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【Freesia料理】キャベツを使う料理を二つ――・キャベツみそ拉麺 ・より本格的な金沢カレー
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皆様の力で阻止しましょう!

 そういえば昔にキャベツ畑人形というのがはやったことがありました。
 1983年の流行で、誕生日と名前の入る出生証明書付で販売される。購入の1年後には誕生日祝の札が届き、日本の人口に迫る1億体が世界に渡り売れました。商品の所有者権、オーナーシップを手軽に味わえるということであり、その時代の消費の在り方の豊かさの現われといえそうです。もっと値の高いものではゴルフ会員権。
 因みに自動車は初めからそのような在り方のものです。

 今日はキャベツを使う料理を二つ。
 日本語では玉菜(たまな)といいます。
 
 ビタミンC、ビタミンKと葉酸の多いものですが、ビタミンは血への働きがあり、葉酸は乳酸菌を増やすとされます。古代よりヨーロッパにおいて信じられていたキャベツの整腸の作用は主にその葉酸の働きによるものと思われます。
 この記事に紹介するキャベツみそ拉麺、みそには乳酸菌が多く含まれます。
 みそは70℃程以上になるとその乳酸菌や酵素がなくなってしまうのでみそ汁などのみそは湯が冷めてから入れるべしとされます。キャベツはそのみその乳酸菌を更に増やす。
 仮に――というか私は今までそうしており、半生は何であったのかと愕然としますが、――みそを先に入れて沸騰させてもキャベツの葉酸が他の品の乳酸菌を増やすべく待機してくれます。故にキャベツはいわばバックアップフードといえます。

 一概にいい、冬場は野菜を然程に要しません。
 多くの野菜は春や夏に獲れ、冬は野菜が余り獲れません。自然がそうなっているので人もそれに随っていて問題はないのです。
 春や夏には神経を強くするために野菜を主に食べ、冬には力を強くするために肉や穀物を多めにする、それが大体の理に適います。夏場に力を蓄えてもその分を使わずにはおられなくなるので却って疲れたり倒れたりし易くなります。力を要らないことに遣いたくなる人、即ち要らぬこと、無駄なこと、ずれていることをしたがる人は夏場に力をつけるためといって米や肉を多く食べているのでしょう。夏場はとにかく我慢強さと我を失わない神経の強さが大切であり、それを鍛えるのは野菜です。
 しかし、冬場は冷え込みに耐えるために神経だけではなく力が重要になります。「寒い、寒い、」と言って力を出さないでいると体は更に冷え、動きが緩慢になって転ぶなどの怪我をし易くなります。ビタミン類は神経を敏くするので冬場の摂り過ぎは過敏性になり易く――強いとは反面では過敏になり易いということ――、寒さを殊更に感じて「寒い、寒い、」と託つ(かこつ)ことが増しかねません。冬は暖房費を抑えるためにもビタミンを抑えるべき季節です。「ビタミンを抑える」なんて聞いたことがない、摂れば摂る程に良いと思われるかもしれませんがどんなものにも負の側面はあります。
 しかしそのような冬場もビタミンを全く摂らなくてもよいわけではなく、冬に獲れる野菜であるキャベツは「それでも忘れないように」と人々を待ち構えているかのようです。冬場は悪影響をもたらしにくい穀物などの炭水化物も極端に食べ過ぎたり夏場と同じように食べている人にとっては血や神経を悪くするものとなり、ビタミンによる是正を要します。そうではなくても念のためには必要です。

 冬場は炭水化物が必要であり且つ念のためにビタミンの幾らかの補充を要する。――その必要に極めて忠実な料理がここに紹介するキャベツみそ拉麺です。

■キャベツみそ拉麺

 つゆのだしは煮干と昆布、煮干はティーバック式のものが粉が散らないのでお奨め、昆布は現物を1本使って出します。
 それにみそと、濃口醤油を少量。みそは越中日本海味噌などの麹みそがお奨めです。近頃はイオンなどの合成市場のPB商品にも麹みそを重点としたり麹みそのみになることが増えています。
 拉麺のつゆはみそ汁とは違い沸騰したものを直ちに丼に入れないと感じが出ないために乳酸菌や酵母が失われても仕方がありませんがそれらをより確保するためにはなるべく湯が70℃以下に冷めてから入れて溶きましょう。
 それに胡椒と七味唐辛子を適量。

 キャベツは千切りに。
 それに玉葱の薄切りを添え、終わりに生卵または茹卵を添えます。
 キャベツと玉葱はつゆが冷め過ぎないようにするためにぬるま湯に軽く茹でて入れるのがお奨めです。
 茹卵は糠漬にすると良く、私の最近の一押しとなっています。

 麹みそとキャベツの響き合いを味わうためには、葱油や胡麻油などの油を入れないのがお奨めですがどうしても香りが欲しいなら許容です。麹ではないみそなら寧ろそれが良いかもしれません。

 テレビ朝日の『おかずのクッキング』の土井善晴名人も、みそ汁の具としてキャベツを奨め、報道ステーションで実食しています。彼はそれに更にウィンナーなどを入れます。食わず嫌いです。

■より本格的な金沢カレー

 弊ブログの前の記事に、取り敢えず千切キャベツを取り入れた簡便な金沢カレーを紹介しています。

 今度はより本場の金沢カレーに近いものを作ってみました。

 金沢カレーは当地でも若干の違いはあるものの、黒酢とトマトが欠かせないらしい。
 ――ということで、それらを入れたいのですが黒酢は体にとても良いけれど値が高くて使い途が思いつきにくく、なかなか買う気になれない。
 そこでより安く買える黒酢入り三杯酢を使う。
 三杯酢は土佐酢ともいい、主には酢の物に用いられます。それに黒酢の入ったものがあり、ヒガシマル醤油などが出しています。
 先ずは牛肉を三杯酢に漬け――原液で、量は肉に揉み込める程でよい。――ます。牛の酢の物です。
 黒酢の味わいはその牛の酢の物から煮鍋のカレーに流れ出す程で充分です。

 カレーに加えるたれを作ります。
 牡蠣のたれ(オイスターソース)とトマトケチャップ、料理酒を混ぜます。それでトマトを入れる条件を満たしました。ホールトマトを使うのもよいですが、カレーに香るトマトの味はケチャップでも充分と思います。
 牡蠣のたれはイオンTOPVALUやマルエツ365のもの、PBがお奨め、調味料(アミノ酸等)やカラメル色素が含まれず、味と体に良い。
 牡蠣のたれではなくウースターソースを使うものもあります。

 カレーはこの場合はハウスジャワカレーがお奨めです。加えたたれが能く馴染みます。

 具は牛の酢の物と千切キャベツのみ。
 冬場は野菜を然程には要しないのでそれだけでよい。

 逆に夏場には温野菜をふんだんに使う英国風野菜カレーがあります。英国風野菜カレーはロイヤルホストの夏のカレーフェアにも揃っており、自家製としてはS&Bゴールデンカレーがお奨めです。私がカレーフェアで最も好きなのはカシミールビーフカレーですが英国風野菜カレーは二番目に好きです。
 ハウスジャワカレーを使ってロイヤルホストの定番のジャワカレーにそっくりの味に作ることもできます。
 しかしこの年明け2018年からは正月はロイヤルホストは休みになります。

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by keitan020211 | 2017-11-30 17:22 | Freesia料理 | Comments(0)
最も正しい リベラルと保守;左翼と右翼の定義 その5 風俗編
賊軍を官軍の勝ち組クラブに入れる
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 弊ブログの最近の記事に政治、経済と社会保障・福祉に関し『最も正しい リベラルと保守;左翼と右翼の定義』を『その4』まで記しています。
 今回は『その5 風俗編』です。

 「風俗」と聞くと性風俗店を想い出す人もいるかもしれません。ソープランドやファッションマッサージなどの性風俗の店は略して「風俗」と呼ばれます。
 風俗店とは性風俗店だけではなく飲食店なども含まれ、それらを規制する法律が風俗営業法です。最近に舞踏をすることのできる店の深夜の営業の認可を巡り改正されました。
 私はキャバクラことキャバレークラブのコンパニオン、通称キャバクラ嬢をしていたことがありますがキャバクラもまた風俗店です。キャバクラは性的雰囲気が漂うけれど性風俗ではない、性的行為を厳に排除する微妙な立ち位置のものです。
 その故か、この程に流通業の大手のイオングループが系列のコンビニエンスストアのミニストップにおける成人雑誌の販売を廃止することを決めたことについてはすんなりと支持します。イオン贔屓でもあるのでイオンのすることは一々支持するということもあるかもしれませんが、他にも成人雑誌の販売を廃止する業者が増えるとよいかと思います。
 但し弊ブログは成人雑誌というものを必ずしも否定するのではありません。成人雑誌とは事実上は性的記事を専らとする雑誌のことですが、性的内容そのものは専らであれ一部にであれ、あってもよいと思います。
 しかし現実には日本の――だけではないかもしれませんが、――成人雑誌やアダルトビデオは性を題材としているとはどう見ても思えないようなものが大半を占めています。何か性とは関わりのないメッセージを性的行為の表象を象徴的に用いて暗に伝えようとしているようにしか考えられません。例えばそれは抑圧や侮辱の奨励であったり犯罪の称揚であったりするように見えます。宛ら、犯罪の教科書ともいえます。
a0313715_02180593.jpg 本来なら性的内容の出版物がコンビニエンスストアにあってもよい、更には対象の年齢が引き下げられてもよいと思うのですが、そのような現状と歴史を勘案すると一度は性的内容の出版物の劇的な排除により淘汰が起こらなければならないと思います。
 但しそのようなものの排除はかなり徹底してしないと極左やカルト宗教のように地下に潜伏して闇市場を形作ったり、そこまでにはならなくても専門店の乱立を招いたりしかねません、専門店も先述のようなものを取り揃えるものではなければよいのですが。
 現に、ミニストップを含むコンビニエンスストアにおいてはそのような性に名を借りる悪趣味や反社会性を志向する雑誌等が売られています。イオンの決断が排除と淘汰の第一歩になれば良いと思います。
 イオンのその決断にその本店所在地である千葉市の市長が予め政治圧力を掛けて性的内容の出版物の販売の廃止を求めていたのではないかとの憶測が報じられ、それについての否定的意見が少なからず出ています。イオンは圧力の存在については否認し、自社の任意による決断であると表明しています。
 イオン贔屓なので鵜呑みにするのではありませんが、その表明は多分事実でしょう。
 若しそれが千葉市の政治圧力であったなら、イオンの対応は千葉市のミニストップにおけるものに限られていたでしょう。幾ら鼻息や腕節の荒い首長も他所のことまでを規制させるようにすることはできません。他所のミニストップにおいてもするのはイオンの任意の決断であるからです。
 逆に仮にそれが千葉市長の圧力であったとしても、イオンがそれに忖度して全国における対応にすることは理解できることです。性的内容の出版物に関しては幾つかの地方自治体等において規制の対象となっていることから見て行政による排除の要請は合法であると見做せます。それらの諸々の規制は多くの場合は条例により立法されてのものですがそのような場合には立法は必ずしも要しません。勿論、立法ではない以上は法的には努力義務に留まるものとなりますが要請する側が努力義務を超えるものではないと認識して如何なる強制をもしないでおれば違法となるものではありません。相手が権力者であれば「そんな法律どこにある?」などと言って背かなくてはならない謂れはないからです。
 表現の自由に反するという批判は以ての外というべきものであり、表現の自由に反するとは何者かの表現の機会を直接或いは間接に奪うことをいいます。千葉市長の要請はそのようなことを目的としてはおらず、単にコンビニエンスストアにおける販売の廃止を求めるだけのものなので表現の自由の侵害や脅威には全くなりません。仮に或る種の性的内容の出版物の全面排除を求める意図があったとしても、現にしていることは侵害でも脅威でもありませんし、そのような意図が正しいか誤りかは従後の実際の行動の適法性やそれについての人々の支持により判断されるべきことです。無論、選挙の支持は他の事柄等との兼ね合いもあり、落選したらそれが誤りと判断されたということには必ずしもなりません。
 また、性的内容に関しては内容の変更を求める代わりに表現の機会を保障することは条例等の立法理由の存在からしても認められることです。端的に見て或る種の成人雑誌は基本的人権である人格権若しくは生存権の侵害を奨励するものと解することができ、人格権の保障のための成人雑誌に対する是正の要請若しくは排除の行動は表現の自由や検閲の禁止を定める憲法の他の規定等よりも優先すべき規定です。憲法は国家の最高の法ですが全ての規定が平等なものではなく、基本的人権に近いものから優先されるものです。表現の自由は歴史的に、基本的人権に後から付随して立憲主義に加わった概念であり、生存権、財産権と人格権の保障を求める基本的人権に優先するものではありません。

 そのような原理は政治思想や経済思想を問わず随うべき基本的なものですがその実現のための実際の行動や考え方には歴史的にまたは個人的、社会的に様々な違いがあります。
 その違いをこの『最も正しい リベラルと保守;左翼と右翼の定義』のシリーズの主題に沿って見てゆきます。

 件の千葉市長は熊谷俊人氏、民主党系であり結構な実績を上げている実力派であるといいます。
 民主党系というと左寄り、成人雑誌の販売の廃止の要請もPC, the political correctnessに基づくものと勘違いされるかもしれません。
 しかし田嶋要氏などの当地の民主党は保守系であり、熊谷氏もリベラルな保守系の政治家なようです。
 因みに成人雑誌を巡る問題はPCとは何の関係もなく、自民党にも懸案とする向きはあります。元自民党の石原慎太郎元東京都知事が性的内容の漫画を有害図書とするという政策を打ち出したこともあります。しかし自民党においては性的内容の出版物については歴史的に意見が割れていました。表現の自由などの国民の自由の見地から規制するべきではないとする向きと弊ブログや熊谷市長などの民主党系の一部ように人格権の侵害につながるものとして規制するべしとする向きが自民党にはあります。そしてなかなか決まらない、問題が半永久的に先送りとなるのが自民党の常です。民主党には表現の自由の見地から規制に反対する向きは粗全くなく、規制を支持するかはっきり判断することができないので様子を見るとするかしかありません。しかし、今は自民党にも規制を支持する向きが多数派となってきており、「表現の自由」派はリベラル左派系の無党派や立憲民主党の支持層になっているようです。
 PCが関わるのはテレビや新聞、広告などのマスメディアにおける性的表現の妥当性についてであり、マイナーメディアである成人雑誌などの性的出版物については関心の範囲外です。彼等はそもそもPCに反する人々を蔑視して愉しむことが目的なので、PCに反する発言や行動をしかねない人、喋りを隠す音や局部を隠す画像を要する人を造り出すそのようなものが世になくなってしまうと困るのです。何をしているのか分からないような人達であり、故に日本の「表現の自由」派にも近いといえます。

