【Freesia大特集2018年末:衣食住、そして生 】その1:衣――着る
 「衣――着る」、い――きる、生きる。
 衣(ころも)を着ることは生きるということなのかは分かりません。

 衣について語る前に、先ずはこの大特集の主旨を説明します。

 現代は衣の時代、食の時代と住の時代に大きく分けられるかと思います。

 先ずは住の時代――昭和30年(1955年)の頃から日本は戦後からの復興と経済の再成長の拠りどころとして先ずは住処、住宅の発展が国民の懸案となりました。
a0313715_01121642.jpg その際に初めに出て来たのは高層アパート。建売戸建、低層アパート(長屋)と戸建分譲住宅――:阪急の文化住宅など――の三種の住宅があった戦前が、戦後は新しく高層アパートが出来た。昨年2017年に廃止された東京渋谷の宮益坂の高層アパート、宮益坂ビルディングはその頃1953年に建ったものであり、歴史を物語るものとしてテレビ朝日のサンデーステーションにもa0313715_01160819.jpgその廃止が特集として報じられました。以後、渋谷を拠点とする東急電車の沿線を主として各地に高層アパートが出来る。しかし当初の家賃の高さなどから、この高層アパートという住宅の様式は全国にあまり広く広がりはせず、代わりに広く普及したのは仕様と家賃に幅のあるマンションと呼ばれる高層住宅です。詳しくは『その3:住――住む』の記事に述べますが、それに始まって現代の日本は’60年代から’80年代までの三十年は「住」が国民の主要の関心事でありました。

 「住」が凡そ満たされてきていると認識されていた――逆にまだ劣っているとの意見も少なくなかったがその点についても『その3:住――住む』の記事に述べます。――'80年代から新たに国民の主要の関心事になったのは「衣」、この記事の主題です。
 それに先行して'70年代にもベルボトムのパンツなどが語り草になっているように、「衣」についての関心が高まり出していましたが、一部の「時代に敏感な」人達の趣味の性格が強く、国民的関心という程になってはいません。そして’90年代、20世紀が終わるまでの二十年は「衣」の時代でありました。

 これも一部の「時代に敏感な」人達の間では大方の国民がまだ「衣」の時代にあった'90年代から関心が高まり出していましたが、20世紀が終わり21世紀に入って新たに国民の主要の関心事となり出したのは「食」です。
 「住」の時代が三十年、「衣」の時代が二十年、では「食」の時代は十年で2010年頃には終わるかと思いきや、「食」の時代は'20年代を迎えようとしている今2018年もまだ続いています。

 住、衣そして食――現代の時代の関心事は重いものが軽いものへ、腐りにくいものが腐り易いものへ、変遷しているといえます。日本の現代だけではなく、その順番は世界の歴史に凡そ遍く見られることです、無論その内容には大小優劣様々な違いがありますが。歴史の教科書は先ずパルテノン神殿や竪穴式住居などという建築物についての話から始まります。それらの出来た時代には着るものや食べるものが多様化してはいないとされます。
 今の日本はより軽くて腐り易いものに関心を持っているともいえます。
      
 一部の「時代に敏感な」人達と大方の国民のそのような認識の違いは何から出るのでしょうか?

