日本にはナショナリズムが存在しない――根から移民国家な日本 その3・【ちょっと知りたいキリスト教】イスラエルと神の国
 しばしば自民党と民主党(現:国民民主党)を擬えて共和党と民主党のようなものという方々がいます。
 そのような見方が安倍政権によるいわゆる新自由主義的政策が自民党において強まるにつれてますます顕著になって来ています。
 しかし日本の二大政党は自民党と社会党であれ、自民党と民主党であれ、国民民主党と自民党であれ、共和党と民主党のようなものではありません。
 若しアメリカの二大政党に擬えるならば、民主党と民主党です。
 日本には共和党のような政党はありません。

 先ず党の名称からして、共和党とは通称であり正式名称は大いなる古き党、the Grand Old Party, GOPです。そのように格調高い名の政党は日本にはないし、他の民間の団体にもなかなかありません。名前の付け方は生き方や希望の反映であり、共和党の生き方や希望は日本にはなかなかないものです。
 そして何より、共和党には前二つの記事を通して語っているように、日本には殆ど存在しないナショナリズムと共同体があります。
a0313715_01595694.jpg いわゆる新自由主義やリバータリアニズムに見られるような自己責任と自助努力の思想は日本にも共和党にもあります。しかし共和党にはそこに日本にはない共同体による相互扶助の思想と実践があります。同じく新自由主義的リバータリアニズムを伝統とするカナダは共和党のような相互扶助ではなく政府による公的扶助をそれに加えました。カナダのそのような変化は日本と近いものがありますが日本はカナダの程には公的扶助を重んじてはいないし共和党のような相互扶助もなく昔ながらのリバータリアニズムを基調とする侭です。
 近年の自民党は相互扶助を共助と、公的扶助を公助と呼び、それらの均衡ある発展を目指すと云っています。昔の自民党は曲がりなりにも公助を重んじていたので今もその必要を否定してはいませんが自助と共助をより重視したいといいます。なのでそれを以て自民党を共和党的というのかもしれませんがあくまでもない処から目指すというだけのゼロベースです。しかしその共助が専ら災害の対応のことだけにいわれているのは災害というマスコミベースにも乗るような誰の目にも明白な困難がないと共助をしたくないという本音の現れでもあり、やはり日本には共助が普及しそうにはありません。

 ゼロベースという語が自民党政権を主として近年にしばしば言われていますが、それは何も新しいものではありません。日本は古代から植民地的移民国家としてゼロベースの検討と建設を常としていました。ゼロベースとは日本におけるとても歴史のある言葉です。

 カナダの程ではない或る程度の公的扶助の重視は昔の自民党を通して日本の各地に普及して結構な多数派になっています。国民皆保険制を守れとか生活保護は最後のセーフティーネットとかいうのはその一例です、何れも私にとってはちゃんちゃらな水準としか思えませんが。
 カナダ並みかそれ以上の公的扶助を重視する人々は日本には多数派ではありませんが一部の地域においては強固な多数派となっており、その例は長野県や岩手県などの国民民主党または小沢一郎、即ち民主党の保守派の地盤の地域です。何れも寒い地方ですが寒い地方であるからではなく、北海は立憲民主党の、その他は自民党の地盤です。立憲民主党は他の面では自民党とは大いに違いますが公的扶助については昔の自民党並みの水準を志向しています。国民民主党はもっとです。
 それらの何れもリバータリアニズムの歴史的に強い地方ですが国民民主党の地盤はその限界を早くから認識していた故にカナダのような公的扶助を重んずるようになったと考えられます。長野県も岩手県も有力な大名や藩主がおらず、長野は他所の大名とその軍が地元に遠征してきて戦争をした場所です。つまり封建領主を信用しない土地柄であり、近代的国民国家を志向するナショナリズムが例外的に強まったのでしょう。
 それらと異なりリバータリアニズムにあくまでもこだわった他の東北地方は小沢一郎の岩手県と江戸幕府との結びつきの強い伊達氏の宮城県を除き皆貧しくなりました。北陸地方は長野県発のナショナリズムの影響から国民国家を重視するようになり豊かさを保っています。
 そのようなナショナリズムの歴史のある地域を地盤とする政党が「国民」民主党を名乗るのは必然ともいえます。父が長野県の出身で神戸の出身の私にはそれが当たり前に過ぎて近頃まで気づきませんでした。
 長野県と岩手県は塩分が寿命を縮めると知れば直ぐに実践して塩分が少なくなって寿命が伸びる改善の心が強いことでも相通じます。

 それにしても、日本にはそれらを含み、共助はどこにもありません。共和党のような党が生まれてくることがないのです。
 都会のごく一部の地域にはあるといわれますが大抵は田舎の程に共助はありません。
 日本の田舎は農漁業という企業活動と分かち難く結びついているので共助という考え方は生まれず、単に労働分配が確保されれば何も困らないという考え方なのです。それがつまり直前の記事に語った、日本人が共同体と呼ぶものは共同体ではなく利害関係であるということです。商工業化されている今もその考え方は変わらず、寧ろ商工業が農漁業よりも日本の田舎の本来の利害関係による結びつきの思想に即しているのです。
 そのような利害関係に基づく政治が自民党政治であり、アメリカに擬えると民主党の金権派。特定の利害関係には基づかない一般的リベラル保守が民主党右派及び国民民主党の政治であり、アメリカに擬えると民主党の右派。それに加えて特殊なリベラルが民主党左派及び立憲民主党の政治であり、アメリカに擬えると民主党の左派。二大政党+一党が何れも民主党なのです。
 +一党である立憲民主党は別ですが、自民党と国民党との間の線引はもう少し変わってもよいと思われます。今は事実上は金権か否かだけがそれらの違いであり、それだけの違いでは先ずは自民党の政治の方が偏ってしまいます。利害関係も様々にあり、とにかく金の力だけで色々な事柄が解決されて景気が良くなる訳ではありません。