 故に、成人雑誌を巡る厳しい政策は保守、中道右派の特徴であるといえるかと思われます。

 様子見派はそれぞれ意見を固めていない訳であり、左翼、革新、保守と右翼の何れにもいるでしょう。他の事柄には強いがその事柄についてはまだよく分からないとか自分は他に懸案があるので初めから関わる積りはないとすることからです。

a0313715_02225145.jpg 「表現の自由」派は歴然たる革新、中道左派であり、今は少数派になってきていますが昭和の戦後からの時代には多数派でした。しばしばその思想が「戦後民主主義」といって批判の対象となっています。
 革新は立憲主義における基本的人権の優先性ということとは少し違う立憲主義を持ちます。
 基本的人権を蔑ろにするべしと思うのではありませんが、彼等の基本原理は「新しい概念は旧い概念に優先する」です。よって基本的人権より新しい表現の自由はその故に優先されるべしと考えます。
 旧い概念は新しい概念と入れ替わりに直ちに無意味となるのではないが、新しい概念との綜合的再検討により再定義されないと無意味になるとするのです。再検討と再定義、それが「革新」と呼ばれる所以です。そして再定義されると新しい概念と旧い概念は平等になるので憲法における規定の優先性の概念は初めからないか或いはあっても政治目的のためには無視します。
 再検討や再定義が試みられ或いはなされるのはそれだけ学問や批評、ジャーナリズムなどにおける論議が活発なことでもあります。昭和の時代にはそれが国民世論の主流をなしていましたが'80年代から'00年代に掛けては少数派となり、'10年代に少し再び活況を呈しています、誰のお蔭とは言いませんが。
 しかし「革新」の裾野をもう少し広く見ると革新、中道左派は依然として日本の多数派であるといえます。
 日本の世論は多数が外交と安全保障の面では保守に近づいているのが現況ですが経済、社会保障、福祉、そして風俗の面では「依然として」というよりは突然のように、革新の志向が再び強まっています。古谷経衡氏が今の日本、殊に若者は右傾化してはいない、左傾化しているというのもそのことでしょう。その様は宛ら、'60年代や'70年代の日本をテレビや街頭ではなくネットで観ているかのようです。当時は逆にネット右翼のような右翼の人々も生ではかなりいたそうです。ネット右翼の台頭は今時に始まったことではないといえます。あくまでもその媒体がよりパーソナルなネットに替わったことが目新しさと衝撃を感じさせるのです。

 革新、中道左派においては性的内容の出版物は歴史的に特別な意味があるものです。
 近代出版の始まりはマルティン ルターによる宗教革命の時代です。グーテンベルクの活版印刷が開発され、印刷と出版が近代を開いたとされます。
a0313715_02252353.jpg 活版印刷は文字だけですがそれが後には写真を含むものとなり、近代は更に現代へと発展しました。
 先日の朝日新聞に今年が宗教改革――宗教革命を日本の歴史教科書等はそう呼ぶ。――から500年となることについての意味不明な社説がありました。何を言いたいのか皆目分からない論説ですが、出版と宗教革命が世界の革新、中道左派の心の拠りどころの一つであることに鑑みると話題として取り敢えず押さえておきたい気持ちは分からなくもありません。
 当地やその他の多くの国々においては宗教革命と呼ばれるものを宗教改革と呼ぶことから見ても、革新、中道左派が多数を占めている日本の特別の思い入れが見て取れます。日本においては革命はおしなべて否定的に見られますが改革はしばしば肯定的に見られます。日本の主流派の歴史家は「宗教革命」では何か悪いことをしたかのように聞こえるというので「宗教改革」に言い換えた訳です。
 一つルターのおかしい点を突くと、彼は「聖書のみにより義とされる」というけれど、キリストと呼ばれるイエスは「聖書のみにより義とされる」とは一度も云っていない。イエス自身を信じるべし、信じてほしいとは聖書の中で云うが「私が聖書である。」とは言っていない。
 その手の論理の飛躍のようなものは革新勢力の政治運動や議論、宣伝にはかなり多い。「( )…。」と書くなどして人が言っていないことを云ったかのように云うことは朝日新聞を含む日本の新聞等の常套です。人が言ったことやしたことの事実よりも「真実/truth」と呼ばれる架空の話が意味をなして現実を動かすという思想です。朝日新聞がしばしば唯一の悪玉のようにいわれていますが読売新聞などの他の新聞等もその点は同じです。
a0313715_02272407.jpg ルターの立てたルーテル教会を国教とする国々や宗教革命の影響を強く受けて出来たアメリカは性の先進国といわれます。それでも性的出版物の過激さに関しては日本よりはかなり「遅れている」のですが、性を表現と見做してその自由を追求することは日本の革新にも支持されています。
 そのミソは「性は表現である」という思想です。しばしば「二人の愛の表現」や「愛情表現」などという言い回しを聞きますが、それはそのような思想から来るものなのです。
 「性の自由」ではありません、「性の表現の自由」です。
 私、弊ブログが是とするのは「性の自由」であり「性の表現の自由」ではありません。
 ぶっちゃけ、彼等にとっては性そのものは自由ではなくてもよい、あくまでも表現を自由にしたいというのが信条です。逆に、性そのものに関してはその自由を積極的に制限したりなくしたりするのが革新、中道左派です。同性婚の支持などの同性愛の積極的容認と見える風潮も、彼等の全てがではないでしょうが、性の自由を狭め或いはなくす試みからのものであると考えられます。彼等にとって大切なのはあくまでも性の表現であり、同性愛を描くエンタメを愉しむことまたは同性愛者の権利を求める政治運動をエンタメとして消費することだけなので、同性愛者が現実に何を求めているかなどには実は何の関心もありません。
 そこで需要と供給を増すのが成人雑誌を含むオナニーの道具です。オナニーもまた彼等の重要な表現活動であり、その自由を守りそして拡げようとします。果てにはオナニーをしない人を奇特と見做したり小馬鹿にしたりします。その機会を失わせかねないイオンや千葉市長などの政策は故に「表現の自由」を楯にして批判されます。

 因みにジェンダー/gendersというのも違和感のある概念です。
 勝手に'-s'を外して「性差」という能く分からない意訳を宛てることを含めて違和感があります。
 個人とその自由が大切なら、そもそもジェンダーという概念は生まれては来ない筈です。表現の自由を至上命題として個人とその自由を本当には尊重しないからそのような衒学的概念を生み出す訳です。そして「ジェンダーフリー」や「性差の自由」という自家撞着の概念を派生させます。
 そもそもそのような概念がなければ、それをフリーにするとか自由にするという発想も出ては来ません。要は性表現の自由を種にしてエンタメと思想の市場を興したいということだけなのです。

 保守と革新の性に関する思想の大略を見て来ました。
 では、左翼と右翼のそれはどうなのでしょうか?

 『その4』までの記事に、保守の政策は左翼に近づくことが多くて革新の政策は右翼に近づくことが多いと説明しました。
 性やその他の風俗に関してもそれは当て嵌まります。

a0313715_02315713.jpg 性の自由を大切にするがその表現に関しては厳しく排除することがある保守と同じく、左翼も大筋ではそうです。但し左翼は性の自由に関しては保守よりも積極的であり、科学的でありさえすれば性の表現の排除に関しては保守の程には厳しくはありません。
 左翼は個人やその集まりとしての民族の自治を重んじ、国家社会による規制を全く認めないのではありませんが余り必要と見做しはしません。個人が確りとしておれば延いては民族が確りとその風土を維持しておれば性的出版物の規制の必要もない。そのようなものを欲する民族は好きなようにすればよいが内は内であると考えます。左翼のそのような発想はアメリカの州制の形成や国際連盟の民族自決の原則にも影響しています。アメリカにおける左翼思想は殊にリバータリアニズムとして発展しており、保守の思想にも影響を与えています。
 保守も自治の必要を認めてそれを尊重しますが国家による規制や政権による倫理的指導の必要をも認めます。それらを両立するために必要なものが立憲主義です。世の中には左翼の方々の程には確りとしていない、自律の意志の強くない人もいます。或いは強い人にも弱さはあります。彼等が成人雑誌などに惑わされることや心外な心持になることがないようにするためには国家による規制も幾らかは必要であると考えます。
 但し性の自由を尊重するが性の表現の自由を尊重しないことは「云ってることとやってることが違う。」とか「偽善者だ。」と批判される余地が大きいことでもあります。しかし保守は凡そそのような女子供的批判に耳を貸すことはありません。

 性の自由ではなく性の表現の自由を尊ぶ、その革新の思想は右翼の思想とするものではありませんが実際には右翼にとってはそれが都合の好い建前になることがしばしばあります。そのような主張をする積りはないけれどその思想を利用する。
a0313715_02353131.png 性の表現の自由は豊富にあるけれど性の自由は余りない、そのような状況は自らの子の「貞操」を守らせるためには都合が好い。その点は革新は都合だけではなく思想と信念から子の「貞操」とやらを守らせます。子供の性的交際だけではなく大人の浮気を認めずそれを「不倫」と呼び非難の対象とすることも革新と右翼は同じです。
 尤も、右翼は現状の追認を是とする傾向が強い、他律主義――左翼の自律主義とはそこが大きな違い――なので若し保守が国の主流となってその思想や政策が普通になれば右翼もそれに同調して性の自由を是とするようになるかもしれません。事実に、保守が強い時代であった'60年代や'80年代は右翼の方々の女遊びも俄かに華やかになっていたらしいし、ディスコのブームなどを通して男遊びもそうなっていました。右翼女というと想像がつきにくいかもしれませんが、右翼団体とのつき合いがあるとかいうことではなく――一部にはいるでしょうが、――現状の維持を志向して物事を経験主義で考える女性がそれです。そのような型の人の程に景気が上向くと日頃の疲れを散らすために男漁りを含む遊びに興ずるのです、翼を手にしているのは右ではなく左の手かもしれませんが。
 右翼女は狙っている男が他の女と懇ろになったと見ると粗絶対にその男を狙い続けず、さばさばと他の男を狙い直します。それが右翼が浮気を好まないことの肝です。「略奪愛」や「二番目でも愛されたい」などというような状況を作らない。或る意味では中道である保守よりも穏健といえます。下手に自律主義が強いと狙う男を落とすことを自らの至上命題、アイデンティティーとしてしまうために自律とは似つかわしくなさそうな「略奪愛」や「待つわ愛」をしがちになりますが、右翼は他律主義なので狙う男の決めた不本意な状況を受け入れるのです。それが寧ろ自分を失わない、確りとしていることの現われと自他が思う訳です。
 下手に自律主義の強い人が多いのは革新です。相通ずるものの多い右翼と革新ですが、その点はかなり大きく違います。
 革新にそのような型の人が多いのは彼等よりももっと左な左翼が自律主義を旨とすることからやや左寄りで中道左派をなす革新も同じく「左」として自律主義を重要な価値観とすることが一因です。しかし左翼のように徹底しない、シビアではないために、その自律主義はどうしても他者の自律主義に飲み込まれ易いものになります。所謂戦後的平和主義と呼ばれるものもその生温さを助長しているきらいがあります。その特殊な平和主義が国の平和だけではなく私的平和にも敷衍されて「貫徹」されるからです。逆に、自らをそのようなことがないために守ろうとすると自らを飲み込む側の原理や論理を密かに用いるなどして強く出ようとします。時が時ならば政敵である右翼よりも右翼的になります。俗に「揚げ足取り」や「貴方が見ている私は貴方の鏡なんです。」などと呼ばれるのがそれです。
a0313715_02374621.jpg 偶に「あんなに真面目で気立ても良く、元気ないい子があんなことになるなんて…」というニュース解説があったりします。聞く度にうざいと思いますが確かに真面目で気立ても元気も良いのは事実であるらしく、全くの嘘を言っているのでもなさそうです。そのような子の多くは革新系の家柄か自らが任意に革新贔屓になっていたりする子であり、殺す場合も殺される場合も生温い自律主義が引き起こしていますし、極左派に身を投ずる人は根からの左翼よりも革新、中道左派が多い。オウム真理教の所謂エリート崩れの幹部達もそうでしょう。

 自律主義も他律主義も重要な思想であるには違いありません。
 演劇や文学、音楽などのエンタメも自律主義や他律主義を描くことにその大半の熱意が注ぎ込まれているといえます。
 しかし私、弊ブログはリベラルな保守としての立場から、それらの何れの主義にも立ちません。
 自律と他律は何れも人や人間の本性として凡そ完全に具わっているものです。故に本性を大切にするなら、敢えてどちらかの主義を取る必要はありません。人は自律をしたり他律になったりを繰り返しながら生きてゆくものです。エンタメにもそのようないわば保守の生き方や世界を描くものもあります。
a0313715_02400003.jpg 保守の文学として殊に有名なのは夏目漱石です。朝日新聞にもかつては彼のような保守の者もいました。
 彼に描かれる人物等はなかなか保守たる生き方とはいえませんが、彼等を通して望ましい保守の生き方が本と読み手との間に浮かび上がって来ます。
 色々と読み方はあるかと思いますが、夏目の小説等の登場人物に理想や真実を見るようでは邪道な読み方です。彼等を見つめる夏目との対話、それが肝です。
a0313715_02412369.jpg 時代のエンタメの傾向を見ると、保守の強い'60年代と'80年代は自律主義にも他律主義にも立たないリベラルで保守的な作品が多いと見えます。私は殊に'80年代のエンタメを好みます。先日はアルフィーのA面集のCDを買って聴きましたが、そこに重ね重ね思うのは後の時代の音楽との厚みと奥ゆきの違いです。昔はそれを車のボディーソニックシステムの座席で聴けた、今はなかなかないことです。その厚みと奥ゆきは決して今とは違って景気が良くて金があったからではないでしょう。今は金がないからできないという決めつけで作品が作られているからそれらがないのです。
 '50年代と'70年代は革新の強い時代、生温いか熱いかは人それぞれですが、自律主義が主に描かれていた時代です。強い意志を持って生きて行こう、或いは、強い意志を持てるとよいけれどなかなか持てないという、自我の表現。
 ――十年毎に、every 10 yearsで入れ替わるのかというと、そうでもない。
 '80年代の次の十年である'90年代はいわばエンタメ界の戦国時代の様相を呈しています。左翼、革新、保守と右翼が乱立してそれぞれが自らを主張し或いは他を蹴落とそうとする時代です。多様なのは良い時代でしたが排除の論理なのは悪い時代です。
 殊に劣勢になって来ていた革新派のエンタメは生き残りを図るべくその'90年代に猛攻勢を図っています。その生き残り組の代表選手がドリカムことDreams Come Trueです。
 '00年代は左翼、革新、保守と右翼の色分かれが崩れて絵の具の灰色になった時代。曖昧模糊として個性がないけれど一応の品質はあるらa0313715_02440248.jpgしいエンタメが増えていました。国民の思想よりもグローバル世界の潮流が重要とされ、日本がそこで戦えるのは一応の品質であるという考えからのものでしょう。というか、エンタメに関しては戦う積りはなくてもはや日本だけで通用すればよいという詮めからのものであると思われます。但しその中で飛び抜けて高品質なEXILEが天覧公演をするなどして人気となりました。個性のなさも極めると最高の個性になる。
 '10年代はAKB48とその関連の楽団による列島改造を経てエンタメが粗不毛となっている時代です。分野を問わず低水準で量も乏しい。AKBsが素晴らし過ぎて他のものが生み出せないのでしょう。殊に'90年代から少数派となっている左翼と'10年代に少数派となって来ている保守が殆ど見受けられず、革新と右翼がエンタメの市場を低水準に分け合っているのが現状です。右翼は元々自己表現が苦手なのでエンタメに関してもどうしてもありきたりのものをこなすだけになるし、革新は久々の再躍進からか、昔の焼き直しでその再来を訴えています。「どこかで見たことがあるような」の処ではなくそのまんま左です。違うものがあるとすれば、大会堂の衣装ではなくホテルのディナーショーの衣装になっていることだけ。