 「衣」の時代は前者が'70年代に始まって後者が'80年代に始まっている。大方の国民は十年遅れているかのように見えます。
a0313715_01220799.jpg しかし実はもっと根源的で深い関心は大方の国民が先行しており、「住」の時代にあった高度経済成長期の'60年代に既に「衣」についての関心が広がりつつありました。
 しかし関心を持ち始めてはいても、市場がそれに追いつかない。供給が需要に追いつかない状況が十年程続き、'70年代に市場がやっと重い腰を上げ始め、更に十年後の'80年代に漸く供給が関心と需要に応えられるようになっているのです。
 '70年代に時代に先行していた人達は市場の実験台になるような特有の立場にあった人々です。
a0313715_01255188.jpg 時代の実験台になるような特有の立場とは大雑把にいえば、'60年代の高度成長に乗り遅れている時代遅れの「かわいそうな」人々。彼らは高度成長を現実(リアル)に支えて来た人々ではなく、我が国の同時代を生きている人々とはいえないので、その遅れをキャッチアップするだけではなく高度成長を支えてきた同時代人を「見返す」ような箔を着けてあげようとする企画者が市場におり、その実験台になる。
 '70年代に特有の「ワケあり感」はそのようなキャッチアップと箔着けから来るもの。
 この記事はそれが良いか悪いかを問うのではなく――それを読みながら考えていただくのは構いませんが、――そのような流れが現実に存在したことを語るものです。
 弊ブログの大まかな論調はそのような'70年代的なるものには否定的なので、どちらかといえば「我が国の同時代」的生き方を奨めるものですが、近年は'70年代的「ワケあり感」を独特の形で取り込むことにより今までとは異なる新しい「我が国の同時代」を作り出そうとする安倍政権の時代になっているので単純に「我が国の同時代を生きるべし」と云うと誤解を招く虞があります。
 「衣」の時代がより深まって来ていた'90年代に、なべやかんの替え玉事件などの不祥事が起こりました。
 それは'70年代的キャッチアップと箔着けが二十年を経ても営々と続き、衣だけではなくそちらも爛熟の極に達していたことを物語ります。鉄道車輛のステンレス車体が著しく増え出したのもその頃です。更に二十年を経、今度は医科大学の男子受験者の水増合格の事件が起こっており、'70年代から四十年余りを経てもその「文化」は留まる処を知らずにいます。

 そして今'20年代を控える'10年代、国民の需要に基づく「我が国の同時代」と一部の遅れている人達の「キャッチアップと箔着け」の違いが曖昧になっており、それらが混然一体の風俗を醸し出しています。 
 
 何故、キャッチアップと箔着けにより同時代人を「見返させてあげる/見返す」動きが起こるのでしょうか?

 それは日本には文化がないからです。

a0313715_01302649.jpg 近年はやたらと意味も分からずに「文化」と言う人達がテレビや新聞などにも目につきますが、そんな浅ましい「文化/bunka」ではない歴史的伝統的、そして程良く近代主義(le modernisme)の盛り込まれた文化(la civilisation)があれば同時代に遅れていることは問題にもなりません。早かろうと遅かろうと文化を身に着ければ一介の市民(de citoyens)として恥じない存在になれるからです。文化とは市民として必要最低限の知識や心得を身に着ける/教えることです。
 文化のない処に「同じ日本人」の意識を持たせようとすれば、質としては異質でも値段または知名度としては引けを取らないかそれ以上の風俗(culture)を身に着ければ同時代人を見返し若しくは上回ることができるという動機(モチベーション)になります。いわゆる「マウンティング」の風がそのようにして出て来ます。それをしている人達にとってはマウンティングをして威張る位が丁度好い平等なのです。つまり、ベルボトムはマウンティングのネタであったのです。――「ほら、こんなに裾が広いぞ!」。
 因みに、昨今にネット右翼やパヨクと呼ばれる人々はそのようなキャッチアップと箔漬け、そしてマウンティングにより育った人が多い。彼らのブログやツイッターなどの論理体系を観ても、ネット右翼やパヨクはその三種の神器に貫かれていると見て取れます。'70年代を直に知るネット右翼やパヨクは還暦以上の高年であり、直には知らないがその影響の下に育った人々が若いそれらです。
 パヨクは高年層に多いといわれ、ネット右翼は中年層に多いといわれますが、今の中年にとっては'70年代は自分が生まれて物心が着き始めた時代、私にとっても物心が着いた1979年(昭和54)年は「あーうー…」や「会社は永遠です。」、「江川通れば道理引込む。」などに彩られた特別な年ですが、40代後半にとってのそれは正にベルボトムやヒッピールックの時代。
a0313715_01344056.jpg または、和服と呼ばれる日本の伝統衣服も、殆どは時代に遅れている人のキャッチアップ、箔漬けとマウンティングのネタとしてしか用いられていない現実があります。櫻井よし子など、テレビや新聞、雑誌などに和服を着て出る人はどこか胡散臭いのです。和服と呼ばれるものを纏ってすることの多い演歌にもそのような性質があります。演歌を知っておれば恥ずかしくない若しくは大威張りが出来る。それは決して時代を担うことではない。