 また、自民党政治のそのような「あらゆる利益の代表」というあり方は世界史ではイエスの時代のイスラエルに当て嵌まります。
 当時の西ローマ帝国の傘下にあったイスラエルはファリサイ派などを含むあらゆる勢力がイスラエルの回復を目指して大同野合をしていました。安倍政権のいう「日本を、取り戻す。」は正にイスラエルの回復の気運と瓜二つ。
 イエスの弟子の熱心党のシモンの属する熱心党は安倍政権の補完勢力ともいわれている日本維新の会に当て嵌まるでしょうか。都会の人の程に物事に熱心という直前の記事の冒頭のことも当て嵌まります。何かとイエスに批判されるファリサイ派は公明党でしょう。

 で、イエスを売り渡して裏切ったイスカリオテのユダは日本人のいわゆる共同体意識、即ち利害の結びつきによるいわゆる村社会に当て嵌まります。武士の切腹などもそうですが、いじめ自殺なども当人がそのような偽りの共同体意識を持っていることによるものです。なのでリベラルを自負する人達が幾ら救おうとしてもどうにもなりません。何しろイスカリオテのユダですし、当人が歪んだ同調圧力を他者に陰に陽に掛けているのです。

 不幸中の幸いか、そのようないじめられる者の同調圧力が更に強まりかねない与党の外国人労働者政策に積極的に賛成して同調を求める向きは与党内を含みあまりないようです。イスカリオテのユダに最も近い立憲民主党がそれに反対しているのもいつになく賢明です。いじめ自殺がなくなるにはそもそも利害関係に基づく村社会を共同体と混同するようなことのない健全な利害の意識或いは共同体性が確立すること、即ちいじめ自殺の「予備軍」――勝手に予備軍と見做される人もいて寧ろそれが気の毒。――に寄り添うことではなく社会観と教育の根本を現実主義にすることが必要です。
 アメリカで成功しさえすればイスラエルが回復されなくても構わないのですし。
 因みに「日本を、取り戻す。」と叫ぶ安倍総理はイスラエル人ではなくローマの役人でしょう、原稿がないとどうにもならないようですし。

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# by keitan020211 | 2018-12-16 02:03 | 政治、社会 | Comments(0)
日本にはナショナリズムが存在しない――根から移民国家な日本 その2
 しばしば実感としていわれることに、都会の人は何かと熱心で田舎の人は冷めているというのがある。
 これもしばしば、都会の人は冷たくて田舎の人は温かいといわれ、そう思っていたら意外とそうであったという実感である。
 その都会の人の熱心さとは意識高い系的というのもあるが、凡そはそのようなものではない何か。
 英語の「熱心さ」は'enthusiasm'、最近に覚えた。

a0313715_22471237.jpg 学校や会社なんかでも、話し合いの時などに積極的に発言するのは都会の子に多く――都会の学校はより都会の子。――、田舎の子はなかなか発言しなかったり全く発言しなかったりで消極的。
 それを田舎の人は都会の人に遠慮しているという方もいるがそれよりも日本の都会と田舎の独特の構造にあると思われる。
 直前の記事に語ったように、日本はナショナリストは都会の出身者に多くて田舎の出身者には少ない。ナショナリズムとは共同体的愛国心であり、日本におけるそれは西洋とは逆に都会の一部に生まれて保たれている。その他の多くの地方にはナショナリズムは存在しない。
 国を愛して共同体を保つためには積極的発言が必要となる。発言だけ、即ち言うだけの空理空論ではなく行動においても都会の人はよりエネルギッシュである。それを日本の都会は通勤に時間が掛かるが田舎は何でも車で楽であるからという方もいる。通勤要因説は幾らかは諸外国にも当て嵌まろう。なので私は通勤電車の際限のない混雑の緩和には反対である。それを止めどもなく続けておれば運賃が高くなるからでもある。二階建の列車も要らない。

 勿論、ナショナリズムと共同体の存在しない田舎の人々はするべきことをしないのではない。
 ナショナリズムとはヨーロッパにおける産業革命に対する抵抗から生まれた思想であり、それが生まれなかった日本の多くの地方が下々の主体的意思により共同体を保ちまたは社会を営むという意識を持たないのは必然なのである。では何でそれが何で生まれなかったのか、それを以下に考える。

 一つは直前の記事に語った、田舎の移転の自由――憲法の移動の自由の実際。――が歴史的に大きくて都会のそれは小さいから。
a0313715_22501332.jpg 個人を縛る雁字搦めの掟に支配される村社会というものは日本には存在しない、良くも悪くも何でも自由で他所に迷惑を掛けさえしなければよいという。しかしそのような田舎の自由に慣れ過ぎていると迷惑を掛けていても掛けていないと思い込む自己中心的他者不在の性格、即ちいるだけでも迷惑な人になる。時々テレビのバラエティー番組に出て来るような、自宅に蛇を飼う人とはそういうことである。
 国民の自由を奪るための抵抗というものが日本にはなかったのもかように自由であるから。しばしばいわれる権威主義ではない。寧ろ日本のように権威を尊ばない国は西洋の先進国らも含み少ない。日本は根から反権威の自由主義の国である。パヨクはそれを統一価値、the universal valuesに基づく権力への抵抗と思い込んでいるので色々な勘違いや誤り、誤導になる。正確には権力への抵抗ではなく権威の拒絶である。

