最も正しい リベラルと保守;左翼と右翼の定義 その7 社会編
賊軍を官軍の勝ち組クラブに入れる
賊軍戦没者の靖国神社の合祀に 絶対反対

都合の悪い歴史を覆い隠す
A級戦犯の分祀に 絶対反対

皆様の力で阻止しましょう!

 リベラルな価値ということがしばしば云われます。

 報道や言論のメディアにおいて云われる場合は、既成の価値観に縛られずに現在世代の人々が求めることやものを許容し若しくはそれを公に認める法制度を作ることをいうようです。
 そのような理解は凡そ正しいといえます。
 既成のものが良くないと思っていてそれに反する何かを実現したい際には、それを変える必要があります。それは新しいことを直ちに実行するだけで実現する場合もありますが法制度を変えることを要する場合もあります。

a0313715_04122471.jpg 但しそのようなメディアを通して云われるリベラルな価値の理解は「現在世代」の求めることやものだけを対象としています。そこは理解の狭さです。
 過去には現在にはいないような様々な人々がいたし、未来には現在にはいないどんな人々が生まれて来るか分かりません。
 過去や未来の人々も現在の人々と同じ土を踏み、同じ空気を吸います。
 彼等のことをも考えなければ本当の意味でのリベラルな価値とはいえません。
 勿論、現在世代は過去の人々の思いを充分に知ってはおらず、未来の人々の思いを充分に見通すことはできません。勝手な想像により昔の人はどうであったとかこれからの人はどう思うに違いないとかということは許されるものではありません。そのような決めつけをせずに、現在世代の人々の知識、良心と責任において考えることがどうしても必要です。
 その知識、良心と責任が過去と未来の人々の心を汲むように働くか、それができることが本当のリベラル、自由であり延いては本当のリベラルな価値をもたらします。

 また、現在世代によるリベラルな価値の追求におけるもう一つの問題としては、事柄の切り売りがあります。
a0313715_04154867.jpg 何等かの問題、争点を個別にパッケージングして分野をなし、それが人々にメディアを通して提示されます。
 そうなると、一つ一つの事柄を自己完結的に処理するように考える癖がつき易く、それぞれの事柄をつなぐような深い考えがなかなか生まれて来ないことになります。
 「つなぐ」ことにつながるものは例えば文芸、les arts libérauxです。文芸は人文学とも呼ばれます。
 それを学業として修めた人々は勿論ですが、そうではない人々にも文芸は多少開かれており、それを学ぶことができます。昔は一々本を買わなければならなかったので文芸を知り得るには経済力の格差が壁となっていましたが今はネットがあるので基本料金だけで済み、格差の壁はややなくなって来ています。それを嘘と思うならばネットを生かしていないか生かそうともしていないかです。
 他にあるのは手当たり次第に知識を拾い、それらを自分の頭でつなぐことです。それも今はネットによりかなりでき易くなっています。学業を修めている人も社会人になるとその手に頼ることが多くなります。
 かつて民主党の小沢一郎氏がインターネット端末を全ての世帯に無償で給付するという政策を提案したことがありましたが彼もまた、若し生かせるならば、ネットのリベラルな価値の追求と実現の可能性を広げる意義は大きいと見ているのでしょう。ヨーロッパには眼鏡を全ての国民に無償で給付する国もあるので小沢氏のそれも充分に可能なのですが、インターネットパソコンがまだ自動車のようなステータスシンボルであった時代の提案なので無償給付による普及はその誇りを毀す、苦労してパソコンを買っている人々に不謹慎なりやということで反対されて実現しなかったのかもしれません。
 ネットの普及は前世紀の「事柄の切り売り」による世論を少しずつではあれど変えているといえます。尤も、それによってもまだまだ残る世論の通弊や新たに出て来た問題もあります。

 文芸と似て非なるのが教養、Kulturです。
a0313715_04171703.jpg 教養はそれそのものが事柄をパッケージングすることを根本とするため、事柄の切り売りを助長し易いものです。明治から昭和や平成に掛けて形成されたこの国の教養というものが事柄の切り売りによる歪んだ世論を形成しており、教養という概念はもはやハードディスクの残り滓データにしか残るべきものではありません。教養を身に着けたいと今時に思っている人は少し視点を変えて教養ではない知識を身に着けることを考えてほしいと思います。
 自分の意見が確立していると思っている或る事柄と他の事柄が不和を起こす、平たく言うと現実に著しく矛盾する、何も生まんじゅうろう、それは教養というものにある本質の故です。
 そのようなものである教養の作り出すものは社会の閉鎖的慣行や自由の阻害、本質的無関心などであり、教養はリベラルと相容れるものではありません。
 故に大学の共通科目なども、今は共通科目という名称になっていますが昔は一般教養科目と呼ばれる向きが多くて今もそのように呼ぶ大学があります。この国も年来に少しずつではあれそのような改善がありますが名を変えても実は変わらないこともあったり、まだ教養主義の壁は薄いとはいえないようです。

 リベラルな価値ということに関し、左翼、革新(中道左派)、保守(中道右派)と右翼の見方の違いはどうなのでしょうか?