 テレビが普及した'70年代から続くそのような三種の神器の風潮を'90年代に引繰り返すことに幾らか成功した、引繰り返したと言うと物々し過ぎるならば是正に幾らか成功したのはZARDです。

a0313715_01362657.jpg ZARDは日本文化(Japanese bunka)となって久しいキャッチアップ、箔着けとマウンティングを一切も含まない歌々を世に出した音楽人です。
 また音楽だけではなく、'90年代に爛熟を見る「衣」の時代の一端を主導してもいます。
 ZARDと並びその時代の音楽の代表とされるB'zはその「衣」を含め、それら三種の神器を若干含むものですがZARDは全く脱却しています。脱却というか、初めから無関係にその視聴覚を形成しています。
 ZARDにはどこか'60年代の高度成長の時代を思わせる力と'80年代の再成長の時代を思わせる技があり、'70年代的なるものは絶無です。
a0313715_01384271.jpg '70年代の再来ともいわれ経済成長率の低下した'90年代に、'70年代を繰り返さない。――そんな志が感じられます。志はあくまでも志で現実がどうなるかは分からないし、現にZARDの時代から四半世紀を経ている'10年代、そのようになってはいませんし、それがあくまでも「幾らか成功」という所以です。何よりも本人が志を捨てたならばそうなる筈もありません。

 '80年代の音楽はマウンティングという'70年代に出でてこの'10年代にそのボルテージを見るものはありませんでしたが、キャッチアップと箔着けの風はまだ残っていたと見えます。私は'80年代の音楽やその他の風俗をこよなく好みますが、その点はどうしても旧い、これからの時代にはあまり生きないものと思わざるを得ません。
a0313715_01400616.jpg 例えば松田聖子の『青い珊瑚礁』を見ても、朝日新聞の珊瑚事件を予言するものなどというトンデモ論ではありませんが――否、強ちそうではないともいえない。「松田聖子の歌の切ない心を傷つけてみたら案の定非難されました。」というスタンドプレーのようにも見える。――、「南の風に乗って走るわ」は、「南」が今の現実とは異なる所を象徴する言葉で、そこで独特の功を成すことにより凡百の日本人を見返してやるという動機を詠うものとも解釈し得ます。
 因みに、私は『青い珊瑚礁』とZARDの『揺れる想い』が音的に酷似し、詞的には発展形をなしているものと思います。「あー、私の…」と「揺れる…」がぴたりと重なり合います。その発展とは正にマウンティングに加え、フォローアップと箔漬けを脱するものを示すということです。

 音楽はその演じ手が音盤のジャケット写真や公演の舞台の衣装にも力を入れることからして衣食住の「衣」との結びつきが強くあるといえます。
 '50年代、'60年代、'70年代、'80年代、'90年代、'00年代に'10年代――それぞれの時代の音楽人らの衣装を見ると各々の違いもあるものの、時代による違いが明確に見て取れます。
 '50年代は、国民の多くが戦後の復興のさ中で貧しくあった頃。音楽人らの着る物は取り敢えず立派な服を着れれば良いという復興の課題を示すような趣。
 '60年代は、高度経済成長に入り、より豊かに、より華やかにという夢が価値として加わったような趣。特に典型のスーツやドレスを纏う者が多く、基本形としては堅く形式的。
 '70年代は、低成長と世界秩序の動揺の時代。未知への不安感もあり、国民の共通の課題や夢というものはなくなり、個人や仲間の趣味を形成してそれを守ろうとする趣。
 '80年代は、思いの外に舞い込んだ再成長の時代。もうなかろうかと思われていたことがあるという機会(opportunities)が世に現れ、「衣」もしれを反映して更なる多様化と高級化が勧む。
 ’90年代は、再成長の終わりと再びの低成長で、多様化と高級化に抑えが掛かり、「衣」にもその限りでの深まりが見られた時代。また、商品よりも店、即ち着ることだけではなくその前段の視ることや買うことへの関心が高まった。
 '00年代は、20世紀末までに万事の粗方の着想(ideas)が出尽くしたとの感から既存のもののあり方や意匠を改良して再生(recycling)することが多くなった時代。更なる低成長の予想から、単品の価格を抑えて予算あたりの点数と価値を増す「コスパ/cost performance」が追求された。
 '10年代は、新しい着想のない'00年代の倦みを晴らして何か新しいものはないかと隙あらば探し求める時代。特に自国日本についての関心が高まり、「日本らしさ」を訴えるものが最新の方法を用いて作り出された。