 田舎は移転が自由なのは日本がそもそも移民大国であるから。
 日本人という観念そのものが移民であり、正確には日本に住む移民のことである。
 「日本語喋れますか?」という非難の言葉は日本語をより身に着けている先発の移民がそれがまだ覚束ない後発の移民を見下すようなものであり、日本語を自分にとって不動の言葉とする人のものではない。寧ろ逆により日本語、国語の力のある人が「日本語喋れますか?」と言われることがあったりする。
 日本人の多くはかように外人である。故に日本の豊かさや美しさを物件の価値として称賛する。

 今般に出ている外国人労働者の受入の拡大の政策への批判は元々は都会のナショナリストの目線からのものであろう。然るにそれが数を得るのは彼等の主張に留まる限りはなかなか難しい。彼らはそれを分かっているのでマスコミを通して支持を拡大しようとしており、都会のナショナリストとはいえないような都会の田舎者、いわゆるパヨクの支持を得ることに成功している。しかしそれでもまだ数が足りない。それは古代からの日本の構造が移民大国であるからである。与党自民党と公明党はそれを保守している訳である。

 但し従来とは少し違うのは移民たる外人の種類が増えることであり、朝鮮人、韓国人、シナ人、台湾人、フィリピン人やベトナム人などの歴史的移民ではないもっと白い人々や黒い人々が多く含まれるようになることである。

 日本は古代からアメリカよりもアメリカ的な、移民による植民地の開拓の国である。
 アメリカにはイギリスとスペインという国民の共通の敵があり、それらの敵に抗って独立を果たし及び保つことからアメリカのナショナリズムが生まれた。
 ヨーロッパのナショナリズムは英国による産業革命と中東イスラム圏による侵略の懸念が国民の共通の敵であり、それらに抗うことを通してヨーロッパのナショナリズムが生まれた。
 日本には国民の共通の敵というものが昔も今もない。
 統治行為の範疇におけるような政治的対立は度々あるが、日本の独立や人権を脅かされるような支配や侵略を受けたことは一度もない。経済的国益さえも関係の他国と反したことは殆どない。
 その理由は日本は植民地国家であり、植民の祖国がアメリカに対する英国などのような支配をしないからである。それは植民の相当多数を占めるシナ中華帝国が英国やスペインなどと比べあまりに大きな国であるために他の植民の抵抗を受けてその権力と権威が危うくなることを予め避けたからである、拡大の余地もないし。そこまでなるとは思っていない英国やスペインはもっと攻めの姿勢でアメリカを支配しようとした。
 そのシナ中華帝国は同時に朝鮮やベトナムなどが日本を支配しないように周到に根回しをする。しばしばいわれる日本は中国に弱いとはそのような中国によるアジア諸国の根回しに依存して平和を保っているということである。
 そして日本が自分達が中国に云われてできない植民地支配をしようとすれば怒るのは必然である。中国による根回しのお蔭で存立していながら日本だけが違うことをすることは許せない。
 
 そんな古来の植民地移民国家である日本はいわゆる新自由主義的自己責任の思想もまたアメリカよりも強くある。最も近いのはリバータリアニズムであるが、靴の先が少し違う。

 そんな日本に歴史的体質が最も近いのはカナダである。
 カナダはしばしば北アメリカにありながらアメリカのようにがつがつしてはいない国といわれるが元々の思想や性格は寧ろアメリカよりもアメリカ的に新自由主義的リバータリアニズムであり、「殺されるのは殺されるのが悪い」ともいうような自己責任の思想も強い。移民に寛容なのはそのような冷酷な自己責任との引き換えである。
 しかしカナダは或る時から自己責任だけでは国家が成り立たないことを悟った。国家には民間の安定的共同体が必要であり、それがアメリカにはあってもカナダにはないことが国の弱さにつながっているとの認識である。そのままでは経済力と軍事力を背景に国力を増すアメリカに併合されるかもしれないという危機感がカナダの社会保障の充実や治安の改善につながっている。
 しばしば日本人はアメリカを活力はあっても文化やふるさとのない国というが現実にはアメリカは日本より悠に文化やふるさとのある国である。今や工業製品の品質でも日本はアメリカに追い越されようとしている。
 共同体の根源は利害ではなく無条件の現実である。現実に共通の敵があれば尚更に出来易い。
 日本人はしばしばそれを誤解しており、共同体を生み出すものは利害の一致であると大きな声では言わなくても思っており、それが良きにつけ悪しきにつけ村社会的秩序と呼ばれている。日本のそのような共同体観は殊にドイツにおいては企業の論理であるとされる。
 利害次第で子供を東京に捨てることも地元に留まらせることもできる、それが俗に日本の美しき共同体と呼ばれているものであるがそのようなものは必要がない。

 中国は古来から日本の独立を裏で保証してくれている国である、「日本を支配している国」ではなくそのような観点から中国やアジア諸国との関係を見ると日本の外交政策ももう少し変わってくると思われる。

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# by keitan020211 | 2018-12-15 22:51 | 政治、社会 | Comments(0)
日本にはナショナリズムが存在しない――根から移民国家な日本


 西尾幹二教授が先日の産経新聞の『正論』に外国人労働者の受入のことに関し、日本にはキリスト教もイスラム教も絶対に入って来ないということを語っている。
 それらもそうではあるがもっと重要なこととして、日本にはナショナリズムがあり得ないことを私はここに語る。
 ナショナリズムがあり得ないとはナショナリズムは悪いということではない。良いか悪いかはともかく、ナショナリズムは日本には少なくとも今までは生まれなかったのである。