 平成、終わるらしいですね。

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by keitan020211 | 2017-11-29 02:44 | 政治、社会 | Comments(0)
【英語訳】中島みゆき 悪女
A Wicked woman
of Nakajima Miyuki
published at 21st October 1981

a0313715_14322169.jpgAs I've gone on a play of my playing with some males
had a telephone to Mariko's room
So the one there may be busy
and I could never too much let her go with me

It'd be too early for the cinema as here'd be Saturday
Never mean to be long on the lobby of hotel
Even your room the ground for me to get back
at busy, so as you've taken the receiver off

Be off the moonlight night for being a wicked woman, too much being a meek
Never be away, my words I've let concealed from'll be spilling away
For my being a wicked woman: behind a daybreak's train I'm in my tears barefoot,
after my tears come'll have been seasoned

Were I put it on my nape by a mirror in the midnight coffee house,
bought a cologne females never have
Await the daybreak and the first train
Playing a parting shot as I'll be numbly back

Away from the tears; away from the mercy
Till you'll as soon as give the affection up on me
Till I'll as soon as have ended in handing you over the one there whom you've concealed

Be off the moonlight night for being a wicked woman, too much being a meek
Never be away, my words I've let concealed from'll be spilling away
For my being a wicked woman: behind a daybreak's train I'm in my tears barefoot,
after my tears come'll have been seasoned

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    ●ル フィガロ(フランス パリ)
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    ●フランクフルター アルゲマイネ(ドイツ フランクフルト アム マイン)
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    ●共同通信(日本 東京)
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    ●朝日新聞(日本 大阪)
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    ●日本経済新聞(日本 東京)
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    ●ボストングローブ(アメリカ マサチューセッツ州ボストン)
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    ●グローブ アンド メール(カナダ オンタリオ州トロント)
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    ●ロイター(イギリス 英国 ロンドン)  
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    ●ザ テレグラフ(イギリス 英国 ロンドン ウェストミンスター)
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    ●ジ インディペンデント(イギリス 英国 ロンドン)
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by keitan020211 | 2017-11-28 14:32 | 芸術(音楽、文学など) | Comments(0)
最も正しい リベラルと保守;左翼と右翼の定義 その4 社会保障・福祉編
賊軍を官軍の勝ち組クラブに入れる
賊軍戦没者の靖国神社の合祀に 絶対反対

都合の悪い歴史を覆い隠す
A級戦犯の分祀に 絶対反対

皆様の力で阻止しましょう!

 直前の『その3 経済編』の記事に続き、この記事には社会保障と福祉の見地から見る『リベラルと保守;左翼と右翼の定義』です。

 すると、経済の次に社会保障と福祉、至って順当な順番と思う方が少なくないかもしれません。
 経済と社会保障、福祉は一環の環のように関連するものという見方であり、それを説明する学問はマクロ経済学です。まぐろ経済学も皆、そのマクロ経済の環に沿って捉えられます。
 因みに、栃木県の那須高原にあるホテルニュー塩原のまぐろの解体ショーを観ることのできる食べ放題の夕食のつく1泊2食の宿泊は一万円を切るそうです。

 しかし、経済と社会保障や福祉は本来は関連するものではありません。
 それが関連するものと考えられているのは社会保障や福祉が税金により賄われることを前提とするからですがそうではないならば関連しないのです。
 元々は社会保障や福祉は王や皇帝などの君主の恩賜としてなされるものでした。イギリスは実際にはそうではなくなっている今も建前としては社会保障や福祉は王の恩賜と位置づけられています。しかし他の立憲君主制の国々も皆同じようにそのような建前を残してはおらず、社会保障や福祉は君主とは完全に独立の政府が政策として国民に給付することになっています。そのための原資は国民の納める税金ですが、昔はそうではなく、君主の私財で行われていました。
 では君主はその私財を如何に作るかというと、国民の税金ではなく諸地方の封建領主の上納金や自らの関係者が行う私企業の収益を蓄えて財産とする。上納をする封建領主等もそれぞれ私企業を行って収益を得て財産とする。その私企業の一つは関税の徴収です。
 ――と云うと、関税は国の政府が取るものではないかと思うでしょうが、今はそうでも昔は関税は政府の取るものではありませんでした。関税の徴収は全くの民間の事業であり、今でいえば三菱東京UFJ銀行や三井住友銀行などが各地で食品や電気製品などの流通の関税を取るようなものです。封建領主などの有力者がそのような関税の徴収の会社を持って経営をする。封建制が廃されて立てられた近代国家はそのようなものを廃して関税の権限を政府の独占としました。関税の独占により確立したのが資本主義とマクロ経済的財政であり、社会保障と福祉もその大制度の一部をなす制度となった訳です。
 君主の私財にせよ政府の財政政策にせよ、国の経済力が国民の生命に関わる社会保障と福祉を左右することには違いはありません。但し君主制におけるものの方が規則や慣行に縛られずに色々と捻り出す余地が大きい。規則や慣行は近代国家の命のようなものなのでそれらにはないことをすることはなかなかできにくい。
 '00年代からコンプライアンスというものが繁く言われるようになって来ていますが、社会保障と福祉の量質の確保の観点から見ると丸で逆行するような思潮傾向です。勿論、法令や規則、慣行を守ることは大切であり、殆ど全てに優先するといえます。しかしそれが実際の遵守の習慣よりも一種の流行思潮として言霊を帯びる言葉となる時には他の様々の事柄にとっては害なものとなります。コンプライアンスという言葉を遣う人が法令や規則、慣行の遵守を如何程にしているのか、そもそもその意味を分かっているのかは大いに疑問です。芸人がコントで「いや、コンプライアンスがありますんで…」などと言う時に、コンプライアンスという概念がこの国に導入されたことの意味のなさを改めて確認するのです。否、この国だけの問題でもないのかもしれません。

 丁度30年前に、社会党が参議院選挙で久々の躍進をしたことがありました。土井たか子委員長が消費税の導入の反対を訴えてのことです。結局はそれが最後の一花となって社会党はその後十年で事実上の解散となっています。
 社会党はそこで消費税の反対と共に社会保障や福祉の充実を訴えていましたが、程なくそれが政治評論の世界で大きな問題となりました。それは社会保障や福祉の水準を高めるならば増税を要する筈であり、なのに消費税に反対するのはおかしいというものです。多くを得たければ多くを負担すべし、高福祉高負担を主張するのでなければ筋が通らないと。
 近代国家の財政のみを基準として見れば、高福祉高負担か低福祉低負担かの択一の論理は自ずと出る帰結です。しかし実際には必ずしもそうではなく、近代国家も結構色々な面で前近代の君主制の時代から受け継がれるものがあったりします。当時の社会党が志向していたのはそれであり、高福祉高負担か低福祉低負担かの択一を迫る近代国家の財政の制度を変えることです。自民党が既に近代財政を完全に掌中に収めていたので社会党は政策をその枠組の中で発想する余地を失っていました。その枠組では何を言っても自民党と同じになるのでそれを出て考えようと呼び掛けたのです。その流れは後の民主党が受け継ぐものとなり、社会保障や福祉の充実のためには増税及び高負担の継続を必ずしも要しないという理念があります。但し三十年前の社会党と比べると既成の財政を尊重する慎重な構えであり、その現れが野田政権による消費増税です。

 社会党は自民党の保守に対し、しばしば中道左派といわれています。
 この記事の『その1』の説明によると、中道左派は革新ともいいます。昔は永らく、社会党は共産党と共に革新勢力と呼ばれていました。
 社会党が出来た頃は紛れもなく中道左派でありまたは左翼をも含む一大勢力でした。
 しかし、三十年前の最後の躍進の頃はどうもそうではありません。中道左派は近代国家の財政を本位として凡そ高福祉高負担を志向する政策観を常とします。高福祉低負担もあり得るとする当時の社会党はその意味では中道左派、革新の党ではありません。
 小難しい言葉でいうとポストモダンとかとなるでしょうが、いわば脱近代の急進保守といえます。保守は中道右派ともいい、やや右寄りで急進改革を目指す党ということになります。社会党が急進保守と位置づけられるのは当時の与党自民党が中道左派・右派を全て含む形で現状の保守の党と呼ばれていたからです。自民党は高福祉高負担をいう人達もおれば低福祉低負担をいう人達もいる。
 低福祉低負担は左派でも右派でもなく、そのそれらの両極の左翼と右翼の常とする主張です。左翼と右翼は他の事柄においては色々と大きく異なりますが社会保障と福祉に関しては一部に似通う処もあり、それが低福祉低負担です。
 一概に「左」なら中道左派も左翼も高福祉高負担かと思う人が少なくないかもしれませんがそうではありません。左翼の考え方は高福祉高負担ではなく低福祉低負担です。
 その理由は、左翼にとっては全てに優先して保障されるべきものは労働雇用であり、若し雇用が全ての国民に保障されるならば、即ち完全雇用が実現すれば社会保障も福祉も必要はない筈であるからです。
 尤も、完全雇用は実現しませんし、政府が税金を取らずに如何にして存続を図るかも大きな問題になります。実際には共産主義国家も税金を取って自由主義国家と同じような社会保障と福祉の制度を導入しています。結局はしていることの形は同じでその中身が乏しければ潰れざるを得ません。
 共産主義国家が若しそのような道を辿らなければ、政府のない完全雇用で無福祉無負担の国が出来るというのが左翼の基本の発想です。全ての国民は社会保障や福祉を要せずに自らの稼ぐ賃金だけで健康に生計を立てることができると信じられていた時代がかつては本当にありました。今では想像がつきにくいですが、当時は近代医療も近代教育もないのでそのようなものへの負担が要るようになるとは逆に想像がつかなかったのです。また、近代産業を興すためには莫大の資金と資材を要しますがそれもまだないので想像できません。近代産業のためにはどうしても大きな政府とその産業の振興の政策が必要になります。それを実現するために莫大な労力を費やして自由主義国家と比べて不利になった訳です。自由主義国家も近代産業の振興のためには同じく大きな政府を要しますが共産主義国家のような税金を巡る問題が生じなかったことや国際金融の制度などにより有利となれたのです。

 そこで気づく人もいるかもしれませんが、高所得者に大きな税負担を課する累進課税の制度は自由主義国家の中道左派の主張とその実現であり、共産主義と共産主義国家には累進課税はありません。そもそも税そのものに否定的ですが、税金を仕方なく取ることになっても一律課税が原則です。つまり、イギリスのサッチャー政権の主張した人頭税は共産主義的政策であるといえます。
 日本共産党の不破哲三前委員長は大きな大きな豪邸に住まい、そのことを共産主義の指導者なのにけしからぬという人が偶にいますがそれは間違いです。共産主義はそもそも実力による経済格差を是認する思想です。不破氏は共産党の実力者なのでその豪邸は共産主義の理念の通りのものです。但し格差が下へ開いてはならないことが鉄則であり、上へ開くことは幾らでも全く問題ないとされます。
 共産主義より中庸な中道左派、革新が経済格差を否定して下へも上へも著しく開いてはならないとするので、不破氏の豪邸を非難する人はそれらを混同しているのです。しかし中庸なら何でもよいわけではないでしょう。
 また、同じ組織集団においては格差をつけてはならないとする考え方も共産主義の一部にはあり、それが共産党の職員の賃金制度に反映されています。同一労働同一賃金ではなく、同一集団同一賃金です。歴史的に生まれたそれらのような幾つかの考え方の傾向が混在して今の共産党が形成されており、左翼だけではなく中道左派や右派までをも含むのが現状です。不破前委員長は左翼の本流ですが、今の志位和夫委員長は中道派です。しかしかつては猛威を振るっていた極左の思想は暴力革命の必要についてを除いては左翼よりも中道左派に近く、その意味では極左は本当の共産主義ではありません。左翼と極左の違いは堅気とやくざの違いにも擬えられます。

 低福祉低負担の点で左翼と似ているのは右翼です。
 しかし右翼のそれは完全雇用ならば要らない筈であるからではなく、社会保障や福祉の必要を初めから認めながらその実際の需要をなるべく最小限にしてゆくべきであるという思想です。偶に誤解があるらしいですが、右翼が社会保障や福祉を要らないと主張することはありません。
 同じ右寄りでも中道右派、保守は主には先の土井社会党のような高福祉低負担の思想です。『より良いものをより安く』の発想からすれば自ずとそうなります。勿論、実際にはなかなか難しい場合もありますが、保守はなるべく高水準の社会保障と福祉をなるべく少ない負担で実現することを考えています。累進課税についてはその体系そのものを必ずしも否定しませんが高い累進度の税制を否定します。保守の政策は左翼に近くなる傾向がありますが、累進課税には否定的な点にも当て嵌まります。また、保守は社会保障や福祉の実際の需要を人の手で増したり減らしたりすることはできないと思うので右翼のようになるべく最小限にするべきという考えもありません。人為的加減の不可能性の思想は保守の反経験主義とも関係します――右翼は経験主義が多い。――。反経験主義とは現実に生じたことの対策としての政策や立法には余り意味がないとし、いついかなる場合にも適用するような政策や立法をするべしする思想です。対策はそれぞれに適当にすればよく、政府のするべきことではないからです。
 保守が不可能とする人為的加減というものには、社会保障のマクロ経済スライドの手法が当て嵌まるかどうかはかなり難しい命題です。経済状況が変動しているにもかかわらずマクロ経済スライドをするべきではないとすることそのものがそもそも人為的発想ではないのかという疑念がどうしても生じるからです。

