小田急電鉄は車輛の小型化で速度の向上と混雑の緩和を図るべし ●小田急沿線が人気沿線である驚きの理由
 今年の春に小田急電鉄のダイヤが改正されて半年になる。
 長年の取り組みであった代々木上原(東京都渋谷区)~登戸(川崎市多摩区)の高架複々線の工事が完成したことによるものであり、それにより当該区間の混雑率が200%程であったのが160%程に緩和されている。それだけでも大きな効果になっていることは確かである。

 それに併せ、2000年代に多摩唐木田を出て東京メトロ千代田線に乗り入れる多摩急行を導入するなどして利便の向上が図られていた多摩線の運行が更にアップデートされ、多摩急行に代わり東京新宿行の快速急行――:休日――と急行――:平日――が新たに運行されている。それにより従来は京王電鉄の事実上の独占にあった多摩~東京の輸送における小田急の存在を高める試みである。

●鳴り物入りの高架複々線も、まだ冷やか

 しかし満を持して行われた高架複々線による新体制の実際は期待されていたより芳しくはない。

 多摩線の急行は通勤時には通勤急行となるが、その通勤急行の乗車率は高くはなく、多摩市街の多摩センター駅や永山駅の利用客の数は殆ど増えてはいない。
 新百合ヶ丘駅の唐木田行急行の下車客の数もまばら。それは東京方面の急行の停車駅で来た列車が「唐木田」と表示されているだけでどこへ連れて行かれるか分からないので乗らないという客の判断がされていることによるものと推測し得る。何しろ唐木田の「唐」は「毛唐」の「唐」でもあり「唐変木」の「唐」でもある。「毛唐」も「唐変木」もWindowsの漢字変換には出て来ない。
 先ずそれだけを改善するなら、列車の行先表示と案内を「唐木田」ではなく「多摩センター方面 唐木田」とすることが考えられる。そのダイヤ改正により廃止された多摩急行は列車名に「多摩」が付くだけに分かり易く、地下鉄千代田線との乗入の効果もあり、今の多摩線の急行より高い乗車率があったという印象がある。或いは列車名を多摩急行に戻すことも考えられよう。
 小田原線の東京新宿~新百合ヶ丘の利用客の多くはは唐木田がどこにあるのかを知らなくても多摩線があることを知ってはいる。「多摩急行 唐木田」と「急行 唐木田」では分かり易さが違うのである。
 多摩線の利用客の伸びがないのはそれらの問題に加え、広告宣伝の拙さもあると思われる。何を伝えたいのかが分からない。平たく言えば、やる気の感じられない宣伝である。小田急電鉄は平日の夕刻に番組の提供があるTBSテレビを主としてテレビCMもあるがやはり何の宣伝なのか分からない、それでいて何か凝っているようではある、平たく言えば独り善がりな広告が多い。提供先のTBSの体質にも似ている。

 実は、小田急は昔はそんなやる気がなくて独り善がりな企業ではなかったということが以下の論からも分かる。いつしか時代が先進的優良企業であった小田急を変えてしまった、それが宿願の高架複々線の完成を見ても猶続いている。

●車輛を17m3扉の12両に

 小田急電車の車輛は一般車の全てが20m4扉で特急ロマンスカーに用いられる特別車は車体長がまちまちで扉の数は1扉である。

 因みに全国の大手鉄道の一般車の車輛は以下。

 西鉄:19m4扉;19m2扉
 近鉄:20m4扉
 京阪:19m3扉
 阪急:19m3扉
 阪神:19m3扉
 南海:20m4扉
 JR西日本:20m4扉
 名鉄:19m3扉
 JR東海:19m3扉
 京急:18m3扉
 相鉄:20m4扉
 東急:20m4扉
 小田急:20m4扉
 京王:20m4扉
 西武:20m4扉
 東武;19m3扉;20m4扉
 京成:18m3扉
 東京メトロ:17m3扉;19m3扉;20m4扉
 JR東日本:20m4扉