 私が学生の頃は産経新聞が自分指定の新聞で当時も執筆員であった西尾教授の『正論』や彼の著書を読んでおり、愛国の烈志を養っていたものであるがそこに私自らをナショナリスト、国家主義者と認識することは終ぞなかった。愛国者にしてナショナリストではない。
 寧ろ国家の形と認識に関していえば朝日新聞的に、多民族で国民と政府が冷めた関係を持つ国というものである。それを前提として国民である私などが愛国の念を以て国民と世界の繁栄と平和に積極的に仕えるべしという信念。当時の朝日新聞にはそのような「仕える」というものが恐ろしく欠如しているように見え、産経新聞を信頼していた訳である。それがかなり逆になって来ている今も産経新聞は西尾氏や山崎正和教授などの昔からの穏健保守の客員執筆員が細々と生き残っている限りは無視できない新聞である。

 ナショナリズムのない愛国は、必然に効率主義になる。
 ナショナリズムは国民が国家を共同体として認識しつつ産業革命以来の効率主義による人間の毀損に抗うことを主たる動機とするもの。産業革命の発祥の地である英国(イングランド)は生産効率のために人間を毀損する側として見られている訳でどうしてもナショナリズムには懐疑的になる。朝日新聞的反国家主義もそのような英国的懐疑主義の影響からのものと考えられる。
 ナショナリズムのない愛国は人間の毀損を懸念しつつも国民と人類の繁栄と平和、名誉の尊重される世を如何に効率よく実現してゆくかを考えて実行するもの。生産だけではなくあらゆることを効率化してなんぼ。結構それを良しとする日本人は多く、見えない多数派といえるかもしれない――静かな多数派とは少し違う意味合い。――。

 ナショナリズムは日本には存在しないとはその基である共同体も日本にはないということである。
 それが恰もあるかのような仮想現実を醸成することが日本の社会や世論の様々な勘違いや誤りを生む。
 その仮想現実の存在を象徴するのが例えばネット右翼であるが、ネット右翼自らが勘違いや誤りの仮想現実を作り出しているとはいいきれず、寧ろそれを捉える他者が勘違いや誤りを増幅しているのではないかと思われる。ネット右翼が生み出すものの多くは一次誤謬であるがそれは個人の私的誤謬である場合が多く、社会や世論を誤導するだけの影響力がない。ネットの記事に書いてあるだけで影響力になることがないことはどんな思想や主張も同じである。しかしそれを捉えて賛否をかます側が二次誤謬を生み出し、それが誤導を生じる。一次災害と二次災害のようなものである。
a0313715_20084881.jpg その構図に照らすと、関東大震災の時に朝鮮人を虐殺したのは今でいうネット右翼を非難する方々であったのではないかとも考えられる。朝鮮人が何で日本に来るかといえば朝鮮にいるより日本にいるのが良さげと思うから、即ち朝鮮を愛さないからであり、それがネット右翼の反韓国朝鮮の温度と粗一致する。いわば祖国への懐疑の念であり、端からの敵として罵倒しているのではない――それがネット右翼実は朝鮮人説の真意であろう。――。そしてその彼らを非難することは場合によっては虐殺の温度になる。
 私もネット右翼は下らないしださいと思うが、批判や非難のあり方には気をつけるべきと思う。

 ネット右翼の多くが日本の自然や経済の豊かさを称賛するのは日本を「物件として有利な条件」としてしか見ないからである。豊かさだけではなく礼儀正しさや知力の高さなどの本当とはいえない事柄についてもネット右翼は自分が選ぶ物件として良い環境を保証するもの――つまり無礼な人や頭の悪い人のいる所に暮らしたくはないということであり、そう思うことは私も同じ。――として称賛するのである。

 ――日本は物件である。Japan is the property.

 物件とは経済価値の付されて市場における自由な選択が可能なもの。
 昨今に日本の国際競争力が頻りにいわれているのも、ネット右翼だけではなく様々の思想の日本人にそこだけは共通の感覚として日本を自由に選べる経済価値として見るからである。
 子供の時には当然ながら日本を自由に選んで買うことはできないが、大人になると日本を買うか買わないかを選ぶことになる。その「日本」とは「今いる所ではないどこか」であり、今いる所はその時点で「日本」ではなくなる。日本ではないといってよく分かりにくいなら、「新しい日本」と「旧い日本」であり、自分にとっての主な関心の対象は「新しい日本」になる。同じ日本の自分の受け持つ所と親の受け持つ所ではなく、時に自分にとっての「新しい日本」を詮めて「旧い日本」に帰ることを余儀なくされることがある。
 その新しい日本とは多くは東京である。日本の多くの地方においては東京という新しい日本を買うことが当然の選択肢として認められている。東京などの都会に移ることを許さないという地方やその家庭は少ない。ナショナリズムや共同体の存在する国とその地方においてはそれがもっと多い。
a0313715_20111307.jpg 東京などの都会に移らないことを選んで買う人も旧い日本に留まるということではなく今いる物理的場所を書き換えて組み替えてそこに新しい日本を作り出す、「大改造!!劇的ビフォーアフター」である。都会に移る兄弟との価値観や感性の違いは若干の差でしかないので都会の新しい日本と田舎の新しい日本は大体同じようなものになる。それが日本には地方色がないといわれることの理由である。
 それが近年の新しい傾向ではなく、日本は古代からいつもそうである。近年は「美しき日本の田舎」や「ふるさとの香り」のような昭和的虚構がなくなって来ておりそのような或る種の伝統に正直になっただけ「劇的ビフォーアフター」が昔より目立つようになっているだけである。
 古代や中世には東京はないし京都や大阪などの当時の都会は田舎の人が移り住めるような所ではなかった――逆にそれ故に京都や大阪のような古い都会とその近郊が日本には稀有なナショナリズムと共同体の存在する所である。――ので当時における東京のような所は全国に散在していた。それらの地域においては今も国土の東西を問わず東京的価値観や感性を保つ。故に日本は人口の移動が世界に類を見ない程に多くて何代にも亘る定住者の少ない国である。
 私にとっては京都や大阪、その近郊のようなナショナリズムと共同体性が当たり前過ぎる程に当たり前である故に学問ベースや政治宣伝ベースでのナショナリズムや共同体主義には与しない、敢えてその界隈に入ることを要しないということなのかもしれない。
 