 右翼の社会保障と福祉に関する考え方についてともう一つ誤解があるのは北欧の福祉主義国家についてです。
 しばしば北欧の福祉主義国家――以下:北欧諸国――は中道左派が主流の体制であるといわれ、日本などの他国の中道左派を支持する人々が目標とするべきものといいます。
 それは現実を半分は捉えていますが他の半分は捉えていません。
 北欧諸国は中道左派の勢力が比較的に強いことは確かですがそれと双璧をなすように右翼の勢力も強い。
 北欧諸国の福祉主義の体制は主に右翼と中道左派の合意により成立したものです。
 そこでは、右翼の思想と中道左派の思想がぎりぎりの折衷により成り立っており、左翼や保守の思想は余り反映されてはいません。
 知る人ぞ知る、北欧諸国は高福祉高負担を是とする反面で、極めて市場競争の苛烈な経済を持ちます。労働市場と雇用が不安定であるからこそそれだけの高福祉の絶対的維持を要するのです。主にその経済の面を代表するのが当地の右翼勢力です。若し高福祉がなければ右翼経済人はものの喩えではなく人殺しといわれることになるので必然に高福祉を是認する訳です。人殺し家具というのもいわれています。
 但し中でもデンマーク、ノルウェーとフィンランドは比較的に労働市場と雇用が安定し、市場競争も然程に苛烈ではありません。取り分けそうなのはスウェーデンとオランダです。何れも、極右を含む右翼勢力の強い風土があり、日本人などがリベラルな国と思って行くと物凄い右寄りな考え方が当地には意外と多いことにがっかりすることもあるでしょう。
 そもそも、それらの国はフィンランドを除き皆王制であり、左派だけの国であったならそんな筈はない訳です。
 近年の日本の左派に天皇制を積極的に肯定する人が増えているのはそんな「リベラルな北欧諸国」の観念との辻褄を合わせるためなのかもしれません。しかし向こうの王制は国民の凡そ半数を占める右翼が支持するからです。
 しかし向こうの右翼は日本の右翼とはかなり違う面もあります。
 日本の右翼は左側の思想や勢力をとにかく叩く人が少なくありませんが北欧の右翼は左側、殊に中道左派と和して同せずで互いの役割分担をしています。
 日本においてはリベラルな思想はどちらかといえば中道左派が支持するものといわれていますが北欧においてはリベラルな思想はどちらかといえば右翼が支持するものです。ノーベル賞の授賞元がどんな団体であるかを見れば一目瞭然です。知識階級の多さも日本は中道左派に多くて北欧は右翼に多い。向こうの中道左派はおしなべて平凡でこれという学もない市民であり、右翼は下品で無学で強権的な日本の右翼という感じとはかなり違います。尤も、日本の右翼を支持する勢力には昔の世代は平凡で無学な左派の市民であった人々が多いのでそうなるのであり、昔の日本の田舎は北欧と然程に違わなかったともいえます。
 どの国の右翼も既成事実を追認する傾向が強いので、日本の田舎の美しさが失われることも仕方がないと思っているのでしょう。そうなると「美しい国」はどうしてもサブカルチャーの中に求めることになってしまいます。

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by keitan020211 | 2017-11-26 02:49 | 政治、社会 | Comments(0)
最も正しい リベラルと保守;左翼と右翼の定義 その3 経済編
賊軍を官軍の勝ち組クラブに入れる
賊軍戦没者の靖国神社の合祀に 絶対反対

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皆様の力で阻止しましょう!

 直前の記事に、左翼、革新、保守と右翼の中で最も経済政策を重視するのは中道左派ともいう革新であると語りました。

 先の衆議院総選挙の頃から、安倍政権のアベノミクスという経済政策は世界の通念から見れば革新的――:マスコミ用語では「リベラル」――なものなので安倍政権と自民党は経済に関しては革新であるといえるとの批評が増えています。弊ブログもその見方には粗全く同意します。弊ブログはその記事に、自民党は経済に関しては革新の党であり治安統制に関しては保守の党であると語っています。
 経済を背景としてなされる社会政策に関しても凡そ革新であり、治安統制の国際版である防衛安全保障に関してはやや保守。後者を最優先の課題としていた安倍政権の前期はそれ故に保守政権と見做されることが多くありましたが経済政策と社会政策を最優先の課題としている後期は革新政権と見做されることが多くなって来ています。恐らく安倍総理の本意はそれらを何れも満遍なく担いたい、全てに網羅する綜合(グローバル)政権としたいというものでしょう。

 さて、その革新的経済政策であるアベノミクスを、安倍政権の主な支持層の一つである右翼も肯定的に見て期待するといっていますが彼等はその何を見てどう期待しているのでしょうか?

 先ずはそれぞれの勢力の経済に関する基本の観念を見ておきます。

 左翼: 基本としては古典的第一次~第三次産業の自由な発展を図り、政府はその限界を埋めるべく生産や流通の調整管理を図るべし。特に過酷な事業については政府は重点的に調整管理をして集団化による生産と流通の集約を図るべし――:共産主義――。
 革新(中道左派): 基本としては近代的第一次~第三次産業の自由な発展を図り、政府はその限界を予め勘案して市場における経済活動の調整管理を図るべし。特に過酷な事業については政府は不断に労力の緩和を図り、生産性の向上と総生産額の維持発展を図るべし――:資本主義――。
 保守(中道右派): 基本としては古典的または近代的第一次~第三次産業の自由な発展を図り、政府はその限界を不断に勘案して市場における経済活動の規正を図るべし。生産性の向上と過酷な労力の緩和は事業者の義務であり、それを怠る者には特に厳しく規正を求め若しくはその認識のない者を排除するべし。
 右翼: 経済は悉く既成事実として存在して発展継承されるものであり、政府はそれをなるべく妨げず、違法を取り締まることに専念するべし。

 共産主義や資本主義など、「-主義」とつく経済は全て左寄りであることを先ずは押さえておく必要があります。保守に相応しい経済の主義や右翼に相応しいそれというものはありません。保守は是々非々主義で「-主義」などの他の勢力の経済思想を取り入れることがありますし、右翼は既成事実を重視して従来の経済のあり方を是とするからです。故に右翼が資本主義を支持することはあり得ても、保守なら資本主義を支持するものであるという見方は誤りです。

a0313715_02594967.jpg 希望の党の小池百合子前代表が「排除されないということはありません、排除致します。」と会見で述べたことが話題となりましたが、保守には殊に経済に関しては排除を必要とする思想があります。社会に関しては寛容を是としますが産業経済は人の命と財産に影響するものなので寛容とばかりいってもおられません。
 小池氏に排除される側である革新はどうしてもそこが理解できないらしい。産業経済も社会も一緒の事柄であり、人の命や財産を守るためには排除ではなく国のたゆまざる指導が必要であるといいます。しかし実際には国が事業者をたゆまず指導した試しはありません。思いついた時に思いつくだけ云って終り、それが常とも思えるような革新主義や進歩主義を基調とする我が国の実績です。少なくともそうであれば、実効があるのは怠慢な事業者の排除しかあり得ません。尤も、保守は国によるたゆまざる指導が不可能というのではなく偏に前例がないと思うだけです。
a0313715_03020579.jpg よって規制の面で見ると、規制は革新の政権の程に緩くて保守の政権の程に厳しくなるのが凡その常です。’90年代以来の規制緩和の波は革新が本位の政策という側面と保守の例外的政策という側面が相半ばしてあります。当時は旧保守が積み上げて来た諸々の規制が倒れて舞い散りかねないほどになっていたので保守も規制緩和を当面の是とせざるを得なかったのです。
 怠慢な事業者の排除のために最も手取り早いのは規制の強化です。または他にも産業経済人や市民が民間として自主的に排除をすることもあるでしょう。そこには保守だけではなく、国民の生命や財産を守ることは左翼や革新、右翼も大切なことと思うので加わることがよくあります。しばしばデモなどに見られるような市民運動は左翼といわれており、中にはプロ市民と呼ばれるようなものもありますが元々は保守の市民が始めて他にも広がったものです。しかし保守は是々非々主義で同じことにいつまでもこだわり続けることが余りないので保守の市民運動は余り有名ではなくなっている訳です。

a0313715_03052051.jpg 右翼がアベノミクスに期待する理由は産業経済の既成事実の観点から解することができます。
 何にせよ、今は革新勢力が主導する資本主義の時代です。それは百年以上も変わっていません。
 右翼はその既成事実の上でしか取るべき道を考えません。安倍政権の掲げる「景気回復、この道しかない。」の真意もそれにあります。なので既成事実の上で最もましと考えられる経済政策を支持することの彼等なりの帰結がアベノミクスなのです。故に金融緩和が、公共事業が或いは成長戦略が経済的に必ずしも正しいと思って期待して支持しているのではないでしょう。

 保守は是々非々主義なのでそれらの一つ一つに可否をつけます。アベノミクスの一部には支持できるものもあるけれど全体としては必ずしも支持できないと見る訳です。

a0313715_03070371.jpg 革新にはアベノミクスを支持する人々と一般論としてはそのような経済政策を必ずしも悪いとは思わないが時宜的に間違いなので支持しないとする人々がいます。弊ブログは保守でありながらどちらかといえば後者に近い見方をします。前者は政策を状況や既成事実に即して評価するのではなくいわば市場を更地として見、政策はそこで実行されるものと考えます。市場が更地のようなものであるならばアベノミクスは間違いなく発展的に成功するでしょう。そのような発想の背景には日本経済が'00年代のいわゆる市場原理主義による地鎮祭を経ていることと今の日本経済と日本市場には一定の傾向や方向性若しくはなす術が現にない故に何をしても政策の通りに動くであろうという期待があります。市場が既に一定の意思を持っているとなかなか政策の通りに動こうとはしません。現実には市場は何程かの一定の意思をその前からかなり強く持っているためにアベノミクスは成功しなかったのです。
 かのようなアベノミクス支持の一部の革新の思想はキリスト教神学の見地から見ると中世のヨーロッパに勃興したヤンセニスムという異端思想に当て嵌まります。異端は処刑などによる排除の対象です。かつてアメリカのレーガノミクスがブードゥー経済――:オカルティズムの一種――と呼ばれたよりも更に過激なものです。 

 左翼はアベノミクスを賛成も反対もしないという心境ではないでしょうか?
 自分達とはそもそも相容れない安倍政権の政策であり、それがどんなものであろうと知ったことではない、それが左翼の本音であるかもしれません。アベノミクスがあろうとなかろうと、自力で儲かる人は儲かるし儲からない人は儲からない。重要な事柄はもっと他にあると今時の話題を全く見限って自分の道を歩む。左翼以外はなかなかそのようには構えられません。但し少しでもそれに近い感覚があるのは政策観が左翼に近くなることの多い保守です。希望の党の小池前代表が総選挙の公約にアベノミクスの成果が若しあれば生かせるだけ生かさせていただくというようなことを掲げていますがそれは保守の是々非々の構えと左翼の無関心の構えをないまぜにしたような感じのものであり、私、弊ブログの感覚とも好く合います。

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by keitan020211 | 2017-11-22 03:07 | 政治、社会 | Comments(0)
最も正しい リベラルと保守;左翼と右翼の定義 その2
賊軍を官軍の勝ち組クラブに入れる
賊軍戦没者の靖国神社の合祀に 絶対反対

都合の悪い歴史を覆い隠す
A級戦犯の分祀に 絶対反対

皆様の力で阻止しましょう!

 今月の上旬の記事に、『最も正しい リベラルと保守の定義』と『最も正しい 左翼と右翼の定義』を記しました。



 そのリベラルと保守の定義と左翼と右翼の定義を大掴みに言うと:
 左翼:何でも自力でしようとし、それではどうにもならない場合のみを国が助けるべしとする人々
 革新(中道左派):自力を基調としつつ、自力の限界を認めて国による分配を是とする人々
 保守(中道右派):世の中には様々な人がおり、自力か他力かは一概にはいえないので是々非々主義の人々
 右翼:人に頼ることを善しとし、国は頼る宛てのない人々のみを助けるべしとする人々
 という四つの類型になります。
 そこには保守はあるけれどリベラルはない。
 リベラルとは思想の類型ではなくいわば生き方であり、主にその四つの中庸を占める革新と保守の総称、場合によってはそれらの四つの全てに当て嵌まり得るものです。
 リベラル、liberalとは「自由な」ということ、人や人間が自由であると感じられることがあれば或いは感じておれば、それはリベラルであるといえます。
 しばしば日本のリベラルと呼ばれる勢力が嫌悪されるのは自由の存在というものが彼等の内には感じられない、或いは、自分の自由だけを尊び他者の自由を損なって平気でいることが原因でしょう。近年はそれが日本だけではなく世界に広く見受けられてもいます。
a0313715_23125026.jpg 革新と保守の総称がリベラルであるのは近代国家が経済を背景として国民の自由を志向するようになり、その実現を担って来たのが政治における革新勢力と保守勢力なことからです。近代国家の奔りであるイギリスやフランスは革新と保守の二大政党を構えてそれらの政権交代により政治を担っていますが近年は無所属のエマニュエル マクロン大統領が就任して自らの新党を立てて多くの議席を有するなどしてフランスの二大政党制は揺らいでもいます。日本も戦前は立憲民政党という革新政党と立憲政友会という保守政党の、戦後以後は日本社会党という革新政党と自由民主党という保守政党の二大政党制による政治でありました。しかし日本においても世界においても革新と保守の対立の構図は1990年代から崩れ始め、1996年に結成された民主党とそれ以後の自由民主党は二大政党制ではありますが革新と保守のそれではありません。「革新と保守」という概念そのものが揺らいで意味をなさなくなって来ているからです。
 とはいえ、政党が革新の党と保守の党にきれいに分かれることはもはやあり得なくても或いはあり得てもその望みが薄いにせよ、政治の現場を離れて見る革新と保守の概念そのものは重要であり、個別の政策を評価するためには必要なものです。
 ――革新的政策により自由を感ずるか 保守的政策により自由を感ずるか

 更にそれらの外延には左翼と右翼という人々がいます。
 革新と保守は中庸であるというと左翼と右翼は極端であるという感じがするかもしれませんが極端というべきなのはそれらの中でも極左や極右と呼ばれる勢力だけであり、左翼と右翼は然程に極端なものではありません。但し近代国家の体制の主流を占める人々ではないことから、どうしても中庸という印象で見られることがなく、自らも中庸を殊に志向してはいない。中庸よりも「正しいと思う」こと、それを志向する人々が左翼と右翼であると取り敢えずはいえます。
 中庸とは正しいと思うだけではなく客観的に見て正しく適切なことということであり、そこがそれぞれの志向性の違いです。

 客観的に見て正しく適切なことを志向するならばその発想はどうしても合理主義になります。
a0313715_23145180.jpg 昨今の批評界ではしばしば、保守は合理主義を嫌うものであるとの言説が多く見受けられます。私、弊ブログの原点の一つである西部邁も保守とは近代合理主義に抗うものであると語っており、その通りでもあります。しかし西部がそこに云いたいのは抗うべきものは近代合理主義であり合理主義の全てや合理そのものではないことです。あらゆる合理や合理主義を否定するならばそれは保守ではありません。近代合理主義を至上命題、至上価値、延いては人間を仕分ける基準とする革新に対する批判が西部と弊ブログの本意です。
 西部の言う近代合理主義とは如何なるものなのかについては彼の著書をお読み下さい。BOOKOFFの108円の棚によくあります。

