に一日だけ土曜日が休みとなり(そんなことは全く知らなかった!)、それが『今世紀内』、即ち前世紀内に完全五日制となるように増やされた。実に三十年掛かりの懸案であった訳であり、削減或いは無駄取りと言うものが如何に難しいか或いは難しくはない筈なのにしようとされないものであるかがそこに明らかである。

 即ち、最初の『ゆとり教育』は『ゆとり』と言うよりはカルロス・ゴーンには敵わないけれどかなり厳しい現状認識によるものであった。内容と時間の削減は凡そ必然に賃金の削減或いは抑制となる。高度経済成長が終わり低成長の時代になると教職員の賃金の上昇は少なくとも従来の程には望めず、旧ゆとり教育の導入と組合と地方自治体の賃金闘争は相乗効果(シナジー)を以て促進された。『減らすならば減らせ』の応酬である。

 処がその『ゆとり教育』の改造が始まったのは1980年代である。

 旧ゆとり教育は教職員(教師)の側の利益であるという側面が強くあったことに対する疑義(:やっている側に言わせると『反省』)から『ゆとり教育』と言う題目を望ましい教育の在り方、即ち『児童及び生徒を本位とする』ゆとりの実現へと大きく転回(a conversion, or changing over)がなされた。
a0313715_12275068.jpg ロサンゼルス・オリンピックにおいて陸上競走のカール・ルイスが英雄となった1984年に中曽根政権において臨時教育審議会(臨教審)が組織され、『ゆとり教育』のそのような解釈の変更が検討され始めた。
 3%の消費税の導入への詰めがなされていた1985年ないしは1987年に『個性を重視する』;『生涯学習体系への移行』;『国際化、情報化などの変化への対応』などのゆとり教育の基本となる答申が纏められた。実にそれが2000年代に導入された新ゆとり教育の基底をなすグローバリズムに基づくものとなった。全4編の答申の内容は

 第1次答申(1985年): 我が国の伝統文化;日本人としての自覚;六年制中等学校の設置;単位制高等学校の設置;共通テストの導入
 第2次答申(1986年): 初任者研修制度の導入;現職研修を体系的とする;適格性を欠く教師の排除
 第3次答申(1987年): 教科書検定制度の強化;大学教員の任期制の導入
 第4次答申(1987年): 個性の尊重;生涯学習の普及;変化への対応

 「我が国の伝統文化」とは意味不明な言葉であるが、本当かどうかはともかく、我が国の伝統風土を尊重するべしとの主旨であろう。それが我が国「日本人としての自覚」に繋がると言う或る種のイデオロギーを教育に落とし込むということである。
 それらのライン・アップを参照するだけでも、直前の記事に言及した『民主党ゆとり説』は根も葉もないことが明らかとなる。専ら自民党の党派性の或る部分の発露である(:自民党の全てがそうであるということではない。)。

 今朝17日のニュースに東京都交通局の新交通ゆりかもめの竹芝駅のエレベーターがのろのろ運転となり、階を一つ下がるのに丸四十分掛かって乗客が怒り狂ったとのものがあった。
 それを見るに私はそののろのろエレベーターはゆとり教育の象徴になり得ると発想した。勿論、その事故がゆとり教育が原因となって帰結した出来事である訳ではないが、エレベーターの四十分はゆとり教育の六年制一貫教育と相通じるものがあるのではないか? 物理的空間ではなくても、時間を掛けて閉じ込めることがゆとり教育の本質である。そもそも、ゆとり教育の基底にあるグローバリズムは世界を一つの空間と見做す訳であり、その下においてアンダー・コントロール(under control)にするので物理的空間に閉じ込めることと違わないのである。

a0313715_12262114.jpg 臨教審によって1989年に改正された学習指導要領は小1~2年次における社会科と理科を廃止して生活科を新たに設けるなどの、実際には大きな現場と社会の変化を齎すことはない小改革に留まったがその後のゆとり教育の拡充を促す転機となった。言わば白蟻の穴となった訳であり、『堤が崩れる』流れをその小さな成功により勧めることとなったといえる。その年のパ・リーグの優勝は近鉄バファローズであった。「大したことないですね」などと言っていてはいけない。

 直前の記事にも主題としている2000年代のゆとり教育が始まったのは2002年及び2003年の学習指導要領の全改正からである。『まとまった(、総合的な)』形を以てグローバリストゆとり教育(the globalist idly education)が初めてそこに本格導入となった(※:『まとめる』;『まとまる』の語の正しい意味は何等かの情報や主張を公開の可能なものとして一つの書誌や形式に完成させることであり、総合的にするとか概略にするなどの意味はないがグローバリズムにおいてはそのような意a0313715_12314317.jpg味に用いられる。)。通称で『ゆとり』と呼ばれ、その教育の下に育った世代は『ゆとり世代』と呼ばれるようになった。テレビ朝日の『有吉&マツコの怒り新党』において(:2014年の放送)有吉が「おめえ『ゆとり』かよ!!?」と語っていたのはその用例の一つである。そんな事例を紹介すると番組と局がグローバリストゆとり政権である安倍派などによって叩かれかねないので余りしないでおく。
 その改正の内容の骨子は