 先述のように、'60年代~'70年代は「住」の時代で'80年代~'90年代が「衣」の時代、'00年代~'10年代は「食」の時代なので、「衣」との結びつきの強い音楽、即ち「音」が発展したのも'80~'90年代。殊に自動車においてはその時代に音の静かさまたは音の良さが追求されていました。加えて車室の音響装置も多様化し高級化しています。
 '60~'70年代の「衣」は「住」の時代を反映し、住宅に相応するような、即ち家の豊かさや貧しさを現すような服であることが多い。'80年代からはその相応が良きにつけ悪しきにつけ崩れ、衣は住を現さなくなってきています。名が体を現さなく(?☆)なってきてもいます。
a0313715_01442598.jpg '00年代~'10年代の「衣」は「食」の時代を反映し、服が自分の食欲を現すようなものになっています。地味な衣を着る人はそれだけ食欲が強くはなく、何にせよお洒落をする人は食欲が強い。自然色と人工色の違いも自然食と人工食の違いを反映するかのよう。私は「食」への関心はあまりありませんが食欲は強く、食べるものも着るものも自然に近いものが多い。しかし、再成長で景気の良い'80年代は意外と着るものと食べるものとが相応せず――当時を知る人々にとっては少しも「意外と」ではありませんが、――、お洒落ならば食欲が強かったり「食」への関心が強かったりとは限らない。景気の良い時代は経済力の自分の関心事への特化がより可能になり或いは特化せざるを得ないので衣食住の均衡というものが良くも悪くも偏ることが多いのです。今の時代は経済力が衣食住やその他の全てに亘り絶対的差を生む傾向にあるといえます。

a0313715_01461403.jpg 「食」の時代で「衣」への関心は然程に強くはない今の時代に、フジテレビの『めざましテレビ』のお天気の阿部華也子さんが毎朝にファッション誌『CanCam』との提携により着せ替えショーをしています。私はそれがいつも楽しみですが、阿部さんの姿と共にその衣装の銘柄と金額が字幕で表示されるのは一時代前'00年代のコスパの時代のパラダイムであり、今'10年代のパラダイムには与しないという強い意志が感じられて嬉しい。
 実は『めざましテレビ』に先行してテレビ朝日の『グッド!モーニング』がその三人のアナウンサーによる『今日のOggiスタイル』という一こまをしており、それが報道番組による着せ替えショーの元祖ですが、銘柄を紹介しても金額の表示はない。その『今日のOggiスタイル』もそれなりに好きな時間ではありましたが金額を云うことを卑しむ価値観の反映にも見え、阿部さんが勝ると思います。
 しかし『めざましテレビ』は一方では「食」に関する特集も多く、『グッド!モーニング』はそれが少なく、それが『グッド!モーニング』の好感する点です。テレビ朝日は元々『おかずのクッキング』や系列のABCテレビの『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』という名門の料理番組があるので他局等の程にはそもそも「食」を追う必要がない筈なのですがそのテレビ朝日もフジテレビなどの真似をして「食」についての番組や報道の特集が多いのは如何なものかと思います。『めざましテレビ』だけではありませんが、『めざましテレビ』の出演者等は『イマドキ!』の若い女子達と立本信吾アナウンサーを除き、食べ方が汚いのも由々しい。何も食べない阿部さんと食べ方のきれいなイマドキ女子達だけが品位がある。それと、番組の始まって以来の生え抜きの軽部真一アナウンサーもあまり食べることがありませんし、食べる際の食べ方も他の方々よりきれいです。永島優美アナウンサーは他の点は良いですが食べ方が汚いのが残念です。特に口に食べ物を入れながら喋るのは論外です。