 革新も保守も、近代国家の主流を占める中庸派は全て合理主義です。または、左翼と右翼も大なり小なりそうです。
 しかし左翼と右翼は合理主義よりも経験主義に立つことが多い。
 しばしばある研究や批評に保守は経験主義であるとのものがありますがそれは誤りです。
 西部邁は保守は「歴史の経験則」を重んずるものであると説き、それが経験主義と混同され易いですがそれは人の経験を本位とする経験主義とは違います。西部の本意は人の経験よりも歴史に蓄積された経験、即ち伝統を重んぜよということであり、伝統を見出そうとする態度から真の合理が見出せると説きます。
 経験主義は保守の本位とするものではなく左翼と右翼にしばしば顕著に見られる特徴です。
 左翼はその自らの経験から自力で生きるべしといい、右翼はその自らの経験から身近な人と互いに助け合うべしという。
 しかし自力ではどうにもならない場合もあるので左翼はそれを助けるための政府の政策を要するといい、人には身寄りがない場合もあるので右翼はそれを助けるための慈善を要するという。
a0313715_23185102.jpg しばしばある批評に、右翼は社会保障や福祉をお情けとしか考えていないというのがありますがそれは誤りであり、右翼の慈善は決してお情けというような感動ポルノの種のようなものではありません。慈善をする右翼は皆本気で人を救って幸せにしたいと考えて行動しています。しかし右翼慈善活動家そのものが数として少なく、彼等の営みだけではあらゆる困っている人々を救える程にはなりません。かのような批評をする人はその全体の供給可能性を指してそんなことではお情けのようなものである、そんなものではなく政府の政策が必要であるというのです。右翼を否定するのは主に革新の人々ですが、革新は多くの場合は物事を全体の需要と供給で見、全体を満たすためには政府の政策による分配と再分配が必要であるといいます。そのような発想から、革新の政策はどうしても経済を最も重視するものとなります。その点は結成以来の自民党も相当に革新の色の強い党であり、民主党との二大政党になってから今は特に経済政策に弱い民主党との違いを際立たせるためにより革新的になっています。
 中道左派ともいう革新と左翼の違いは自力ではどうにもならない場合を左翼は結果から判断し、革新はそのような場合を予め可能性として織り込むことです。予め織り込むためには合理主義に基づくケーススタディーや試算を要します。しかしそれらが人と人間の現実に本当に適うのかどうかは分かりませんし適わない場合もあります。そのような営みからしばしば人間の本性を見誤ったり人の心を勝手に決めつけることが社会問題についてもそれぞれの生活に関してもあります。殊に革新派が多くを占めるマスコミ――特定の媒体だけではなく全て。――はそのような見誤りや決めつけを数多く生産しています。

 左翼は自力ではどうにもならない場合を結果から判断するため、結果を政策に結びつけるためには密な政治参加や情報環境の整備を要します。その観点から見ると、アメリカにおけるインターネットの磐石の普及は左翼が推し進めたものであるかもしれません。かつての日本の公衆電話もそうでしょう。
a0313715_23224817.jpeg つまり、左翼は人の危機を救うためならば公益的通報ということで、個人や社会、共同体の自由が制約される若干の可能性はやむを得ないと考えます。警察国家のようなものを左翼は当たり前のものとするのです。現に日本などの自由を是とする国を含む多くの国はそのような自由の制約を或る程度は容認して成り立っており、その点では数少なくなって来ている左翼は依然として健在であるともいえます。
 では左翼はファシズムであるかというと少なくとも単独ではそうではありません。ファシズムは冒頭の前の記事にも語ったように主に革新と右翼の結合により生じますが、革新と右翼の結合からは経済的分配を巡るファシズムであり、警察国家のような治安と統制支配を巡るファシズムは革新と左翼の結合により生じます。つまり、何にせよファシズムの主犯は中道左派ともいう革新です、結局は保守もそれらに結合することがあるので余り人のことをばかり言えませんが。
a0313715_23245603.jpg 保守は元々その政策観が左翼に近くなる傾向がある――偶にいわれる、小沢一郎左翼説や小池百合子左翼説はその故でしょう。――ので個人や社会、共同体の自由が制約される若干の可能性を含む統制支配のあり方を支持することがあります。しかしそのような場合は保守と左翼の常態から出るものであり、ファシズムに結びつくものではありません。3年前に可決されて制定された特定秘密保護法についての各党の賛否はそれを物語ります。しかし革新がそれに後で手を加え始めると本当にファシズム法になる可能性はあるでしょう。より自由にした積りが、自由をより損なうものとなる。思想や政治駆引しか見えなくなって人間の本性や人の心が見えなくなるからです。
 経済的分配の観点から見ると自民党は革新の党といえ、治安統制の観点から見ると自民党は保守の党といえます。その他にも各党は個別の政策観から見ると左翼、革新、保守と右翼の様々な勢力の連合体であるといえます。様々の思想勢力が一つの党にまとまるのは偏に国と党の歴史的経緯や人間関係からです。そのようなものはしばしば「柵(しがらみ)」と呼ばれ、希望の党の初代代表となった小池百合子東京都知事はそれをもう少しきれいに分け直したa0313715_23270764.jpgいと思っているのかもしれません。私、弊ブログは小池氏や希望の党を支持しますがその点は殆どどうでもよいと思います。希望の党の支持が伸びない理由も、しがらみの脱却という考えが逆に旧い、時代遅れと思う、希望の党を支持する私に近い考え方をする国民が多くなって来ているからではないでしょうか。その点が引掛かって希望の党への投票に二の足を踏むけれど、他にも良いと思う党がない。弊ブログがこの処によく希望の党は小池氏にこだわるべきではない、小池氏は総選挙に出馬してほしいとか出馬するだろうとか、小池氏にこだわり恃むのはださいというのもそのことです――弊ブログとそのツイッターは先の総選挙の前から小池氏は絶対に出ないと断言しています。出ないと顔に書いてありました。――。
 しがらみを脱却することが必要な場合も少なからずあるでしょうが、脱した先にはまた新しいしがらみがあることもあります。そうなると脱しても意味がありません。

 「しがらみを脱却することが必要な場合も少なからずあるでしょうが、脱した先にはまた新しいしがらみがあることもあります。そうなると脱しても意味がありません。」、これは歴史の経験からしても或る人の個人の経験からしてもなるほどと思えるものでしょう。歴史の経験を重んずる保守である筈な小池前代表にはそのことだけが分からなかったのです。尤も、『しがらみの脱却』や『都民ファースト』のようなメッセージが今尚支持され易い東京の知事となった者にして仕方のないことではあるかもしれません。ミイラ取りがミイラになったと言えば有権者都民を馬鹿にしているといわれましょうか?
 
 脱したいと思うようなしがらみやその先にある新しいしがらみ――人の努力によってはどうにもならないことを運または運命といい、ドイツ文学者の西尾幹二がその批評において重視するものです。
 西尾は元々は保守思想家といわれていましたが東日本大震災から脱原発を支持するようになり、リベラルの色が強まってもいます。
 しかし西尾は保守かリベラルかよりは、はっきり右翼思想家というべき者かと思います。
 勿論それは根強い右翼への偏見としてではなく、右翼を肯定してのものです。
 彼自ら、自分は保守派ではなく保守的態度を好む者であると語っています。保守的たらむとすることに関しては政治思想による違いはありません。また、リベラルな右翼も多くいます。
 右翼を理解する鍵は私的助け合いとその組織的形態としての慈善の他に「運」があります。
 人は運に左右される。成功するにせよ失敗するにせよ何もないにせよ、努力の故もあるが運の故がより大きい。故に人は自らを誇るべきではない。それが右翼の思想の核心と思われます。
a0313715_23322191.jpg 確かに、安倍政権の周りで色々とよく分からないことや結構分かることを言っている右翼系の人士等は何にせよ、自らの地位や功績を誇るような処がありません。全ては自らに運をもたらす国の誇りであり、自分はそのお蔭で生きていると言わむばかりです。何歩訳の分からない者もそこだけは同じなのです。
 しばしばある批評に、右翼は自分が努力なしに高い地位や財力を得ていることについての疾しさがある故に慈善をしてその罪滅ぼしをするのであるとのものがありますがそれは誤りです。彼等の慈善は元々持っている自らの生き方の理想の実現であり、疾しさから来る罪滅ぼしではありません。尤も、右翼以外や贋右翼にはそのような慈善をする者もいるかもしれませんし、多分間違いなくいます。
 しかしそのような右翼についての誤った批評をする人は右翼の肝は努力ではなく運であることに気づいている点では物事をよく見ているといえます。
 贋右翼といえそうなのは先の天皇賞を制したキタサンブラックの馬主の歌手北島三郎です。
 「右翼なんていわれたら追放ものになっちょうよ。でも贋だっていうなら本望だね。」とでも言うかもしれません、彼は。
a0313715_23342781.jpg 彼は天皇賞の優勝馬キタサンブラックを所有することを、「神様からの贈り物と思う。」と自評しました。
 それはかなり見過ごせない問題のある文言です。
 彼は佛所護念会教団という宗教の信者ですが、そもそも仏教系の宗教は神というものを信仰するものではありません。先ずはそこからして彼の発言はおかしい。
 また、その背景として彼が運と神様を一緒くたにしていることが窺えます。言うまでもなく、神を信仰する宗教は運や運命というものを脱却することがその要諦にあり、運に恵まれることは神の恵みとは違います。神も仏もなくても自ずとなること、人が認識することのできない大きな状況となりゆきが運です。右翼が人生は運であるという際には、認識の不可能なことが人を動かすものであるという認識があります。そのようなことは神や仏を信仰していてもしばしばあり得ます。
 北島三郎はそのように神も仏もないような処で起こる運に過ぎないものを「神様からの贈り物」といっているのではないかとの疑いが極めて強い。無神論を神聖ぽく偽って表現することであり、右翼や良心的庶民を装う無神論的極左であるといえます。イスラム教徒ならそのようなことを偶像崇拝の罪というでしょう。
 また、過労死や殉死を奨めるなど、年来の彼の歌の数々からもかような無神論的極左の気が見て取れます。それ系の歌手にはもう一人、美輪明宏もおり、彼もまた贋右翼であり且つ贋リベラルの極左です。

a0313715_23364420.jpg 右翼は運を重視するので、政治により国を変えることにはどうしても後ろ向きになりますが政治に背を向けるのではなく、偏に政治の出来ることは少なかろうと見做すからです。彼等が殊に関心を持つのはそのような訳でどうしても外交や安全保障に偏ります。外交は大きな成果が得られなくても自由や法の支配などの基本的価値観を同じくする国の指導者同士が常々会うだけで国際関係の良好な維持に役立ちます。そうであれば右翼や保守の特に重視する、または革新も相当に重視する自由貿易が維持されて国の豊かさが保たれ或いは増す。そうであれば安全保障も相応の充実を見ます。

 今や革新や左翼、即ち左側の勢力に求められるのはそれらのような右翼の特色を知り、年来の右翼に対する偏見をなくしながら和して同せず、若しくは下手に和しもせず、一線を画しつつ自らの思想や政策観をゼロベースで見直すことです。
 近頃に、左側から「穏健な本当の保守」というような言葉がしばしば聞こえて来ることにはその点から大きな懸念を禁じ得ません。その念頭においているものは自民党の宏池会であるらしいですが、宏池会を保守本流と見てそのような政治を求めることは時代遅れも甚だしいし、何よりも安倍政権の支持層に多いとされる右翼を政治の場から外したいという願望がその多くを占めていることが窺えます。望ましい在り方を語る肯定的な話と見せて実は否定的な排除の論理でしかない。しかし右翼にも穏健な右翼がいたり過激な右翼がいたり、色々といます。
 革新が右翼と結びついてはファシズムになってしまいますが、一線を画する自覚があるならば右翼を排除することはない筈です。どこかで一線を画さずに結びついている疾しさがあるから右翼の排除を「穏健な本当の保守」や「中庸の政治」、「寛容の精神」という。
 尤も、革新と右翼の結合は歴史的傾向として永らくあるものであり、一朝一夕にはなかなか解消され得ません。カレル ヴァン ヲルフレンのいう「管理者/the administrators」や「日本の権力の中枢」、「日本というシステム」とは外でもなくそのことですし、殊にこの国だけの問題でもありません。しかしどこも同じであるから良いのではなく、この国と世界の共通の問題として革新と右翼の結合による近代国家の体制、またはワシントン政治を解消してゆかなくてはなりません。

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a0313715_17314580.jpg●関東地方の緊急地震速報は ダイヤル1134 文化放送


――地震が発生したら先ずは火の点いている所を確認して直ぐに消せる火を消し、物の落下を避ける。


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ANN 報道ステーション 9.54~/月~金
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by keitan020211 | 2017-11-21 23:39 | 政治、社会 | Comments(0)
【Freesia料理】冬眠の前に食べておきたい ・そばめし ・トランプ牛丼
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 冷え込みが日増しに強まり、冬を迎えています。
 冬は冬眠の季節――眠り放しでは困りますが、寒い夜にもよく眠れることも「冬眠」と言います。
 今日はそのような「冬眠」のための料理を二つ紹介します。

 但し一つ注意があります。
 これらのようなたっぷりの料理を食べて直ぐに寝ると体に悪いこと。
 過大な労力を消化に費やすことにより内臓や神経が痛み易くなります。
 夕食と寝入りとの時間はなるべく空けることが健康の秘訣の一つです。
 古くから云われる「食べて直ぐに寝ると牛になるよ。」がそれです。
 また、沢山食べてもそれを守ると太らないともいわれます。
 或いはどうしても夜の帰りが遅くなる人は、これらのような料理を少な目に作って食べても良いでしょう。

 もう一つ、是非とも守りたいことは食べる時には息を鼻で吸うこと。
 息を口で吸いながら食べると太ったり体を壊したりして寿命が縮みます。
 大雑把にいうと、口息は酸素が器官ではなく食道に入ることにより、食べ物が酸化して毒素に変わり易くなるからです。肥満をもたらす毒素も大半はそれが原因で生じます。
 口息になる食べ方は主に:①頬張る;②かき込む;③啜る:です。先ず、それらの食べ方は全面的にやめ、食べる際には鼻からゆっくりと息をしながらすること、それにより食べる時だけではなくいつも効率的且つ安定的呼吸が自ずとできるようになります。口息が多いと肩も安定せず、動作が稚拙になりがちになります。鼻息ならば自ずと腹に力が入り、肩と動作が安定します。

 それを守ると、肥満になり易いとされる炭水化物も時には多く摂っても大丈夫になります。
 基本としては米やパンなどの炭水化物系は絶対値を少なくすることが必要ですが、偶に不足する場合には大目に食べることを要する場合があります。そのような場合にも奨められるのがここに紹介するそばめしとトランプ丼ですが、そこでも口息と共に食べると補うことにはならず害にしかなりません。
 米の基準量は一度の食事につき概ね0.8合ないしは1.5合です。