 関西には19m3扉が多くて関東には20m4扉が多い傾向が分かる。

 ここで注目すべきは東京メトロ、旧営団地下鉄の車輛。
 東京メトロが関東の主流と同じ20m4扉を用いるのは意外と少なく、小田急と直通の千代田線、東急東横線や埼玉高速と直通の南北線、東急東横線や西武池袋線、東武東上線と直通の副都心線、東急田園都市線や東武伊勢崎・日光線と直通の半蔵門線、西武池袋線や東武東上線と直通の有楽町線の5つの路線だけ。
 日本最古の銀座線や丸ノ内線は16m3扉で東武伊勢崎線と直通の日比谷線は19m3扉である。
 日比谷線は前は東急東横線とも乗り入れていたが東急電鉄の全ての駅における乗場扉、いわゆるホームドアの設置のために乗入が廃止されている。乗場扉は列車の車体長と扉の数が合わないと設けられないためである。

 実は、小田急もその東急東横線と同じことをすればよいのである。
 但し車体長と扉の数は逆で、小田急がより短く少なく、銀座線や丸ノ内線と同じにして地下鉄千代田線が現行のまま。それで、小田急と地下鉄千代田線の乗入は廃止。
 来年には皇太后陛下になる皇后陛下もその願いを奏したように、乗場扉、いわゆるホームドアの普及が待たれている――「ホームドア」という語は英語にはない。「乗場扉/the boarding gates」に改めるべき。――。
 今の処は東急だけが先行して勧められているが行く行くは小田急を含むその他の鉄道にも乗場扉が導入されることが望ましい。
 小田急が乗場扉を導入するには一般車と特別車の車体長が合わなくてはならない。
 そのためには小田急の全ての車輛の車体長が17mになることを要する。扉の数は違うが一般車の3扉と特別車の1扉の位置を合わせれば乗場扉の位置に合う。そして編成を現在の6両+4両=10両または10両を6両+6両=12両に改める。現在の20m4扉は10両で200mであるが17m3扉は12両で204mになり、4m長くなるだけなので輸送力は下がらないし駅の乗場の改造も要しない。一つの列車の扉の数は20m4扉×10両は40か所で17m3扉×12両は36か所、4か所少なくなるだけである。車体長が短い分、扉の間隔は著しく長くはならず、現行の車輛等と大きな差は生じない。
 車体長が3m短くなるともう一つ良いのは曲線部での遠心力が低くなるので現在の車輛等より連続で速く走れることである。現に特急ロマンスカーの多くは短い車体で速く走れている。しかしその速さも車体の長い一般車の遅さに追いついてしまい、常に速く走れてはいない。
 また、全ての編成が6両編成車となることにより、従来の4両編成車が余って入庫になることがなく、車輛の稼働率が高まって収益の効率が上がる。車輛の取得価額や資本的支出が入庫が多くなる程に無駄になり、車輛当たりの機会収益が低くなるからである。そのためには10両編成車を増やすのではなく6両編成車+6両編成車=12両、但し区間と列車により6両が良いのである。
 「ロマンスカーのためにはホームドアは要らない、仕方がない。」では済まされない。特急ロマンスカーの停まる新百合ヶ丘駅や町田駅、本厚木駅、藤沢駅などが乗降客数も多く、乗場扉を最も要する駅である――新宿駅は特急ロマンスカーの乗場が一般車とは別である。――。
 そう言うと逆にロマンスカーの特別車の車体長を一般車と同じ20mにせよという声もありそうではあるが、そうなると永年のロマンスカーの面影はなくなる。地下鉄千代田線に乗り入れる車体の長いロマンスカーが近年に出ており、以降のロマンスカーの新型車もその車体長を踏襲しているがロマンスカーの印象を毀しており邪道なもの。そもそも青いロマンスカーなんてあり得ないその形も茹卵をふざけて斜めに切ったよう、黴の生えた茹卵である。私も一度その車輛のメトロホームウェイ号に乗ったことがあるが室内の通路が異様に長く、乗りにくい。数メートルの違いでも、長い車体に座席が連々と並ぶと閉鎖空間に閉じ込められているような感じになる。余程に平行座席の一般車の方が良い。それはJRの特急なども考えるべき事柄であろう。
 今年の春に新しく出た70000形GSEは20m1扉であるが1次車のみでそれをやめて2次車以降を17m1扉に改めることが望ましい。
 小田急と地下鉄千代田線の接続する代々木上原駅は互いの乗り換えが元々便利であり、直通運転を必ずしも要しない。なのでそれを廃しても小田急沿線と東京市街との輸送にも不便は生じない。寧ろ千代田線との乗入が必需なのは小田急線とは反対側のJR常磐線であり、小田急方面は昔から繁忙時にも混雑率が低いがJR方面は混雑率が高い。常磐線は北千住~上野が複線で快速と仙台方面への直交流切替車しか通れないために普通列車が千代田線に乗り入れなければならない。小田急が車体長と扉数を変えるとそれと同時に千代田線と常磐線も全ての車輛を同じくしなければならなくなる――乗場扉がなかった頃はそのような規格の統一を要せず、例えば東急東横線には車体長と扉数の違う地下鉄日比谷線の車輛が平気で乗り入れていた。――ので小田急だけを千代田線との乗入をやめることにより変えれば済むようにする訳である。