 '10年代は'90年代に一度は脱した'70年代様式が幾らかの趣を変えて再生していると見えます。
 低成長の故か、衣が住を現し更には食をも現す、経済力による絶対的格差の現出が'70年代から四十年振りに傾向になっている。それが仕方ないというのではなく、寧ろ望ましいという向きさえある。
 音楽人の衣装も、'70年代の人気であった革ジャンパーが再び増えている。尤も、当時の程には小汚い感じを醸し出してはおらず、今は真新しくて小ぎれいな革ジャンパーです。世界の潮流から見れば、獣の皮を使う衣は避けるべしとされており、今の日本の潮流は世界のそれに逆行しています――それでも靴だけは世界も獣の皮を使うのが当たり前ですが、――。アメリカにもロシアにも革ジャンを着る音楽人や俳優は殆どいませんし、ヨーロッパのそれらにはとうの昔です――それでも「外交の安倍政権」なんていえるのですかね?――。
 パンツの裾は’70年代のベルボトムのような広いものとは逆に、裾の絞られたスリム型が増えています。音楽人の衣装だけではなく業務服にも裾が細くてタックのないパンツが圧倒多数になっています。'80年代や'90年代はタックのあるストレートのパンツが殊に男子の服の主流でしたし、ZARDの坂井泉水のデニムパンツにも見られるように――デニムパンツにはタックはありませんが、――女子にもストレートのパンツが主流になっていました。今やタックのあるストレートのパンツを見掛けると後光が差す程に好感します。タックなしスリム、それだけが経済力の差を埋める世間並の証になっているかのようです。元々はそれをはやらせたは'00年代の2004年に始まったテレビ朝日の『報道ステーション』の司会の古舘伊知郎であり、あの古舘さんも良いことだけではないという感じです。彼がその12年の間に徹底してタックなしスリムを固守した故にそれが圧倒多数になってしまったのです。
 タックがないことと形がストレート(真直ぐ)ではないことはそれだけ低い技術での生産が可能なので、タックなしスリムが主流になっていることは技術力の低下の証でもあります、それが日本の技術力の低下なのか中国の技術力の未発展なのかは分かりませんが。
 スリムパンツはそのシルエットを前後から見ると縫製が曲線になされているかのように見えるので一見は技術が高いかのように見えますが実はどちらも二枚の布を真横から真直ぐに合わせて縫い合わされるものであり、縫製の技術はストレートパンツと違いません。縫製機に置く向きはどちらも同じで、前後で二枚の布の形が違うだけです。布の形を切り出すための技――多くは手切り。――は曲線に切るのは直線に切るより易しい。つまりスリムパンツの人気は技術力の低下――経済大国日本の没落とグローバル世界における新興経済国の増加――に合わせるための苦肉の策に過ぎません。処が、技術の水準をそのように低い方に合わせることにより、全体の格差よりも寧ろ低い層における格差が拡がっています。それだけの低い技術をもより良く出来る人々と碌すっぽできない人々がいるからです。寧ろ要求品質、即ち課題が低くなる程にそれに取り組む姿勢と成果には差が生じます。故にタックなしスリムパンツの品質も遠くから見れば皆一様に見えてもよく見ると大きな格差があります。

 そんな中、或る人々にとっては好ましく、或る人々にとっては好ましくない「衣」の状況が'10年代の今に見て取れます。私はそれを条件付で好ましい傾向と思います。
 それは女子におけるスカートが再び増えていることです。
 スカートは「衣」の時代が深まりを見せた'90年代から急速に減っていました。それが'00年代や'10年代の前半も続いています。
 '20年代を迎えようとする今になってスカートを着る女子が増えています。『めざましテレビ』の阿部さんもスカートが多い。なのでその傾向は'20年代を先取りするものといえるのかもしれません。
a0313715_01501022.jpg それが分かり易く見て取れる例は'90年代からUNIQLOを展開して'00年代からGUを展開――全国におけるブレークは'10年代、きゃりーぱみゅぱみゅの『ファッションモンスター』の唄のテレビCMの頃から。――するファーストリティリングの売り筋です。スカートの激減していた'90年代に始まったUNIQLOは今もスカートの品揃えには消極的ですが同社のもう一つの銘柄であるGUはスカートを積極的に品揃えしています。そのGUが'10年代に出て今を時めく中条あやみと共に、反スカートの'90年代を代表する女優の一人である内田夕紀を宣伝のモデルにしているのは示唆的です。
 低成長により、スカートは着る機会の割に価格が高くて割に合わないという感じから減っていたのでしょうが、GUは低価格高品質のスカートを多く売り出すことによりスカートを三十年振りに再び普及させています。そのGUに触発されてか、他のより高価格な衣料業者等もスカートに力を入れ始めているようなのです。
 内田夕紀がスカートを着るようになる。――それが只今の大きな時代の地殻変動なのです。
 あまり大きな声では言えませんが、今もパンツのみを三十年も墨守している女子は聊か貧相に見えます。しかし既に安倍総理のいる風景が常態となっている竟数年前まではそれが常識、「スカート?斬新ですね…。」といわむばかりに当たり前の風景でした。