 学習の内容及び授業の時数を3割削減する
 完全週5日制の実施
 『総合的な学習の時間』の新設
 成績における絶対評価の導入。

 絶対評価とは良かれ悪しかれ、何等かの基軸となる思想に基づいて可能となるものであり、ゆとり教育における成績の評価は教師によって実際に遵守されていたかはともかくグローバリズムを基準としてなされるものである。「安倍、御前は我々がカリフの正統の後継者であることをまだ理解していない」の文言のように、「輿石、御前は我々がインターナショナル・コミュニティー(、『国際社会』)の正統の後継者であることをまだ理解していない」と言う意味のことを通知表に記載される訳である。
 念のために重ね重ね言及しておくと、自民党のゆとり教育には自民党にも疑義を呈する向きはある。
 2005年(小泉政権)に中山成彬文部科学大臣により学習指導要領の見直しを臨教審の後身である中央教育審議会へ要請した。尤も、それは要領の改正より2、3年を経て日本の児童及び生徒の学力の低下が数値を以て明らかとなったことを受けての大慌ての措置でしかないとも言えなくもない。中山氏は後に自民党を脱退してたちあがれ日本へ及び日本維新の会へ、次世代の党へ移った。
 そしてその対策の真っ只中の2007年に現在にも繋がる重大な捩れが生じる。それは中山文科相により着手されたゆとり教育の『見直し』がいつの間にか『脱ゆとり教育』の題目を付け始め、それが恰もゆとり教育の廃止を志向するものであり民意に沿うものであるかのように装いだした。実際には『ゆとり教育』の名称を外すこととして政治によるその対策の実態を曖昧にa0313715_12343845.jpgしただけであり、旧安倍政権によってゆとり教育は継続され更なる強化が図られたのである。それは現在の新安倍政権においても麻生政権ないしは民主党政権によって一度は廃されたのが再導入を志向する動きとなっている。

生きる力を育むために、子どもたちの未来のために。

 現在の学習指導要領は、子どもたちの現状をふまえ、「生きる力」を育むという理念のもと、知識や技能の習得とともに思考力・判断力・表現力などの育成を重視しています。
 これからの教育は、「ゆとり」でも、「詰め込み」でもありません。
 次代を担う子どもたちが、これからの社会において必要となる「生きる力」を身に付けてほしい。そのような思いで、現在の学習指導要領を定めました。
 「生きる力」を育むためには、学校だけではなく、ご家庭や地域など社会全体で子どもたちの教育に取り組むことが大切です。
 子どもたちの未来のために。
<文部科学省のウェブサイトに掲載の現行の学習指導要領(2008年に制定、2011年に施行)の冒頭文より>

片や、日教組はそのような新旧安倍政権による『ゆとり教育の見直し』に何故か反対してゆとり教育の推進を主張した。その理由として考えられるのは一つには単なる政局的圧力、詰り対案を出すよりも何でも良いので違うことを主張するのが手っ取り早いということである。約めて言うと「言っていたことと違うではないか?何故それをやらないのか?」の声である。今一つには日教組は既定の状況への仮適応の能力が著しく(、ずば抜けて)高いので基本的には反対のゆとり教育もそれを変えるコストを勘案すると変えなくても構わないと考えられるようになったことである。既定の状況への仮適応の能力の高さは例えばゆとり教育の酣(たけなわ)の頃にライブドア事件によって有罪となったホリエモンこと堀江貴文氏もそうである。彼はグローバリストではないがグローバリズムの時代を既定の状況として受け止めてそれに上手いこと適応して儲けていた人物である。故にグローバリズムの実態をとても冷静に捉えており、故にこそホリエモンは正真正銘のグローバリスト等により叩きまくられ、『ホリエモン的なるものを容認しない日本の良識的世論』と言うものが捏造されていた訳である。日教組教育とホリエモンには本質的に相通じるものがある。
 日教組の教師は鳴り物入りで始まったゆとり教育を遵守しなくても平気で何とかなると悟っていたので安倍政権の方針であるその見直しによる強化に反対するための具として『ゆとり教育の推進の維持』を主張していたのである。

 詰り何にせよ、『ゆとり教育』とは全くの政治的標語でしかなく、教育そのものとは何の関係もない。

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