 小田急沿線は住宅や職場を選ぶ際に永らくの人気路線である。時代により若干の変動はあるが凡そ常に1位が東急、2位が小田急で3位が京王という番付になっている。
 但しその人気は大昔の小田急が名実共に優良企業であり魅力のある鉄道であった頃の印象の名残が大きい。しかし実際に住んでみたらがっかりという声も多く、それがあくまでも2位で決して1位にはなれない理由でもある。また、小田急沿線は東武沿線と首都圏の貧困率の最悪を争い、故に安倍自民党の優勢な近年の状況に合っても「2位では駄目なんでしょうか?」の民進党や立憲民主党の支持率と得票数が多い。人気沿線という華やかなイメージとはかなり違う経済的にも精神的にも貧困な地域である。
 その小田急が名実共に優良企業であり魅力のある鉄道であった頃とは1960年代以前、日本の高度経済成長期までの時代である。今の小田急の「人気と失望」のイメージは1970年代以降に形成されているものである。
a0313715_20472165.jpg 初めて連接構造が導入されたSE3000形や初めて展望席が導入されたNSE3100形の登場も’60年代。一般車は1959年から1989年まで稼働していた先頭車が16mで中間車が19mの3扉の高性能車2400形や2004年まで稼働していた初めての20m4扉となる2600形が出ている。更に旧い車輛等も名車であるが、1964年に出た2600形が大体小田急史の分水嶺になっている。
 以後、1966年に4000形、1969年に5000形、1972年に9000形、1978年に5200形、1983年に8000形、1987年に1000形、1995年に2000形、2002年に3000形、2007年に4000形が一般車として出ている。現在稼働しているのは'83年に出た8000形以降であるが、今の小田急沿線民の多くが知るのは'64年に出た2600形以降であり、2400形を知る人は少ない。乗ったことや見たことがある人は私と同じ昭和50年(1975年)頃以前の生まれの人々であるが彼らの記憶にもあまりないのではないか、それ程に首都圏には3扉車は稀少になっており、4扉車しか知らない人々が多くなっている。
a0313715_20473359.jpg 2400形が最新であった時代の小田急は全車が17m以下であり、故に常に速く走れていた。因みに列車の運行速度は列車の本数や混雑はあまり関係がなく、線路の敷き方と車輛の大きさが合っているか、それと原動機(モーター)と制御装置の仕様が最も大きい。
 尤も当時の小田急は高度成長後の程には運行本数が多くはないが若し車輛が大きくなってはいなければ本数が増えても早く走れていたのである。17m以下の車輛が走ることを前提とする線路の敷き方が当時も今も変わってはおらず、そこに20mの車輛が走るようになって遅くなった。
a0313715_20472872.jpg 隣の京王も昔は17m車が主流であったがそれでも線路の敷き方は初めから一部の区間を除き20m車の高速運転が可能なものになっている。故に京王は今年に新しく出た特別車/一般車の両用車を含む全ての車輛が20m4扉であり、そのままでも問題がない。
 線路の取換は一晩でも出来るものであるがその敷き方を変えるのは運行の大規模の休止をしなければ殆ど不可能であり、創業や新線の建設の時に決定的になる。京王は車輛の大型化が初めから視野に入っていたが小田急はそうではなかったのであり、創業年の古さを考えると仕方がない。ならば車輛の大きさを昔に戻すしかないのである。小田急の大型20m車の導入は無謀であったといえる。
 今年に完成の高架複々線の区間だけは線路の敷き直しになったが他の区間は変えられない。中には新百合ヶ丘や相模大野までを高架複々線にするべしとの声もあるというが、その必要はない。車輛を短くするだけで小田急の輸送力と乗場扉などによる安全性はかなり大きく改善される。