 私の衣の好みは弊ブログの前の記事等にも紹介しているように、以下です。

 ['70年代] 不詳

 ['80年代] 銘柄:McGregor(アメリカ)
      様式:アメリカのアイビーリーグ風の様式が主。当時に流行のスタジアムジャンパーを一とし、シャツ、トレーナーにデニムパンツ(ジーンズ)を合わせるのが多い。パンツには吊帯(サスペンダー)が必須。
 銘柄ではないが、鳩山由紀夫総理――彼は当時は自民党で当時の私も自民党を支持。――の出身校であるスタンフォード大学のエメラルドグリーンのトレーナーの上下を寝間着にしており、それが特にお気に入り。

 ['90年代] 銘柄:POLO RALPHLAUREN(アメリカ); CHAPS RALPHLAUREN(アメリカ); LEVI'S(アメリカ); 横浜元町スミノPORTLAND(日本); REGAL(アメリカ); UNIQLO(日本); 三陽商会(日本); オンワード樫山(日本)
      様式:'80年代からのアイビーリーグ風も一部に残存していたが、'90年代はユダヤ系が強まる。
 ラルフローレンは学校にはやっていたが私は専ら私服での愛用で、学校では無名銘柄のシャツや学校指定のポロシャツを着、その辺りは一線を画したい感じ。また、POLOだけではなく同じラルフローレン氏のCHAPSも広く取り入れ、近年まで現役。しかし、今はRALPH LAURENには然程に興味がない。
 PORTLANDは白地に紺の線、金色の釦のカーディガンや現色緑のポロシャツが当時のお気に入りで、最近に久々にPORTLANDの赤青ストライプの七分袖のシャツを見つけて迷わず買う。
a0313715_01535908.jpg LEVI'SやREGALも'90年代から長いこと買っていなかったがLEVI'SはBOOK OFFで当時と1インチしか変わらない(27が28に。)寸法のベージュのデニムパンツを見つけ、REGALは近年に三井アウトレットパークで久々に朱色スエード調の靴を見つけて愛用。
 その他、LEVI'Sのデニムパンツやデニムジャケットを軸とするZARDの衣装を真似る。それにど根性ガエルの白Tシャツを合わせていたこともある。
 '90年代末はUNIQLOを取り入れ、当時に流行のフリースにチノパンツが増える。
 業務服はオンワード樫山と洋服の青山のスーツが主。'00年代の民主党の政治家に多い炭地に白の縦縞のスーツを愛用。

 ['00年代] 銘柄:UNIQLO(日本)
a0313715_01562245.jpg      様式:'00年代は粗UNIQLO一色。独り暮らし――:名古屋と横浜――を多くした故か、衣にも食にも関心が薄く、主に住に関心。名古屋の気風に倣い、本も殆ど読まない。それが寧ろ本を読むことの真の意義を悟ることにつながる。簡素で快適な暮らし方の価値観がそれを通して強まる。真似していたのではないが、自分の姿のイメージは吉田羊。