 『その1』の記事に政治におけるリベラルとは革新と保守の総称であると語りました。
 しかし政治には限られないリベラルな生き方、生活における自由の追求や確保に関しては革新と保守だけではなくそれらの四つの全てがそうでありうるとも。
 とはいえ、それぞれの見方の多少の違いはあります。

 左翼:政治に関しては基本としてはリベラルではない。但し生活におけるより多くの自由を必要とする場合には政治的リベラルに与することもある。
 革新:政治に関しても生活に関してもリベラルを旨とする。但し経済社会と家庭の彼等なりの共通価値を優先し、それに反する自由は認めない。
 保守:政治に関しては基本としてはリベラルな価値よりも法に基づく伝統的統治のあり方を重視する。生活に関しては個人の自由を他者の自由を損なわない限りは無制限に認める。但しそれが損なわれる場合には政治においてもリベラルな価値を優先する。
 右翼:政治に関しても生活に関しても現状の維持を最も優先するため、保守的価値を求めるかリベラルな価値を求めるかは現状に基づいて決める。どちらがどれほどを占めるかは時により違う。

○左翼:政治に関しては基本としてはリベラルではない。但し生活におけるより多くの自由を必要とする場合には政治的リベラルに与することもある。

 共産党はリベラルではないとはしばしばいわれますが、凡そそれと同じ。
a0313715_04202098.jpg 政治に関してだけではなく生活に関してもなるべく伝統の保守を基本とする考え方をします。
 保守的価値に反する人がいる場合には、左翼は理性的説得による保守的価値への回帰を図ります。排除することもなければ保守的価値に反する方へ譲歩してゆくこともありません。但し多くの人々が保守的価値をより自由な在り方に修正することを求める場合には民主集中的議論を通して改めることが認められることもあります。議論もまた理性的説得の一つであり、左翼においては理性的説得が何よりも大切にされます。
 それらを実践し続けることができれば、左翼は或る意味では人間としての「上がり」であるといえるかもしれません。

○革新:政治に関しても生活に関してもリベラルを旨とする。但し経済社会と家庭の彼等なりの共通価値を優先し、それに反する自由は認めない。

 『その3 経済編』や『その6 風俗編その2』の記事に、革新は経済社会と家庭の共通価値をなすと語りました。それに反しない限りにおける自由、リベラルさを政治に関しても生活に関しても追求します。
 安倍政権が集団的自衛権を制限つきで認めることによる安全保障法を制定しましたが、そのような立法は革新的在り方に基づくものといえます。集団的自衛権が制限される部分はその行使が現在世代の経済社会と家庭の共通価値を侵しかねないものであり、そうではない部分が認められた訳です。保守ならそのような立法はせず、集団的自衛権の行使を全く認めないか無制限に認めるかのどちらかです。但し現在の保守はどちらかといえば集団的自衛権の行使を認めるべしと思う向きが多いのでその安保法そのものが保守的であるとはいえないにせよ、安全保障についての国民の世論が少しでも現在の保守に近づいたとはいえましょう。保守であるとはいえないけれど保守に少し近づいた状況は革新、保守と右翼が混然と分かりにくい思想の状況を招いています。故にも弊ブログは今このような解説と批評を物している訳です。
 革新の共通価値は常に変わらないものではなく、革新というからには時代により多少の変化があります。殊に大きく変わったといわれるのは同性愛者、所謂LGBTの権利についての見方です。
a0313715_04223178.jpg 因みに弊ブログは「LGBT, lesbians, gays, bisexuals and transgenders」の語は寧ろ差別的であることに鑑み、「HBT, homosexuals, bisexuals and transgenders」と呼ぶことにしています。取り分け男性の同性愛者を指す'gay'は元は「陽気な」という意味ですが、本質的無関心を陽気ぽく笑ってごまかすという含みがあります。とにかく'gay'とか'LGBT'と言えば同性愛者の権利と名誉に関心があるかのように装える。そのような欺瞞な言葉とそれを用いての運動を認めてはいけません。そしてそのような欺瞞は革新の最も根本に刻み込まれた特徴です。片や'homosexual'は至って科学的な語であり、本来なら合理主義を旨とする革新は率先してそのように呼ぶべきです。保守も基本としては合理主義なのでそのように呼ぶべきです。その内に「HBT48」も出来るでしょう。
 さて、革新はHBTの権利に積極的であるとされます。しかし本当でしょうか?真面目に考えているのではなく、盲判をついて権利の拡張を認めているだけなように見えます。中でも、同性婚を認めるべしとすることが革新の粗統一見解となっており、それに代わり得るHBTの共同生活、平たく言うと同棲を社会的経済的に支援するような法制度の提案などは絶無です。HBTが実際に求めているのは同棲であり男女の夫婦を真似るような結婚ではありません。同性婚はHBTをそのような男女の夫婦による家族及びそれに基づく社会経済の共通価値に陰に陽に収束させようと、染め直そうとする極めて侮辱的政策です。HBTの方々は彼等に騙されて舞い喜んでいてはいけません。
 同性婚への反対の或いは廃止を求めるデモが日本にも世界の様々の国にも起こってほしいと思います。賛成派は人類とその公正な政治の営みを終わらせようとしているとしか考えられません。