 車体長と扉数の他に、室内の天井の高さももう少し低くすると良い。すると室内の容積が小さくなって冷暖房が効き易くなる。小田急は暖房の効きは良いが冷房の効きは悪いとは定評である。天井が低くなって全高(屋根)も低くなると低重心になり、空気抵抗もやや小さくなるので高速走行に良い。

 小田急だけではなく、そもそも4扉車は混雑の緩和のためには意味がない。
a0313715_20515889.jpg 日本一混む地下鉄である銀座線、丸ノ内線や大阪の御堂筋線は昔も今も3扉車。それで何の問題もない。
 寧ろ4扉車は扉の間隔が詰まる故に乗場の余地もその分少なくなり、'90年代以降に導入された整列乗車による通行の妨げも相俟って混雑度が増す、即ち身動きの自由度が減る。
 つまり、逆に京王は創業時から意味のないことをしているともいえる。しかし「大は小を兼ねる」が当て嵌まり、その弊害が出てはおらず、後々に変わった小田急には弊害が大きい。

●小田急沿線の人気は 東急沿線や京王沿線には住めない人々の受け皿 が理由――ワケあり人間の多い小田急沿線

 小田急は'60年代までは優良魅力で'70年代以降にそれが失われている。
 その理由の一つは小田急沿線の人口の増加が他の鉄道等の沿線より十年程遅れたことである。
 昔の小田急沿線は東京(新宿~喜多見)と湘南(藤沢~片瀬江ノ島)が古くからの由緒のある高級住宅地であり、その他は何もない田舎であった。
 '60年代までの首都圏の人口の増加は主に東京において生じたが、小田急沿線は高級であり過ぎて当時に新しく経済力を増していた労働中間層には住む検討の余地のない所であった。故に労働中間層の招致を重視していた東急などの他の沿線と比べ人口が増えなかった。
 また、小田急は不動産部門が東急や京王、西武と比べ小さく、沿線の粗全域に亘る地主階級による不動産の支配も強い故に沿線の大規模の開発をすることができない宿命にある――それは大資本による一方的開発を許さないということで、良いことでもある。――。
a0313715_20543051.jpg 故に高度成長期には沿線の人口が増えず、小田急は牧歌的な沿線風景を維持していた。そこにロマンスカーの走るその雰囲気が正に小田急ファンの原風景である。
 しかし、'70年代になると高級な小田急沿線の物件が「射程圏に入る」経済力の比較的に高い層が急激に増えて来る。'60年代の高度成長を直に担って来た労働中間層や経営者ではなく、その実現の後に経済大国になったことの恩恵で成り上がるたかり経営者などの人々が'70年代に増えた。小田急沿線はそこで初めて著しい人口の増加を見ることになる。代々木上原や下北沢、経堂、成城学園前などの高級住宅地が売れ、世田谷代田や後の'80年代に木梨サイクルで有名になった祖師ヶ谷大蔵などには学生や新社会人の一人暮らしが増える。その頃にその風潮にはあまり染まらずに他の沿線に近い人口の増え方をしたのは千歳船橋や狛江などの京王沿線に程近くどちらかといえば京王沿線色の強い地域である。'60年代には新居を買い求められなかったいわゆる遅咲きの人々がそれらの地域に住むようになる。
a0313715_20572862.jpg 「'70年代の高級さ」といえば当時を知る人には鮮烈な記憶があるであろう。それは隣の東急沿線の一部にも起こっていたが、ヘレニズムを基調とするもので、如何にも芸術の分からない成り上がりがその如何に西洋物な感じ或いは「和の心」な感じの故に買い求めて誇るような悪趣味性の強いものが立ち並び敷き詰められる。一方ではヒッピームーブメントなどの風俗が起こり、'70年代はいわば「汚らしい豊かさ」の時代であった。
 普通の労働中間層のようでもそのような汚らしい豊かさを東京の先進主流の風俗と思って一目置くような人々も少しずつ小田急沿線に増える。
   