■そばめし/rice on the noodle
 そばめしは神戸のソウルフード、魂の糧であることを竟最近に知りました。
 どこにでもあるものと思っていました146.png
 神戸以外では、店の献立にあるのではなく鉄板焼系の店で、焼そばと米の飯を任意に混ぜ合わせて作る人もいることから「どこにでもある。」と思っていたようです。任意に作る人はどこで覚えたのか偶々思いついてなのか神戸人が密かに広めたのか、歴史学的に面白い事柄です。
 神戸の鉄板焼系の店にはそばめしが正規の献立としてあります。

a0313715_18583732.jpg 標準的なそばめしは、キャベツ、ピーマン、人参や茄子などの濃目の野菜を添えて焼いて作ります。更にもやし入りなどでもよいでしょう。
 しかしここに紹介するそばめしは店の鉄板ではなく家のフライパンで焼いて作るため、焼き方と使う野菜を少し変えてみます。
 標準的なそばめしの焼き方はそばと米がそぼろそぼろになるまでよく掻き混ぜます。
 しかしこのそばめしはそぼろそぼろにまではならない程までよく掻き混ぜる、いわば炒飯のもう少し荒々しいものです。
 その理由は標準的なそばめしは焼き上がったものを鉄板から直にこてで取って食べるため、箸や匙では取れない程にそのように解く訳ですが、多くの家には鉄板焼のこてはないので箸では取れなくても匙では取れるようにするために米の塊具合を少し保つことを要します。塊とはいえども、炒飯よりもそぼろぽく解きます。
 本式にそぼろそぼろにするためにはソースの量を多めにするとなり易い。ここではソースを本式より少し少な目にします。
 野菜は葱のみ。白葱と青葱を薄輪切りにし、それを溶卵に入れてそばと米を焼いている処に入れ、更によく掻き混ぜます。
 また必須ではありませんが、そばを戻す際には水をフライパンに敷きますが、私は煮物の漬だし汁で代用しました:かぼちゃなどを煮るために使った米酢、白醤油と昆布の汁です。
 ソースはウースター系で、私が使うのは中濃ソース:カゴメとイカリがお奨めです。或いはオタフクソースなどのお好み焼のものでもよいでしょう。
 それらに胡椒をたっぷりと振り、更に掻き混ぜます。

 出来上がったそばめしは鉄板からこてではなく、皿に蓮華で食べます。
 丼に盛ると風采が怖過ぎるので皿に盛りましょう。

■トランプ丼/the Trump's rice bowl
 トランプ大統領も満悦すること間違いなしの牛丼。
a0313715_18401477.jpg トランプ氏はステーキにトマトケチャップを塗して食べることが先の日本との首脳会談の時に話題になりました。日本の側は晩餐会などの献立に高級ハンバーガーや牛肉の鉄板焼など、彼の好きな牛肉の料理等をふんだんに用意し、彼の好みに配慮をしてトマトケチャップを準備してありましたが実際にはトランプ大統領はそのケチャップを使わなかったという。やはりそこは国際標準を考慮したのでしょうか?

 このトランプ丼もまた、牛肉とトマトケチャップの料理です。
 但し、そこには話の続きがあります。
 ――牛肉に、ケチャップだけではなく苦椒醤を塗す。

 肝は苦椒醤とケチャップ。
a0313715_18413495.jpg それらを練り合わせたものに、少量の胡麻油を合わせて調整します。
 それで丁度好い練り具合になるので水や片栗粉は要りません。水入らずに粉入らず。
 アメリカ、日本と韓国が妙(たへ)に融合する、融和の味がする、特製の牛肉のソース。

 誰でしょうか?「慰安婦丼」と言っているのは。
 慰安婦丼ではありません、トランプ丼です。

 牛肉は普通に牛丼に使える切落とし肉。
a0313715_18440785.jpg それに、玉葱とおくらを添えます。因みにおくらは'okra'という英語。元々の日本語では「ねり」と呼ぶといい、学名は'abelmoschus esculentus'と、頭に「安倍」がつく。
 その牛切落とし肉と玉葱、おくらを牛脂を敷いたフライパンに胡椒などの調味料を特に加えず、先のソースを加えながらウェルダンに焼き上げます。ソースの味が最後の手段で決めちゃった程に甘いため、肉をよく焼かないとこしのある香りが出ません。その『こし』が胡椒を多めにする程では充分に出ません。胡椒の苦辛さもブラックホールのように吸い込んで消してしまうのがアメリカ、日本と韓国のコラボレーションによるこのソースです。

 そばめしは丼には盛りませんが、このトランプ丼は丼に盛って箸で食べます。28兆円の味です。

 ※:その甘さがどうしてもといけないという方はソースを苦椒醤と胡麻油だけにしてトマトを載せるとよいかと思います。因みにトマトを大胆に使う料理として弊ブログが前に紹介しているのは『トマト白湯麺』、普通の白湯麺にトマトを載せるものです。


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■NEWS of the WORLD


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    ●ル モンド(フランス パリ)
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    ●リベラシオン(フランス パリ)
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    ●読売新聞(日本 東京)
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    ●毎日新聞(日本 東京)
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    ●ザ シアトルタイムズ(アメリカ ワシントン州シアトル)
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    ●ザ トロントスター(カナダ オンタリオ州トロント)
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    ●ザ ガーディアン(イギリス 英国 ロンドン)
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by keitan020211 | 2017-11-14 18:20 | Freesia料理 | Comments(0)
左翼;右翼;革新;保守 メディアの色分け
賊軍を官軍の勝ち組クラブに入れる
賊軍戦没者の靖国神社の合祀に 絶対反対

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皆様の力で阻止しましょう!

 左翼:何でも自力でしようとし、それではどうにもならない場合のみを国が助けるべしとする人々
 革新(中道左派):自力を基調としつつ、自力の限界を認めて国による分配を是とする人々
 保守(中道右派):世の中には様々な人がおり、自力か他力かは一概にはいえないので是々非々主義の人々
 右翼:人に頼ることを善しとし、国は頼る宛てのない人々のみを助けるべしとする人々

 それが直前の記事に示した大きく分けて四つの政治と社会に関する思想の勢力です。
 今時多い順に:①革新(中道左派);②右翼;③保守(中道右派);④左翼
 昔は:①左翼;②保守(中道右派);③革新(中道左派);④右翼

 左翼と右翼が大逆転となり、保守の地盤沈下になり、革新の躍進が目立ちます。
 今時と昔の境目はサッチャーとレーガンが政治思想の捩れを巻き起こした1980年代、そこで’70年代までは最大多数であった左翼が減り、革新が目覚ましく増し、左翼の没落と共に右翼が相対的に増し、革新と右翼の増長に押されて保守が減っています。吉田茂が打ち立てた自民党の保守本流と呼ばれる勢力が弱まってより右寄りと左寄りに二極化してゆくのも'80年代です。かつての自民党の保守本流はもはやかの党には殆ど残っておらず、革新と右翼が自民党の大勢を占めています。
 大阪の地盤沈下なんかも保守の地盤沈下との関わりの深いことであるといえ、大阪維新の会として始まった日本維新の会は今や没落している保守の回復の運動であるといえます。そこで強い存在感を現すためには直前の記事に語った保守の特徴でもある、ラディカリズムの取り入れが図られている。保守でありながらラディカル、それが初代の代表の橋下徹大阪府知事、大阪市長です。自民党の旧保守本流は有り余る程の豊かさの実現の中、ラディカリズムを遠ざけた故に革新や右翼に水を空けることになっているのです。
 その保守の回復の運動を東京を主な拠点として起こしているのが小池百合子東京都知事の立てた希望の党、橋下氏にひけをとらないラディカリズムで絶大な支持を得ていますが最近は保守の本来の特徴である穏健中庸を意識し過ぎて地盤沈下の状況に戻ってしまっています。

 橋下の維新と小池の希望、何れも報道メディアががっつりと注目することによりその名が広く知られるようになっています。橋下氏は自らの司会による番組を政界の引退の後も持つなどして報道筋に今も好かれていますが小池氏は国政選挙で敗けてから最近は前のように好かれてはいません。何れにせよ、報道メディアの影響が大きいのが今時の保守の特徴です。それらがかくも注目されるのは保守が今や珍しい存在になっている故の珍重の意の故でもあるかもしれません。昔は保守は体制でしたが、今は革新が体制をなし、保守は少数派です。

 保守が少数派となることと同時多発で生じているのがネット右翼の台頭です。
 ネット右翼と保守は時に同類項とされたり時に厳然と分けられたりしています。それらの違いはしばしば厳然と分けて語られるように過激か穏健かの違いであるとはいえないのではないかとも思われます。保守は元々ラディカリズム、或る種の過激主義があり、その点から見るとネット右翼との違いの説明はつきません。
 保守とネット右翼の最も大きな違いは直前の記事に語った右翼の私的支え合いの重視にあると思われます。
 ネット右翼の右翼たる所以は本格的右翼の程の規模を具えないが、私的支え合いの網目(ネットワーク)が存在することです。どこかで示し合わせているような感じ、それが網目の存在を窺わせるものであり、網タイツの存在のちらつくものです。
 保守は是々非々主義なのでそのようなものは余りありません。橋下も小池も示し合せることを嫌う。故に独裁者などといわれるような指導力の重視になる。
 ネット右翼は示し合わせの網目を通してそれ自体が一つのメディアを形成しています。よく見ると、その内容や過激さは時と共に変化していることが分かります。自らが偏向報道を糾弾しながら自らが偏向と見られることにとても注意しているのです。最近は一頃と比べるとかなり過激さがなくなって来ています場合によってはこれからどうなるかは分かりません。
 示し合わせによる支え合いが実地でなされているのかあくまでもネットを通して黙示的になされているのかは分かりません。宗教の関係なら実地による処が大きいのでしょう。

 示し合わせの重視は革新、中道左派にも古くからあるものであり、その点でも革新と右翼の類似性と結合の存在が分かります。中道左派よりも左寄りの左翼にはそのようなものは元々は余りありませんが極左テロリズムへ流れた人々は示し合せを独自の形で取り入れています。そうではない普通の社会にいるような古典的左翼は保守と同じく示し合せを嫌います。
 中道左派が示し合せを重視するのは彼等が経済力と社会的影響力を得ると共にその既得権益を守る必要が生じ、そのために様々な示し合せがなされるようになったと考えられます。中道左派、革新は紛れもなく現代社会の勝ち組であり、あの手この手でその立場を守ろうとするのです。安定少数派の共産党や社民党も同じ。トランプ大統領が批判するワシントン政治というのもそのことでしょう。対してトランプは右翼、保守に左翼と、革新以外は何でもありという感じの政治家――になりたて――です。しかし安倍総理はもっと上を行っており、革新を含め全てありという感じ。
 しかしそれだけ何でも抱え込めるのはグローバリズム思想の影響もあるのでしょう。グローバリズムは様々なものをコンパクトに頭(mind)に収めることができるとされる思想と思考法であり、トランプ政権や安倍政権のような丸抱えの政治を少なくとも見掛けの上では可能にするのです。そこには対決の論理はあり得ても排除の論理はあり得ません。

 今は余り見掛けませんが、一昔程前までは学校や職場でテレビ番組について話す人が多くいました。
 私が学生の頃に毎週のように「めちゃイケ観たー?」と話す同僚がいました。その『めちゃイケ』がやっと終わるらしく、二十年の長さを改めて感じると共に、それが昨日のことであったかのようにも思えます。長寿番組もそこまでになると怠慢の証と思わざるを得ませんが、テレビなどのメディアは或る種の示し合せの道具でもありました。今はそのようなテレビの話が余りないだけに、テレビを通しての示し合せの力は寧ろより強いものになっているかもしれません。話があればその解釈は多少変わることもありますが、無言で受け止められればテレビに映る人達の言うが侭の解釈しかされなくなります。変わり得るのは精々はいかいいえかだけで、下らないコメンテーターの発言が大真面目に人々の世論になる。而して中道左派の最大多数の支配が確立されている。逆にネットはテレビと比べるともう少し変化が多い。自分で表現して発信することができるだけに発信者の言うが侭になることは余りありません。
 尤も、若い人々はテレビや新聞を余り観ないといい、そう懸念することもないかもしれません。

 先の四つの類型に随いメディアを色分けするとどうなるか?

<凡例>◎-◯-△-×
●テレビ
日本テレビ: ◯左翼 △革新 ◯保守 ◎右翼
テレビ朝日: △左翼 ◯革新 ◯保守 ×右翼
TBSテレビ: △左翼 ◎革新 △保守 △右翼
テレビ東京: ×左翼 ◯革新 ◎保守 ×右翼
フジテレビ: ◯左翼 ×革新 ◎保守 ◯右翼
NHKテレビ: ◯左翼 ◯革新 △保守 ◯右翼

 こう見ると、最も懐が深くて寛容なのは日本テレビとNHKということになります。
 現に、日テレとNHKは視聴率が最も高い。
 しかし日本テレビは視聴率が最高でも最大多数派の革新、中道左派にはやや冷たくて2番手の右翼には最も厚い。NHKは逆に3番手の保守には冷たい。NHKは時代に合わせて変わろうとするので地盤沈下の傾向にある保守にはどうしても冷たくなる訳です。右翼に◯がつくのも時代の趨勢から。
 日本テレビの『愛は地球を救う』は私的支え合いを重視する右翼の色が遺憾なく出ている長寿番組です。『力は地球を救う』ではないのがミソ。

 数を問わずに真中を取ってゆこうとするのがテレビ朝日とテレビ東京です。
 経済新聞の系列である故か、テレビ東京は経済には疎い左右の両極にははっきり「興味なし」。取り分け中道右派、保守を重視します。テレ東好きな人は男/女に関しても遠慮なく振ることが窺われます。
 テレビ朝日は右翼以外は全てOKですが、後述の朝日新聞と同じく、左翼には△がつくのは左寄りの革新の意向ではなく寧ろ右寄りの保守の意向であると考えられます。革新は自分達が混同されかねない左翼を実は大嫌いなので左翼色を極力抑えたがります。保守はそんなことを考えはしないので左翼もOKなのです。
 そのことが同じくいえるのがフジテレビであり、中道右派、保守が◎でありながら左翼も◯、寧ろテレビ朝日よりも左翼への偏見がない。逆の極の右翼も◯で、NGは中道左派、革新。しかし最大多数派の革新が×であることが近年の視聴率における低迷に影響しているかもしれません。偶に聞かれる「フジテレビは右翼」という噂も中道左派だけが排除されていることに対する批判でしょう。しかし政治の事柄だけではなく局内の権力を巡ることをも考えるとどうしてもそれだけは排除せざるを得ない。
 懐が広いようにも狭いようにも見えるのがTBSであり、革新だけが◎である他は全て△だけ。全てを網羅してはいるけれども厚遇と冷遇の違いははっきりと大きい。△の3つに関してはなるべく政治色を出さないなどの慣行のようなものもある。

●新聞
読売新聞: ◯左翼 ◯革新 △保守 ◯右翼
朝日新聞: △左翼 ◯革新 ◯保守 ×右翼
毎日新聞: ×左翼 ◎革新 △保守 △右翼
産経新聞: △左翼 ×革新 ◯保守 ◎右翼
中日新聞: △左翼 ◎革新 ◯保守 △右翼
日本経済新聞: ×左翼 ◯革新 ◎保守 ×右翼