○保守:政治に関しては基本としてはリベラルな価値よりも法に基づく伝統的統治のあり方を重視する。生活に関しては個人の自由を他者の自由を損なわない限りは無制限に認める。但しそれが損なわれかねない場合には政治においてもリベラルな価値を優先する。

a0313715_04245111.jpg あちらを立てればそちらが立たず――何を立てるか立てないかの問題は人の世の常です。
 リベラルな価値、自由の追求は必然にそのようなジレンマを生じます。
 ジレンマを取り敢えず無難な状態に収めることができるのが法に基づく伝統的統治です。
 それは政治家だけではなく、人民がそれぞれ自らの分に応じてすべきものでもあります。何よりもまず、自らを治める、それが保守の思想の根本です。
 しかしそれがなかなかできない、出来る筈なのに上手くゆかない人も少なからずいます。なので自らを治めることだけに関心を持つのではなく他者を治めたり他者に治められたりすることを自ら選び取ることも必要です。そのように保守は自律主義でも他律主義でもありません。
 中には最も大きな自由は自然と共に在ることにこそ存すると思う人もいます。一概に保守といえども、自然を志向する保守と自然とは異なる人工を志向する保守があります。しかし何れにせよ、法に基づく伝統的統治を基本とする限りは自然と人工、自然派と人工派との間に致命的敵対は起こらないと考えます。「他者の自由を損なわない限りにおける無制限の自由」を考える際にはそのように「自然派と人工派」の例でしてみると分かり易いかと思います。例えば、やぎを自宅に飼うことは自由の観点から見てどうなのか?それは自然の営みというべきか人工の営みというべきか、権力としてはどう対応するべきか、示唆の多いものといえます。
 法は如何にして出来るか、それについての考え方は時代により変わります。今は民主的政治なので国民の多数が支持する法が正しい法であるとされます。

○右翼:政治に関しても生活に関しても現状の維持を最も優先するため、保守的価値を求めるかリベラルな価値を求めるかは現状に基づいて決める。どちらがどれほどを占めるかは時により違う。

 何を価値とするかは現状がどうであるかにより決まるので、右翼は相対主義であるといえます。
 現状の維持を基本とする右翼ですが、現状を絶対視するのではありません。それは寧ろ革新に多いものです。革新は自分達に有利な現状は絶対視してそれを変えさせません。
 現状と自分とを相対的に推し量り、そこでできることとできないことを見極める、それが右翼の肝です。
 そのような在り方は多かれ少なかれ、左翼、革新や保守にもあります。故にその点は右翼だけが格別に異なるのではありません。私も保守でありながら、その右翼的特徴を重視します。
 しかし右翼は他にはこれという特徴がないのでそれが右翼の最も大きな特色であるといえます。
a0313715_04265990.jpg 平凡、それが右翼です。
 過剰な平凡さはファシズムに転じ易いともいわれます。平凡さが固有の特色ではなく要求するべき全体の価値となるとそれはファシズムになります。すると現状の維持は所謂忖度と呼ばれるようになります。
 絶対的価値が現実に支配していた時代には右翼というものはありませんでした。あったのは保守と左翼、それにそれらのどちらでもない中間層――経済的中間層ではないが、近現代には主に彼等が革新勢力として経済的中間層をなす。――だけです。保守は権力に与する人々或いは権力に関心を抱く人々であり、左翼は権力とは距離をおく人々です。保守と左翼の何れもが主に宗教に基づく絶対的価値を尊重して生きる世界です。現在の右翼に当て嵌まる人々は保守と左翼の何れかでした。
 絶対的価値の支配がなくなり政治的自由の下に相対主義が生まれると、そこに右翼が出来ます。右翼はそこに絶対的価値の支配を逸早く断念し、相対主義に基づく新しい支配の形を考え出しました。それが象徴としての君主制であり、右翼は絶対王政のようなものを支持しません。しばしば勘違いされていますが、日本の象徴天皇制もまた右翼の考えに基づくものであり、絶対的君主制への復古を考えたことなどは一度もありません。その象徴天皇制を今は革新派がもてはやしており、寧ろ極右というべきなのは革新派です。
 尤も、相対主義に基づく象徴天皇制が侵略戦争を招いた訳であり、右翼の発想が必ずしも現実的であるとは限りません。
 よって保守としては一概に象徴天皇制とはいえどももう少し天皇の実際の権力を認めるべしと思います。他のアジアにはそれで先進的且つ自由に良く治まっている国もあります。

 何れにせよ、右翼がリベラルな価値を蔑ろにするというのは根も葉もない噂でして、それぞれがそれぞれなりに社会問題などにリベラルな視点で目を向けています。右翼には余りないのは「共通の関心」です。故にか、今時のように右翼の力の強い時代には価値や関心がばらばらの国民をその侭で治める強い指導力が重視され、国民の合意(コンセンサス)が出来にくいのです。

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