 '70年代の後半期には日本最大級の新田である多摩ニュータウンが出来、その近隣の川崎市西部や町田市の新興開発が始まる。
a0313715_20584265.jpeg 小田急は京王相模原線に並び多摩ニュータウンへ行く新しい路線多摩線を開業するが小田急は不動産部門が小さく大きな開発ができない故に小田急多摩線の沿線人口は増えなかった。多摩ニュータウンの主な開発の主体は住宅都市整備公団、現在のURであるが京王はその開発域外の調布市多摩川や稲城市、更に多摩市の残りの地域を開発して人口を増し、多摩~東京の京王電車の乗車率も順調に増した。小さな開発では寧ろ費用対効果が望めないので当面は詮めざるを得なかったのである。
 しかし当時に新しく出来た新百合ヶ丘駅を中心とする川崎市西部や町田市は小田急以外の業者等が順調に開発をし、町田市は'70年代後半に、川崎市西部は'80年代に人口が増え始める。そこで小田急以外の業者等が何故多摩線の沿線には進出しなかったのかは謎である。「どこも公団が握っていて無理。」という先入観の故か?
a0313715_21014062.jpg 5年程先行した町田は'70年代の東京の汚らしい豊かさの影響を今も残し、小田急沿線の中でも比較的民度の高い神奈川県方面では随一の低民度、即ち柄が悪めの地域である。
 '80年代になってから本格的に人口が増した生田、百合ヶ丘や新百合ヶ丘などの川崎市西部は先の千歳船橋や狛江と同じく京王沿線色がより強く東京近郊の小田急沿線の例外な地域である。京王沿線の人口の増加は'60年代と'80年代、'00年代の二十年おきであり、それらの地域は'80年代に京王沿線と同時に発展している。

 '70年代から二十年を経、'90年代に小田急沿線は全般に再び人口の大きな増加を見る。
 '70年代の東京に加え、町田市が更に人口を増し、更に大和市や海老名市の人口が増えた。海老名の隣の厚木市は主に'80年代の増加であり、'90年代にもそれなりに順調な増加にあった。
 尚、'90年代になっても多摩線の沿線人口は殆ど増えず、'00年代に漸く多摩急行の運行などにより増加、それも小田急沿線では例外な京王沿線と同じ時期のものである。
 '90年代の思潮や風潮はバブル後ということもあり、一言で言えばせこい。舛添要一前東京都知事などはその典型かと思われる。
 '70年代のようにあからさまに汚らしくはないがどこかきれいではない。向上や改善というものには関心がなく或いは拒みさえするような感覚、それを「成熟社会」というキーワードでごまかす、そんな人々が小田急沿線に新しく居を構えるようになる。バブル経済の崩壊により不動産価格の高騰が止み、一概に高額とされる小田急沿線も従来と比べると買い易く・借り易くなったからであろうと思われる。
 '90年代は神奈川県西部を主として外国人労働者が著しく増えた時代でもある。それそのものは必ずしも悪いことではないが、「国際化」や「グローバル化」の名の下に彼等外国人労働者の水準に合わせるような日本人が現れてくる。省エネルックや後のクールビズに象徴されるような、あからさまに汚らしくはないがどこかだらしのない感じの、例えば弊ブログの前の記事にも言及した乳首がシャツに透けている男や吊り手をがっしりと握る人――MBSテレビの『林先生の初耳学』にも言及されたように、日本の吊り手は握るものではなく親指を除く三四本の指を掛けるものである。握るように出来ているのは西洋に多い玉型の吊り手。――、整列乗車をしないと怒ったり侮蔑の眼差しを向けたりする人などの卑しい人々が人気沿線である小田急沿線には殊に多くなってきた。同じ時代を生きているようでも、両隣の東急沿線や京王沿線は明らかに違う。
 ロマンスカーが走り始め、2400形車輛に乗って通勤する。――そんな素晴らしい小田急の時代とは全くの別世界である。   
 小田急に「引けを取らない」混雑率で列車の遅い東急田園都市線にはそのことを含めてもさしたる不満が聞かれることがないのに、小田急には常に不満が聞かれる。それはよく云われるような混雑率や列車の遅さではなく、殆どは周りにいる人や或る時には彼らに媚びる小田急自らの卑しさから来る無意識の或いは顕著な不安感であろう。 
 マツコ デラックスや私はしばしば田園都市線を嫌うと語っているが、そのような点ではどうしても認めざるを得ない。「この差って何ですか!?」或いは「物件選びで得する人損する人」、「全力!脱力通勤」、「こいつ今何してる?」である。

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a0313715_17314580.jpg●関東地方の緊急地震速報は ダイヤル1134 文化放送


――地震が発生したら先ずは火の点いている所を確認して直ぐに消せる火を消し、物の落下を避ける。


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ANN 報道ステーション 9.54~/月~金
ANN サタデーステーション 20.54~/土
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