 私のようなナショナリズムや共同体性が当たり前過ぎる程に当たり前とする人にもそれらを改めて当たり前ではないものとして意識してみようと思う人が近年は増えているらしく、主にやや左寄りのナショナリストというものがブログやツイッターに散見されるようになってきている。私の標榜するリベラル保守とは靴の先が少し違うがリベラルか保守かといえばどちらともいえるような、かなりお洒落な趣もある人々。
a0313715_20150193.jpg 彼らの多くは関東の大都市部に住む。関東にも近畿のような都市ナショナリズムの存在する向きがあるのであろう。諸外国にも全くなくはないが日本に特有――ガラパゴスということではなく。――のものである。
 ネット右翼も大都市部に多いとされ、私や彼等はどうしても数的に競争の関係に競争するつもりがなくてもなるようである。
 大都市部は家賃などの相場が高いので今いる所をなかなか移転しにくい。田舎を出て来る人々はそれまでにはお金を遣っていないので東京などの家賃が高くても一挙に出せるが元々都会にいる人々はそれまでにお金を遣っているのでなかなかできない。すると自ずと発想がナショナリズム的になってくるのである。

 今回は都会と田舎を主な観点として日本のナショナリズムと共同体の不存在を語ったが次回は朝鮮やシナ、ネット右翼語にいう特亜との関係の観点から語る。

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# by keitan020211 | 2018-12-15 20:27 | 政治、社会 | Comments(0)
安倍を支持する男・安倍を支持しない女――賃金と社会保障の点から
 この記事の題名、『安倍を支持する男・安倍を支持しない女』だけの方が「何やろ?」と興味を引いて良いかとも思ったのですがそれでは反安倍のバイアスが感じ取られて親安倍の方々が見る可能性が少なくなると思われ、もう少し公正中立ぽく『――賃金と社会保障の点から』との副題を付けました。ここに語るのはそれが主です。

 今日に行ったブックオフに『察しない男・説明しない女』というアメリカの本の日本語版の本があり、かつて一世を風靡した『話を聞かない男・地図を読めない女』の姉妹本でしょう。それに着想を得てこの記事の題名をそのようにした訳です。

 安倍政権を支持するかしないかにも男と女の差が傾向としてあるようで、全般に男子には安倍政権の支持率が高くて女子には低い。
 ネット右翼に限ると然程の男女差はなさそうですがそれ程に熱心でもない軽めの支持では男子に支持される政権とその総理という傾向が世論調査にも度々出ています。

 因みに私のツイッター――:右欄外に最新の分が表示、そこからアクセスができます。どうぞ御覧下さいませ。――はインディーズのアイドルのツイッターを何方かフォローしたりしていただいたりしていますが、彼女等のフォローされているツイッターは「安倍政権を支持しますか?――支持しない」系が多い。
 彼女等によるフォローには宣伝の目的もあるのでしょうが――値踏しているのではありません、良いことです汗。怒ってフォローやめないでね…。――その対象の多くが反安倍系であることは興味深いことです。
 尤も、「安倍政権を支持しますか――支持する」系の人々のツイッターは前者と比べかなり少ないので単純に確率で前者が多くなるのかもしれません。また、安倍政権を支持しないけれど特に批判をツイートしない反安倍ビジターな人々――どちらかといえば私もそれに近い。安倍政権への批判のツイートも多いが非政治的話題がもっと多い。――もいます。
 インディーズアイドルの殆んどは女子であり、世論調査の率をそのまま彼女等にも当て嵌めると安倍政権を支持しない率が高くなるかと思われます。

 何故男は安倍を支持して女は安倍を支持しないのでしょうか?

 「そんなことは自明の理だ。大企業に甘くて男性優位社会の価値観な安倍政権は男には支持されて女には支持されないものだ。」という声が結構多そうですがそういうことではありません。
a0313715_01514972.jpg 安倍政権の閣僚や与党の議員等には男性優位社会の価値観を露呈する者がちらほらといますが安倍晋三自らはそうではありません。それは決して総理大臣の立場を守るために本音を隠して無難なきれいごとをしか言わないのではなく、彼自らが男性優位の価値観ではないからです。彼はそもそも男性優位社会を生きて来た人ではなく、相手の良し悪しはともかく女を男と等しく人として大切にしています。
 大企業に甘いというのは橋本政権から続く――小泉政権からではない。そういう人達は河野洋平と組み不戦決議や財政の再建などの訳の分からないスタンドプレーに明け暮れた末に夭折した橋本龍太郎の政権を擁護したいので小泉政権を悪役に見立てているのでしょう。――いわゆる新自由主義的長期政策の反映であり、安倍政権に独特のものではありません。安倍政権は一方ではそうではない政策も少なからずしようとしています――「しています」とまではいいにくいですが。――。