 同じ系列の読売新聞と日本テレビは革新と保守の◯と△が逆で新聞はテレビより左寄り。但し互いの影響も一部には見受けられる。特に消費税の軽減税率については読売新聞の革新色が強く出ていた。消費増税そのものの反対派も少なくない保守にはやや冷たく、右翼色は日本テレビと比べると弱い。
 朝日新聞はテレビ朝日と全く同じであるがテレビとは違い禁忌(タブー)がなく、右翼のことも主に歴史的話としてはOK、但し否定的に書かなくてはならない。かつて全共闘などの極左をしばしば肯定的に報じていたのは保守派の左翼好きの故であり革新派の意向ではない。
 毎日新聞はTBSに近いが左翼を厳然と×とする処が違う。戦前は最も発行部数の多い保守系であったが戦後の時代の変化に合わせるとそうなったのであろう。'60年安保の影響を最も強く受けている自家撞着新聞でもある。
 産経新聞はフジテレビよりも右翼を重視するが左翼にも一定の理解がある。元経済新聞としてケインズやルーズベルトに代表される修正資本主義を否定する見地から革新は×であるが最近は支持を常々表明している安倍政権の経済政策アベノミクスがそれを取り入れていることから革新色も少し出ている。
 TBSをもう少し保守的にしたようなのが中日新聞、広域地方新聞なので必然にそうなる。
 日本経済新聞はテレビ東京と全く同じ。

 朝日新聞が右翼をNGとするのは右翼そのものを否定しているのではなく、直前の記事に語ったように、右翼が革新、中道左派と結びつくと全体主義につながることの認識が旧くからある故と考えられる。一部の極右を除き、朝日新聞の報道の自由や言論の自由を否定する右翼はいないし、朝日新聞そのものを右翼とする見方も稀にある。
 しかし近年の思想の状況やそれに基づく一般通念からはそのような事情はなかなか見えては来ない。

●報道人と言論人、芸能人
<左翼>
やくみつる、漫画家;井上達夫、東京大学教授;本多勝一、元朝日新聞記者;筑紫哲也、元朝日新聞記者、TBSテレビ『筑紫哲也NEWS23』;久米宏、元TBSアナウンサー、テレビ朝日『報道ステーション』;姜尚中、東京大学名誉教授、TBSテレビ『サンデーモーニング』

<革新、中道左派>
村尾信尚、日本テレビ『NEWS ZERO』;富川悠太、テレビ朝日『報道ステーション』;橋本大二郎、テレビ朝日『ワイド!スクランブル』、元高知県知事;田崎史郎、時事通信特別解説委員、TBSテレビ『ひるおび』;膳場貴子、TBSテレビ『NEWS23』;関口宏、TBSテレビ『サンデーモーニング』;岸井成格、元毎日新聞主筆;TBSテレビ『サンデーモーニング』;池上彰、元NHK記者;渡邉恒雄、読売新聞主筆;ジョセフ ナイ、ハーバード大学特別功労教授;上野千鶴子、東京大学名誉教授;ポール クルーグマン、ニューヨーク市立大学教授;早野透、元朝日新聞記者;舛添要一、国際政治学者;荻原博子、経済評論家;小林よしのり、漫画家

<保守、中道右派>
後藤謙次、元共同通信記者、テレビ朝日『報道ステーション』、TBSテレビ『THE NEWS』;長野智子、元フジテレビアナウンサー、テレビ朝日『報道ステーション』;古舘伊知郎、元テレビ朝日アナウンサー、テレビ朝日『報道ステーション』;伊藤惇夫、元民主党事務局長、TBSテレビ『ひるおび』;安藤優子、フジテレビ『直撃LIVE グッディ!』、『スーパーニュース』、テレビ朝日『ニュースステーション』;御厨貴、東京大学名誉教授、TBSテレビ『時事放談』;宮根誠司、元ABCアナウンサー、読売テレビ『ミヤネ屋』、フジテレビ・関西テレビ『Mr. サンデー』;モーリー ロバートソン、フジテレビ『ユアタイム』;黒岩祐治、元フジテレビ記者、神奈川県知事;山崎正和、劇作家;吉川洋、東京大学名誉教授;原真人、朝日新聞記者、元日本経済新聞記者;三浦瑠麗、国際政治学者;岩見隆夫、元毎日新聞主筆;橋下徹、元大阪府知事、大阪市長、大阪-日本維新の会代表;マツコ デラックス、芸人;デーモン閣下、歌手、TBSテレビ『ひるおび』;とんねるず、芸人;秋元康、放送作家;堀江貴文、事業家;吉永小百合、俳優

<右翼>
櫻井よしこ、日本テレビ『きょうの出来事』;羽鳥慎一、テレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』;松山千春、歌手;橋本マナミ、芸人;テリー伊藤、作家;八木秀次、麗澤大学教授;百地章、日本大学名誉教授

 私の注目する範囲がどうしても保守、中道右派寄りになるのでここに挙げる者の名もそれが多くなり、現実の数と力を反映してはいません。
 とりあえず思い浮かぶ侭に挙げていますが、保守は色々な者がいるように感じるのと比べ、革新は一様に口裏を揃えているような感じがします。ここに挙げていない革新の者の数は保守より圧倒的に多く、夥しい革新の者等が皆いつも同じようなことを喋る。
 左翼は上記の割合の位に本当に少ないですが右翼はここに挙げていない者がもっと沢山います。芸人や俳優など、今時は右翼が実に多い。彼等が番組や文章を通して訴えるものも『私的支え合い』であり、本格的なものから簡略なものまで様々です。或る意味では正論ですが、政治や社会を動かす力にはならないのが難点です。それが革新、中道左派の既得権益の護持や「平等に貧しくなろう」という論と合わさると時代はうんともすんとも変わらない。岩盤に穴は少しも空いてはいないのです。

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■NEWS of the WORLD


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    ●AFP(フランス パリ)
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    ●ル フィガロ(フランス パリ)
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    ●フランクフルター アルゲマイネ(ドイツ フランクフルト アム マイン)
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    ●共同通信(日本 東京)
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    ●朝日新聞(日本 大阪)
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    ●日本経済新聞(日本 東京)
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    ●ボストングローブ(アメリカ マサチューセッツ州ボストン)
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    ●タンパベイ タイムズ(アメリカ フロリダ州タンパ)
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    ●グローブ アンド メール(カナダ オンタリオ州トロント)
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    ●ロイター(イギリス 英国 ロンドン)  
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    ●ザ テレグラフ(イギリス 英国 ロンドン ウェストミンスター)
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    ●ジ インディペンデント(イギリス 英国 ロンドン)
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by keitan020211 | 2017-11-09 02:19 | 政治、社会 | Comments(0)
最も正しい 左翼と右翼の定義
賊軍を官軍の勝ち組クラブに入れる
賊軍戦没者の靖国神社の合祀に 絶対反対

都合の悪い歴史を覆い隠す
A級戦犯の分祀に 絶対反対

皆様の力で阻止しましょう!

 直前の記事には『最も正しい リベラルと保守の定義』と題しリベラルとは何か・保守とは何かの疑問を氷解させていただきました。
 何れも時代により変わってゆく相対性と粗変わらない絶対性が絡み合い或いは別れて成り立つ。
 故にリベラル派と保守派をきれいに分けることはできない。

 「リベラルと保守」の他にもう一つある色分けは「左翼と右翼」です。
 そう話を持ち掛けると手頃なAIのように「リベラルは左翼・保守は右翼」と瞬時に仕分けする人々が跡を絶たない。
 先ずはそのような観念は毛頭から切り落として下さい。枝野の毛のような話です。但し誤って耳を切り落とさないように。

 「リベラルと保守」と「左翼と右翼」はそれぞれ別の次元のものであり、それらも時代によって絡み合ったり別れたりして成り立つものです。
 しかし今までの歴史の積み重ねと破壊からの大雑把な区別はあり、この記事にはその区別を解説します。

 リベラル:自由を守り或いは拡げることを志向すること
 保守:自由を守り、それを拡げることには慎重となること

 リベラルと保守は『自由を守る』ことにおいて題目が一致します。しかし題目が同じでもそれぞれのおかれている状況や身上は違い、何をどう守るかについてはしばしば違いがあります。
 弊ブログのいうリベラル保守は是々非々主義で、自由を場合によっては拡げることを認めて場合によっては慎重となることを志向します。何が是となり何が非となるかは個人と社会、国家のそれぞれの伝統や利益を慎重に勘案して決まります。その「慎重に勘案」は「総合的判断」とは異なるものであり、リベラル保守は総合的判断というものを善しとはしません。なので小池百合子東京都知事などの言う「総合的判断」はリベラル保守としてはやや邪道なものとして懸念します。尤も、小池知事は音喜多君のような今時の頭の弱い方々にも通じるような言葉遣いを試みてそのように言っているのであり、彼女自らが総合的判断というものに恃むのではない、その意は「慎重に勘案」の言い換えに過ぎないと思われます。しかし「慎重に勘案」と言うと官僚くさいと思われかねないし、「じっくり考える」と言うと素人くさいと思われかねないので仕方なく頭の弱い人達に合わせてやっている訳です。
 総合的判断とはグローバリズムの根をなす発想であり、英語では'judging globally'、左翼思想の流れを汲み、リベラル保守の観点から見れば警戒すべきものです。つまり、グローバリズムを信じる人は頭が弱い。頭が弱いから油を売るしか能がない。
 尤も、左翼は個人として必ずしも警戒すべきかといえばそうではなく、それについてもこれからの解説で浮かび上がるかと思います。

 総合的判断は栄養バランスとよく似ています。
 人がどんな栄養のあるものを食べるかは彼のいる所にはどんな栄養のあるものが獲れるかに左右されます。どんなに欲しい物もそこになければ手に入りません。
 故に、本当は栄養バランスというものは意味のないものです。
 獲れる物を食べれば自ずと力が出て長く生きられる、それが人の世の常です。
 しかし流通経済の発展により、そのような不可能性は著しくなくなって来ています。流通経済を支える最も大きなものは石油です。
 いつでもどこでも何でも食べられる世界――そこに栄養バランスの概念が生まれた。
 体の求めるものには鈍感でも、栄養バランスを守れば健康になれる、そう信じる人々が跡を絶ちませんが、そもそもがあり得ない状況に基づく思想です。
 総合的判断というものも、本来なら必要のない情報をまでも判断の材料にしてそれらのバランスを図る判断なので、必然に無駄が生じる。無駄は早死にの原因の一つです。
 そんな時代の状況を映すかのように、日本の食糧の自給についての見解は定まっておらず、自由貿易協定の是非を巡りよく分からない紛糾が生じ、何が本当なのか明らかになっていません。

 左翼:何でも自力でしようとする人々
 右翼:人に頼ることを善しとする人々

 食糧に関していえば、左翼は何でも自国の農業を通して調達しようとする。右翼は貿易による調達を重視する。故に左翼は自由貿易の促進には反対して右翼はそれに賛成する。
 ――というと、「あれ?」と思う人が少なくないかもしれません。
 「左翼は自力主義で右翼は他力主義」とは、全く逆なのではないかと。左翼は国に頼りたがるし右翼は自己責任を云う、そうではないのか?
 その見方は1980年代からかなり大きく捩れ(ねじれ)て出来たものです。
 「'80年代」といって手頃なAIで瞬時に算出されるのはサッチャーとレーガン。所謂新自由主義を勧めたイギリスの総理とアメリカの大統領です。
 その捩れは保守が左翼の思想を取り入れ、片や、革新が右翼の思想に影響されたことにより生じたもの。
 サッチャーとレーガンは保守派の政治家ですが、新しい時代を打ち出して支持を得るために旧来の左翼の思想を取り入れた、それが新自由主義であり、元々は左翼思想です。自力主義を基調として政府を小さくする、それは元々は万民の解放を目指す共産主義革命を目指していた労働者階級の思想であり、ソビエト共産主義を倒す傍らでこっそりと取り入れられたものです。ソビエト共産主義を倒す理由は元々は小さな政府を志向していた筈の共産主義革命が実際には大きな圧政の政府にしかならなかったこと、サッチャーとレーガンはいわば本当の共産主義を実現するべく新自由主義的政策を打ち出していたのです。「こちらが本物の共産主義ならばあちらの贋物の共産主義は滅ぶ外はない。」、そういうことです。
 そのように保守は時に左翼的政策を志向することがあります。政府の大小だけではなく、積極的社会政策や貧困の解消などです。捩れを解消するために重ねて云いますが、左翼は小さな政府を志向するものです。
 その意味から見れば、安倍政権の政策が近年に大きく左に傾いているのは保守であるからとはいえなくもありません。但しその傾き具合が緩く、微温的であり、ラジカルではないのが保守らしくない処です。保守は元々、ラジカルなことを好む。自らが穏健中庸である故に自らには元々はないラジカリズムに憧れる処がある。
 安倍総理は保守ではない、急進左翼であるという批判は意味のないものではありませんが、保守は徹頭徹尾穏健中庸でなくてはならないという要求がそこには見え、人間の不思議というものにやや鈍感な感じがします。

 穏健中庸を志向するのは保守の他にもう一つ、革新という勢力があります。
 革新は左翼のようにラジカルではなく、国と社会を穏健中庸に改革してゆこうとする人々。
 今は余り革新とは呼ばれずリベラルと呼ばれることが多いが、リベラルは左翼と右翼の両極ではない革新と保守を大雑把に総称するものであり、革新勢力だけをリベラルと呼ぶのは間違いです。
 その穏健中庸を自分達革新勢力だけではなく保守勢力にも求める。互いに穏健中庸を持して竟には互いに納得づくで政策の合意に達しましょうというのが革新勢力の基本的思想です。納得づくで合意に達するのは穏健中庸な革新と保守だけで、左翼や右翼のような極端な人達は相手にしない、合意に反すれば最大限に非難、それが革新の発想です。
 どこかで見たことがないでしょうか?――2012年の消費税国会を巡る自民党のあり方です。保守の野田総理をしつこく引き摺り回して納得づくの合意を迫る谷垣総裁、私の感想を言うと自民党がかくも卑しく醜くなったのを見たのはそれが初めてですが、それが凡そ革新派の平均的姿です。少なくともあの頃は、自民党は革新政党であったし、今も安倍総裁の下でかなり強い力を保っています。
 ラジカリズムや急進的改革への許容度は、寧ろ革新は保守より狭い、いわば絶対穏健中庸主義。栄養バランス至上主義。

 左翼:何でも自力でしようとし、それではどうにもならない場合のみを国が助けるべしとする人々
 革新(中道左派):自力を基調としつつ、自力の限界を認めて国による分配を是とする人々
 保守(中道右派):世の中には様々な人がおり、自力か他力かは一概にはいえないので是々非々主義の人々
 右翼:人に頼ることを善しとし、国は頼る宛てのない人々のみを助けるべしとする人々

 という四つの政治と社会に関する考え方の類型が浮かび上がる。

 こう挙げると最も常識的なのは保守、中道右派であり圧倒多数はそれ支持するかと見えますが現実はなかなかそうではありません。
 「自力を基調としつつ、自力の限界を認め」――それがより常識的であると思う人々、革新、中道左派が最も多い。
 次いで右翼が多い。
 保守、中道右派は第三の勢力に過ぎない。
 左翼は昔は最大勢力であったが今は形を変えて他の勢力へ移るなどして著しく減り、最少の勢力。