 ['10年代] 銘柄:GAP(アメリカ); ZARA(スペイン); GU(日本); H&M(スウェーデン); UNITED ARROWS(日本)
      様式:先述の'90年代との再会もあるが、新たにそれらが加わる。
 GAPなどのアメリカ西海岸の様式は'90年代にもESPRIT――今はニットが1着。――などを通して少し知っていたが、東海岸様式を専らとしていた子供の頃と比べ西海岸様式が増えている。但しGAPは靴だけは美しいが持たないので要注意。特にアメリカなどの西洋にはよくある部屋履がそのまま日本にも外履と一緒に売られていたりするので慣習の違いの認識を要す。
 ZARAは埼玉県民の勝負服といわれるそうだが、神奈川県民の私にとっては普段着として落ち着く服。
 GUはほんまに様々という感じ。H&Mは私がスウェーデンで唯一の好きなもの。
 UNITED ARROWSが逆に特急レッドアロー号のような勝負服かも――テレビCMは吉高由里子。――。
a0313715_01584973.jpg '90年代のZARDに代わり、今は波瑠を髪形から真似ている。それらの銘柄で波瑠に似合うのはGUとH&Mか。波瑠は知らないくせに日本を取り戻したがる今'10年代の気風とは一線を画し、低成長の'90年代と'00年代の良さ、更に高成長の'60年代を併せ持つ機微に富む緩やかさが魅力。

 何れにしても多い色は:ベージュ;灰色;桃色;紺色;水色、それが私の五大色、加えて橙色と緑色の七大色です。
 色遣いについては、一般に色の数の少ないのがお洒落の要といわれ、殊にイタリアにおいてはその要を守る人が多いそうです。
 しかし私はそれにはあまりこだわることはないと思います。
 日本人は何でも何かを知ると聊か極端に追求する癖があるようで、イタリアのそのようなお洒落の要なんかも日本人の一つ覚えで頭に爪先まで同じ色や質感で固める人が少なくない。そうなるとさすがにださいといわれることはないかもしれませんがどうも恐い感じがします。垢抜けると言って肌が垢すりで傷ついているかのような感じ。殊に今'10年代のお洒落に力を入れているらしい人には人相の恐い人が多い。昔とは違い、金の力を誇示しているかのような感じもする、車に喩えるとトヨタのアルファード/ベルファイア。マスコミが今時は人それぞれの時代ということで国民の衣装には注目しなくなっており、誰も見てはいないのに力を入れているのがそのような恐さを醸し出すのかもしれません。そんな中、『めざましテレビ』の阿部さんは見る人もおり、貴重な存在です。
 但し近年の良くなってきている傾向は'90年代までは多く見受けられた黒ずくめが少なくなり、もっと多彩な色柄が好まれるようになっていることです。黒なら賢く見えると思っているのでしょうが、私などのような賢い人から見ればあまりそのようには見えません。
 '90年代までは黒い装いが多く好まれていたのは本当は衣装には関心がないのに周りには関心の高い人々が多く、埋もれないようにするためであったと考えられます。しかし、今は良くも悪くも人それぞれの時代になっているので黒で固めなくても埋もれることがなくなったのです。

 衣は第二の肌ともいえる重要なものですがええ加減なものも最も多い分野です――本よりは少ないかな?――。お洒落も大切ですが他の物と同じく、品質が第一。物心の両面で持ちの良い物を選びたいものです。

ブログランキング・にほんブログ村へ←クリック投票

■NEWS of the WORLD


a0313715_19444519.png
    ●ル モンド(フランス パリ)
a0313715_1946890.png
    ●リベラシオン(フランス パリ)
a0313715_18080681.gif
    ●時事通信(日本 東京)
a0313715_19485112.png
    ●読売新聞(日本 東京)
a0313715_19504029.png
    ●毎日新聞(日本 東京)
a0313715_201454.jpg
    ●ザ シアトルタイムズ(アメリカ ワシントン州シアトル)
a0313715_19541757.png
    ●ザ トロントスター(カナダ オンタリオ州トロント)
a0313715_19555015.png
    ●ザ ガーディアン(イギリス 英国 ロンドン)
[PR]
by keitan020211 | 2018-10-11 01:59 | 文明論 | Comments(0)
<< 【Freesia大特集2018... 小田急電鉄は車輛の小型化で速度... >>