 支持する男・支持しない女――
 最も大きな決め手は――というか、最も大きい手を決め手と言うのだけれど、――賃金支払明細――:いわゆる給与明細――の読み方です。
 「給与明細を読める男・給与明細を読めない女」ではありません。どちらも読もうと思えば読めます。しかし私は主婦が夫の給与明細を見るべきではないと思います。また、給与という語は税務畑の用語であり、給料という語は経済学畑の用語であり、何れも一般の所得者が遣うには相応しくないものなので給与や給料とは呼ばずに賃金、賃金明細と、役員なら報酬明細と呼ぶべきです。

 賃金支払明細には社会保険料の欄があります。
 夫が勤め人で妻が専業主婦なら多くの場合は、夫は社会保険料の項目を見ていて妻はそれを見ていません。
 「否、見ている。」というかもしれませんが見てはいても見ているのはそこに記される金額だけで、その数値が如何程のものなのかを把握理解している妻は少ないかと思われます。若しそれが高いと思えても社会保険のためなら仕方がないという結論で終わってしまいます。日本は国民皆保険制を一とする世界に随一の安定保障の国でありそれが守られるべきであるという思想が夫の賃金支払明細を片手に或いは両手にして確立されるのです。そして夫もまた妻の「社会保険は大事だからね。」という語りに何となく同意するのです。
 しかし妻は社会保障の重要さを漠然と分かってはいても、現行の制度がその重要さを支えるに適うものであるか否かについては粗何も分かってはいません。すると、妻が政治行政に求めるものはこうなります:社会保障を守れ。給料を上げろ。それが国民の暮らしだ。

 ――しかし夫はもう少し冷静に見ています。
 賃金支払明細の金額だけではなく、社会保険料の料率表を自分には該当しない所まで見ています。
 すると夫が政治行政に求めるものはこうなります:社会保障を守ってほしい。給料は上がらなくてもいい。それが今の暮らしだ。

 ――どういうことでしょうか?

 若干の例外はあるかもしれませんが、大雑把に言えば、賃金が増すと社会保険料が高くなって手取りは思う程には上がらないからです。
 勿論社会保険料の増加率が賃金の増加率を上回ることは全くありませんが、「思う程には」が重要です。中所得以上になるとそれに加え所得税や住民税の負担も増えます。
 そのような負担増を考えると賃金があまり上がらなくても社会保険料や税の負担が少ない現状を肯定或いは歓迎するようになります。
 殊に健康保険は保険料をどんなに多く負担しても医療費の三割を負担しなければなりません。その三割をさえ苦しい出費と思う人は少なくないのです。しかし妻はそれをその出費をするのは夫のお金であるということで気に懸けず、七割も得するなんて助かるわねとしか思わない。確かに七割免除と聞けば大きく感じるので夫も三割負担の健康保険を否定するまでにはなかなかなりにくい。
 因みに私の出身地兵庫県の医師会は予てより全ての国民の医療費を無償とすることを求めています。
 就労の経験のある女子も結婚して専業主婦になると「喉元を過ぎれば熱さを忘れる」で、社会保険料の負担のことを忘れてしまう人が少なくないのかと考えられます。
 また、現に就労していても親の教育から、社会保険料だけはどんなに高くても納め続けるべしという考えでいると「社会保障を守れ。給料を上げろ。それが国民の暮らしだ。」という専業主婦の思想と同じになってしまいます。彼女等はそのためには少ない手取の所得で爪を火の色に塗るような、フランスのモード界にデビューすることはできない程に低栄養で倹約な暮らしをしているのでアベノミクスで暮らしが苦しくなるともはや耐えられない、許せない、安倍辞めろということになります。実際に無理ぽいのでそう思うのも仕方がありませんが、その前に先ず社会保険料だけはどんなに高くても納め続けるべしという考えを考え直す必要があります。そこを考え直さないと幾ら安倍辞めろといっても全く泰然自若のままなのです。

 実は経済界、即ち企業界は安倍総理をいつでも辞めさせられるカードを持っています。
 それが野田前政権の遺した税と社会保障の一体改革です。
 野田政権はその一体改革の税の部分だけを決めて去りました。社会保障についてはまだ道半ばも行ってはおらず、手つかずの状態です。しかし先ずは税についてだけでも道筋をつけたことは評価されます。
 多くの国民の現状では、社会保険料を含む社会保障が改革されない限り先述のように、賃金が増えても却って負担感が増して堅調の消費が促されることにはならないのです。故にこそ経済界は賃上げをするとはいえどもなるべく抑えて社会保険料の負担が増さないようにしているのです。社会保険料の負担には考えの及ばないいわゆる実力主義の会社はそのようなことを考えないでしょうが、大抵の会社は規模の大小を問わずそれを考えています。
 安倍政権はそのような労働者と経済界の現状を取り敢えずにも肯定しているので既婚男子の支持率が高くなります。少子高齢化により未婚男子――未婚女子も――の数は少ないので既婚男子の占める率が高く、故に安倍政権の支持率が高止まりになります――最近に5%程下がったそうですが、――。

 しかし既婚男子、夫も、社会保険料を含む社会保障そのものの改革にはまだ考えが及ばない向きが多いようです。とにかく負担が増えないように賃金が抑えられてもよいというだけです。
 尤も社会保障の改革は一両日中に出来るものでもないし安倍政権がこれから取り組み始めれば碌なことにならないので当面は抑制的増賃金の傾向を作るしかありません。
 社会保険料だけではなく、大幅の増賃金は物価に撥ね返って消費の負担も増えかねません。
 取り敢えずは消費税の1.25倍の増税の分を幾らかでも補填するつもり位の増賃金が望ましいでしょう。