 保守が第三の勢力に過ぎないことは昨今の政局において第三極と呼ばれる党派がしばしばあることからも窺えます。それらが皆保守ではなく、例えばみんなの党は革新であるし次世代の党は右翼ですが、日本維新の会や希望の党は保守であるといえます。今の時代にあっては保守はその位の規模の勢力をしか持てない。
 現代は「世の中には様々な人がおり、自力か他力かは一概にはいえないので是々非々主義」を信念が弱くて日和見主義なことと解する人が多い。或いはそうは思わなくても、そのような人は具体的にどんな人かのイメージを想い描きにくい。自己像、セルフイメージもどうしても希薄で『なりたい自分』とは随分と違うように思える。悪いイメージは湧かないけれど良いイメージも湧かない、希望の党の先の総選挙における公約の示し方にも保守のそのようなイメージを地でゆくようなものが感じられます。

 その四つに随い日本の政党を色分けすると<左から多い順>:
 民主党-民進党: 保守・左翼・革新
 自民党: 革新・保守・右翼
 公明党: 革新・保守
 立憲民主党: 革新・保守
 希望の党: 保守・革新
 共産党: 革新・左翼・保守
 日本維新の会: 保守・左翼
 日本のこころ: 右翼・保守

 どれもごった煮で、革新勢力が最大を占める党が最も多い。革新と保守の総称をリベラルというので、リベラルではない党はないことになる。
 安倍自民党の圧倒多数の票も、革新、中道左派が大多数を占める今の日本や世界の反映です。安倍総理自らは保守派でも、全体としてはどうしても中道左派になるのです。
 その状況を、革新、中道左派を自認する人々が「安倍政治を許さない!」と非難するのは理解に苦しみます。私のような保守やこてこての左翼がそのように言うのは分かるけれど、安倍自民党と同じような発想の人々が反安倍に多い。

 しかも、保守が左翼と時に相通じるのとは逆に、革新は右翼と時に相通じる傾向がある。
 革新と右翼のコラボレーションとして象徴的なのは戦前は岸信介と革新官僚、今は「日本すごい!」のコンテンツの数々。
 「日本すごい!」は右翼が作り出して盛り立てているものと思われているらしく、弊ブログも前はそのように思っていましたが実態は違い、主に中道左派が作り出して盛り立てているものであるらしい。そのことについては最近の記事にも言及し、国の誇りの欠乏を自覚している中道左派の人々がビタミン剤のように服用しているのが「日本すごい!」系であることが最近に読み解けて来た。反日と思われないようにファッションとして観ている、そこで今までは隠していた国粋主義を解放する。そして観終わるとしれっと安倍政権の批判…。
 右翼はそもそもそのようなものを余り観ない。誇るべきものが身の周りにも事欠かず、国の誇りをそのようなコンテンツに求めることがない。「身の周り」、それが右翼のキーワードです。
 身の周りに頼れる人々がおり、故に国に頼らなくてよい。私的関係の重視である。
 しかしあらゆる人々が自分と同じではないので国の助けを必要とする人々もいるが、自分は辞退すべきと思う。――そこでつながってくるのが中道左派の再分配の思想であり、学校の授業料の無償などにおける所得制限を右翼と中道左派は共に支持することになる。自民党は民主党政権が設けなかった所得制限をそれ故に後に導入しました。保守と左翼は法の下の平等の観点から、所得制限を許さない。その点では立憲民主党はその主流ではない保守と左翼をも少しは取り込んでいるといえます。代表の枝野幸男氏は元々は親左翼の保守であり中道左派、革新ではありません。
 生粋の右翼だけではなく、ネット右翼も実は「日本すごい!」系を観てはおらず、中道左派の国粋ビタミン剤でしかないのかもしれない。最大派なので確率的にもそれが最も視聴率を狙い易い。
 テレビのコメンテーターなどによく出る中道左派の論客は最大派の中道左派の中でも「アホノミクス」などと云う少し変わり者な人々で、故に票も議席も大したものではなかろうと思いがちであるが彼等の背後にはその何十倍や何百倍もの数の変わり者ではない中道左派がいて自民党の票と議席の源になっています。それらの違いは鳥越俊太郎氏と増田寛也氏の違いであり、より多くの票を取るのはどうしても保守と紛らわしい風采の増田氏になるが二人の本質は同じ。しかし保守の小池百合子氏も一部の中道左派の票を取り込むことにより圧勝を収めたので余り他人のことを言えない。

 今の自民党が自助や自己責任を云々しているのは自力主義のやや強い中道左派、革新勢力の本質からすれば必然なのであり、サッチャーやレーガンに学んだからではありません。そこに更に私的支え合いを是とする右翼が加われば中道左派の自己責任の思想とそれによる人間性の疎外は一層強固なものとなります。戦前の満洲国の時代にも見られた革新と右翼の結合が今の政治を読み解く肝です。そのような傾向は寧ろ右翼の内でも極端な極右をその結合体と引き剥がそうとすればする程に強まるでしょう。極右を排除する満足感が彼等の自浄能力を損なうからです。そして排除された極右はどこかで形を変えて再び権力に近づくのです。
 反トランプが戦争を起こす、人々を死や不利益に追いやると弊ブログがかねがね云っているのはそのようなことです。

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by keitan020211 | 2017-11-08 21:57 | 政治、社会 | Comments(0)
最も正しい リベラルと保守の定義
賊軍を官軍の勝ち組クラブに入れる
賊軍戦没者の靖国神社の合祀に 絶対反対

都合の悪い歴史を覆い隠す
A級戦犯の分祀に 絶対反対

皆様の力で阻止しましょう!

 先の解散総選挙の頃からリベラルとは何かについての論議がぽつりぽつりと言論界に上がっています。
 希望の党の小池百合子代表が党の発足と選挙戦に際し民進党の合流組の議員等の一部を政策観に随い選別することを打ち出し、それについての報道陣からの「彼等を排除しないということですか?」との問いに小池代表が「排除しないということはありません、排除致します。」と答えたことが報道メディアの批判を受け、そこで選別排除をされる側が「リベラル系」と呼ばれたことが発端であり、そこから「リベラル」の言葉の意味が分からないとか不適切な表現ではないのかなどの疑問が少なからず寄せられたという。それを受け、テレビや新聞によく出る論者等がリベラルとは何かにつき見解を語ることが多くなっています。
 私の観る限りその初めは萱野稔人氏がFNN『THE NEWSα』に出て語った、リベラルとは国際政治における人道的介入を重視するとの定義であり、希望の党に選別排除をされて立憲民主党を新たに立てた勢力はリベラルではないとのもの。弊ブログも大筋ではその見解に同意します。但しそれだけではリベラルの特色の一端を解説したに過ぎず、充分な定義ではありません。どちらかといえば立憲民主党はリベラルではないことを解説した意味合いが強く、本党もまた自らをリベラルと称してはいません。ではリベラルではなく何かといえば、枝野幸男代表は「真の保守」みたいなことを語っており、そこで保守とは何かの問いも俄かに併せて語られるようになっています。彼の云わむとするのは自民党は保守政党といわれているがそれは偽の保守であり真の保守は彼等であるということです。それは正しいのでしょうか?

 総選挙の後、少し前に今の若い人々の見るこの国の政党等のリベラル度と保守度についての調査があり、弊ブログもそれに注目する記事を出しています。
 その調査の結果を再び載せると:
a0313715_16254002.jpg 対象で最も若い年齢層は日本維新の会が比較的にリベラルであり公明党が最も保守、他は粗真中でどれも違わないという見方;30代は大体同じ傾向でありながら自民党と共産党の保守度がやや強いという見方;40代は自民党と公明党が保守で他は皆同じように真中という見方;50代は40代と大体同じでありながら維新の会と共産党については若年層とは逆の見方;60代は自民党、公明党と維新の会が保守で殊に自民と公明の保守度が際立って高く、共産党が最もリベラルであるという見方;70代以上は60代と大体同じ;そして面白いことに、全体の平均ではリベラルな党は一つもないという感じ。
 リベラルな党が一つもなければリベラルとは何かについても分かりようがないかもしれません。

 そもそも、リベラルも保守も歴史において常に相対的評価としていわれているものです。
 今の時代から見ると、相対的に若い人々の見方が大体正しいといわざるを得ません。
 年配層が皆正しくなくはありませんが、齢を取ると経験に基づく見方や評価がどうしても多くを占めるようになってきます。経験はその当時においては正しいかもしれないが今も正しいとは限らず、若い人々との認識の違いがかようにも際立つと大筋ではそれが今は誤りということになります。
 私が驚き呆れるのはその調査などを見て若者の認識が間違っている、危ういなどとの評が散見されることです。中には然程に齢を取ってはいない比較的に若い人々にもそのような評が見受けられる。自らをリベラルと自認する人に多く、殊に維新の会はリベラルであるということを理解できない例が多い。維新の会は新しい党で、いわばリベラルを自認する若くない人々の程に自らとその長上者の経験を全てとする権威主義が強いことが窺われます。政治の見方における徒弟制度が堅固に生きているとでもいえますか。
 因みに経験主義や権威主義もリベラルと保守の歴史的相対的緊張関係に資している重要なものですがここでは余り触れません。それらはどちらかといえば個人の性格に負う処が大きく、個人の性格を問わず人が集まって党派勢力を形成する政治に関しては副次的要素に過ぎないと思われるからです。個人の性格よりも重要な要素は現状をどう認識するかそしてそれに基づきどんなことをすることができるかできないかの考え方です。そこに性格が影響する場合もありますが大抵はキャラクターフリーに現状の認識と政策を考え出して支持実現することができるものです。

 リベラルと保守の定義は相対のものであるといいますが、全てが相対ではなく幾らかは粗変わらないものもそれぞれあります。
 相対のものとして見るとリベラルと保守は対立するものですが粗変わらない絶対のものとして見るとそれらは対立するものではなく凡そ同義のものです。
 リベラルと保守は元々は同じものとして生まれ、それが歴史の経緯により枝分かれしたり枝野別れしたりして様々な対立を作り出しています。ここにいう対立とは紛争などのように必ずしも望ましからぬものではなく政治の議論の軸として必要な対立のことです。
 絶対的要素と相対的要素が絡まり合ったり別れたりして現実の政治が成り立っています。
 弊ブログのいうリベラル保守というものも、元々は同じものとしてある絶対性に重点をおくものです。
 大雑把にいうと、フランス大革命を通して出て来た左翼革命派の支配を収束させて新たに穏健自由な体制を立てた勢力、それがリベラル保守の源流の一つであり、それが時代により色々に変化して今に至る。しかしリベラル保守とはっきりといえる勢力は今は余り多くない。それは相対的要素に基づく対立を際立たせないと選挙や審議が成り立ちにくい現代の政治の特徴から仕方がないともいえます。その極みといえるのが昨年のアメリカ大統領選挙におけるドナルド トランプ氏とヒラリー クリントン氏の戦いであり、国と世界に大きな分断を生み出したともいわれています。どちらもリベラル保守とはっきりいえるものではありません。しかし彼等を混ぜ合わせて充分に濾せばリベラル保守が出来上がるかもしれません。
 フランス大革命絡みともう一つの源流はスコラ哲学などで知られるアリストテレス及びその思想伝統から生まれた自由文芸、リベラルアーツです。リベラルアーツは殊に中世のフランスにおいて発展し、革命後と併せリベラル保守の発祥の地はフランスであるともいえます。
 しかし、日本は自由文芸の影響も革命後のそれも余り受けていません。その理由は明治維新からの日本の近代化の手本がドイツとアメリカにあったことです。産業技術の面ではイギリスの影響も強くありますがその他の文明や思想、方法論に関しては一貫してドイツとアメリカを手本としています。それらには自由文芸というものは凡そなく、実用技術と教養が重視されます。大まかにいえば前者は理工系の方々の、後者は文系の方々の学び誇るもの。例えばトランプ大統領についての非難もアメリカに特有の教養の観点からのものが多い。教養とは平たく言うと、世界の物事に広く学ぶこと。更に平たく言うと外国の真似をすること。故に近代文明を取り入れることを課題としていた明治時代の日本にも適うと思われていた訳です。教養とはどちらかといえば遅れている国の思想です。日本、ドイツとアメリカ:遅れている者同士切磋琢磨しましょうという動機がその後の文学にもしばしば描かれまたは滲み出ています。
 世界の物事に学ぶことといえば自由文芸もそうですが、教養との違いは遅れている者として一方的に学ぶのではなく自らが自由に調べたり疑問を持ったりしながら学ぶことが大きな違いであり、自由の国といわれる今のアメリカにも実は余りそのようなものはありません。アメリカの教育はどちらかといえば一方的に教える/学ぶ、子供を管理する在り方が主流であり、日本に取り入れられることもある様々な新しい教育法といわれるものも基本としてはその構造を堅持しており、故に学力の水準も上がらないのです。寧ろ、子供を大人として扱う日本の受験教育は自由文芸により近いとさえいえます。因みに日本の受験教育を支持していたのは今はない民主党であり、ゆとり教育には大筋では反対です。そこが民主党をリベラルと見る年齢層が一つもない理由でもありますが、今の若者が若干とはいえ民主党を自民党より保守であると見るのは民主党の支持する教育の在り方が保守的であるからでしょうし、年配層は教育などの現実と党派性を突き合せて見ていない。逆に自民党の支持する教育の在り方は明治的教養主義の現代的に緩くなったものであり、明治的教養主義を重視する人やその経験のある人にとっては保守的に見えて現代的緩さを重視する人やその経験のある人にとってはリベラルに見えることが年代別の党派性の認識に反映しており、同じものがきついか緩いかの違いしかありません。

 それらを念頭に措くと、政党が「リベラル対保守」の対立軸を以て分かれることは意味がないといえます。絶対性と相対性が複雑に絡み合い、リベラル党と保守党にきれいに分かれることは不可能です。故に民主党と自民党による二大政党制は複雑過ぎる処があるにせよ、大筋では正しい在り方であったといえます。大きな政党は必ず輿石やら二階やらがいてぐちゃぐちゃになるもので、それが普通です。そのぐちゃぐちゃをさておき凡そ分かり易い対立軸を示して政治を進めるのが代表や総裁の役割です。

 今、希望の党の代表選挙が行われ、玉木雄一郎氏と大串博志氏が争います。希望の党の創立者小池百合子代表との共同代表制になることから、そのもう一人は何れも後れて合流した民主党の出身の者となっています。
 民主党の後継党である民進党は先日に大塚耕平氏を新しい代表に選びました。
 それらが凡そ日本には余り馴染みのないとされる、フランスが発祥のリベラル保守を代表する勢力と見做すことができます。リベラルや保守などの思想の純化の傾向が強まっている中、旧民主党の流れを汲む希望の党と民進党は思想の普及度に随って見るとその位の票と議席の数しかなく、如何に実際の政策と行動が広く国民を掴むかが課題となります。

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by keitan020211 | 2017-11-08 18:09 | 政治、社会 | Comments(0)



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