keitanこと渓香が政治、社会、文明論、生活などについて語るブログ
by keitan020211
カテゴリ
全体
お知らせ
政治、社会
文明論
生活
Freesia料理
芸術(音楽、文学など)
ちょっと知りたいキリスト教
追悼
非公開の記事:~2018年6月
未分類
以前の記事
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
more...
My Tweets
フォロー中のブログ
プラハなchihua**hua
日本がアブナイ!
A Lake Mirror
ひつじのお散歩
楽なログ
+deja+
* Colorful W...
Lovely-Jubbl...
HANA*HANA
*Photo Garden*
Berry's Bird
Sora*Koto
Night Flight...
BARON MAMA*S
Yuruyuru Pho...
Roaming people
ひつじのお散歩2
外部リンク
ファン
ブログジャンル
検索
最新の記事
【書を読む】中谷彰宏『一流の..
at 2018-11-18 15:08
【書を読む】中谷彰宏『一流の..
at 2018-11-18 14:34
【書を読む】中谷彰宏『一流の..
at 2018-11-18 14:09
「「褒める教育」は伸びない」..
at 2018-11-18 09:22
ZARDのアルバムを再購入―..
at 2018-11-18 06:59
2018年度 なんでも番付
at 2018-11-18 03:36
産むことの権利と性差――Ab..
at 2018-11-14 02:46
恋愛に「告白」は要らない――..
at 2018-11-11 06:02
【書を読む】中谷彰宏『一流の..
at 2018-11-11 01:50
「適切な努力を」――当たり前だ。
at 2018-11-10 01:39
電子たばこを導入 Ploom..
at 2018-11-09 22:39
【書を読む】中谷彰宏『一流の..
at 2018-11-09 00:06
【書を読む】中谷彰宏『一流の..
at 2018-11-06 17:24
【書を読む】中谷彰宏『一流の..
at 2018-11-06 17:23
【書を読む】中谷彰宏『一流の..
at 2018-11-06 17:22
【書を読む】中谷彰宏『一流の..
at 2018-11-06 17:21
【書を読む】中谷彰宏『一流の..
at 2018-11-06 17:19
【書を読む】中谷彰宏『一流の..
at 2018-11-06 17:17
【書を読む】中谷彰宏『一流の..
at 2018-11-06 17:16
【書を読む】中谷彰宏『一流の..
at 2018-11-06 17:15
最新のコメント
> 清瀬さん そのリン..
by keitan020211 at 20:24
リンクから飛ぶことが出来..
by 清瀬 at 03:43
文化という名の非合理主義..
by たま at 21:16
元号のために様々な莫大な..
by 1 at 21:15
コメントをいただきありが..
by keitan020211 at 15:49
山本七平の「空気の研究」..
by コッホ at 10:15
花王のHP見ても、ミュー..
by ミューズ at 12:03
コメントをいただきありが..
by keitan020211 at 13:04
宮崎哲弥が明確に左とかあ..
by あえ at 17:15
コメントをいただきありが..
by keitan020211 at 15:37
ミューズって花王なんです..
by とくとく at 18:56
コメントをいただきありが..
by keitan020211 at 15:21
おー、ちょっとビックリ!..
by コッホ at 10:09
コメントをいただきありが..
by keitan020211 at 12:20
なるほど! なるほど!..
by コッホ at 11:34
コメントをいただきありが..
by keitan020211 at 16:38
わたしは英語が出来ません..
by コッホ at 10:21
コメントをいただき有難う..
by keitan020211 at 11:49
コメントをいただき有難う..
by keitan020211 at 19:23
あはははは。その小賢しさ..
by ぱよぱよち~ん at 21:27
最新のトラックバック
ニューヨーク在住で超富豪..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
北方ヨーロッパ絵画の最高..
from dezire_photo &..
北方ヨーロッパ絵画の最高..
from dezire_photo &..
EU諸国中英国への投資残..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
「北のヴェネツィア」と呼..
from dezire_photo &..
庶民の通信手段の力に気づ..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
無理やり解決をつけた従軍..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
巧妙なNHKの大本営擁護..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
山本太郎議員の単刀直入質..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
今回の統一地方選は投票し..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
記事ランキング