 生活は最大の関心事なので安倍政権の政策が自分の生活の現状と一致すればどうしても支持率が高くなります。俗にいわれている金持ちだけのことではなく――或いはそれが全く間違った見立てで、――、一億総相対的貧困化のボリュームゾーンの人々の内の既婚男子または彼等に逆らえない未婚男子が主に支持しているのです。
 価値観や憲法などの他の事柄を見れば彼らも支持できないとする人は少なくはなくても、少なくとも今までに見る限りでは多分実現することはないであろうと思われているので――それらに本気になり出すと度々俄かに支持率が下がっています。――それらを無視して現状の経済と生活の面だけで支持することができる訳です。

 しかし安倍政権は社会保障の構造改革の必要を認めてはいないか或いは認めてはいてもどうするべしなのかの考え方が出て来そうにはないので私は決して支持することはできません。
 その実現に最も近いのは野田政権が税と社会保障の一体改革において目指したものとそう遠くはない国民民主党でしょう――寧ろ野田政権と近過ぎても困る。――。

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# by keitan020211 | 2018-12-12 01:55 | 政治、社会 | Comments(0)
高輪ゲートウェイだけではない。駅名の改称案
 この期に及ばずかなり前から思っていることですが、駅名の改称案です。
 高輪ゲートウェイ駅の隣、品川から始めさせていただきます。
a0313715_20281510.jpg
●関東
<京急>
品川: 品川(高輪)
鮫洲: 鮫洲(東京運輸支局前)
鈴木町: 六郷中瀬
花月園前: 生麦
生麦: 岸谷
新子安: 恵比須口
新逗子: 逗子
新大津: 南大津

<相鉄>
ゆめが丘: 泉が丘
相模大塚: 桜森
さがみ野: 柏谷
かしわ台: 柏台

<東急>
東白楽: 白幡
新高島: 高島町
日本大通り: 日本大通
武蔵小山: 小山町
西小山: 原町
武蔵新田: 西矢口
駒沢大学: 駒沢真中
南町田グランベリーパーク: 16号南町田

<小田急>
南新宿: 代々木北口
世田谷代田: 代田
梅ヶ丘: 梅丘
祖師ヶ谷大蔵: 祖師谷大蔵
読売ランド前: 西生田(よみうりランド前)
百合ヶ丘: 百合丘
新百合ヶ丘: 麻生中央(新百合丘)
小田急相模原: 相模が丘
東海大学前: 東海大学前(大根)
新松田: 小田急松田
桜ヶ丘: 桜丘
黒川: 栗木(川崎マイコンシティ)
はるひ野: 黒川(多摩大学前)
小田急多摩センター: 小田急多摩中央

<京王>
武蔵野台: 武蔵野台(白糸台)
中河原: 住吉関戸橋
京王多摩川: 多摩川
京王稲田堤: 稲田堤
京王よみうりランド: 東稲城(よみうりランド前)
京王多摩センター: 京王多摩中央
京王堀之内: 東柚木
多摩境: 町田街道
駒場東大前: 駒場(東京大学前)
新代田: 代田北

<多摩モノレール>
大塚・帝京大学: 大塚(帝京大学前)
上北台: 上北台(多摩湖・西武ドーム入口)

<西武>
西武新宿: 新宿(歌舞伎町)
西武柳沢: 柳沢
武蔵砂川: 砂川
西武立川: 立川昭和の森
武蔵藤沢: 入間藤沢
武蔵横手: 横手
芦ヶ久保: 芦久保
新桜台: 桜台北

<東武>
北池袋: 上池袋
下板橋: 池袋本町
上板橋: 中台
東武練馬: 北町
とうきょうスカイツリー: 業平橋(東京スカイツリー前)
新越谷: 南越谷
せんげん台: 千間台
新鎌ヶ谷: 北鎌谷
鎌ヶ谷: 鎌谷
新船橋: 船橋山手

<京成>
新千葉: 千葉みなと北口
おゆみ野: 北市原
鎌ヶ谷大仏: 鎌谷大仏
新鎌ヶ谷: 北鎌谷
北初富: 初富
新柴又: 南柴又
北国分: 下総国分
千葉ニュータウン中央: 千葉新田中央

<JR東日本>
高輪ゲートウェイ: 芝浜(高輪大木戸)
新子安: 恵比須口
新大久保: 百人町

●近畿
<京都市地下鉄>
二条城前: 堀川(二条城前)
国際会館: 宝ヶ池(国際会館前)

<近鉄>
新祝園: 祝園
新田辺: 田辺市

<京阪>
神宮丸太町: 丸太町(平安神宮前)
祇園四条: 四条(祇園・河原町)
清水五条: 五条(清水寺前)

<阪急>
松尾大社: 松尾(松尾大社前)
南方: 南方(新大阪)
中山観音: 中山(中山寺前)
新伊丹: 南伊丹
神戸三宮: 三宮

<南海>
みさき公園: 岬公園

<JR西日本>
新福島: 福島大淀
さくら夙川: 夙川橋

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# by keitan020211 | 2018-12-09 20:31 | 生活 | Comments(0)
林修先生の「質より量」は「量より質」との目くそ鼻くそに過ぎない
 TBSテレビの12月2日の『林修先生が驚く初耳学!』に、林修先生が「質より量」ということを説いておられました。

a0313715_01313485.png 林先生は日本長期信用銀行、長銀の行員であった若者の頃にそのことを学んだと云います。番組では会社名を伏せていますが20世紀の終わりと共にその経営が破綻して今は新生銀行という社民党のような規模の銀行になっています。
 破綻した銀行にいて学んだことだから価値がないというのではありませんが――寧ろ勤めている会社の倒産や人員整理による解雇退職はその他の理由による解雇や転職の動機による退職より再就職に有利です。少なくとも建前としては本人の責任によることではないし、求人側にも救済の意思のバイアスが生じます、だからといって「私ってかわいそうでしょ、入れて下さいよ。」ではお話になりませんが。――、どうもその「質より量」には破綻した長銀ならではみたいな匂いがします。即ち、そんな考えだから会社が持たないのです。
 不良債権を抱える中で良さげな融資先がなかなか見つからず、「質より量」で当てずっぽうに営業を重ね重ねしてやっと取れたと思うとまた一癖も二癖もありそうな顧客…。そんな状況ならあまり無理に何かを学び取ろうとするべきではないのではないかと思います。世の中には生涯にはそんなこともある/あった、その感慨だけで充分に重みがあるでしょう。

 尤も、量に関しては営業員や生産部門などの下々に任せて上層部が質に関して独占して管理する会社の枠組みならば下々が考えることは量のみになりますがその場合は「質より量」ではなく「量」という認識になり、質との比較の対象にはなりません。
a0313715_01334722.jpg 「質より量」という認識は初めは「量も質も」或いは「質」という認識であったけれどもいつしか質を捨てて量を重視するようになったという含みがあります。そのような認識は公私に亘り自分のすることが何であるかを考えない、考えてもしばしば実体の定かならない「生活のため」という人に多いものです。
 実体の定かならない「生活」のために働く人が長銀の危機と破綻の時代から頓に増えて来ており、「仕事よりも私生活を大切にする」という考え方もその一種として増えて来たものです。実体が定かならずあやふやなので或る時には「生活のことで大変」といったり或る時にはa0313715_01355506.png「仕事が忙しい」といったりします。「仕事よりも私生活を大切にする」という切り札と「仕事は質より量」という切り札、二つの切り札を何枚も持って公私をあやふやと往復するのです。それが「ワークライフバランス」と呼ばれる一種の意識高い系の運動であり、そんなことでは林先生が自伝に語るような自我の危機を招くのも必然です。そして「成熟社会」という妄語もまたそのような二つの切り札と共にある認識の延長線上にあるものであり、相応の経済的ゆとりが出来ると「成熟社会」という課題の意識を持つようになります。成熟社会などというものは世のどこにも存在しませんし存在し始めることもありません。workとlifeは中長期的にpayして何となく充実すればよいものであり、現在の働きと暮らしを均衡するというのは無意味な試みです。

 量と質は対立概念や矛盾ではありません。
 「量より質」と「質より量」の何れもそれらを対立概念と見做して矛盾するものと思うことから様々の誤りが生じます。
 結局は同じ人/人々が「量より質」と「質より量」を行ったり来たりぐるぐると堂々巡りをしているのです。
 どんなことも、取り分け業務は、「量も質も」が当然です。
 なるべく多くの量の相応の質の財や仕事を生み出す、それが業務です。量と質のどちらが欠けてもいけません。
 長銀の最後であった'90年代から林先生の時めく今'10年代の三十年程に亘り、「量より質」がはやっています。林先生はその反対として今「質より量」を訴えたいのかと思われます。しかしそれでは先述の如く同じ穴の堂々巡りでしかありません。

 尤も、林先生は自我の危機の頃を過ぎて後に東進ハイスクールの講師になるなどしてまた違う価値観を見出してもいるでしょう。林先生が魅力ある人であるのは疑いありません。若い頃に学んだという「質より量」が林先生における思想的瓶の首です。

a0313715_01390745.jpg 「量か質か」という問いでは、或る種の『朝まで生テレビ』のような不毛な極論の応酬を生むだけです。実体の定かならないこだわりから尤もらしい信念を持ち若しくは広めるようになる。
 実体、即ち現地現物を見ればあらゆる物事が量も質も求められることが明らかです。

 実体の定かならないこだわりから出る尤もらしい信念を象徴するような出来事は昨日からのネットのニュース記事に出ている西野カナの作詞の手法についての批判です。
 作詞家としてまたはあらゆるものの作り手として当然のことである「共感の生成」をその批判者等は「あざとい」や「自分の足を引張っている」などという訳の分からない妄言により否定しています。
a0313715_01404360.jpg 因みに私は西野カナの『Have a nice day』という歌が好きで、『Dear Bride』という歌が嫌いです。拍子にしても旋律にしても、そして歌詞にしても、『Have a nice day』は私の好みとしても大向うの唸り具合にしても極めて優れますが『Dear Bride』は拍子と旋律についてはぶっちゃけ音感のない人向けという感じがしますし、歌詞については国語力がないけど日本語が最高という人向けという感じがします。後者も或る種の共感を生成しておりその対象が前者とは異なるだけなので、それも西野的方法に照らせば良作なのかもしれません。様々な対象に向けて歌おうとする西野の姿勢は素晴らしいです。

 音楽において「量も質も」を最も高い水準で実現している人はヨハン セバスティアン バッハであり、バッハがどんな人であるかを知れば西野の批判者らのような音楽観はならず者の小唄でしかないと分かります。

 逆にこの三十年を覆った「量より質」の起源は日本、本居宣長(1730~1801)などによる国学の辺りでしょう。
 「質より量」の起源はイギリスの産業革命。
 戦中の日本帝国主義は国学と産業革命の「融合」を図りましたが、それは「量も質も」ということではなく一方では「量より質」といいながら他方では「質より量」といって両派を上手いこと遣い分けようとする試みといえるかと思います。当然にして失敗しましたが、今これからの時代にもそのような日本帝国主義的融合の思想と政策、社会価値が再現しないとも限らず、「量も質も」とは違うものであることを認識しなくてはなりません。

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# by keitan020211 | 2018-12-06 01:51 | 文明論 | Comments(0)



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なるほど! なるほど!..
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